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7=診察と休日

「過去五回の任務に関して、残酷な行為をしたと自覚することはありますか?」

「……いえ」


 絶望捜査官はこの街で唯一、人を殺すことが正式に認められた者たちだ。正確には誰でも殺してよいわけではなく、絶望を抱え込んでいるというのが明確な者のみである。そうでない人を殺せば故意か過失かにかかわらず、絶望捜査官も罪に問われる。ただ裏を返せば、絶望にさいなまれた人ならばどれほど残虐な殺し方をしても許される。仕事だからと大手を振って、殺人鬼まがいのことを平気で行う絶望捜査官もいるという。


「直近五回の任務を経て、心境や気分の浮き沈み、日常生活に変化が起きていると自覚することはありますか? ささいなことでもおっしゃってください」

「……いえ。ありません」


 そこで導入されたのが、五回任務をこなすたびに精神科医による診察を受ける、というもの。問診を行うと同時に心拍数の変化なども記録して、異常があると判断された絶望捜査官はその時点で任務を外される。少なくとも自己申告してきた絶望捜査官に対しては、絶望を抱かないようにケアする制度が整っている。


「それでは、一通り内科検診を行いますので、こちらへおいでください」

「はい」


 問診の後は内科検診を受けることになっている。拒否することもできるが、その場合は任務に就けなくなる。五回の任務ごとに一度だから、場合によってはほぼ一週間ごとに受診することになる。それほど高頻度で体調や精神状態の変化をチェックしなければ、絶望捜査官という制度自体が維持できないのかもしれない。


「……政府に認められているというだけで、結局絶望捜査官のやっていることは殺人だ」


 私の頭の中で、クレハの言葉のように再生された。いかにもクレハが言いそうなことだ。

 それに関しては間違っていないと私は思う。絶望を抱く人をなくすためには、誰かが汚れ仕事を請け負わなければならないのだ。それが制度化され組織化された結果が、絶望捜査官という職業の誕生。


「……でも、これは間違っているのよね」


 世界がそうやって絶望を取り除く方へ突き進んだことが果たして正しいのか、間違っているのか。以前までの私なら、そうするしか方法はないから、正しい正しくないの問題ではない、とでも答えていただろう。しかし今の私には、はっきりと答えを出せなかった。


「はい、よろしいですよ。特に異常はありませんでしたので、またお仕事頑張ってください」


 あれこれ考えているうちに内科検診は終わり、今日の日付に異常ナシ、と一言添えられた検診記録帳を返された。私は不気味なくらい白い壁の続く廊下を通って外に出る。出入口の目の前には、人通りのないわりに無駄に幅の広い道があった。

 街の中心にある遺体処理施設、それを薄っぺらく円状に囲むのがこの道だ。どこかへ行くために絶対通るような道でもなければ、近道でもない。もともと絶望捜査官と処理施設の職員たちしか用のない道だから、わざわざ通るような物好きもいない。


「……さて、何をしようかしら」


 医者による診察と内科検診を受ける日は、絶望捜査官の仕事は休みになる。武器を携帯することもないし、人々の恐れる軍服も着ていない。病院を出て人通りの多いところまで出てしまえば、もう一般人と区別はつかない。


「何か珍しい古銭は入っているかしら……の前に、食料ね」


 私は病院を出たその足で、街の外れにある古銭屋を訪ねようとしたが、ふと野菜が切れかけているのを思い出した。古銭屋よりは少々内側にある八百屋に目的地を変える。八百屋なら、街の中心から歩いて行ける距離にあった。


「レタスが安い……買っておこうかな」


 食料をはじめお金によって取引されるものは全て、特別管理区どうしでやり取りされている。絶望は風邪のようにうつるものと考えられていて、絶望の色の濃い場所に置かれた食料は絶望に毒される、と言われている。絶望が限りなく少ないとされる特別管理区産のものでなければ、品質が保証されないしまともに売れもしない。

 逆にこうして店に並べられているということは、食べても問題ないと政府に認められたことを意味する。


「本当にこの世界は、歪んでいるのかしら」


 少なくともずっとこの環境で育ってきた私には、何もおかしさが感じられない。違和感はあるといえばあるが、それも気のせいだと言ってしまえばそれまでだ。

 食事が味気ないわけではない。何か人間には抗いようのない力に支配されているというわけでもない。だから、物語の世界観でよく登場するディストピアとは違うのだろうと思う。では、この漠然とした違和感の正体は何なのだろうか。


「……クレハの言う通りだと信じるには、安直すぎる気がする」


 あんなクレハの言うことだから、到底信じられないというのもあるだろう。あれは姉と名乗りつつ、全く関係のない別人ではないか、という疑いもある。

 最後に見た姉は、あんなにやさぐれてはいなかった。まだ幼い頃だったから、やさぐれるも何もないかもしれないが、昔のクレハはもっと明るくて笑顔が素敵だった。父親に絶縁されてからの十数年間に何があったのだろうか。私はまだ、クレハの身に何があったのかを知らない。


「……こんなものかな」


 私は足りなかった食料品を一通り買って家に置いた後、家から少し歩いたところにある駅へ向かった。

 例の古銭屋は、電車で少し行ったところにある。そのためには特別区の中心に鎮座する円状の街――昔で言う、神戸市中央区の範囲だ――を出て、外れの方へ向かわなければならない。私がやってきたのは、三ノ宮駅。現代的な雰囲気を醸し出しているが、よくよく細部に注目してみれば機銃掃射の跡が残っている。駅舎に使われている柱も含めて、そんな百数十年も前の戦争の頃から現役なのだという。


「……あれは」


 私は切符を買い、その流れで改札を通ろうとした。その一瞬の間に、目の端に異様な雰囲気を持つものが映った。そちらを振り向くと、柱に小さな女の子が寄りかかっていた。


「どうしたの?」


 今も昔も利用者の多い駅だ、子どもが一人床に座り込んでいたところで気にする人は誰もいない。しかしいったん気づいてしまった以上、見て見ぬふりをするわけにもいかなかった。私はなるべく警戒心を持たれないように気を遣いつつ、その女の子に声をかけた。


「……っ」


 女の子は何も答えない。代わりに手に持っていたクッキーを入れるような缶が床に落ちた。私は何気なくその缶を拾い上げ、ふたを開けた。


「これは……?」


 中には真っ白な棒切れのようなものが一つ。ちょうど缶の高さくらいのサイズで、私は何も考えずにそれを手に取った。そして、はっとしてそれを手放した。


「これ……人の骨、なんじゃ……」

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