23-フィクサー契約『紛争介入』/Fixer Contract "PROXY WAR WITHOUT END"
戦争は、もはや国家の専売特許ではなく、利益を生み出す巨大なビジネスへと変貌していた。
ライル・シェンとフロンティア・アームズを仲介したフィクサー連合からの依頼。
それは、PMC同士が衝突するミッド・ティアの企業間代理戦争への武力介入任務である。
地上――ミッド・ティアの廃墟と化したビル群は、冷徹な経済活動としての『完璧な戦場』と化していた。
管理されたID、規格化された兵器、そして命の値段がつけられた名もなき兵士たち。ガラスとクロムの超高層ビル群は巨大な弾痕や爆発の焦げ跡に覆われ、まるで金属の墓標のように立ち並んでいる。
「次が来るぞ! 制圧射撃を――」
PMC兵士の叫びを、圧倒的な暴力の音が掻き消した。
アマディオは、強化したプライマリーウェポン――ネゲヴ・コマンドを腰溜めに構え、猛烈な勢いでトリガーを引き絞っていた。
秒間数十発の5.56mm弾が、重低音と共に火線の鞭となって名もなき兵士たちのタクティカルアーマーを次々と粉砕していく。
彼のリミッターを外した肉体は巨躯の機関銃を完璧に制御していた。
――ズシン、ズシン!
突如、地響きと共に巨大な影がアマディオを覆う。
ビル群の隙間から現れたのは、無人の二足歩行戦車『UGV』だった。
赤方偏移したセンサーレンズがアマディオをロックオンし、機首の重機関砲がモーター音と共に回転を始める。
(……チッ、ここまでか)
アマディオはネゲヴの射撃を止め、即座に身を翻した。
背後のコンクリートを重機関砲の弾幕が抉り取っていく中、アマディオはスライディングで廃ビルの通気口を抜け、足元の巨大な鉄格子――地下下水道へのハッチへと、迷いなく身を投げ出した。
* * *
着水音。そして、完全な静寂。
空間は、コンクリートと鉄骨に囲まれた巨大なトンネルだ。空気は湿気と腐敗した有機物、そして地上から流れ込んできた微かな硝煙の匂いで重く澱んでいる。
足元の汚水は数センチの深さで、ブーツが動くたびに不快な音を立てた。
アマディオのオプティックが周囲の熱感知や音響情報を分析するが、分厚いコンクリートの壁と不規則な反響が、正確な情報収集を妨げていた。
トンネルの曲がり角に差し掛かった瞬間、アマディオは反射的に背中のネゲヴではなく、腰のM1911に手をかけた。
前方から、彼の聴覚情報で解析できない、異常なほど静かで俊敏な足音が近づいてきていた。
角を曲がる。
――――そこで、セッカとバッタリ遭遇した。
セッカもまた全身のセンサーを反応させ、反射的にMP5を構えていた。彼女の漆黒のボディスーツには、地上の戦闘で受けたであろう擦れや、泥が付着している。
彼女の顔は、瞬間的な驚愕と、最も会いたくない相手に会ったことによる強い羞恥心で赤く染まった。
「……こんな汚い場所で、また貴方と会うなんて。運命ってのは最悪ね」
アマディオはM1911を構えたまま、一瞬だけ表情を硬直させた。
しかし、彼はすぐに戦闘モードを解除する。
セッカのMP5の銃口は、彼の心臓ではなく、僅かにずれた場所を指していたからだ。
殺意がない。
「同じ雇用主、同じ任務か」
アマディオは無駄のない言葉で状況を断定した。
セッカは顔の赤みを抑えようと、乱れたツインテールの髪をかき上げる。
「フン。ライル・シェンと私の雇用主が、ターゲットの排除でルートを共有しただけよ。貴方と私のデータ収集の効率を考えるなら、ここで衝突するのは愚策だわ、ファントム」
その時だった。
睨み合う二人の間を、一匹の青白い『蝶』が、ふわりと通り抜けていった。
地下の澱んだ空気にはおよそ似つかわしくない、儚い命の羽ばたき。
二人はその不釣り合いな光景を目で追い、やがて、互いに小さく息を吐いて銃を下ろした。
* * *
進軍の途中。二人は安全を確保した廃駅のホーム跡で、木箱の残骸を集めて小さな焚き火をくべ、小休憩を挟んでいた。
パチパチと爆ぜる火の粉が、冷え切った地下空間に束の間の温もりを与えている。
「……さいあく。汗だくで、蒸れちゃった。はあ……もう3日もシャワーを浴びれてないなんてね」
「……戦場は過酷だ」
「都市戦闘はまだマシよ。歴史の教科書にあった塹壕戦……あれだけは嫌ね」
「……ハワイでは、そうだった。ソ連占領下だ。俺たち新合衆国軍は、昔ながらのやり方で要塞を攻略しようとした」
