30-敵と共に/Enemy Within
地上数百メートルの上空に鎮座するアッパー・ティアの超高級ホテル『デュー・シエル』。
都市の汚染された大気を遮る巨大なプラズマドームの内側には、人工的に管理された静謐な青空と、心地よい温帯の風が満ちていた。
アマディオとセッカが足を踏み入れたのは、ホテル上階に広がる巨大な人工熱帯庭園だ。
クリスタルガラスの崖から流れ落ちる人工の滝が涼やかな音を立て、遺伝子組み換えによってネオンブルーに発光するヤモリたちが、希少な熱帯植物の幹を這っている。一世紀前のアメリカの絢爛を遥かに凌ぐ退廃的な富の象徴――下層の住人が生涯かかっても拝めないような『偽りの楽園』がそこにあった。
「クリスピン様? ディナー会場はこちらです」
黒のフォーマルなセキュリティ・スーツに身を包み、SPとして先導するセッカが、洗練されたお辞儀とともにアマディオを促した。
「君は上品な言葉遣いもできるんだな」
「……ッ!? うっ……」
セッカは言い返したい衝動を必死に堪え、ひくひくと眉を震わせた。
彼女は周囲のVIPや警備ドローンに不審がられないよう歩行速度をわずかに落とし、すれ違いざま、アマディオの胸元に背を預けるようにして身を寄せた。
「……もうっ。クリスピンは実在の男よ。ヨーロッパから来た富豪で、エシュロンに資金援助をしているわ。でも、ケインと直接会ったことはないの。本物のクリスピンは……こちらで事前に身柄を拘束して処理したわ。あなたは、完璧な『クリスピン』を演じて」
「……どんな男だ? そのクリスピンというのは」
「私が見る限り……絵に描いたような下衆な男よ。表面上はフランスのオートクチュールブランドのオーナーだけど、裏では人身売買組織を率いる奴隷商人。身寄りのないハイヴやスカベンジャーの子供をさらって、富裕層向けにオークションにかける悪党よ。会場にいる美女でも侍らせるんじゃないかしら」
「下衆な男……? なんで、そんな奴にすり替わるんだ?」
「ケインと直接のコネがあって、あなたと同じように緑の瞳を持つ男が、ヤツしかいなかったのよ」
「下衆な男、か……」
アマディオは得心がいったように頷くと、無表情のままセッカのしなやかな尻を容赦なく鷲掴みにした。
「たとえばこんなふうにか? 無防備に身体を密着させた女を弄ぶのか?」
「ひゃッ……!?」
セッカが猫のように可愛らしい悲鳴を上げ、全身を硬直させた。
恐る恐る見上げると、アマディオの瞳にあるのは邪心ではなく、純粋に『クリスピン』という男の振る舞いを研究・実践しようとする大真面目な探求心だけだった。
「あ……んた……ッ!」
一瞬で耳まで真っ赤になったセッカは、SP用のブレザーの下からぬめり出るような手つきでワルサーPPKを抜き放つと、アマディオの顎下に容赦なく突き突きつけた。
「次やったらブッ殺す!!」
「セ、セッカ……!? え……演技は」
「知るかッ! あんたが悪いのよッ!」
セッカはアマディオのトレンチコートの襟ぐりを掴むと、体さばき一つで彼の巨体を人工芝の上に叩きつけた。
「ぐふうッ!?」
「二度と私に触らないで!」
オプティック回線の向こうで、ライル・シェンが吹き出す音が混ざり込む。
『あらら……怒らせちゃったな、アマディオ。ディナー会場には自力で行くしかあるまい』
「……ウッ……むうう……」
* * *
〈PM 17:55〉。
アッパー・ティア、ネオマンハッタン地区。
『ホテル・デュー・シエル』メインホール・ディナー会場。
ホログラムのオーケストラが奏でる優雅なクラシックが響き渡る会場には、最高級のドレスとサイバネティクス装飾で身を包んだ世界の政財界の重鎮たちが集っていた。
クリスタルグラスには黄金色の最高級シャンパンが注がれ、運ばれる料理には下層では入手不可能な、本物の肉や野菜が使われている。
