11-ギャング・ハイドアウト
「……こちら『ファントム』。ホットゾーンに到着した。ミッド・ティア、ネオ・ブルックリン地区だ――待たせたな」
『了解! さっすが、時間通りね。こちらも配置についてるよ、アマディオ! システム侵入の準備は万全! すぐに合流しようね!』
通信ノードから弾けたスパークの明るい声に続いて、低いエンジンの重低音がノイズ混じりに響く。
『ふん、路上の女帝を待たせるんじゃないぞ。作戦に失敗でもしたら、まとめて轢き殺してやるからな』
「頼もしい限りだな、ノヴァ――作戦を開始する」
ミッド・ティア。消毒剤の無機質な匂いが漂うカーゴ・リフトの搬入口を抜け、アマディオとスパークは街へと足を踏み出した。
頭上を幾重にも交錯する巨大な高架路と、幾何学模様を描いて整列する高層ビル群。目抜き通りではエシュロン直属の企業兵が冷徹な視線で哨戒を行っている。
アノラックのフードを深く被ったアマディオは、肩の力を抜いて群衆の歩幅に同調し、死角から死角へと滑り込む歩法で姿を消す。
そのすぐ後ろでは、スパークがPDA端末のホログラムを高速で叩き、監視カメラの視覚アルゴリズムに一瞬のノイズを流し込んでいた。
見えているのに認識できない完璧な影となって、二人は都市の動脈をすり抜けていく。
「俺たち、デートしてるみたいじゃないか?」
「……お、今日は少し調子がいいのかな」
「……そうだな。気分がいい。少しだけ」
「ふっふっふー、いいねぇ。ボクも好調だよ。君のそばにいるからかな〜?」
――都心部を離れ郊外へ向かうにつれ、秩序は歪みへと変貌する。
企業の統治が途切れる境目から、ビルの壁面は鮮烈なグラフィティで埋め尽くされ、路地裏からはギャングたちの殺気が渦巻いていた。
企業の厳格な管理体制と、暴力が支配するスラムエリア。不均一で歪な構造のただ中へ、二人は足を踏み入れる。
「目的の『輸送ブロック』が見えてきた。西側を仕切る『クローム・ヴァイパー』の要塞だな」
鉄条網と廃材で補強された巨大倉庫の陰に滑り込む。アマディオは路地を単独で巡回していたギャングの背後へ、無音で肉薄した。
――ガシッ!
「がっ……!?」
声を上げる暇もなく、アマディオは近接格闘の技法で相手の肘関節を極めて拘束。首筋へサプレッサー付きM1911の冷たい銃口を叩きつけた。
「声を出せば脳漿を撒き散らす。内部の配置と『レディ・ヴァイパー』たちの居場所を吐け」
「ひっ……! 2階の制御室だ! レディ・ヴァイパーとハルコン様はそこにいる――」
必要な情報を聞き出すと、アマディオは肘頭で相手の頸動脈を正確に強打し、静かに意識を断ち切った。
「スパーク、罠はあるか?」
「任せて……あ、コンテナの足元にトリップワイヤー。足が触れると指向性地雷が、ドカンッだよ。ギャングにしては古典的だけど、ボクのハッキングなら一瞬!」
スパークが端末をかざすと、地雷の起爆コードが瞬時に書き換えられ、安全装置が作動した。
搬入口の重い鉄扉をハックしてロックを解除し、広大な1階倉庫へと侵入する。
広場には装甲SUVが並び、武装した構成員たちがたむろしていた。
だがその直後、物陰の暗がりから別の巡回班が雪崩れ込み、アマディオの頭上に銃口が集中する。
「敵だ! 例のファントムだぞッ!」
「チッ……包囲されたか!」
絶体絶命の窮地――その瞬間、アマディオの横から跳び出したスパークが携帯を抜いた。
「ボクのエリアに入らないでッ!」
――バチバチバチバチッ!!!
