22-完全装備/Fully Kitted
ミッド・ティア、隠れ家。
テキサス・レッドの始末とデータ回収を終え、アマディオはライルの操る深紅のマッスルカーを、ミッド・ティアの片隅にある廃墟の地下駐車場へと誘導した。
かつてストリートギャング『クローム・ヴァイパー』が拠点として占拠していたその地下空間は、湿ったコンクリートの匂いと油臭さが充満していた。
油汚れの目立つ床には、どこから掠め取ってきたのか、カビ臭い旧時代の高級絨毯が雑に敷き詰められている。
その中央に鎮座する傷だらけの沈み込むレザーソファと、ノイズの混ざった映像を青白く吐き出し続ける壊れかけのブラウン管テレビ。
廃墟を好むギャングどもの、著しく悪趣味で退廃的なレイアウトがそのまま放置されていた。
「……相変わらず劣悪な環境だな。カビとヘドロの風味が酒の味を台無しにしそうだ」
マッスルカーから降り立ったライルが、白いデザイナーズスーツの裾を気にしながら眉をひそめる。
だが、その口元にはどこか余裕のある笑みが浮かんでいた。
ソファの影から、ぬっと大きな人影が立ち上がった。サイモンだった。
彼はショットガンのメンテナンスの手を止め、油まみれの布を投げ捨てると、呆れたように鼻を鳴らした。
「おいおい……フィクサー連合の気取り屋が、こんな泥臭い穴ぐらに何の用だ? そいつは俺たちの『ファントム』だ。お前さんのビジネスの小道具じゃねえぞ」
「挨拶代わりだよ、サイモン」
ライルは手持ちのブリーフケースから、琥珀色に輝くヴィンテージのシングルモルト・ウイスキーを取り出し、ローテーブルの上に無造作に置いた。
「アッパー・ティアのセーフハウスから持ってきた。50年物、スコットランドから取り寄せたシングル・モルトだ……泥水をすするよりはマシだろう?」
サイモンはウイスキーのラベルを一瞥し、喉を鳴らした。
「……チッ、悪党のくせに気の利くことだ」
雑に置かれていたロックグラスに琥珀色の液体が注がれ、氷の代わりに転がされた冷却スチールのキューブが静かな音を立てた。
くたびれた三人――ライル、サイモン、アマディオは、錆びついたソファとパイプ椅子に腰を下ろし、久しぶりのガス抜きのようにグラスを傾けた。
「で? 外の首尾はどうだった、アマディオ」
サイモンが強いアルコールで喉を焼きながら尋ねる。
「重要データを掴んだ。大きな計画だ」
「そうか……これで少しはエシュロンの喉元に爪を立てられたわけだ」
サイモンは深く息を吐き出し、グラスを見つめた。その顔には、隠しきれない疲労と諦念が滲み出ている。
「……なあ、アマディオ。認めたくはないが……俺が考えていた『大計画』は、完全にフイになった」
サイモンは自嘲気味に首を振った。
「スパークもノヴァも逝っちまった。ハイヴの戦力は完全に壊滅だ。ロウワーのレジスタンスを束ねてエシュロンに真っ向から全面戦争を仕掛けるなんておめでたい真似は、もう不可能だ」
「……わかっている」
アマディオは静かに答えた。
「だがリサは取り返さなければならない……いつものように、単独潜入だ」
ライルがグラスを揺らし、氷の音を響かせながら皮肉っぽく笑う。
「賢明な判断だね、ファントム。エシュロン・タワーは軍隊ですら落とせない要塞だ。そこに軍勢を率いて突っ込むのはただの自殺だが……影として隙間を縫うなら、生存率はコンマ数パーセント跳ね上がる」
「コンマ数パーセントかよ。景気のいい話だぜ」
サイモンは吐き捨てるように笑い、ウイスキーを煽った。
そのまま夜が更け、くだらない愚痴と裏社会の皮肉を肴に、静かな時間が流れていった。
* * *
12時間が経過していた。
ブラウン管テレビの砂嵐が、青白い光を点滅させている。
ローテーブルの上には空になったウイスキーのボトルと、吸い殻の山。
ソファの足元の絨毯には、昨晩呼び寄せた若い娼婦たちが、薄いシーツに包まって泥のように眠りこけていた。
サイモンはソファに深く身体を沈め、膝の上に眠る娼婦の肩に手を置いたまま、満足そうなイビキをかいている。壊滅した組織のリーダーではなく、ひとときの平和を甘受するただの男の顔だった。
アマディオとライルは、静かに立ち上がると、サイモンを起こさないよう足音を殺して駐車場の奥へと歩を進めた。
「それでな、君に見せたいものがある。だからこのボロ屋に来てやったのさ」
マッスルカーのトランクの前。ライルがキーのボタンを押すと、重厚なトランクが静かに跳ね上がった。
トランク内部は、外見からは想像もつかない精密な武器庫に改造されていた。
かつてライルが収集していた、雑多な重火器の山はない。ライルはアマディオの戦闘スタイル――近接射撃術とCQCを完璧に理解していた。
ライルがトランクから一丁の黒い塊を持ち上げた。
「……君のスタイルに合うのは、これだけだ」
『ネゲヴ・コマンド』。
過酷な環境での信頼性と、驚異的な火力を誇るイスラエル製の分隊支援火器を、極限までバレル短縮・軽量化した特別モデル。
「本来はベルト給弾の機関銃だが、取り回しを重視してレシーバーを改造してある。ガン・フーの流れるような動作を阻害せず、至近距離での面制圧と『堅固な壁』を突き破るための高火力を両立できる唯一の解だ」
ライルは専用の35発装填・金属製ボックスマガジンを渡した。
アマディオは無言でネゲヴ・コマンドを受け取った。
短く詰められたスチールバレル、剛性の高いグリップ。ズシリとした手応えが手に馴染む。
ジャキン、と硬質な金属音を響かせてマガジンをレシーバーへ挿入し、コッキングレバーを引く。
排莢口から覗くボルトの動きに狂いはない。
「……悪くない」
「驚いただろう? 君がタワーの狭い通路で大群と鉢合わせた時、1911の8発では数が足りない。こいつが君の命を繋ぐはずだ」
満足そうに頷いたライルだったが、ふとアマディオの腰元に視線を落とし、眉をひそめた。
「……だが、ファントム。その腰のガバメント……限界が近いんじゃないか?」
ライルの指摘に、アマディオは腰のホルスターから愛銃を引き抜いた。
使い込まれた白銀のフレームは、連日の激戦と苛烈なCQCによって傷だらけだった。
スライドの噛み合わせには肉眼でわかるほどの微かなガタつきが生じており、繰り返された高圧弾頭の発射によって金属疲労が蓄積している。
「スライドのガタつきは、コンマ数秒の追従性を殺す……エシュロンの最高セキュリティラボに乗り込む前に、命を預ける相棒のメンテナンスを済ませるか……買い替えを検討した方がいい」
「……頭に入れておく」
アマディオは使い古したガバメントの質感を指先で確かめ、静かにホルスターへ戻した。




