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17-喪ったもの/I liked her

 叩きつける酸性雨の中、路地裏には死の静寂だけが残されていた。


 濡れたアスファルトの上には、頭部を無惨に吹き飛ばされたスパークと、胸を撃ち抜かれ、潰れた車体から半身を乗り出したまま動かないノヴァの亡骸。


 遅れて駆けつけたサイモンは、惨劇の光景に絶句し、膝から崩れ落ちそうになった。


 彼の視線が、遠くで黒煙と炎を上げる方角――自身の手で爆破し、燃やし尽くした酒場『パッチ』へと向けられる。


「あれは……俺たちの……俺たちの手で作り上げた……」


 血と汗に塗れた顔を歪め、サイモンは言葉にならない慟哭を漏らした。仲間が集い、束の間の安らぎを得ていた居場所も、積み上げてきた歴史も、すべては炎と雨の中に溶けて消えた。


 アマディオは、冷たくなったスパークの身体を泥水の中から静かに引き寄せ、抱きかかえていた。


 かつて死線を幾度もくぐり抜け、感情を殺すことで生き延びてきた『殺し屋』の仮面が、ボロボロと崩れ落ちていく。


 額を彼女の濡れた髪に寄せ、激しく震える唇から、絞り出すような声が漏れた。


「……スパークのことは……ハナのことは、好きだった」


 言葉とともに、緑の瞳から一筋の涙が零れ落ち、スパークの冷たい頬を濡らした。


 守れなかった。リサも、仲間も、大切な存在すらも。激しい悔恨と無力感が、アマディオの胸を容赦なく抉る。


「……アマディオ、ここに長居はできない。企業の警備部隊が押し寄せてくるぞ」


 サイモンが絞り出す声で、雨の奥に停めてあった巨大な黒いスラムバン――『フォード・Fパンプキン』を指した。


「俺のバンだ。こいつでミッド・ティアへ逃げるぞ……昔お前が潰したギャング『クローム・ヴァイパー』の旧拠点がある。あそこなら、追手を撒けるはずだ。二人も……連れていこう。スカベンジャーに漁られて、何もかも売り捌かれたら、可哀想だからな……」



 * * *



 排気ガスの臭気と錆びた鉄の匂いが充満する、ミッド・ティアの雑居ビル地下駐車場。


 壁にはかつて存在したギャングの荒々しいグラフィティが虚しく残っていた。


 『フォード・Fパンプキン』の荷台から二人の亡骸を静かに降ろし、奥の暗がりに横たえた後、地下駐車場は墓場のような静寂に包まれた。


 アマディオは錆びついたコンクリート壁に背を預け、床に直接座り込んでいた。


 泥と血に汚れたレザージャケットもそのままに、うつむいた男の指先は、暗闇の中で微かに震えている。


 彼が視界のオプティック端末で操作しているのは、スパークが生前に残したボイスメッセージの記録だった。


『……はいはい、こちらスパーク! アマディオ、また無茶な仕事引き受けてないでしょうね? ったく、ボクのサポートがないとすぐ無茶するんだから……』


 他愛もない、少し生意気で生意気だからこそ愛おしかった彼女の声。 再生が終わり、静寂が訪れると、アマディオは再び再生ボタンをタップする。


 何度も。何度も。壊れた機械のように同じ音声を繰り返し再生し続ける。 声を聞いている間だけは、彼女がまだこの闇のどこかに生きているような錯覚に浸ることができた。


 だが、再生が途切れるたびに突きつけられるのは、冷酷な現実と耐え難い孤独だった。


 サイモンは言葉を失い、ただ静かに柱の陰で頭を抱えていた。


 その時――


 ――――キィィィィン――――


 アマディオの右耳のデバイスが、微弱な着信音を鳴らした。 プライベートチャンネルへの暗号化通信。


 アマディオは一瞬躊躇い、かすれた声で応答した。


「……誰だ」


『ひどい声だな、ミスター・ファントム……いや、今はジョシュア・アマディオと呼ぶべきか』


 通信の向こうから聞こえてきたのは、洗練された、どこか食えない男の余裕に満ちた声だった。


『俺だよ。ライル・シェンだ』


 アッパー・ティアの裏社会を仕切る巨大フィクサー連合の男。


『噂は聞いている。悲惨な夜になったようだな……仲間を失い、大切な少女を奪われ、路地裏で途方に暮れている男の顔が目に浮かぶようだ』


「……何の要件だ。嘲笑いに来たのなら回線を切る」


『まさか。俺はビジネスマンだ、無意味な悪趣味に使う時間はない』


 ライル・シェンの声が、低く魅力的な響きを帯びる。


『お前が今、何よりも欲しているもの……エシュロン・タワーの深部へ潜り込むための鍵、そして連れ去られたリサを取り戻すための「力」と「手札」。それを提供できるのは、アッパー・ティアの裏社会……つまり、この俺だけだ』


 アマディオの緑の瞳に、わずかな光が宿った。


『お前に会いたい。条件は悪くないはずだ……絶望の淵で泣き続けるか、それとも俺の手を取って地獄へ這い上がるか。選ぶのはお前だ、アマディオ』


 通信が切れた。


 アマディオは膝の上の拳を固く握りしめた。スパークのボイスメッセージを静かに消去し、彼はゆっくりと、力強く立ち上がった。


「……サイモン」


 アマディオの低く掠れた声に、サイモンが顔を上げる。


「俺は、行く」


 最愛の者を奪われ、仲間を殺された男の瞳には、哀しみを超えた漆黒の復讐心と、奪還への凄絶な決意の炎が揺らめいていた。

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