スパークの早業によるハッキング。ギャングの兵隊の肉体から放たれる、強力な広域高周波パルスが空気を裂いた。
ギャングたちのナノマシン、強化神経が一斉に過電流を起こし、激しい電撃とともに悲鳴を上げて崩れ落ちる。
ナノマシンが宿主の肉体を食い荒らす『寄生虫』へと変貌し、電撃を放って暴れている。スパークのハッキングによって暴走したナノマシンは最終的に脳を焼き切る。
「今だよ、アマディオ!」
麻痺して動けない敵へ、アマディオが疾風のごとく踏み込む。
ガン・フーの流れるような打撃で銃を弾き飛ばし、頭部へ流れるような零距離射撃。
――パシューン、パシューン!
スパークのハッキングと電撃、そしてアマディオのガン・フー。
完璧な連携で1階の敵勢力を瞬く間に無力化し、二人は硝煙の漂う階段を駆け上がった。
* * *
――ダンッ!
2階最奥、制御室の分厚い扉をアマディオが蹴り破る。
「よう、レディ・ヴァイパー。契約だからな、死んでもらうぞ」
部屋の奥、全身に発光するサイバータトゥーを纏ったレディ・ヴァイパーと、工業用パワードスーツを骨格ごと強固に装甲化させた巨躯の弟、ハルコンが待ち構えていた。
「ハッ、野良犬どもが死にに来たか!」
ハルコンが重戦車のような足音を立てて突進してくる。アマディオはM1911を連射するが、ハルコンの巨大な鋼鉄の腕が弾丸をすべて跳ね返した。
「くたばれぇっ!」
油圧モーターの咆哮とともに振り下ろされる拳。アマディオはガン・フーのいなしを試みるが、パワードスーツの圧倒的な質量とパワーの前に押し込まれ、ガードの上から壁際まで吹き飛ばされる。相性が悪すぎる。
一方、後方に控えるレディ・ヴァイパーへ向けて、スパークは愛用のグロック17を撃ち込みながら急速接近していた。
「ハッカーの小娘が調子に乗るんじゃないよ!」
レディ・ヴァイパーはサイバータトゥーを光らせ、電子戦でスパークに応戦しつつ、コートの内側から自爆型『カミカゼ・ドローン』の群れを解き放った。
甲高い羽音を立てて急降下する無数の黒い影。
――ドカァンッ!
「きゃああっ!?」
スパークの目と鼻の先でドローンの一機が爆発。運良く遮蔽物に激突したため、スパークにダメージはない。だが強烈な爆風と熱波が彼女の頬をかすめ、視界が赤く染まる。恐ろしい破壊力――直撃すれば跡形も残らない。
「この子たち、顔認証でターゲットを追尾してるの……!? だったら――!」
掠めた爆風の中で、スパークの頭脳が超高速で回転した。スパークはグロックを構え直してレディ・ヴァイパーの弾幕を掻い潜りながら、ハッキング・ウェーブをドローン群の制御ノードへ叩き込んだ。
『認証アルゴリズムをジャック! ターゲット画像を上書き――ハルコン、君の顔に変えてあげる!』
「なっ……何だと!?」
一瞬迷走したドローン群の単眼レンズが一斉に赤く輝き、標的をアマディオから、大振りして背中を見せていたハルコンへと切り替えた。
音速の突撃。
――ドガガガガガガッ!!!
「ぐあぁぁぁぁぁッ!?」
背後からの猛爆撃を受け、ハルコンのパワードスーツの厚い装甲が吹き飛び、赤く熱した内部フレームと動力を供給するガス管が露出した。
「アマディオ、今だよッ!」
さらにスパークが過電流パルスを流し込み、ハルコンのシステムを一時的に完全に麻痺させた。
「み……耳がぁぁぁぁぁッ!! 止めてくれーーーッ」
ハルコンが一瞬激しく怯む。
その隙をアマディオは見逃さなかった。地を這うような決死のスライディングでハルコンの足元へ潜り込み、露出した背面の動力パイプへ向けてM1911の銃口を叩きつける。
――パアン! パアン!
「こ……転ぶ――」
ハルコンが怯んだ。
直後、漏れ出した高圧ガスに火花が引火。ハルコンの背中で凄まじい大爆発が巻き起こった。
内部から破壊された重装甲パワードスーツは火柱を上げ、ハルコンの巨体は鉄くずのようにドスンと床へ崩れ落ちた。
「ハルコン……! いやああああーーーーッ!!」
弟の惨状に、レディ・ヴァイパーが悲痛な慟哭を上げた。
冷徹だった顔は怒りと絶望に歪み、懐から大口径のリボルバーを引き抜く。
「可愛い……弟だったのにッ! 刺し違えてでも、仇をとってやる……! 死ねぇッ!」
半狂乱で銃頭を向けようとした瞬間――。
――パアン!
