20-機能停止の兎/Rabbit Down
「こちらファントム。コンテナ区画に到達した」
『いい手際だね。顧客は新品同然の状態での納品を望んでいる。多少時間をかけても構わないから、確実に届けてくれ』
「そのつもりだ」
〈AM 07:23〉。ミッド・ティア輸送コンプレックス。
アマディオは、ライル・シェンから託された極秘データチップの運搬任務を遂行していた。
湿り切ったレザージャケットの内ポケットに収められたチップは、迷宮のように入り組んだ暗く狭い輸送シャフトを通り、アッパー・ティアの顧客へと届けられる手はずになっていた。
錆びついたサービスシャフトを潜り抜けたその瞬間――アマディオの全身の皮膚に、チリチリとした微弱な静電気が走る。
オプティックを通した瞳が、空間に充満する異常な高磁場を察知した。
(ん……? ライバル企業が仕掛けた指向性EMPトラップか。フロンティア・アームズの縄張りで、随分と大掛かりな仕掛けだな)
アマディオは即座に作戦用端末から電子制御式のチップを抜き取り、内部回路をパルスから隔離した。
主武装を電子制御の介入しないスチール製の警棒へと切り替え、足音を殺して警戒態勢に入る。
実弾兵器やアナログな体術は止められずとも、高度にサイバネ化された最新兵器や強化義体にとって、この高磁場は死の罠に他ならない。
* * *
曲がりくねったダクト通路の角を曲がった直後、アマディオの足が止まった。
湿ったコンクリートの床に、一人の少女が無防備に倒れ込んでいた。
『ザ・ラビット』――セッカだった。
「あッ……あぐッ……っ……! う……」
驚異的な運動能力でアマディオを追い詰めたA級傭兵の面影は微塵もなかった。
彼女を全身から包み込む高密度ナノポリマー製の漆黒ボディスーツは、過電流によって機能を停止。
関節部からは微かな火花と白い冷却ガスが漏れ出し、自慢の超高精度サイバネ義体が完全にロックされていた。
ルビー色に輝いていたはずの瞳は、システム・エラーを示すように不規則に明滅を繰り返し、グラファイト色のツインテールが、ヘドロの混ざる泥水の中に惨めに散らばっている。
「……ザ・ラビットか。奇遇だな」
「あ……がっ……ち、近寄るなっ……ファントム……!」
セッカは激しい呼吸に合わせて胸元を大きく上下させ、地面に這いつくばったままアマディオを睨みつけようとした。
だが、EMPによって全身の運動出力と感覚神経を遮断された身体は、指先ひとつまともに動かすことができない。
肉体にピタリと張り付いた光沢のあるボディスーツが、彼女の華奢な肩、露骨に強調されたしなやかな腰のくびれ、そして力なく投げ出された太もものラインを痛々しいほど鮮明に浮き彫りにしていた。
額には脂汗が滲み、ツヤを帯びた白い肌が苦痛に上気している。 強大なサイバネの鎧を剥ぎ取られ、ただの無力で可憐な『少女』として転がされている姿は、あまりにも無防備で、惨めで、どこか毒々しいほどの艶めかしさを漂わせていた。
「…………」
アマディオは唾を飲んだ。
彼女の指先から零れ落ちたMP5が、弾詰まりを起こしたまま虚しく転がっている。
『……ほう。これは驚いたな? ファントム』
右耳のプライベート通信から、ライルの静かな声が滑り込んできた。
『フロンティア・アームズの秘蔵っ子が、ライバル企業のEMPに引っかかって動けなくなっているか……どうするつもりだ、アマディオ?』
アマディオは無言のまま、ホルスターからガバメントを引き抜き、銃口をゆっくりと彼女の頭部へ向けた。
セッカは屈辱と憎悪に震えるルビー色の瞳で、銃口を見つめ返した。
殺せる。引き金を一発引くだけで、己の首にかけられた高額な賞金を狙う恐るべき刺客を、未来の脅威ごと永久に排除できる。
『迷う必要はない。撃て、アマディオ』
ライルの声が低く、冷徹に告げる。
『昨夜言ったはずだ。「甘さを捨てろ」とな。敵を生かすことは、自分や大切な者を殺す毒になる……そいつは企業の忠実な殺し屋だ。生かしておけば必ずお前の喉元を噛みちぎるぞ』
セッカは歯を食いしばり、涙の滲む瞳でアマディオを睨みつけた。助けを乞うような真似は、彼女のプライドが絶対に許さなかった。
「……殺し……なさいよ……ッ! いつまでも見下して……ないで……撃てばいいでしょう……っ!」
かすれ、打ち震える声。
アマディオの指が引き金にかかる。 だが――脳裏をよぎったのは、昨夜ライルから突きつけられた冷酷な現実と、そして泥水の中で冷たくなっていったスパークとノヴァの顔だった。
