21-タッグ任務『古びたガンマンの始末』/Dealing with the Old "Red" Gunman
ミッド・ティアの泥とヘドロに塗れた路地。
深紅の〈キャデラック・CTS-Vクーペ〉が、電子制御されたエンジンの低い轟音を響かせ、酸性雨の濁った水たまりを力強く跳ね飛ばしていく。
車内には、上質な本革と重厚なシガーの香りが満ちていた。外の世界を覆う化学物質と排気ガスの悪臭とは完全に遮断された空間だ。
ライルは片手に持ち替えたシガーの煙をくゆらせつつ、ダッシュボードのホログラム・モニターをフリックした。
「ターゲットは『テキサス・レッド』。時代錯誤なハッカーで、最近はちょっとしたヘボ掃除屋の元締めだ」
「エシュロンの犬か?」
「いや、ただの野良犬だよ。エシュロンの後始末を手伝っちゃ小銭を稼いでるが……今回は踏み込んじゃいけない領域を越えた。うちの顧客の領域にな。だから、お掃除の時間だ」
アマディオの短い問いに、ライルは淡々と返す。
今回の仕事に大層な正義も、個人的な因縁も存在しない。提示された報酬と、標的の命を引き換えるだけの、冷酷な『ビジネス』だった。
「奴の腕のデータ・ガントレットごと首を持ってくれば、山分けだ」
「……」
アマディオは無言で懐からM1911A1を引き抜いた。
スライドを数ミリ引き、薬室に.45ACP弾が装填されていることを手元で見つめる。
金属音とともにスライドを戻し、ハンマーを起こしたままサム・セフティをかける――コック&ロック。
最速で引き金を引ける状態のまま、銃をホルスターへ戻した。
「護衛はミッドの三流コントラクターどもだ。アノラックを着た、数がいるだけの雑魚だが、撃ち合いにはなる」
「ターゲットの装備は?」
「SAA……コルト・シングル・アクション・アーミーのレプリカ。君の1911より半世紀は古い骨董品だ」
「物好きだな」
「だが弾薬はアーマー貫通仕様の.45ロングコルト。おまけに極限までシリンダーを削ったカスタム品だ。奴の信条は『ワン・ショット、ワン・キル』……一撃の美学を気取ったカウボーイ気取りさ」
「くだらん」
「……ふふ」
ライルはバックミラー越しにアマディオの冷めた瞳を見ると、軽やかに肩をすくめた。
「同感だ。俺は高所から見守ってる。ヘマをするなよ」
* * *
ミッド・ティア最外縁部、廃墟と化したターミナル駅。
崩落したガラスドームの天井から、鉛色の酸性雨が古い列車の残骸を叩き続けている。
対面のビル屋上に陣取ったライルは、SVDドラグノフのバイポッドを濡れたコンクリートの縁に設置していた。大型サプレッサーの先で、PSO-1スコープのレティクルが雨の煙る視界を静かに捉える。
『パーティの始まりだ、ファントム。外のゴミは俺が片付ける。中は任せた』
――プシュッ。
サプレッサー越しのくぐもった破裂音。
駅の入り口でタバコを吹かしていた傭兵のヘルメットが、一瞬で赤く弾け飛んだ。音の遅延により、地上から狙撃地点を割り出すことは不可能だ。
『中の連中の武装は?』
「AKMの近代化改修。サブはSIGのP320」
物陰に潜んだアマディオが短く答える。無線の向こうでライルが鼻で笑うのが聞こえた。
『プレス加工のレシーバーにポリマーフレームね。安物の使い捨てにはお似合いだ』
「だが、この酸性雨でもジャムらん。死ぬまでの数分を稼ぐには上等だ」
『スチールの削り出しじゃないと愛着が湧かんよ……まあいい、無駄口は終わりだ。動くぞ』
アマディオは列車の陰に身を潜め、CQCの体制へ滑り込んだ。
両手で銃を顔の至近距離に保持する『C.A.R』スタンス。死角の多い閉鎖空間で銃を奪われず、最短で照準を合わせるための技術だ。
瓦礫の角を滑らかにクリアリングする。
列車の影から飛び出してきた二人の傭兵と直面した。
踏み込み一歩。一人目が突き出してきたAKMの銃身を左手で外側へ叩き落とし、間髪入れず右手の中の1911を顎下へ突き上げて二連射。
