07-ハイヴ・ギルド本部『パッチ』
アンダークロフトの湿った静寂を抜けた先に、その『聖域』はあった。
旧地下鉄の駅構内。剥き出しの配線から供給される不安定な電力が、極彩色のネオンサインを不規則に明滅させている。
ハイヴの溜まり場、酒場〈パッチワーク・ウェイストランド〉。
都市の『胃袋』に吸い込まれた厄介者たちの生存可能領域。ここは情報と盗品が交錯する一大拠点であり、企業の眼を盗んで違法改造を行うハッカーたちの揺りかごでもある。
アマディオが重厚な鉄扉を叩く。パネルに手をかざすと、幾重ものセーフティ・ロックが重々しい金属音を立てて解除された。
継ぎ接ぎだらけのスーツを着た情報屋、顔をフードに隠した潜伏者、錆びついたジャンクアーマーを自慢げに鳴らす武装民。
ドラム缶の焚き火を囲んで泥のようなスープを啜る彼らの視線をくぐり抜け、アマディオたちは奥へと進む。
二人の用心棒が守る『一等席』――放置された特急車両の扉が開く。
車内に足を踏み入れると、シーシャの甘く重い煙と古くびたレザーの匂いが鼻腔を突いた。
ありとあらゆる略奪品と嗜好品に囲まれたその空間で、おんぼろラジオが雑音混じりのクラシックを奏でている。
「……本当にお前なのか、アマディオ」
低いガラガラ声。ボロ布のようなローブを纏った老人が、紫煙の向こうから立ち上がった。
サイモン。この酒場の主であり、メトロポリタンのシステムから独立したネットワークを構築した生ける伝説。
サイモンはゆっくりと歩み寄り、アマディオの肩を強く掴んだ。その掌の熱さと力強さが、旧友との確かな再会を告げている。
だが、サイモンの瞳にあったのは歓喜ではなかった。一度は脳を焼かれ、少女の異能によって無理やり現世に繋ぎ止められた親友に対する、痛烈なまでの哀れみだった。
死の陰影をまとったアマディオの顔色を、老人はすべて見抜いていた。
「サイモン……教えてくれ」
アマディオは絞り出すような声で、かつて戦場をともに潜り抜けた情報屋の目をまっすぐに見つめた。
「前みたいに……頼む。俺は一度死んで、この子と命が繋がってしまった。全企業から追われる身だ。俺たちはこれから、どうすればいい? どうすればこの子を守って生き延びられるのか、教えてくれ」
かつて冷徹な仕事人として名を馳せた傭兵が見せた、あまりにも悲痛な弱音。
サイモンは固く唇を結び、深く息を吐き出すと、アマディオの肩をもう一度強く握りしめた。
「……一人で背負い込むな、バディ。一度死んだ身体で考えるにしては、荷物が重すぎる」
サイモンは車内の奥を指差し、重々しく宣告した。
「腹を括れ。大企業の本気から逃れるにゃ、俺たちの手札を全部テーブルに晒すしかねえ……ノヴァ、今ドローンを撒いてるスパークも呼べ。古株の4人を集めて、これからの脱出作戦を話し合う。いいな?」
* * *
作戦会議の前。サイモンはボックス席に二人を促し、温かい料理を運ばせた。
殺伐とした逃亡劇の中に訪れた、束の間の一息。
リサの目の前には、酒場特製の濃厚なビーフシチュー。
そしてアマディオの前には、大ぶりのハンバーガーと、氷がカランと音を立てる大きなグラスに入ったコーラが置かれた。
「こ、これは……リサが摂取しても、許される物質なのですか?」
リサは恐る恐るスプーンを握り、ゴロゴロと入った肉と野菜を口に運ぶ。
次の瞬間、彼女のオプティックが小さく明滅した。
「んあっ……! 口腔内での……熱と酸味の爆発を感知。熱いです、アマディオ! 舌のセンサーにエラーが発生して……!」
「エラーじゃないだろ、それが『美味い』って感覚だ」
慌てて水を飲むリサの可憐な反応に、隣でノヴァが小さく吹き出した。
アマディオは自嘲気味に息を吐くと、両手で厚みのあるハンバーガーを掴み、力任せにかぶりついた。
香ばしく焼かれたパティの脂と強い塩気が、疲弊しきった舌を満たす。
続いて手にしたコーラを喉に流し込むと、シュワシュワと弾ける炭酸の刺激が、一度死にかけた自律神経を強く覚醒させていった。
「ははっ……生きてる感じがするな」
コーラのグラスを置き、ジャンクな味に吐息を漏らすアマディオ。
ジャンクフードの暴力的な味わいと、熱いシチューに目を白黒させる少女の姿。
緊迫した地獄のさなかに生まれたその静かな食卓で、アマディオは自分がまだ人間としてここに存在していることを、確かに実感していた。