アマディオはサマラの『AR偽装』と『フェイスカム』によって、ミディアム丈のオールバックに洗練された髭をたたえた『クリスピン』として、赤い絨毯の上を堂々と歩いた。
重厚な黒装甲のESF兵が立ち塞がる。 アマディオは顎先をくいっと上げて見下し、ただ低く一言。
「ディレクター・ケインに会いたい」
即座に、後ろから息を切らしたセッカが駆け寄ってきた。
「クリスピン様。こちらへ……案内いたします」
セッカの先導で幾重もの生体認証セキュリティを通過し、アマディオは防音仕様の重厚なVIP待機室へと招き入れられた。
部屋の奥、ネオ・マンハッタンの銀色の摩天楼を見下ろす全面ガラスの前に、一人の男が立っていた。エシュロン・コープの最高権力者――ディレクター・ケインだ。
「ああ……これはクリスピン様。ようこそ参られました」
ケインは低い唸り声のような声で迎え入れた。
「ディレクター・ケイン……」
「ご心配なく。核弾頭は既に押さえています。下の者が潜水艦の引き揚げに手こずっているようですが、演習の予定には間に合うでしょう」
「……その演習で、エシュロンは何を企んでいる」
「私には、夢があります。それはいつの日か、古い時代のアメリカの理想を取り戻すことです。世界の帝国、強いアメリカ。それを我がエシュロン社が成し遂げる。本格的な外交政策に乗り出すのです、クリスピン様。旧文明の核戦争で崩壊した世界は、国家間の連絡を絶ってきました――我がネオ・フロンティアにはまだ対外的な主権というものがありません」
「対外的な主権だと……?」
「はい。我々は単なる一企業ではない。もはや核抑止力を持つ、独立した国家と同等の主権的実体であると世界に示す。それこそが私の考える強いアメリカの復興への唯一の道なのです。それにより、我々の市場をアメリカの裏社会のみならず世界全体に広げることが可能となる。そして、旧時代のアメリカ政府残党の排除に乗り出すのです。奴らは我々エシュロン政権の委任解除を命じることができる、唯一にして最大の障壁……『やはり委任を取り消す』と判断した奴らが軍を動かそうとした時、我々の発射可能な核弾頭を見せつける。これは焦土作戦にも有効であります」
「――焦土作戦?」
「もし、ネオ・フロンティアが世界に市場を拡大した時、他社との競合に負け、吸収合併されかねないとしましょう。その時、我々が発掘した核弾頭によって、すべてを道連れにできるという抑止力になります。競合他社は『買収』も『武力調和』も諦めざるを得ない――これこそが、私のストーリーなのです」
「……だが、核弾頭を発射可能にするシステムはどうするつもりだ?」
「そうです。それこそが今回の『演習』における最大のアピールです。御社から買い取った『アリス』の少年少女たちを、我が社のブレインに預けました。超心理学の科学的効果は本当でした。殆どの被検体は規定の数値に達する前に脳が焼かれましたが……『リサ』は、超感覚とサイコキネシス能力を完全に制御できた最後の成功体。リサをキーとして使い、この国に眠る核弾頭をすべて引き揚げ、発射可能な状態にする。その第一のゴールが、ニューヨークの遺跡に沈殿する原子力潜水艦にあるのです」
ケインは静かに振り返ると、アマディオの顔をじっと覗き込んだ。
「ところで……訛りがないですな、ミスター・クリスピン」
ケインはそう言うと、ロックグラスを手に取り、再び窓へと近づいた。
「クリスピン。この街の景観を見て何を感じる? この蟻のように行き交う市民、定刻通りに走行するドローン、煙を噴いて飛ぶエアリアル・リムジンを見て、どう感じる?」
「誰かの……とてつもない権力を感じます」
アマディオはコートのポケットから偽装スマホを取り出し、背後から静かにケインの背中へかざした。
(バカッ……! 背中にカメラを向けたって意味ないでしょ! 首元のオプティック端末に直接かざさなきゃデータはダウンロードできないじゃない!)
