僕の初恋は君だった
ルーカス・ルパート・スコットの人生は輝かしいものだ。
太陽のような金糸の髪も、空のような青色の瞳も万人が見惚れる美貌も、それらはただの遺伝子で天からの贈り物のようなものだと本人は思っている。
その謙虚な考えは余計に人の好意を引き出しているとはつゆ知らず。それに貴族としての教養も勿論ある。元々努力家だった彼の器量はすぐに家督を継げるまでになっているが、まだ若い父からは家を継げるまでは好きなことをしろと言われていた。その理性ある放任が彼をのびのびと成長できた理由のひとつでもあるだろう。
ルーカスは騎士団の練習場が見えるテラスでお茶を囲んでいるアンナを見上げた。太陽の光をうけたピンクミルクティーの髪は輝き、彼女の笑顔をルーカスは眩しく思う。
(アンナさん)
四人の女声の中でアンナしか目に映らないほど、彼はアンナに好意を抱いていた。自身の瞳の色のドレスを贈るくらいに。
彼がアンナに出会ったのは二年前である。
騎士団に入団し一年の新米騎士であったルーカスは、その日の訓練が過酷であったせいかクタクタに疲れていた。それでも街へ出かけたのは彼の趣味である読書、そして気に入っている作者の新刊出たと知らせがあったのだ。随分とマイナーである作家の本を仕入れる店は少なく、その作家の作品を扱う店は街にポツリとある本屋にしかない。過酷だった訓練にスコット家の仕事やパーティー。その時期は特に忙しく、心身ともに疲れていたルーカスにとってはご褒美以外の何者でもない。
(やっと買えた)
カランとウェルカムベルを鳴らして店を出たルーカスは下町を歩く。
(本も買えたし、早く帰ろう)
楽しみができたおかげで疲労が軽減された気がしたルーカスの足取りは速度を取り戻し、街の露店を見る余裕も出てきた。今日も露店は街を賑やかし、街を歩く人々の表情は様々だが、悪いものでもない。今日は本を買いに行くと事前に決めていたおかげで衣服も動きやすく気楽なものだ。この喧騒の中の一人になることは心地よくなる。
「お兄さん」
「え?」
突然声をかけられた。その声に思わず横を向く。
「お兄さん、ハーブティーは如何ですか?」
フードを被った一人の少女が笑顔を向けている。
「えっと、僕ですか?」
「はい。なんだかお疲れのようなでしたので。良ければ見ていってください。品質は保証します」
(保証って……)
これが少女でなければ怪しさいっぱいだ。ルーカスは訝しげに彼女の売り物を見た。
地面に広げられたブラウンの布。その上には彼女の言うように品物が置かれているが、瓶の中に詰められたハーブは摘んだばかりのように瑞々しい。
「あの、このハーブ類は何故こんなにも摘んだばかりのようなんですか?」
シンプルな疑問だった。普通ならば乾燥させたものを流通させる。摘んだ先から落ちていく瑞々しさをキープできるなんて信じられない。
「それに、このポーションたちも品質が良いし……。貴方はいったい……」
小瓶に入れられた紫色の液体には一切の濁りもない。まるでアメジストを溶かしたように美しい。
「あぁ。実は私、白魔法が使えるんです。浄化などは得意なんですよ」
「え!?」
「ふふ、驚きました?」
「え、えぇ。白魔法が使える方は希少ですから」
その珍しさから白魔法を使える人間は城に集まる。当たり前だが下町より給金が良いし、住む場所も貴族街から少し下がったところだがいい立地に家を建てられるくらいには地位が高くなる。教養と技量、あと運が良ければ貴族へ嫁ぐことだって出来る。だというのに、目の前の少女はそれを選ばなかったというのだ。
「縛られるのって苦手なんです。自由気ままに暮らしたい」
フードから見える薄い唇が弧を描く。その唇の艶は彼女の売り物の効果だろうか?
