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なるほど、これが板挟みというやつか。

 城下町へ繰り出したアンナはその賑やかさに驚いた。

 街中を彩る花にフラッグやランタンたち。


(そうだ。忘れてたけど、そろそろヴルゥメ祭だっけ)


 ヴルゥメ祭は秋の実りと花の開花を祝うオズ王国では有名な祭りだ。食卓にはその年に収穫した食事と花が並び、街は露店で賑わう。街中が花で溢れた光景は見事なもので、初めて見た時は感動したものだ。

 特に乙女たちが心華やぐイベントが男性から花を貰うことである。貰った花は花冠として編まれる。花冠が豪華なほど嫁の貰い手が多く、将来食うに困らないと言われている。


「準備の段階でこれほど賑やかとは思っていませんでした」

「ですね。私もすっかり忘れてました」

「ドロシーは出店しないのですか?」

「ん~、ハーブ店ですからね。お祭りに関するものを出店することもないんです。……というか、私自身お祭りを楽しみたい欲が大きくて。商っている人間の言うことじゃないですけど」


 クスクス笑うアンナにルーカスはホッとしたように笑って、賑やかな人々を見る。


「僕はこの光景を見る度、騎士団に所属して良かったと思うんです。それこそ怪我をしてでも守りたいものなんですよ。……アンナさんにはまた怒られてしまうかもしれませんが」


 ルーカスの横顔にアンナは胸の内から湧き出る穏やかさに目尻を下げた。誇り高く優しい彼は騎士そのもので、守られている王国民として彼に恥じない生き方をしようと思える。


「もう怒りませんよ」

「それは良かった。アンナさんに怒られると参ってしまいます」

「なんですか? それ」

「アンナさんには笑っていてほしいという意味です」


 その言葉にアンナは頬を赤らめる。ルーカスは言葉の端々に勘違いしそうになることばかり言う。


「アンナさん、手を」

「え?」

「人が多いですから、迷子にならないように」

「小さい子じゃないんですから……」


 差し出された手に躊躇うアンナ。こんな素敵な男性と手を繋いでるなんて街の女性から嫉妬の視線が突き刺さるに違いない。


「それでも、僕が安心したいんです。……駄目ですか?」


 眉を下げてこちらを伺うルーカスに逆らえる女性がいるだろうか? アンナはおずおずとその手を取った。


(男の人と手を繋ぐなんて何年ぶりだろう……。厚くて大きな手……)


 きっと意味なんてないのに、緊張してしまうアンナは、熱くなっていく手の温度に気付かれていくことを恥ずかしく思った。


「あ、」


 小さな子どもたちがアンナにぶつかった。祭りの前準備でも子どもたちからしたら心躍る時期なのだろう。


「っと! アンナさん大丈夫ですか?」

「は、はい。驚いた」

「おねぇちゃんごめんなさい!」

「良いの。でも気をつけてね」

「はーい!」


 大きな声で返事をした子どもたちは人混みへ駆けていった。


「アンナさん怪我は?」

「え? 子どもにぶつかっただけですよ? 怪我なんてしませんよ」

「そうですか」


 心底ホッと安堵したように息をつくから、アンナはクスクスと笑う。騎士団の副団長ともいう人がこれしきで心配するなんて。


「ふふ、ルーカスさん心配性ですね」

「アンナさんだけですよ」

「え?」


 繋いだ手がギュッと強く握られる。


「アンナさんだから心配してしまうんです」

「それって、どういう……」

「貴方好きだからです」

(え?)