入口に立つセッカが猛烈な顰め面で合図を送っている。アマディオは視線だけで返しつつ、スマートフォンの位置をゆっくりとケインの首元へ近づけていった。
ケインの目がネオ・マンハッタンの夜景に釘付けになっている今が、千載一遇の好機だった。
――ピピッ。
その時、ケインの首元に埋め込まれたオプティック端末が短い電子音を鳴らした。
「ああ、ケインだ。君か――なに、ホテル内に侵入者がいると?」
アマディオとセッカの身体が凍りつく。
「……わかった。すぐに出る」
ケインはゆっくりと向き直り、アマディオをまっすぐに見つめた。
「……その目だ。あなたは私に何かを感じさせすぎたのです。その力強い瞳。贅沢に慣れきったヨーロッパの富豪ではない……戦士の顔だ。私の旧友と同じように」
ケインがアマディオに顔を近づける。
「旧合衆国の亡霊……我が完璧なシステムを乱す、忌まわしき不具合。データ化できないファントム……即座にデバッグし、消去すべきバグだ」
セッカが咄嗟にジャケットからPPKを抜いた。
(くっ……最悪の状況ね……!)
その時――重厚なセキュリティドアが荒々しく跳ね上がった。
踏み込んできたのは、無機質な黒塗りの重装甲と、赤く発光する単眼センサーを纏った、エシュロン直属のサイバネ強化兵たちだ。
一人や二人ではない。自動小銃を低く構えた複数の強化兵が、隙のない連携で一瞬にして室内を包囲する。無機質な駆動音と、ズシリと床を揺らす金属の足音が部屋を支配した。
「動くな!」
黒ずんだ銃口が一斉にアマディオとセッカの眉間へ突きつけられる。
サイバネティクスによって精密に制御された殺意。わずかでも筋肉を収縮させれば、瞬時に蜂の巣にされるという絶対的な死の気配――。
(なッ……サイバネ強化兵の部隊か……!?)
(ダメ……動いたら殺される……死にたくない……!)
圧倒的な戦力差と強烈な圧迫感を前に、アマディオもセッカも一瞬息を呑み、金縛りに遭ったように体を硬直させて怯んだ。セッカの指が引き金の上で凍りつく。
「フッ……見苦しいな、ネズミども」
ケインが嘲笑を浮かべ、短く顎でしゃくった。
「叩き伏せろ」
命令が下った瞬間、間合いを詰めていた強化兵が容赦なく踏み込んだ。
――ガッ!!
「あがっ……!? あああああッーーー……」
まずはセッカの腹部へ、自動小銃の銃床が突き立てられた。
強化義肢から放たれた強烈な一撃に息を詰まらせ、セッカがくの字に折れ曲がる。
間髪容れず、別の兵士が彼女の項へ撃ち下ろした銃床が、ゴツンと鈍い音を立てた。セッカは白目を剥き、崩れるように床へ伏した。
「セッカ――!!」
叫ぼうとしたアマディオの視界を、影が覆う。
身構える間もなく、サイバネ兵の腕がアマディオの腕を力任せに跳ね上げ、視界の死角から凄まじい速度で金属の塊が迫った。
――ゴォンッ!
「ぐはあっ……!?」
側頭部をダイレクトに強打され、脳振盪を起こしたアマディオの視界が派手に明滅する。激痛と強烈な眩暈に膝をついた瞬間、背後から別の兵士の重い蹴りと銃床の追撃が背骨と顎へ叩き込まれた。
――ガッ! ドカッ!
「が……はっ……」
床に吐き出された血と激痛。抗う術もなく意識の糸がプツリと切れ、アマディオの視界は完全な闇へと落ちていった。
「ふん……コア・ブレイクも、呆気ない幕切れだったな」
ケインは冷たく床の二人を見下ろすと、強化兵の指揮官へ視線を向けた。
「おい、ここで銃声を響かせるわけにはいかない。アッパー・ティアのゲストからの信用は最優先だ。客室から離れたバルコニーへ引きずっていき、そのまま始末しろ。いいか、銃声はなしだ」
* * *
アマディオの意識が混濁する中、通信ノードからはライルやサマラの悲痛な叫び声が響いていた。アマディオのすぐ隣には、セッカが横たわっている。
「……セッ……カ」
アマディオが重い腕を伸ばす。あと数センチで届く距離。
すぐにESF兵たちが雪崩れ込み、アマディオの頭髪を鷲掴みにして床にひざまずかせた。
「サプレッサーは装着したか? よし、構えッ!」
一斉に、十数本の小銃の銃口が二人に向けられる。
(ク……ソ……)
『おいおい、もう諦めてるのカ?』
突如、少女のような電子音声が通信に割り込んだ。ミオラだ。
『私が時間を稼いでやル!』
その瞬間――兵士たちのアーマーから青白い電流が弾け飛んだ。
「う……あがぁッ!?」
「オプティックが……過電流で……ッ!」
『ナノマシンの生体電気を暴走させるウィルスを流してやっタ。お前の脳を焼いたのと、同じ代物ダ。立てるカ? 増援が来るまでにそこを離れロ!』
