05-追跡者の第一波
アンダークロフトの重苦しい静寂を、統制された無機質な軍靴の響きが切り裂いた。
ディレクター・ケインは、アマディオという男のしぶとさを決して過小評価していなかった。
送られてきたのは、エシュロン直属の特殊鎮圧部隊。
彼らは身体拡張技術によって再構築された新世代の兵士――『オーグメンテッド』と呼ばれる者たちだった。
最新の科学によって鍛え上げられた高密度ボディアーマーの下には、生身の肉体を遥かに凌駕する人工筋肉と、耐衝撃性に長けたチタニウム合金の骨格が組み込まれている。
そして、苛烈な身体強化施術の副作用として、メットの奥から覗く彼らの瞳は血のように暗い赤色に発光していた。
主装備であるカスタムM4カービンを構え、彼らは地下鉄の廃線跡を迅速な歩法で制圧していく。
「いたぞ! 撃て!」
暗闇に走る短機関銃の影に向け、躊躇なく引き金が引かれた。
「……ターゲットではない。ただの浮浪者だ」
「構わん。掃討ルートの障害物だ。生かしておいても長くは持たん」
軍用通信の奥から聞こえる彼らの英語には、独特の南部訛りがあった。
最新鋭の鋼鉄の肉体と、旧時代の荒々しい残虐さ。最新科学の恩恵を受けながら、人間性を削ぎ落とした、『兵器』そのものの群れが、地下の闇を侵食していく。
* * *
遠くから響く重低音の銃声に、リサが小さな肩を震わせた。
華奢な身体はすでに限界を迎えており、顔色は青ざめている。
「リサの聴覚ノードが……多数の熱源と同期された足音を検知。接近中……」
「ここから先は『本職』の領分だ。ノヴァ、この子を頼む」
アマディオは懐から、白銀に輝くM1911を引き抜いた。
手触りの滑らかなウッドグリップを握りしめる。銃身に刻まれた聖書の一節――〈光は闇の中に輝き、闇はそれに打ち勝たなかった〉。その言葉の意味を噛み締めるように。
「……チッ、これだから死に損ないの軍人は嫌いなんだ」
ノヴァは手持ちの切り詰められたショットガンを素早くリサの胸元へ押し付けた。もちろんリサに銃は撃てない。
だが、ノヴァは「お守り代わりに抱えてな」と囁き、自分はパンツの腰の裏に斜めに挿していた、コンパクトな『スコーピオン』短機関銃を引き抜いた。
「アマディオ。私は弾除けになる気も、お前の死体を持って帰る気もないからね」
「十分だ……リサ、聞こえるか。お前の力を見せてくれ」
アマディオがスカーフで口元を覆い、瞳を研ぎ澄ます。
「はい……アマディオ。量子リンク、確立。脳の演算領域を共有……分散処理を開始します」
次の瞬間、アマディオの視界が劇変した。
ドクン、と脳奥で不気味な脈動が跳ねる。
リサの超心理学的ノードがアマディオの神経系と完全に同調し、彼の脳の余剰スペックを超高速演算に割り振ったのだ。
視界がコンマ1秒単位の超高精度なフレームに切り刻まれる。
音、空気の揺れ、壁から滴る水滴の落ちる軌道までもが、遅延されたスローモーションのように脳内に描かれていく。
「――行くぞ」
曲がり角の壁面に、ランタンの火に焼かれた敵の影が伸びた。三人。
先頭のオーグメンテッドが角を曲がり切る瞬間に合わせ、アマディオとノヴァが影から躍り出た。
「敵影――ッ!?」
兵士の赤い瞳が激しく発光し、超反応でM4の銃口が跳ね上がる。
だが、その動作すらアマディオのコンマ1秒の世界では遅すぎた。
アマディオはM4の銃身を左手で斜め下に払うと同時に、至近距離の踏み込みで兵士の懐へ潜り込んだ。
相手は人工筋肉とチタニウムの骨を持つ怪力だが、アマディオは力で抗わず、関節の支点を支柱にして兵士の体勢を崩す。
最先端の科学だろうと、人間の根本のつくり――そう、関節部分は強化できない。
――パン、パン!
