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37-取り戻された光

「――目を覚まして、アマディオ! お願い……目を覚ましてよっ!!」


 激しい雨の音を突いて、軍用トラックの幌の中にサマラの悲痛な叫びが響き渡っていた。


 冷たくなりかけていたアマディオの身体を、サマラは折れそうなほど強く抱きしめている。彼女の涙が、アマディオの泥と血にまみれた頬を次々と濡らしていく。


「お願いだから……起きてよ……!!」


 サマラの切実な祈りが届いたのか、アマディオの胸が大きく跳ね上がり、浅い息が肺へと吹き返した。


「……ッ……はぁ……っ!」


「……! アマディオ……!?」


 目を見開いたサマラが、震える両手で彼の頬を包み込む。


 混濁した意識の中で、アマディオはかろうじて自分の状況と、目の前にいる女性の顔を認識した。彼は残された力を振り絞り、サマラの手首を弱々しく掴み返した。


「っ……リサは……リサはどうなった……!?」


「彼女は……」


 サマラは溢れ出る涙を堪えることもできず、唇を噛み締めながら語りかけた。


「彼女は肉体を捨てて思念体となり……アークの戦術核を無力化することと、あなたの命を繋ぎ止めることに……そのすべての力を注いだの」


 かすれる声で、サマラは過酷な真実を紡ぐ。


「リサの肉体は完全に死んだわ。でもそのおかげで、核の発射シークエンスも、彼女の超心理学能力で動いていたエシュロンの兵器も、完全に機能を停止させた……いいえ、あの巨大な二足歩行兵器『メドゥーサ』だって、最初からリサの脳神経によるサポートがなければ稼働すらできない代物だったのよ……」


 サマラの言葉を聞き終えると、アマディオは軋む関節に鞭打ち、ゆっくりと身体を起こし始めた。


「待って! 動いちゃダメ! あなたの脳神経はもうボロボロなの……! 以前のように無理が利く体じゃないのよ!」


「……この目で……見させてくれ」


 アマディオはサマラの制止を静かに手で遮り、焦点の合わない目で幌の外を見つめた。


「リサが……あいつが命を懸けて下した決断に……意味があったのかどうかを……」


 ふらつく足取りで、アマディオは軍用トラックの荷台から泥濡れの地面へと降り立った。



 * * *



 そこは『ロウワー・ティア』――見上げるような超高層ビル群と複雑に交錯する高架路に陽の光を完全に遮られた、陽の当たらない地下層の街。


 普段なら企業の廃液と犯罪が渦巻くその薄暗い街に、いまはアメリカ合衆国正規軍の臨時救助キャンプが設営されていた。


 雨が降りしきる中、赤十字のテントの周りには、身を寄せ合う兵士や民間人たちの姿があった。軍医が手当てをし、兵士が温かいスープを配り、見知らぬ者同士が傷を庇い合っている。


 エシュロンの暴政が潰え、そこには歪でありながらも確かに助け合う人々の営みが戻りつつあった。


 光の差さぬ街に灯る小さな希望の火種を、アマディオは静かに見つめていた。


 立ち尽くす彼の背後に、整然とした足音が近づいてくる。


 振り返ると、そこに一人の若い士官が立っていた。泥と硝煙に汚れながらも、その瞳には強い意志の光が宿っている。


「……中尉。お初にお目にかかります」


 その士官は、アマディオに向かって寸分の隙もない美しい敬礼を捧げた。


「私はアメリカ政府軍・ハイテク特殊部隊『KANINE(ケイナイン)』総司令官、ジョン・パトリック少佐です」


 雨の中に背筋を伸ばして立ち尽くすパトリックを見つめ、アマディオは力無く首を振った。


「よせ……敬礼など不必要だ。俺はもう、軍人ではない」


「中尉……かつての『KANINE(ケイナイン)』が辿った真実と歴史を知る者は、いまやあなた一人しかいません。エシュロンの独裁政権を打ち砕き、アメリカを絶望から救った反企業ゲリラの英雄として……どうか、新生合衆国軍へ戻ってきていただきたいのです」


 パトリックの切実な要請を聞きながら、アマディオはゆっくりと彼に背を向けた。


 そして、降り注ぐ雨の音に掻き消されそうなほど小さな声で、ぽつりと呟いた。


「……もう俺たちが、再び軍人として会うことはないだろう。パトリック……これからの『KANINE(ケイナイン)』は、お前の手で誇りある部隊として育て上げるんだ……俺からの、これが最後の頼みだ」


 パトリックは息を呑み、胸の前で固めた拳に力を込めた。


「……はっ……光栄です、中尉」


「……ありがとう」


 背中で後輩の敬礼を受け止めながら、アマディオは雨の降る救援キャンプの奥へと歩み去っていった。



 * * *



 数日後。


 消毒液の匂いが漂う静かな病室で、アマディオは微かな光を感じて目を覚ました。


 眩しさに目を細めると、枕元には高級なスーツに身を包んだアメリカ政府官僚と、威厳ある態度で控える数人の憲兵たちの姿があった。


「……目覚めたか、ミスター・アマディオ」


 官僚の男は胸ポケットから書類を取り出し、淡々と、しかし重々しく語り始めた。


「旧エシュロン政権下において記録されていた君のすべての『犯罪記録』および指名手配データは、我々の手で完全に回収・抹消した……当然だろう。アメリカを裏切り、世界を支配しようとした邪悪な企業帝国を打ち破った真の英雄を、裁判の席に立たせるわけにはいかないからな」


 政府官僚は書類を閉じ、アマディオの顔を真っ直ぐに見つめて厳粛に誓った。


「一週間後の正午、フェデラル・ホールにて君への特務勲章授与式を執り行う。その勲章の授与を以って、君の過去のあらゆる違法行為に対し、合衆国大統領の名において完全なる恩赦を下す手筈だ」

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