(よく見ると、品物がなんだか……)
もう一つの瓶に詰められた個包装にされたハーブは一杯分のハーブティーの量だ。
「これですか?」
「あ、すいません不躾に見てしまって」
「良いんですよ。量り売りだと躊躇う人が多いですから、こうやってお試し出来る量にしているんです。買いやすいでしょう?」
「確かに」
「でしょう?」
彼女はクスクスと笑って驚いているルーカスをおかしそうにしている。それがイヤだと思わないのは、少女の声が鈴のように可愛らしく嘲笑の意味を持たないからだ。
「今夜は読書をされるんですか?」
「へ?」
「手元に持っている本です。随分と楽しみにしているようでしたから」
「あ……」
さすが商人というべきか。心を見透かされたようで急に恥ずかしくなる。
「そうです。最近忙しかったので、とても楽しみで。まあご褒美といいますか」
ごにょごにょと口の中で淀む言葉たち。
「それなら、このリンデンティーは如何ですか? 甘い香りが心を落ち着け安眠に効果的です。夜の読書にオススメですよ」
「リンデン……」
「嗅いでみますか?」
丁寧に包まれたリンデンが差し出され、ルーカスはそれを受け取らずスッと高い鼻を近づけた。確かにハーブ特有の匂いの中に甘い香りが鼻腔に広がる。
「本当だ。とてもいい香りですね」
「でしょう?」
その時、風が吹いた。大通りからやってきた風は、彼女のフードを浮かばせると、隠れていた顔が露わになる。
「あ……」
予想していた通り少女であったが、ルーカスの想像とは違った。柔らかそうなピンクミルクティーの髪と大きな瞳。弧を描く可愛らしい笑顔。
ルーカスはドキリとした。少女だとは思っていたのが、まさか自分と変わらない年代とは思わなかったのだ。
「あの、」
ハーブの香りや商品を説明する口調で好印象へと変わっていたとはいえ、ルーカスは衝動的に口にしていた。
「お名前を教えてもらってもいいですか?」
「私はアンナ・モリスといいます」
「アンナ、さん……」
それからルーカスは時間があればアンナの小さな露店へ通うようになった。
「お店を持ちたいんですか?」
「はい。やっぱり屋内のほうが保存する場所も取れますし。それにやっぱり憧れるじゃないですか自分の店って」
理想を語るアンナの瞳の輝きからルーカスは目が話せなかった。自分とは違う生い立ちは心が痛むより彼女の過去が知れたことへの喜びと尊敬。年齢が一つ下のアンナが孤立無援の中で生計を立てていく不屈の心にルーカスはどんどん惹かれていった。
(こんなに素敵な女性がいるなんて)
ルーカスが知っている女性といえば、同じ貴族ばかり。影の努力は自分と同じように当たり前にあるのだろうが、それにしったてあまりにも傲慢だ。
途中からアンナに拾われた子犬のトトも加わり二人と一匹は楽しい時間を過ごした。束の間の休みは勿論、休みの日には一日一緒に露店に立ったこともある。
それにルーカスはトトの秘密に感づいてた。だがアンナが手にしたのは必然の気がしたし、ルーカスが知っているとアンナに知られてしまえばアンナはトトを連れて消えてしまいそうで口にはしなかった。
ルーカスの恋心は膨らんでも表に出さずにいたが、それが裏目に出た。アンナの隣に自分以外の少年が立っていた。その彼もアンナに心を寄せていることは見ていればわかった。表情は分かり辛いが少年はアンナを特別に思っている。それもルーカスと同じもの。ルーカスは自分の意気地のなさを悔いたが、それで諦める男ではない。ルーカスは心に決めてた。
(祭りでアンナさんに告白する)
横槍はさせない。実力でライバルである幸太郎に勝ってアンナに長年の恋心を伝える。
ルーカスは剣の鞘を握りしめる力をこめた。アンナのことを考えれば剣の重さなど微塵も感じない。
(必ず、貴方の心を奪ってみせます)
奪うなんて乱暴な言い方でもルーカスは訂正する気はない。だってもう奪ってしまいたいくらいに恋心ははち切れんばかり膨らんでしまっているのだ。
闘技場に幸太郎が歩いてくる。その表情はいつもの彼らしく真剣味が帯びていて、幸太郎もこの戦いに本気なのだと伝わってくる。なにせ相手も自分に同じものを感じていると分かっているからだ。
「よろしくね」
「……よろしく」
唇が一文字を引き黒い瞳が闘争心を隠さず見つめてくる。
「それでは、初めてください」
審判役の騎士が腕を上げた。
これより一人の少女を賭けた戦いが始まった。




