24-燃え上がる男/Burning Heart
――――――キュイイィィィン、ダダダダダダダダダッ!
イザベラ・アイアンクローの左腕にマウントされた多連装ミニガンが高速回転を始めた瞬間、地下貯水槽は過密な跳弾と破片の渦巻く地獄へと変貌した。
毎分千発を超える大口径弾がコンクリートの支柱を粉砕し、汚水を爆発的な水柱となって跳ね上げる。湿った空間は一瞬で濃密な硝煙と水蒸気の霧に包まれた。
アマディオのネゲヴが吐き出す5.56mm弾の連射も、セッカのMP5の牽制射撃も、軍用パワードスーツの分厚い複合装甲の前には火花を散らす弾片に過ぎなかった。
「……ッ、射線が多すぎる! これじゃ近づけないわ……!」
セッカは『ザ・ラビット』の異名通りの俊敏さで、排水パイプや崩落した瓦礫の隙間を跳躍し、極限の回避動作を続ける。
しかし、貯水槽という閉鎖空間において、圧倒的な弾幕の密度は確実に彼女の逃げ場を削ぎ落としていった。
「ネゲヴの打撃力じゃ裝甲を抜けない……! セッカ、引け!」
「無駄よ! この重火器の前じゃ引き際なんて――っ!?」
イザベラがミニガンの銃口を、回避運動の着地点へ先回りさせて滑らせた。
――ズガガガガガガッ!
「ああっ……! あッ――――」
跳弾と破片の嵐がセッカの左脇腹を捉えた。漆黒のコンバットスーツが引き裂かれ、血飛沫が汚水へ飛び散る。
セッカは悲鳴を上げ、膝から汚水の中に崩れ落ちた。
ミニガンに抉られた肉が血飛沫を上げて飛散する。
吹き飛んだ手足、脇腹の肉塊。
その小さな破片はところどころ発火し、煙が上がっている。
衝撃で足場を失った彼女は、勢いよくコンクリートの壁に叩きつけられ、水溜まりへと崩れ落ちた。
露出した関節のアクチュエータから過負荷の火花が散り、彼女のルビー色の瞳の光が一瞬途切れ、俊敏な狩人は無力な獲物へと変貌した。
「セッカ……!」
「ハハハハハ! すばしっこいだけのウサギが、羽をむしられた気分はどうだァ!?」
イザベラは追撃の手を止めると、重金属の足音を響かせて、倒れたセッカへと歩み寄った。
巨大なメカニカル・アームクロウが不気味に駆動し、汚水の中に横たわるセッカの細い首を容赦なく掴み上げる。
「くっ……離し……て」
「いい顔だ。エリート気取りの殺し屋が、鉄の爪一つでピチピチ跳ねる魚みたいじゃねえか」
イザベラはあざ笑いながらアームクロウの締め付けを強めた。
「あ……あああーッ……」
金属の軋み音と共にセッカの口から悲鳴が漏れ、傷口から流れる血が油圧アームを伝って滴り落ちる。
「ほぉら……小娘が戦場に出てくるからこうなるんだよォッ」
イザベラは彼女を玩具のように弄び、力任せにコンクリートの壁へ投げつけた。
「ぎゃッ――――」
ズシンと激しい衝撃音。セッカはぐったりと汚水に沈み、動かなくなった。
「さて……次はファントム小僧、お前だ」
イザベラはセッカから興味を失うと、肩部のハードポイントから追尾式コンバット・ミサイルランチャーを展開した。複数の赤外線レーザーが、物陰のアマディオを正確にロックオンする。
「肉片一つ残さずに吹き飛べッ!」
――シュパンッ! 爆ぜる点火音と共に、小型ミサイルが直弾となってアマディオの潜む影へと着弾した。
爆発。衝撃波と閃光が貯水槽全体を揺らし、大量の汚水と破片が天井まで跳ね上がる。
「ハハハ! 呆気ねえな! これが『ファントム』の最期か――」
イザベラの嘲笑は、爆煙の奥から響いた凄絶な「音」によって掻き消された。
――ガラ……ッ。
瓦礫を押し退け、ゆらりと立ち上がる影。
レザージャケットの半分を焼き払われ、全身から血を流しながらも、アマディオの瞳は死んでいなかった。防弾層がミサイルの音速直撃を辛うじて殺していたが、その肉体はすでに限界を超えている。
「……があああああああっっっっ!!!!」
アマディオは獣のような雄叫びを上げると、首筋の動脈へ戦術用バイオ・スチム強壮剤のオートインジェクターを力任せに突き刺した。
薬液が全身の神経を駆け巡り、瞳孔が極限まで開く。痛覚遮断とリミッター解除。心拍数が跳ね上がり、彼の全身の筋肉が異様な収縮を起こした。
「な……なに!? あのダメージで立っているだと!?」
アマディオは残像すら残さぬ踏み込みで汚水を爆ぜさせ、イザベラの間合いへと肉薄した。
「死ねええっ!」
イザベラが、急射で振り下ろした巨大なアームクロウ。
アマディオはそれを避けない。彼は手に持っていたネゲヴの頑強なスチールレシーバーを斜めに掲げ、鋼鉄の爪を正面から受け止めた。
ガギィィィンッ!
