ルーカスの訪問
アンナは頬杖をついた。
ここ最近のドロシーはとても静かだ。幸太郎たちがBランカーとなり依頼に忙しくなっていることも要因だが、それにしたって店に来る頻度ががっくりと落ちた。
問題はアンナだ。
(静かだなあ)
いつも騒がしい店内がシンと静かで、どこか落ち着かない。少し前まではこの静かな空間に幸せを感じていたのに。
(別に淋しいなんて思ってないけど)
と、いうか。
(元々、私はハーレムに入りたくなかったんだから、来なくなったってことは目的は達成してるわけで……)
素直に喜ぶべきなのに。
(なんだか最近、幸太郎のことばっかり頭に浮かぶ)
「はあ、ダメだあ」
「何がダメなんですか?」
「え!?」
バッと顔を上げれば開いた扉を後ろ手に閉めた男性が一人アンナに微笑んだ。
「ルーカスさん……」
「なにか悩みですか?」
長い脚が距離をあっという間に縮めてアンナの顔を覗き込むルーカス。私服姿を見るに仕事は休みらしい。
「きょ、今日はなんの用事でしょうか!」
「妹からお使いを頼まれました。最近気分が優れないらしく……」
「お医者さんには診てもらったんですか?」
「えぇ。特に悪いところはないと」
困ったように眉根を寄せたルーカスに、アンナは温かい気持ちになる。
「急に涼しくなったせいかもしれませんね。季節な変わり目は体調を崩しやすいですから」
「僕はそういうのはさっぱり。この通り体だけは丈夫ですから」
「あはは、なんですかそれ」
「本当のことです。ほら」
ルーカスが袖を捲りあげ露わにした腕。
「触ってみてください。固いですよ」
「良いんですか?」
「えぇ、ぜひ」
アンナはそっとルーカスの前腕に触れた。
「かった!」
「でしょう?」
「岩のように固かったです……!」
「これでも副団長ですからね」
にっこりと笑うルーカスの腕を、アンナはそっと撫でる。
「痛くないですか?」
王子様のように美しい容姿からは想像できないほど、腕にはいくつもの傷が付いていた。騎士団は貴族から平民まで腕に覚えのある者が集う。そして完全な実力主義。その中の第一騎士副団長という肩書を得るには相当の修羅場を潜ってきたということだ。
「もう痛くありませんよ。どの戦場で付いた傷かも覚えていませんし」
「でも痛みは覚えているんじゃ……」
どんな傷にも物語がある。それを忘れたというのは、上書きされるくらいの戦場を駆けたということだ。
「気にしないでください。この国に住む民のためなら腕ひとつ失うくらいなんてことありません」
「……! そんなこと言わないでください!」
大きな声を出したアンナに驚くルーカス。しかしアンナはそんなことは気にしない。すルーカスの言葉が許せなかったからだ。
騎士団に所属しているということは王国を支えることは当たり前のことなのかもしれない。でも体の一部を失っても構わないというルーカスをアンナは許せなかった。
握り込んだ拳が震える。
「ルーカスさんの考えは騎士団に所属してれば当たり前なのかもしれません。でもルーカスさんが傷ついて喜ぶ人なんていません。体の一部を失っても平気なんて言わないでください」
「アンナさん……。すいません、確かに自己犠牲も厭わないというのは良くありませんね」
「いえ、私も言い過ぎました……」
「とんでもない。アンナさんが僕のために怒ってくれて嬉しいです」
微笑むルーカスにアンナはドキリとする。
「それより、アンナさんは平気ですか? 先ほど溜息をついてましたが」
「え!」
まさか溜息まで見られていたとは思わず、アンナは恥ずかしくなって視線をそらした。
(言えない。少しだけでも淋しく感じていたなんて)
なんと答えようと悩んでいるアンナを察したのか、ルーカスはアンナに提案した。
「アンナさん、良ければ街へ行きませんか? 気分転換になりますよ」
そういえば最近あまり外に出ていない気がする。いつ四人が来るか分からないから無意識に店を空けていなかったと悟って、アンナは内心溜息をはいた。
(なによ私。ヒロイン脱却が目的だったくせに……)
自分の行動を思い返して沈んだ気持ちの正体に気付くと、何をやっているんだと叱責したい気持ちになり、アンナはモヤモヤした気分を払うためルーカスの提案を受け入れることにした。
「どうですか?」
「行きます。たまには息抜きしないといけませんよね」
アンナの答えに嬉しそうにするルーカスは「それでは行きましょうか」と席を立つ。
「はい!」
店をトトに任せると、アンナとルーカスは街へと繰り出した。