アマディオは激痛に耐えながら立ち上がり、セッカの腕を強力に引っ張り上げた。
「行くぞ!」
「……え、ええ……っ!」
意識の朦朧とするセッカを抱え、二人はホテル『デュー・シエル』の内部へと突入した。
シャンデリアが煌めき、眩い絨毯が敷き詰められた高級ホテルの通路。
二人が足音を響かせて駆け抜けると、擦れ違う富裕層のゲストたちが悲鳴を上げて逃げ惑い、一瞬にして静寂の空間がパニックに包まれる。
『待て待て、ソッチは駄目ダ、アマディオ! 追手のサイバネ兵たちはハッキングで落とせる……だが、そこにいる幹部格は精神防壁が重厚すぎテ、私の侵入プロテクトが弾かれル……!』
通信ノードからミオラ焦燥した声が響いた直後――通路の先、ドレスやタキシードを着てゲストに扮していた数名の男たちが一斉に牙を剥いた。
男たちは高級スーツのジャケットを翻すと、懐からドイツ製の軍用サブマシンガン『MP7』を引き抜き、容赦なく銃口を向けてきた。
「ネズミどもを逃がすなッ!」
――ダダダダダダダダダッ!!
MP7の甲高い連続射撃音が通路を切り裂く。
弾丸の雨が壁の絵画を粉砕し、観葉植物と高級調度品を蜂の巣にして飛び散らせた。
「くっ……!」
アマディオはセッカを庇うように物陰へ滑り込むと、腰のホルダーから新調した『キンバー・タクティカルII 1911』を素早く抜き放った。
呼吸を整え、コンマ数秒で物陰から踏み出す。
――パアン、パアン!
精密なダブルタップ。
一発目で幹部兵の胸装甲を穿ち、隙が生じた瞬間の二発目で確実に眉間を撃ち抜く。頭部を破壊されたサイバネ兵が激しく火花を散らして崩れ落ちた。
――パアン、パアン!
間髪入れず、追撃を掛けようとした二人目の胸腔と頭部へ流れるような連続撃ち。確実な撃破。
アマディオは研ぎ澄まされた射撃技術で立ち塞がるサイバネ兵たちを確実に排除しながら、破断された通路を突破していった。
「こっちだ!」
迫り来る追っ手の射線を振り切り、重厚な非常階段の鉄扉を蹴り開けて跳び込む。
セッカの手を引いて一気に階段を駆け登ろうとした――その時、セッカの膝が崩れ、彼女は激しく階段に手をついた。
「あ……脚が……う、撃たれてる」
「セッカ!?」
見下ろすと、彼女の足元には鮮血の赤が広がっていた。乱射されたMP7の流弾が、彼女の大腿部を深く抉っていたのだ。
セッカは苦痛に顔を歪めながら、悔しそうに唇を噛み締めた。
「……また……あなたの……役に立てないのは……嫌――この先に登れば、飛空艇の発着場に出られるわ。私を置いていって、アマディオ」
「……そんなことはできない。君が必要なんだ、セッカ」
「……っ! ……」
息を呑むセッカを余所に、アマディオは迷わず彼女の細い身体を背中に引き上げ、踊り場まで一気に担ぎ登った。
冷たいコンクリートの床にセッカを静かに下ろすと、アマディオは膝をつき、迷いない手つきで止血にかかる。
「ぐ……あ……ッ」
セッカが痛みに身を震わせるのも構わず、アマディオは彼女の着ていたブレザーを強引に脱がせると、その袖を力任せに引きちぎった。
破り取った布地を太腿の傷口の上へ固くあてがい、圧迫するように固く縛り上げる。
「幸い、弾は貫通してる……再生医療スプレーを噴きかければ、すぐに治るはずだ」
アマディオは軍用バックパックから医療用ナノスプレーを取り出し、傷口へ一気に吹きかけた。
ナノマシンを含んだ冷却ガスが傷口を覆い、瞬時に出血が止まっていく。
「立ち上がれるか?」
「……ええ。おかげさま……でね」
痛みを堪えて微かに微笑むセッカを抱え直し、アマディオは再び階段の頂上を目指して走り出した。
階段の最上階の扉を蹴り破る。
アトリウムを抜け、夜風が吹き荒れる超高層ヘリポートへと飛び出す。そこに鎮座していたのは、アッパー・ティアの富裕層が愛用する最新鋭のステルス垂直離着陸機〈VTOL〉だった。
セッカがフラフラとした足取りで操縦席に飛び乗り、認証をバイパスしてエンジンを起動させる。
アマディオも側面ドアを全開にしたまま乗り込み、身を乗り出した。
「クソ、ドアガンは無いのか!?」
「知らないッ……わよ! そんなの、自力でなんとかしなさい!」
VTOLが垂直上昇を開始した瞬間、ネオ・マンハッタン地区の摩天楼の影から、無数の暗雲のように戦闘ドローン群が押し寄せてきた。
アマディオは腰に載せていた『ネゲヴ・コマンド』を引き抜き、マガジンを叩き込んだ。
――ドガガガガガガガガッ!!
