8=不思議な雰囲気の少女
「これ……人の骨、なんじゃ……」
驚きのあまり腰を抜かしたりはしない。遺体を見慣れているから、クッキー缶の中に骨が入っていたことには驚くが、私の声が落ち着いたままであるのに変わりはなかった。
「……あなた、この骨はどこから?」
「……」
女の子は黙ったまま。私の声が届いていないかのような態度だった。それどころか、私の方を見ようともしなかった。ふてぶてしい態度というわけではなく、単に私に気づいていない様子だった。
「もしもし。あなた、名前は?」
「……ノノカ」
少し声を大きくして尋ねると、今度はこちらを向いて名前を言った。少し驚いたような顔をしたところからして、さっきの私の声は聞こえていなかったらしい。
「ノノカちゃん、ね。迷子かしら?」
たぶん違うだろうな、と思いながら私は尋ねた。ノノカちゃんの雰囲気は重たく、とてもただの迷子とは思えなかった。私の勘が何かおかしいと告げていたが、ひとまず状況を確認するためには必要な質問だ。
「……ちがう」
「そっか。お父さんお母さんは、どこかにいるの?」
「……いない」
ノノカちゃんを包み込む空気はどんよりしていたが、絶望とはまた違った。絶望ならばもっとどす黒くて、私たちに襲いかかってくるようなものなのだ。ノノカちゃんのものは少なくとも、攻撃的ではなかった。
「とりあえず……迷子センターに行こうか」
「……っ!」
ほとんど黙ってばかりでおとなしい様子のノノカちゃんだったが、それに関してははっきり抵抗した。私が差し伸べた手を払いのけて、ノノカちゃんはじっと私の方をにらみつけるようにして見た。
「……分かった。じゃあ、どうする?」
「……おねえちゃんは」
初めてノノカちゃんが私を呼んだ。話してもいい相手だとは、認識してくれたらしい。
「うん?」
「……おねえちゃんは、どうしてわたしにきづいてくれたの?」
「それは……たぶん、気づくべくしてって感じかな。私、そういうお仕事してるから」
「わたしみたいなひとにきづくしごと?」
「そうそう」
特別管理区には警察はいない。治安を守る役割を担うのは、私たち絶望捜査官なのだ。だからこそ治安を乱し、混乱を引き起こす絶望を根絶するために、絶望捜査官はいついかなる時でも周りに気を配らなければならない。駅を出入りする人ごみの中で私がノノカちゃんを見つけたのは、ある意味必然と言えた。
「……わたし、いろんなとこにいきたい」
「いろんなところ?」
「そう、でもおかねがなくって、でんしゃにのれなかったの」
「そっか。私もちょうど、電車に乗るところだったのよ。一緒にどう?」
「……うん!」
私の目的地は古銭屋。あまり子どもが行って楽しい場所ではないだろうから、別に後回しで構わない。私はこの子に気づいた以上、ある程度は面倒を見なければ、と思っていた。
「……ノノカちゃん。お父さんとお母さんは、」
「……」
切符を買って改札を抜け、ホームで電車を待つ間、私はもう一度ノノカちゃんに尋ねた。するとせっかくだんだん話してくれるようになっていたノノカちゃんが、再び黙り込んでしまった。それで私は察する。やはり、ノノカちゃんの両親は彼女の手の届かない、遠い所へ行ってしまったのだ。ノノカちゃんはただの迷子ではない。永遠にさまようことになってしまったのだ。
「……うん。分かった、もういいよ。私には分かる」
「え……?」
「だからもう、無理して言わなくても大丈夫」
電車は何食わぬ顔をしてホームに滑り込んでくる。偶然やってきた快速に乗り込んで、二駅東を目指す。第六特別管理区のほとんど東端に位置する場所だ。
「どこにいくの?」
「古いお金を扱ってるお店よ。そこの人と仲がいいの。でも、あまり興味はないでしょう」
「ううん、いく」
本当は少しだけ古銭屋に寄らせてもらって、それからノノカちゃんの行きたい場所に行くつもりでいた。だからノノカちゃんが興味を示したのは、少し意外だった。
「……古いお金のすごさが分からないと、あまり楽しくないかもしれないわよ?」