「それは、あのどういう意味……」

「そのままですよ。僕はアンナさんが好きです」


 ルーカスは人の心を弄ぶような冗談を言わないことは知っている。だから、これは本気だ。その瞳は真摯なのだから。


「ル、ルーカスさんみたいな素敵な人が、平凡な私のことなんて」


 自分を卑下することなんてしたくないが、でも実際ルーカスのように富も名声も美貌も持つ完璧な男性が自分を好きだなんて信じられない。


「アンナさんは平凡ではありません。僕に無いものを全て持っている人です。一から始めて、今では立派な店の主人で、その道程は困難だったと思います。それでもやり遂げた貴方を尊敬しています。それにアンナさんは真っ直ぐで勇気と優しさを持つ人です」

(そんなに言われたの初めて……)


 その目線は産まれた時から全てを持っていたルーカスだから持つ着眼点なのかもしれないが、当たり前で素通りしてしまう素朴さを美徳と思うのは彼の性格が大きいのだろう。だから人としても素晴らしいと尊敬するのだ。

 なんと答えたら良いのか戸惑うアンナに、ルーカスはいつもより余裕のない表情で唇を結んでいる。よく見れば少しだけ震えているように見えた。


「祭りに一緒に行きませんか? 僕という人間を色眼鏡なしで見て欲しい。そして返事を聞かせてください」

「あ、えっと……」


 まごつくアンナは吸い込まれそうな青空色の瞳から目を離せない。情熱的な色を宿した視線はアンナを射抜く強さを持っている。


「ル、ルーカスさん、わたし……」


 返事をしようと薄く唇を開けた瞬間。背後から久しぶりに聞き慣れた声がかけられた。


「アンナ?」


 振り向けば、土埃で汚れた幸太郎が驚いた顔でこちらを見ている。


「幸太郎!?」


 アンナ本人だと認識し、そしてその視線はルーカスへ移り、彼がアンナと握っている手間で落ちる。


「なにやってんだ?」

(え? なんか怒ってる?)


 大股でアンナたちに近づいてきた幸太郎はルーカスと合わせていたアンナの手首を掴んだ。


「やあ、幸太郎くん。今、アンナさんを祭りに誘っていたところなんだ」

「祭り?」

(そっか、幸太郎は知らないのか)


 最近忙しそうだったし、アンナ自身も忘れていたので教えること自体できなかった。


「知らないのかい? ヴルゥメ祭は秋の実りと花の開花を祝うオズ王国では有名な祭りだよ」

「へえ。それで? なんでアンタがアンナを誘うんだ?」


 二人の間に見えない火花が散っているが、アンナはその光景に戸惑うだけだった。


(そういえば、この二人って仲良くなる気配が一切しないな?)


 原作でルーカスが出てくることがあったか分からないが、それでも主人公を嫌う騎士がいるだろうか?

 そんなことをぼんやり考えていたらルーカスが幸太郎に驚く告白をした。


「アンナさんに告白したんだ。秋祭りで返事を聞かせてほしいとね」

「は?」

「だから、彼女に好きだと伝えた。君は? どうするんだい?」


 挑発するような言い方にアンナは驚く。まさかあのルーカスがそんな態度を取るなんて信じられなかった。

 幸太郎は目をキッと吊り上げるとアンナの手首を掴む力を強める。


「アンナ、俺と秋祭り行こう」

「え?」

「君もアンナさんを誘うのか?」

「あぁ」

(待って待って。私はこの二人の間に立たされてどうすれば良いの?)


 幸太郎と一緒だったセシリアたちが遠くに居たのに、彼女たちは一切アンナを助ける気はないようで見物している。


「じゃあ、アンナさんと秋祭りに行くことを賭けよう」

「え!? なんでですか!?」

「アンナは黙っててくれ」


 ピシャリと言われてアンナは押し黙る。秋祭りは二日間に渡って祝われる。そのどちらかを一緒に行くではダメなのか。


(いや、そんなことしたら悪評立てられる)


 片や第一騎士団で侯爵家。片や注目度一番の冒険者。どちらと一緒にいたって噂は立てられる。それでもセシリアたち皆で行けばいいんじゃないか? という提案は到底快諾される気がしない空気だった。


「シンプルに剣一本の対決で良いかな?」

「それで構わない」


 当事者無視のままトントン拍子で決まっていく光景に、アンナはもう考えることをやめそうになる。だってミリアリアたちは助ける気がないようだ。唯一助けようとするユーリの首根っこを掴んでいるセシリアが爽やかな笑顔で手を降っている。


(これは、止められない)

「対決の日はヴルゥメ祭当日で良いかい?」

「あぁ」


 こうしてアンナを賭けた二人の対決が火蓋を切った。

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