アーマーの隙間――首筋の防弾繊維の継ぎ目を、白銀のM1911が至近距離から二発、穿った。
同時に、背後へ回り込んだノヴァがスコーピオンの銃身で二人目の兵士の視覚インターフェースを強打。
火花が散る隙に、腰を低く落として脇下へスコーピオンの銃口を突き刺し、フルオートの掃射を浴びせた。
「あガッ……! 散開ッ! 距離を取れ!」
生き残った三人目の兵士が叫び、後方へ跳躍しながら通信ラインを開こうとする。
「戦術データ共有……本部、至急応援を――」
『ノード・アクセス――対象のナノマシンネットワークを短絡』
抱きかかえたショットガンに小さく顔を埋めたまま、リサが呟いた。
次の瞬間、兵士の赤い瞳が激しいノイズとともに明滅し、彼の視覚HUDに致死的なエラーが表示された。
強化兵の最大の武器である隊員間データ共有と身体制御ナノマシンが、リサのハッキングによって一瞬にして機能不全を起こしたのだ。
「なに……!? 視界が……通信が遮断――」
兵士が混乱で引き金を引く指を狂わせた、コンマ1秒。
アマディオはその隙の渦中へ踏み込んでいた。
敵の振り下ろされるアサルトライフルを左前腕で受け流し、右手に握ったM1911のフレームで兵士の顎を突き上げる。
チタニウムの骨格すら震わせる衝撃。
脳を揺さぶられた兵士が仰け反った瞬間、アマディオは相手の首を左腕で巻き込み、テイクダウンと同時にその眼球の奥――赤く光るサイバネ・レンズへ向けて引き金を引いた。
銃声が止み、硝煙がアンダークロフトの湿った空気に混ざり合う。
倒れた強化兵たちのボディアーマーから、人工筋肉を冷却するための白い蒸気がプシューッと漏れ出していた。
「……ふぅ。一秒にも満たない時間で、よくこれだけ動けるもんだ」
ノヴァがスコーピオンの弾倉を改め、感心と呆れが混ざった溜息を吐く。
「俺だけの力じゃない……リサ、助かった」
アマディオが荒い息を整えながら振り向くと、リサはノヴァのショットガンを両手でしっかりと抱きしめたまま、静かに胸を上下させていた。
「……アマディオの……脳負荷、正常値へ復帰。リサのアシスト……成功……」
「ああ、満点だ」
アマディオはスカーフを下げ、倒れた最新鋭の『オーグメンテッド』たちを見下ろした。
チタニウムの骨と人工筋肉で固められた新人類であっても、絶望的な暗闇と、命を分け合う者たちの『絆』までは打ち破れない。
「行くぞ。掃除屋の本隊が来ないうちに、ここを抜ける」
【データベース】
〈M1911〉……コルト・ガバメント。かつてのアメリカにおいて、ジョン・ブローニングが設計、コルト・ファイアアームズ社が開発した.45ACP弾を使用する軍用自動拳銃。
アマディオの愛銃でもあり、彼が所有するものはシルバーのコーティングが施され、職人の手によって削り出された滑らかな赤褐色のマボガニーのグリップを有し、銃身に聖書の一節が打刻されている。
「光は闇の中で輝くが、闇はそれに打ち勝たなかった〈"And the light shineth in darkness and the darkness comprehended it not."〉」
闇市では家一軒はくだらない値段が付く程の逸品。
アマディオ曰く、「電子ロックや認証チップを必要としないアナログな信頼性が、エシュロン・コープの高度な電子セキュリティさえ欺ける」との事。
〈カスタムM4カービンライフル〉……近未来化に伴いアップデートが施された銃火器。アップデート内容は『電子制御化』。銃の電子制御OSとは既存の銃に、使用者のナノマシンと連動する小型の電子機器を組み込むことで安全装置と残弾数、そして照準の補正をする仕組みを搭載するものだ。
ESF兵等が使用する軍用のサイバネ強化施術は恒常的に目が赤く発光するようになるのが特徴。
オプティックの拡張機能が搭載され、より高度な戦闘アシスト機能と身体能力の強化の恩恵がある。
オプティックの機能の主眼は脳機能の接続による五感拡張とARの搭載。
ネットワークへの通信から情報の処理まで、全てを耳に埋め込まれたチップで制御可能だ。スマートフォンやPCは精密な作業を行うための補助である。