重厚な高射器の火線が夜空を切り裂き、迫り来るドローン群を次々と爆炎の露へと変えていく。
しかし、ビルの隙間からさらに巨大なシルエットが現れた。企業兵の装甲VTOL、そして――
「まずい……追っ手よ! サイバネ兵だけじゃない! ニューヨーク市警の特殊部隊『ピース・キーパー』まで出てきたわッ!」
「セッカ! 敵機は重機関銃を積んでいる! 何か打開策はないのか!?」
アマディオが機内の積荷を漁ると、鋼鉄のコンテナの中に無骨な緑色の筒――〈RPG-7 ロケットランチャー〉を発見した。
「こ……これだッッ!」
アマディオは側面の開口部から身体を乗り出し、激しい風圧に耐えながら追撃するNY市警のVTOL機へ照準を合わせた。
――シュオオオオオッ!!
夜空に白い煙の尾を描き、対戦車ロケット弾が敵VTOLのメインローターに直撃。大爆発を起こした敵機は回転しながら高層ビルのガラス壁へと激突し、光の渦となって落ちて行った。
* * *
激しい空中チェイスから数十分。
VTOLは追撃を完全に振り切り、暗雲の垂れこめる空を静かに滑空していた。
セッカは操縦桿から手を離し、額の汗を拭いながら深々とシートに背を預けた。
「……これ以上の追跡反応はないわ。逃げ切れた……」
「ここはどこだ?」
「ミッド・ティアの西部工業団地の上空。紛争で完全に廃墟化して、誰も近づかないエリアね」
「……なるほどな」
アマディオはネゲヴを足元に置き、VTOLの後部座席へと移動した。セッカもシートから身を乗り出し、二人の距離が縮まる。
「ねー……ちゃんと、ケインの電子キーは複製できたの?」
アマディオは無言でポケットから偽装スマホを取り出し、画面を見せた。そこにはケインの生体暗号データの複製が100%完了した表示が浮かんでいた。
「……この通り、バッチリだ」
「……! やるじゃん! 一時はどうなるかと思ったけど……本当に生きて逃げ切れちゃった」
セッカの瞳に、安堵と歓喜の色が灯る。
「少し、暑いな」
アマディオが機体のサイドドアを開けようと手を伸ばす。セッカが慌ててそれを制した。
「ちょっと、気づかなかったの? 外……雪が降ってるのよ。ニューヨークの11月は冷え込むんだから。ビル風が入ってきたら寒くて凍えちゃうわ」
言い終えた瞬間、セッカは自分の言葉の意味に気づいたように、途端に頬を真っ赤にした。
「……ねえ。ほんの少しだけ……開けてみない?」
セッカが自ら手を伸ばし、ドアをわずかに数センチだけ滑らせた。
隙間から、冷たく澄んだ夜風と、一筋の白い粉雪が機内へと舞い込んでくる。
「ね……今度は……熱くなりたいでしょ?」
「……セッカ」
セッカはアマディオの厚い胸板に手を置き、そのまま彼を座席へと押し倒した。グラファイト色のツインテールの毛先が、アマディオの頬や首筋にさらさらと垂れかかる。
「ずるいぞ……」
アマディオが呟くのと同時に、二人は引き寄せられるように静かに唇を重ね合わされた。




