33-エシュロン本部潜入作戦
激しい粉雪が舞い散るネオ・マンハッタンの夜空を裂き、一機の垂直離着陸機が滑り込んだ。
向かう先はアッパー・ティアの中央に突起のごとくそびえ立つ、エシュロン・コープの本拠地『ブラックウォーター・パーク』。ニューヨークの内政を一手に握る、巨大複合企業の全枢軸が集約された巨塔だ。
機体が最上階の展望ヘリポートへ着陸する。眼下を見下ろせば、かつてのアメリカの栄華を象徴する歴史的建造物『フェデラル・ホール』が、薄闇の中で寒々しく佇んでいた。
ハッチが開き、ライル、セッカ、ミオラ、そしてアマディオが滑り出す。
「狭い上に暑苦しいな。エシュロンほどの企業が、機体内にまともな空調すら搭載できないとは」
白いスーツの襟を正しながらライルが文句をこぼすと、機材を抱えたミオラが青筋を立てて振り返った。
「兄上、ふざけている場合デハナイ。敵の要塞のど真ん中に足を踏み入れているんだゾ」
「ふん。ならばさっさと自分の仕事に取り掛かってもらおうか、ミオラ」
ミオラは素早く小型端末と広帯域の通信妨害装置を床へ展開した。指先がキーボードの上を猛スピードで跳ねる。
「一帯の通信ノードをハッキングして電波を遮断した。敵の連鎖通信はこれで断ち切ったゾ。兵士たちの連携が乱れている……今がチャンスダ!」
「よし、頼んだぞ。アマディオ、我々は遮断装置の設置が完了し次第、空から遠隔支援に回る。単独潜入を開始してくれ」
「了解した」
アマディオが短く応じると、黒い戦闘スーツに仕込まれた『AR迷彩』の電子回路が青く明滅した。光が屈折し、彼の巨大な輪郭が背景の雪景色へと瞬時に溶け込んでいく。
* * *
姿を消したアマディオは、風の音に紛れてビルの搬入用エアロックをすり抜け、上層階の回廊へと侵入した。
今回の作戦目標は明確だ。
エシュロン本部に潜入して核兵器の正確な座標を特定すること。
拘束されているリサを奪還し、核の脅威を阻止すること。
そして、すべての元凶であるディレクター・ケインの身柄を押さえ、死神『メメント・モリ』ガレス・オブライエンとの因縁に決着をつけること。
ガラスと冷たい金属、ネオンの光線が交差する幾何学的なアトリウムを進みながら、アマディオの脳裏に、かつて初めてリサと出会い、彼女を連れ出した『あの日』の光景がよぎる。
「エシュロンの本丸に乗り込んだというのに……不気味なほど静かだな」
アマディオが低く呟くと、アクティブ・ノイズからミオラの通信が届いた。
『油断するナ、ファントム。これはCIAによる緻密な破壊工作の賜物ダが……敵も異常には気づいているはずダ』
「……あった。中央記憶室だ」
重厚なセキュリティ・ドアを認証キーで解除し、静まり返る記憶室内へ足を踏み入れる。青いLEDが明滅する巨大なラックの前で、アマディオはデータ抽出用のスキミング・ツールを端子へ力強く叩き込んだ。
――ジジジッ。
抽出用ハンドルに、何テラバイトもの膨大な電子データが目まぐるしい速度で流れ込んでいく。その重みを実感しながら、アマディオはデータを外部のミオラへ一括転送した。
『解析スル……! こ、コレハ……っ!』
ミオラが息を呑む気配が伝わる。
『アンダー・クロフトの……第9河川セクター! 旧時代の原子力潜水艦が沈殿している座標ダ!』
「やはりあそこに核ミサイルが残されているか。エシュロンが引き揚げるのも時間の問題だな」
通信の奥からライルの声が割り込む。
『よし、座標は押さえた。次は中央エレベーターを目指せ。アンダー・クロフトへの最深降下ルートは確保してある』
「了解」
アマディオはデータチップを回収し、サーバー室を後にした。
階下へ続く緊急階段を駆け下り、最寄りの大型エレベーターを目指す。
だがその時――オプティックの熱源探知が、前方と後方の回廊から接近する複数の反応を捉えた。
完全武装したエシュロンの警備小隊が、二方から挟み撃ちにする形で通路を進行してきていた。
(敵兵が戻ってきた……!? CIAの工作を見破って回線を切り替えたか)
アマディオは首元のバースト通信ノードを叩いた。
「ミオラ、挟まれた。何か手はないか?」
『手は打ってあル。電力を落とス』
直後――パツンと重い放電音が響き、フロア全体の照明が一瞬で潰えた。
絢爛豪華だったアトリウムは、一転して一切の光が届かない完全な暗闇へと突き落とされる。
混乱する兵士たちの怒号と、慌ただしく銃口を向ける金属音が暗闇に響いた。
「何だ!? 予備電源はどうした!?」
「視界が効かん! ライトをつけろ!」
『オプティックの補正にも限界はあるぞ、アマディオ。この状況に適正な装備を渡してあるハズダ、わかるカ?』
アマディオは腰の鞄から暗視ゴーグルを取り出し、両目に装着した。
瞬時に視界が鮮やかなエメラルドグリーンへと染まり、赤外線で浮き上がる敵兵たちのシルエットが明確に照射される。
迷彩を維持したまま、アマディオは身を極限まで低くかがめた。
暗闇の中で困惑し、背中合わせに警戒陣形を組む兵士たち。その隙間――わずか数センチの足元を、アマディオは影のように滑らかな足取りですり抜けていく。
緑の視界の中で、兵士が構える小銃の銃身を紙一重でかわす。
呼吸すら殺し、敵の足音と心拍音の間を縫うようにして、大柄な巨体を滑らせていく。兵士の誰もが、目と鼻の先を死神が通り抜けたことに気づいていない。
隊列を完全に置き去りにし、暗闇の廊下を突破したアマディオは、目的の大深度エレベーターの前へと到達した。
操作パネルに電子キーをかざすと、重厚な鋼鉄の扉が静かに開く。
アマディオは迷わず中に飛び乗り、最下層――旧都市の遺構が眠る『アンダー・クロフト』のボタンを押し込んだ。
エレベーターが重低音を響かせ、暗黒の深淵へと急速に降下を始める。




