↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/38

07-ハイヴ・ギルド本部『パッチ』

 アンダークロフトの湿った静寂を抜けた先に、その『聖域』はあった。


 旧地下鉄の駅構内。剥き出しの配線から供給される不安定な電力が、極彩色のネオンサインを不規則に明滅させている。


 ハイヴの溜まり場、酒場〈パッチワーク・ウェイストランド〉。


 都市の『胃袋』に吸い込まれた厄介者たちの生存可能領域。ここは情報と盗品が交錯する一大拠点であり、企業の眼を盗んで違法改造を行うハッカーたちの揺りかごでもある。


 アマディオが重厚な鉄扉を叩く。パネルに手をかざすと、幾重ものセーフティ・ロックが重々しい金属音を立てて解除された。


 継ぎ接ぎだらけのスーツを着た情報屋、顔をフードに隠した潜伏者、錆びついたジャンクアーマーを自慢げに鳴らす武装民。


 ドラム缶の焚き火を囲んで泥のようなスープを啜る彼らの視線をくぐり抜け、アマディオたちは奥へと進む。


 二人の用心棒が守る『一等席』――放置された特急車両の扉が開く。


 車内に足を踏み入れると、シーシャの甘く重い煙と古くびたレザーの匂いが鼻腔を突いた。


 ありとあらゆる略奪品と嗜好品に囲まれたその空間で、おんぼろラジオが雑音混じりのクラシックを奏でている。


「……本当にお前なのか、アマディオ」


 低いガラガラ声。ボロ布のようなローブを纏った老人が、紫煙の向こうから立ち上がった。


 サイモン。この酒場の主であり、メトロポリタンのシステムから独立したネットワークを構築した生ける伝説。


 サイモンはゆっくりと歩み寄り、アマディオの肩を強く掴んだ。その掌の熱さと力強さが、旧友との確かな再会を告げている。


 だが、サイモンの瞳にあったのは歓喜ではなかった。一度は脳を焼かれ、少女の異能によって無理やり現世に繋ぎ止められた親友に対する、痛烈なまでの哀れみだった。


 死の陰影をまとったアマディオの顔色を、老人はすべて見抜いていた。


「サイモン……教えてくれ」


 アマディオは絞り出すような声で、かつて戦場をともに潜り抜けた情報屋の目をまっすぐに見つめた。


「前みたいに……頼む。俺は一度死んで、この子と命が繋がってしまった。全企業から追われる身だ。俺たちはこれから、どうすればいい? どうすればこの子を守って生き延びられるのか、教えてくれ」


 かつて冷徹な仕事人として名を馳せた傭兵が見せた、あまりにも悲痛な弱音。


 サイモンは固く唇を結び、深く息を吐き出すと、アマディオの肩をもう一度強く握りしめた。


「……一人で背負い込むな、バディ。一度死んだ身体で考えるにしては、荷物が重すぎる」


 サイモンは車内の奥を指差し、重々しく宣告した。


「腹を括れ。大企業の本気から逃れるにゃ、俺たちの手札を全部テーブルに晒すしかねえ……ノヴァ、今ドローンを撒いてるスパークも呼べ。古株の4人を集めて、これからの脱出作戦を話し合う。いいな?」



 * * *



 作戦会議の前。サイモンはボックス席に二人を促し、温かい料理を運ばせた。


 殺伐とした逃亡劇の中に訪れた、束の間の一息。

 リサの目の前には、酒場特製の濃厚なビーフシチュー。


 そしてアマディオの前には、大ぶりのハンバーガーと、氷がカランと音を立てる大きなグラスに入ったコーラが置かれた。


「こ、これは……リサが摂取しても、許される物質なのですか?」


 リサは恐る恐るスプーンを握り、ゴロゴロと入った肉と野菜を口に運ぶ。


 次の瞬間、彼女のオプティックが小さく明滅した。


「んあっ……! 口腔内での……熱と酸味の爆発を感知。熱いです、アマディオ! 舌のセンサーにエラーが発生して……!」


「エラーじゃないだろ、それが『美味い』って感覚だ」


 慌てて水を飲むリサの可憐な反応に、隣でノヴァが小さく吹き出した。


 アマディオは自嘲気味に息を吐くと、両手で厚みのあるハンバーガーを掴み、力任せにかぶりついた。


 香ばしく焼かれたパティの脂と強い塩気が、疲弊しきった舌を満たす。

 続いて手にしたコーラを喉に流し込むと、シュワシュワと弾ける炭酸の刺激が、一度死にかけた自律神経を強く覚醒させていった。


「ははっ……生きてる感じがするな」


 コーラのグラスを置き、ジャンクな味に吐息を漏らすアマディオ。


 ジャンクフードの暴力的な味わいと、熱いシチューに目を白黒させる少女の姿。


 緊迫した地獄のさなかに生まれたその静かな食卓で、アマディオは自分がまだ人間としてここに存在していることを、確かに実感していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
とりあえずここまで読まさせてもらいました。とってもワクワクする展開、メトロポリスサイバーパンクガンアクション、誰もが自分の大好きな舞台で設定で、とっても楽しく読むことができました。 唯一気になる点と…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。