無力化され、抗う術すら持たないターゲットの頭を撃ち抜く。 それが合理的な『最適解』であることは百も承知だ。だが……それを認めてしまえば、自分は本当に血も涙もない『ただの殺戮機械』へと成り果ててしまうのではないか。
リサを取り戻すために戦う己の底底に、残すべき最後の『人間性』とは何なのか。
静寂の中、アマディオは静かに息を吐き出すと、ガバメントの安全装置をかけ、ゆっくりとホルスターへ収めた。
『……何をしている、ファントム!?』
「ライル、この女の生体データとフロンティア・アームズの内部アクセス権は、死体にするより生かしておいた方が遥かに価値が高い」
『チッ……呆れた甘ちゃんだな』
ライルの吐き捨てるようなため息を無視し、アマディオは地面に膝をついた。
セッカの脇の下へ腕を差し入れ、彼女の身体をすくい上げるように抱き寄せる。
「なっ……!? ひっ……あ、頭がおかしくなったの……!?」
抱き上げられたセッカから、小さな悲鳴が漏れた。
全身のサイバネが落ちている彼女の身体は、驚くほど軽かった。 薄いボディスーツ越しに伝わってくる、生身の少女の柔らかい体温と、激しい動悸。
汗の匂いと、甘い香水が混ざり合った吐息が、アマディオの首筋にかかる。
「触るな……! 離しなさいよ、この変態ノイズ……ッ!」
セッカは屈辱に顔を真っ赤に染め、麻痺した腕で弱々とアマディオの胸を叩こうとしたが、その手は力なく彼のレザージャケットを擦るだけだった。
プライドを砕かれ、敵の腕の中でただのお荷物として扱われる屈辱に、彼女の目からぽろぽろと零れ落ちる涙が、アマディオの袖を濡らす。
アマディオは彼女を物陰の安全なコンテナの隙間へ運ぶと、壁に背をもたれかけさせるようにして静かに座らせた。
* * *
――ガチャリ、と重厚な靴音が通路の奥から近づいてきた。
EMPトラップを起爆させたライバル企業の重装傭兵たちだ。
彼らは大型のSCARアサルトライフルを構え、5.56mmの予備弾倉をジャラジャラと鳴らしながら様子を伺いに現れた。
「ラビットの反応が消えたぞ! どこへ行った!?」
「あのEMPを直接喰らったんだ、最新鋭のサイバネ兵士なんざ今頃固まって動けねぇ豚になってるはずだ! 散開して探せ! 首を獲った奴にボーナスが出るぞ!」
物陰で息を殺すセッカのルビー色の瞳が、恐怖に大きく見開かれる。
(傭兵どもの狙いは、最初からこいつか)
アマディオはセッカの前に立ち塞がり、暗闇の中で静かにスチール警棒を滑り出させた。
「待ってろ」
「え……?」
セッカが呆然と見上げる前で、アマディオの影が跳ねた。
――――パァンッ!!
通路の角から飛び出した瞬間、アマディオは一人目の傭兵の喉元へ警棒の突きを叩き込んだ。
喉頭蓋を砕かれた男が倒れ込むより早く、その身体を盾にして二人目の射線を遮る。
ズドォンッ!
至近距離から放たれた45口径の重低音が、狭いコンプレックス内に炸裂する。
旋回する体幹、泥と血を散らすガン・フーの舞い。 相手の腕を奪い、関節を折り、至近距離から正確に急所を撃ち抜いていく。時間にすればわずか数秒。
襲いかかってきた四人の重装傭兵は、悲鳴をあげる暇すら与えられず、瞬く間に物言わぬ肉塊となって床へ叩きつけられた。
* * *
硝煙の匂いが立ち込める通路に、静寂が戻る。
アマディオは弾詰まりを起こしていたセッカのMP5を足蹴で引き寄せると、手際よくボルトを引いて機能不全を排除し、動けないセッカの膝の上に無造作に投げ置いた。
コンと軽い音を立てて膝に乗せられた銃を見つめ、セッカは信じられないものを見る目でアマディオを見上げた。
「……な、なんで……」
「お前が死ぬには、まだ仕事が残っているはずだ……次は助けない」
アマディオはスカーフの口元を固く締め直すと、彼女に背を向けた。
「待ちなさい……! 待ちなさいよ、ファントムッ!」
去っていく暗い背中に向け、セッカは涙と屈辱に塗れた声で必死に叫んだ。
「なんで私を殺さなかったのよ……!? あんたのデータには、私を排除するのが一番効率的だって出ていたはずでしょう……!? 答えてよッ!」
アマディオは立ち止まらず、影の中に溶け込むように歩みを進める。
「……次に会ったら……絶対に許さないんだから! 絶対に……あんたを殺してやるんだからぁッ……!」
湿った暗闇の中、悔しさと困惑に震える少女の叫び声だけが、いつまでも虚しく響き渡っていた。
(作者コメント)
セッカちゃんエロっ(笑)