アマディオの射撃の方がコンマ数秒早かった。早撃ちで撃ち抜かれたレディ・ヴァイパーの額から血が吹き出し、彼女はそのまま力なく床へ倒れ伏した。
その時、耳元の通信ノードから怒号が響き渡った。
『おいおいおい! 派手にやりやがったな! 表にギャングの増援が集まってきてる、さっさと逃げるぞッ!』
* **
制御室を飛び出し、裏口から路上へ躍り出たアマディオとスパーク。
待っていたのは、エンジン音を咆哮させ、タイヤから白煙を上げるノヴァの愛車だった。すでに銃撃を受け、蜂の巣になりかけているオンボロのマシン。
「乗れっ! 速く!」
二人が後部座席と助手席へ飛び乗るのと同時に、ノヴァはアクセルを底まで踏み込んだ。
ガガガッと金属音を立てて加速し、車体はミッド・ティアの重層ハイウェイへ躍り出る。
直後、背後からギャングたちのSUVや改造バイクが怒涛の勢いで追いかけてきた。激しい銃撃が車体を叩く。
「わわわわッ、しつこい連中だなあ、もう!」
「ノヴァ、振り切れるのか!?」
後部座席でアマディオとスパークが身を低くする中、ハンドルを片手で固く握りしめたノヴァが不敵にニヤリと笑った。
「……チッ、うざってーな、クソギャング共! くらいやがれェッ! これがアメリカだァッ!」
ノヴァは運転席の窓から乗り出すように左手を突き出し、〈Vz 61 スコーピオン〉の引き金を絞破した。
――ダダダダダダダダダダッ!!
凄まじい連射速度で放たれたスコーピオンの弾丸が、先頭を走っていたバイクのフロントタイヤとライダーの胸腔を正確に穿つ。
バランスを崩したバイクが転倒し、後続のSUVを巻き込んで派手な爆発炎上を起こした。
「ハハッ! 消毒完了だ! ……だが、まだ残ってやがるなァ!」
前方には高層ビルの建設現場。道は完全に行き止まりのT字路だ。追っ手のギャング車両は『追い詰めた』とばかりに加速して突っ込んでくる。
「ノヴァ、壁だ! 曲がりきれないぞ!」
「うるせーぞ! 安心しろってッ!」
行き止まりのコンクリート壁まであと数メートル――ノヴァはスピードを落とすどころか、一瞬フットブレーキを踏み込むと同時にサイドブレーキを全力で引き、ハンドルをフルロックで切り刻んだ。
ギュリリリリリリッ!!!
車体が悲鳴を上げ、慣性を完全にコントロールした見事なスライドで、勢いを殺しながら直角の路地へ吸い込まれるように曲がり切る。
「なっ――!?」
対処しきれなかった追っ手のSUVとバイクは、そのまま時速100キロを超えるスピードでコンクリート壁へ正面衝突。凄まじい衝撃音とともに車体が潰れ、激しい炎に包まれた。
バックミラーで炎上する敵を見届け、ノヴァは快哉を叫んだ。
「っしゃー! ゲーム・セット!」
「ふう……危なかったぁ。でも、勝ったね!」
スパークが安堵の息をつき、アマディオと顔を見合わせて笑う。アマディオもまた、疲れの滲む顔にかすかな笑みを浮かべた。
「ほんっと、ハンドル握ると正確変わるよな、ノヴァ」
ハイウェイを抜けた路地裏で、ノヴァは完全に煙を吹き始めた蜂の巣状態のオンボロ車を乗り捨てた。
「よし、愛車とはここでお別れだ。最高の走りだったぜ」
ボンネットをポンと叩き、3人は足早に闇の中へと歩き出す。
ミッド・ティアのネオンが照らす中、任務を完璧に達成した爽快感を胸に、彼らは誇らしく自分たちの隠れ家へと帰っていった。