「へえ〜……」
セッカはため息を着いた。
「……化粧直し、持ってくればよかった」
「気にしなくていいんじゃないか? 君は可愛いよ」
「……少しは気の利いた台詞を言えるじゃない」
「本心からそう思っている」
「……あっそ。それでね……時々、悲しく思うの。アッパー・ティアのお転婆なお嬢様のように、上質なヘアミルクを塗って、化粧に何時間もかけて、ドレスを着て、シャンパンを飲むような人生と……こうして廃墟の地下道で、泥水を啜りながら、銃を撃って、人を殺して……いつか私も、敵に殺される。どうして、こんなに格差があるのだろうって――……私はね、ファントム。ロウワー・ティアで生まれ育ったの。私にとっては、戦争が日常だった。都市では企業間紛争、ギャングの抗争はほぼ毎日発生して、たくさんの人が命を落とすわ。私は子供時代、戦争を知って育った。でも、アッパー・ティアの権益者は……彼らの子供時代は、きっと戦争を知らなかったでしょうね……都市ではどういう訳か、戦争を知らない人たちが、戦争を『作る』のよ。彼らが卓を囲んで、利益のためにそうする。企業も、ギャングも、本質は同じ。勝った者は利権を得て、負けた者は……永遠に搾取されるわ。きっと、旧文明もそんな調子だったんじゃないかしら? 誰も、歴史の繰り返される過ちから学ばなかったの。私は、私はね……それを想うと……この世界が、どうしようもなく恨めしい……」
セッカは首元の白いマフラーを解き、大きく息を吐きながら、漆黒のボディスーツのジッパーを胸元まで無造作に下ろした。
「……はあ。こんなこと、アンタに愚痴っても、仕方ないよね?」
戦闘の熱気と汗に濡れた白い肌が、焚き火のオレンジ色の光に照らし出される。
「…………おお」
アマディオの視線が、無意識にそこへ引き寄せられた。
冷徹なファントムの顔に、微かな――しかし確かな赤みが差す。
その視線の動きと、彼の生体反応の僅かな変化を、セッカのルビー色の瞳は見逃さなかった。
「ん……何見てるの?」
セッカはジッパーを上げるどころか、むしろ挑発するように身を乗り出した。悪戯っぽい笑みが、その唇の端を彩る。
「私のデータにはない感情ね……誘惑してみる?」
彼女が距離を詰め、甘い香りと硝煙の匂いが入り混じった空気がアマディオの鼻腔をくすぐる。
「……や、やめろよ」
「……私がこんな気分になるのだって、珍しいのよ? こんな戦場のど真ん中で……疼くなんて」
アマディオが目を逸らそうとした、その瞬間。
二人の間を、先ほどの青白い蝶が再び舞い降りた。
炎の熱に誘われたかのように、ゆらゆらと宙を舞う。アマディオは無意識に手を伸ばしたが、その指先は鱗粉の感触を掴み損ね、空を斬った。
蝶は、暗闇の奥へと消えていく。
「っ……なぜ、こんなところに蝶が?」
アマディオは、自分の空の掌を見つめながら呟いた。
「花なんて何処にもないのに……」
その呟きは、兵器として生きる自分たち自身の姿を重ねているようでもあった。
セッカもまた押し黙り、静かにジッパーを引き上げると、マフラーを巻き直した。
「……休憩は終わり。行くわよ、ファントム」
「ああ。長居は無用だ」
* * *
二人が歩みを進めた先。
トンネルの奥、下水道の巨大な貯水槽に繋がる広大な空間に出た。
水槽の対面、巨大な排水ポンプの陰に、異様な存在感が鎮座していた。
巨大な軍用パワードスーツを着用した女傭兵、イザベラ・アイアンクロー。
彼女の左腕にマウントされた高速回転ミニガンが、下水道の薄暗い非常灯の光を鈍く反射している。
背後からは、油圧で駆動する巨大なアームクロウが不気味なシルエットを描いていた。
「待ちくたびれたわ、ラビット。そして――ザ・ファントム」
イザベラの威圧的な声が、貯水槽の空間に轟く。
「せっかく地上で戦争が起きてるんだ。お前ら新米に、私の新しい武器テストの生贄になってもらうか」
モーターが唸りを上げ、ミニガンの銃身が回転を始めた。
「新米……? バカにしないでよね……!」
セッカの額に青筋が浮かび上がる。
先ほどまでの艶やかな表情は完全に消え失せ、赤い瞳は純粋な殺意でイザベラを射抜いていた。
「私は子供時代から、人殺しとして育て上げられたエリートよ!」
蝶が舞う静寂は終わりを告げた。
アマディオとセッカの、命を懸けた奇妙な共闘が、今、火蓋を切る。