崩れ落ちる体を肉の盾にしつつ、二人目の懐へ踏み込む。相手がP320を抜くより早く、防弾ベストの隙間――首元へ二発をねじ込んだ。
『おっと。今スコープで顔面を吹き飛ばした奴、どこかで見覚えがあったんだが』
「誰だ?」
『さあね。ただの死体だ』
「なら喋るな」
* * *
ライルの高倍率スコープが、瓦礫の奥を逃走する影を捉えた。
濡れたレザーコート、テンガロンハット。腰には時代遅れのガンベルト。
『ターゲットが地下鉄のホームへ逃げ込んだ。死角だ、任せる』
「了解」
アマディオは素早いタクティカル・リロードで新しいマガジンを叩き込むと、暗い階段を一気に駆け下りた。
薄暗い非常灯だけが不気味に点滅する、地下プラットホーム。
その中央で、テキサス・レッドは逃げるのをやめ、銃に手をかけた姿で待ち構えていた。
左腕のデータ・ガントレットが、作業の完了を示す赤と緑のランプを明滅させている。
「追いつくのが早いな、ファントム。ライルの使い走りかい?」
レッドは吐き捨てるように笑うと、ロングコートの裾を払って腰のSAAを見せつけた。
「俺のSAAはすごいぞ。昨日なんて、あっという間に三人殺した」
「そのガントレットを置いていけ。そうすれば頭は吹き飛ばさずに済む」
「エシュロンからの懸賞金を捨てろって? 断るね。このデータさえ渡せば、俺はアッパー・ティアで一生遊んで暮らせるんだ」
レッドは腰を低く落とし、古風なガンマンのスタンスをとった。
「現代のオートマチック拳銃は数が撃てるのが自慢だろうが、俺の『ピースメーカー』は一撃で命を奪う。画面を眺めるのに忙しい最近の殺し屋に、本物の早撃ちが見えるか?」
「西部劇のヒーロー気取りか? 試してみろ」
アマディオは1911を低く構え、スタンスをわずかに広げた。
張り詰めた静寂。
天井から滴り落ちる水滴が、足元の水たまりに波紋を描く。
その瞬間――レッドの右腕が動いた。
だが、アマディオの意識は既に禅の領域へとダイブしていた。それは極限の集中力を維持して始めて到達できる、達人の極地だ。
極限まで引き伸ばされた時間感覚の中、網膜はレッドの腕の筋肉が収縮するラインを完璧に追っていた。
シングル・アクション・アーミーは構造上、必ず親指でハンマーを起こさなければ弾が出ない。
レッドの親指がハンマーに引っかかる。シリンダーが回転し、シアーが噛み合う、カチリという機械音。
対するアマディオの1911は、既にコック&ロック状態だ。
セフティを解除し、軽く調整されたトリガーを絞るだけで打撃針が走る。
レッドの銃口が水平を向くコンマ数秒前。
アマディオの1911は既に目標を完璧に捉えていた。
――パパァンッ!
重厚な乾いた発砲音が、二重奏のように重なる。
レッドのSAAが激しい火を噴いたが、解き放たれた.45ロングコルト弾はアマディオの遥か頭上の配管を虚しく打ち砕くだけだった。
「が、あぁぁぁっ!?」
遅れて、レッドの痛烈な絶叫が地下空間に響き渡る。
アマディオが放った二発は、レッドの右手首の骨を正確に粉砕し、続けて右肩の関節を撃ち抜いていた。
手からこぼれ落ちたSAAが、血飛沫とともに冷たい床を転がっていく。
メカニズムの差。そして、冷徹な練度の差。
「ターゲットを無力化した。データを回収する」
『手際がいいな。通信越しでも西部劇の匂いがしたよ。SAAのハンマーを起こすわずか0.2秒に、二発叩き込むとはね』
ライルの能天気な軽口を無視し、アマディオは激痛で床に悶絶するレッドの腕から、強引にガントレットを引き抜いた。
ポータブル端末に接続し、依頼主の求める暗号化データを吸い上げていく。
「仕事は終わりだ。撤収する」
『了解だ。本物のエシュロンの掃除屋どもが嗅ぎつけてくる前にずらかるぞ』
データ転送が完了すると、アマディオは端末を懐へしまい、1911の硝煙をひと吹きしてホルスターへ収めた。
床で血を流しながら呻くガンマンには、もはや一瞥すら投げかけず、アマディオは静かに地下の暗闇の中へと歩み去った。