激しい火花と金属疲労の叫びが響く。ネゲヴの重厚なフレームが爪の威力を殺し、アマディオの足元のコンクリートが砕け散る。
「バカな!? 人間の腕力でアームクロウの油圧を支えて――」
「うおおおおおああああァァァァァァァァ!」
アマディオはネゲヴを叩きつけるようにしてアームの軸をずらすと、素手でパワードスーツの装甲の隙間に指をねじ込んだ。
バリバリ、と凄まじい金属破壊音が響く。
強壮剤で増幅されたアマディオの超人的な筋力が、パワードスーツの胸部装甲を力任せに引き剥がし始めたのだ。内部の油圧パイプが千切れ跳び、高圧オイルがアマディオの顔に噴き出す。
「な、何なのよこの化け物は!? 離れろ! 離れなさいッ!」
イザベラが恐怖に顔を歪ませる。胸部の装甲が力任せに剥ぎ取られ、内部のコクピットと彼女の生身の防護服が露出した。
「終わりだ」
アマディオは素手での解体を止めると、腰のホルスターから無造作にその愛銃――『M1911A1』を引き抜いた。
銃口が、露出したイザベラの胸元へゼロ距離で突きつけられる。
「ひっ……やめっ――やめろォォォォォッッッ」
ドォンッ!!
45口径弾の打撃がゼロ距離で炸裂した。
パワードスーツの内部を的確に打ち砕き、動力源の過負荷を起こしたイザベラの巨体は背後の排水ポンプへと激突して沈黙した。硝煙と沈黙が、再び下水道を支配する。
* * *
静寂の中、アマディオは膝から汚水の中へ崩れ落ちた。
強壮剤の反動と体中の負傷により、彼の視界は赤く明滅している。
「はぁ……はぁ……くっ……」
彼は血と泥に汚れたセッカのもとへ、震える手足で這い寄った。
セッカの息は細く、ルビー色の瞳は力なく閉じられている。
アマディオは乱暴に彼女の細い体を抱き上げ、自らの膝の上に引き寄せた。解けたツインテールの髪に血と汚水が混ざりついている。彼は歯を食いしばり、必死に彼女の生体反応を確認しようとした。
冷徹な殺し屋『ザ・ファントム』の面影はそこにはない。ただ、目の前の大切な存在を失う恐怖に狂いそうな、一人の男がそこにいた。
「目を開けろ、セッカ……! 頼む、目を覚ましてくれ……!」
アマディオの目からこぼれ落ちた一滴の熱い涙が、セッカの青白い頬に滴り落ちた。
その温かな感触に、セッカの目蓋が微かに震える。
(な……涙……? この男が……私のために……?)
朦朧とする意識の中、セッカは不器用に唇を歪めた。
「……バカね……あんたほどの男が……そんな顔、するんじゃないわよ……」
弱々しい声だったが、確かにそこには生命の熱があった。
セッカは冷たい汚水の中で、涙に濡れたアマディオの顔を見つめ、初めて皮肉ではない、小さな笑みを浮かべた。