「いいの。おねえちゃんがたのしそうなら、それでいいの」
電車を降りてから、線路に沿って少し歩くと目的の古銭屋だ。その道すがら、私はおそるおそるノノカちゃんに手を差し出す。初めこそ怪訝な顔をしていたが、私が笑顔を向けると手を出してきた。
「おや? そちらの女の子はどなたで?」
「少し事情があって預かることになったのよ」
「そうでしたか。あまり面白く映るものではないかもしれませんが、どうぞごゆっくり」
店内に入ると古銭屋の男は恭しく私に頭を下げた。それからノノカちゃんに気づいて、今度は私に対するのと全く同じ話しぶりでノノカちゃんをもてなす。誰に対しても丁寧な態度を変えない、人間のできた人だ。
「あ、そうそう。1000リラのエラーコインが入っていますよ。相当珍しい」
「あら、それは大物ね。見せてもらおうかしら」
イタリアでかつて流通していた通貨、リラ。中でも1000リラ硬貨は発行当初、裏面の地図が東西ドイツ統一前のまま印刷されていたらしく、今でも回収されきれずにその一部がどこかに流通しているらしい。古銭というよりはエラーコインとしての価値が大きいが、珍しいことに変わりはない。
「ふうん……これはどこから?」
「茶色の外套をお召しの男性からお持ち込みいただきました。海外出張の際に友人からもらった、とおっしゃっておりました」
「名前は分かるかしら」
「ええ、少々お待ちを」
あまりよくないことなのかもしれないが、私は珍しい古銭を見る際に、持ち込んだ人物の素性を確かめるようにしている。ただの古銭コレクターが売却したのなら構わない。古銭集めに飽きた、断捨離する必要があったなどいろいろ理由は考えられる。
「砂川ミロク……聞いたことはないわね」
「少し調べましたが、特に怪しい情報はございませんでしたよ」
「そう、なら購入を考えようかしら」
問題は犯罪の臭いがした場合だ。古銭などという存在するだけで価値を発揮するものは、犯罪組織が関わっていることもままある。絶望捜査官たる者、犯罪に加担するなど言語道断だ。
「ありがとうございます。では梱包いたしますので、少々お待ちを」
私は彼との話に夢中になっていて、すっかりノノカちゃんのことを忘れていた。少々お待ちを、と言われた段階でようやく思い出して私はノノカちゃんの方を見た。ノノカちゃんもノノカちゃんで、ショーケースに並べられた別の古銭を眺めていた。それほど珍しくなくて、在庫がいくらかあるような古銭はこうして並べてあるのだ。よく見ると、私が先日処分を頼んだ5ドイツマルク硬貨も並べてあった。
「おねえちゃん、こういうのは買わないの?」
「ええ。もう持っているものも多くて」
「この方はうちの常連様でして。懇意にさせていただいております」
懇意とかどうとか言ってノノカちゃんは分かるのだろうか、と思ったが、彼の言わんとするところは理解したようだった。「そうなんですね」とノノカちゃんは答えた。
「何か欲しいものはある? 思ったよりこっちが安かったから、何か一つなら買ってあげられるけれど」
「……じゃあ、これ」
ノノカちゃんが指差したのは、昭和時代の東京オリンピックに際して発行された、100円の銀硬貨だった。それほど価値は高くないが、古銭の類であるのに間違いはない。それに状態がよく、ノノカちゃんはそこに惹かれたらしかった。
「分かったわ。買いましょう」
「ありがとう、おねえちゃん」
古銭屋と軽く世間話をしてから、私たちは店を出た。今度はノノカちゃんの方から手をつなごうとしてきた。そして、
――黒いワンピースの背中が少し裂けた。
「えっ……!?」
痛みは全くなかった。ただ風を切る鋭い音と感触がして、私は後ろを振り返る。ノノカちゃんの他に、黒い影がもう一つ。
「……気をつけろ、ヤヨイ。こいつは危ない」
「クレハ……?」
後ろを向いた私の視界に飛び込んできたのは、ノノカちゃんの背中から生えた不気味な赤黒い鎌と、それを大剣で受け止めるクレハの姿だった。




