戦いのゆくえ
ガキィン!
木造でできた模造刀が激突する音が闘技場に響いた。真剣ではなくとも、その衝撃は凄いものがあり、ビリビリと腕に伝わる痺れにルーカスは眉を歪ませる。
バッと二人同時に間合いを取り睨み合う。幸太郎の構えは見たことがないが、それでも剣を扱う度量は一朝一夕のものではない。
「君は剣を始めたのは半年ほどと言っていたが本当かい?」
「……こういう剣を扱うのは初めてだ」
逡巡したような返答に引っかかりながら、それでも相対する少年を見つめる。
「それにしては慣れてる。間合いの取り方も隙を突く洞察力もここ半年で培ったものとはどうしても思えないんだ」
ルーカスの言葉に苦笑いを浮かべた幸太郎が言い返した。
「そういうアンタはさすがだな。身のこなしは当たり前だが、隙も全くない」
「お褒めにあずかり光栄だよ」
「どーいたしまして」
「嫌味に捉えないのかい?」
「アンタは、そういう人間じゃない」
ルーカスは目を瞬かせた。幸太郎とは何度か顔を合わせただけだというのに、どうやら彼は自分の為人を信用してくれているらしい。そのことにルーカスは目の前の男をアンナを巡るライバルとして再確認した。幸太郎という少年の輪郭がくっきりとルーカスに刻まれていく。
ガン! ガキン!
刃を合わせる度に手に痺れが走る。強く握る柄に擦れる肌が熱い。額に汗が浮かび流れていく。
(体術を使ってこない?)
どうやら幸太郎は剣一本でルーカスに勝つつもりだ。
(本当に愚直と言えるほどに真っ直ぐだ)
出会い方が違えば騎士団に誘いたいほどに、幸太郎の姿勢を気に入ったルーカスは口角を上げる。
幸太郎はそんなルーカスを見て同じように笑った。
「ケリをつけよう」
模造刀の刃が離れる。
後ろへ下がる足を踏ん張り、ルーカスが体勢を前へと構えた。
グッと力を込めて模造刀を握る手に力をこめ、刃を下へと構える。
幸太郎は模造刀を前に構えた。
一瞬の静寂。
地を蹴り上げ砂が舞う。
ルーカスは刃を下から上へすくいあげるようにして振り、それを刃先で受け流した幸太郎は間合いを取ると瞬時に前へと踏み込む。
「っく!」
胴元を狙われ、翻って受け止めれば幸太郎はすぐに間合いを取り、また前へと出る。
その時、はるか頭上から声が響いた。
「幸太郎!」
朝を継げる雀の歌に可愛らしい声が耳に届いた。
アンナだ。
油断したわけではなかった。彼女の声が彼を呼んでも大したことはない。そんなことで隙を見せるほど落ちぶれちゃいない。
でも、幸太郎は違った。
前へと出る右足が砂利を擦った。同時に刃先がルーカスの喉元へ狙いを定めたように迫る。しかし弾くはずだった幸太郎の刃先は触れた刹那に刀身を滑らせ、その身は大きく踏み出された足音と共にルーカスの肩へとたどり着いてしまった。
傾けられた刃は真剣ならば確実に頸動脈を掻っ切る。ドッと嫌な汗が流れて喉がヒュッと空気を鳴らした。
それはルーカスが幸太郎に負けた瞬間だった。
「……負けたよ」
「はっ、はっ、はあ」
肩で息をする幸太郎は顔を汗塗れにして、崩れるようにその場に座り込んだ。
「アンタ、強すぎじゃないか? 想像以上にしんどい」
黒い髪が行水した後のカラスみたいだ。
ルーカスは幸太郎と向かい合うように尻を付き、思わず声を出して笑った。訝しげにルーカスを見る幸太郎の視線すら、なんだかおかしい。
「いや、ごめん。はは、本当に騎士団に勧誘したいくらいだよ」
「それ、残業とかないか?」
「あるね」
「じゃあ断る」
軽口を叩く相手は自分と同じくらいの歳。同年代でこんなに屈託なく笑えたのは幼少期以来だ。付きまとう貴族社会のしがらみとは程遠い幸太郎に、ルーカスは空に向かって笑い声とともに息を吐いた。
「今回は負けたけど、次回は勝ちたいな」
「それって毎回こんな勝負しなきゃいけないのか?」
「それでも良いけど?」
「絶対にいやだな」
「君って意外と我儘だよね」
「絶賛反抗期中だ」
意外にも幸太郎は話せば年相応でルーカスとそんなに変わらないことが好感度を上げた。
(友人とはこんな感じなんだろうな)
今度からはもっと気兼ねなく話そうと、そんなことを思いながら、けれど毎回勝負するのもありかもと、ルーカスは一筋の爽やかな風が頬を冷やしていく感覚を楽しんだ。
「幸太郎!」
「アンナ……」
目の前で幸太郎を心配して怪我を確認するアンナの顔と、わずかに恥ずかしそうにしている幸太郎を見ながら、今度は二人に会いに行こうとルーカスは思った。もちろん、次こそはアンナにデートを申し込むのを忘れずに。




