表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
筆先に踊る白磁の死神  作者: 大須賀隼
死神の揺り籠
9/19

心を絆す旋風

あれ以来、アリオスの瞳から迷いが消えた。  


女勇者の語った『力を持って生まれた者は、それを使って誰かを守らなければならない』という言葉。それがアリオスにとっての行動原理となっていた。    


彼は以前のように、過去を悔いて寝込むことをやめた。自分を責める時間があるのなら、一匹でも多く村の脅威を排除する。その一点において、彼の精神は鋼のように硬質に、そして無機質に安定していた。  


「……次の依頼はあるか」  


ギルドの窓口で、アリオスは淡々と告げる。  


返り血を浴びた「白磁の肌」は、今やどれほど凄惨な現場を潜り抜けても、拭えば元の美しさを取り戻すだけの冷たい器に過ぎない。


   

一年の月日が流れた。    



その間、アリオスとパーティを組もうとする者は現れなかった。


彼自身の強さが常人の理解を超えたこともあったが、何より、彼が放つ「人間としての気配のなさ」が、他者を本能的に拒絶させた。彼と組んだ者は必ず死ぬ。そんな不吉な噂を否定することさえ、彼は時間の無駄だと切り捨てた。


アリオスは一人で森を歩き、一人で魔物を屠り、一人で村へと帰る。リリアンが持ってくる「村を脅かす魔物の情報」を、ただ愚直に、機械的に処理し続ける。


それが勇者に託された宿命であり、自分が生きる唯一の理由だと信じ込んでいた。


孤独は、もはや彼を蝕む毒ではなかった。感情を殺し、ただ「力」という役割を全うする日々。


周囲が畏怖を込めて彼を「白磁の死神」と呼び始めた頃、アリオスはもはや、自分という個人の意志すら持たぬ、一振りの剣として完成されていた。


そんな空虚な「死神」の前に、再び心を開く転機が訪れるのは、それから間もなくのことである。  



――バァン!



と、乱暴な衝撃音が鳴る。


遅れて鈴の音がカランコロンと頼りなく鳴り響く。湿った昼下りの空気を蹴り開けるようにして、酒場の重い扉が跳ね上がる。



「……ふぅん。噂通り、景気の悪い面構えばかりだね」



こうしてアリオスとフレイアは出会った。


「アンタ、仲間を殺しているのか」


突に投げつけられた言葉に、アリオスは伏せていた視線をわずかに上げた。失礼な奴だ。そんなわけがないだろう。だが、否定する言葉を紡ぐことさえ、今の彼には億劫だった。


「噂なんてのは、実力のない奴が吐く言い訳だ。運が悪い? 死神が付いている? 結構じゃないか。あいにく、私も死神なら心当たりがあるんだよ。少し前にね、親友を殺してきたところさ」


死を、知っているのか。


その言葉とは裏腹に、彼女から放たれる生の匂いはあまりに強すぎた。


不遜な笑み、研ぎ澄まされた気配。そこまで言うのならばいいだろう。組んでやる。


死んだところで自業自得だ。


「私はプロだ。自分の首を安売りする気はないね」


罠は大丈夫だ。カイルたちの時のような、あんな無様な失敗を繰り返させはしない。


「季節柄、毒虫が大量発生、か。火炎で焼き払えば済む話だね。さて、歩いていけば1日半というところだ」


先に見た火炎があれば虫は大丈夫だろう。香を持っていけば操ることだってできるだろう。


万が一に備え、解毒薬は持っていこう。


「だけど、たった一人の親友だった相棒が死んだ。そいつが死んだとき、冒険だの栄光だのって言葉が、砂みたいに味気ないものに思えてね」


ああ、そうだ。冒険は砂のように味気ない。


無味無臭で、ざらざらとした舌触りであるべきなんだ。


俺のような未熟者が、軽々しく足を踏み入れてこないように。


「またここで本当に楽しい夜にしてやる。逃げられると思うなよ。私の敏捷さは、さっき示した通りだからね」


女戦士みたいなことを言う奴だ。


「……寝不足は任務の成功に支障をきたす。先に眠らせてもらうよ」」


だが、判断は正しい。


戦いというものを、何が生き残るために必要なのかを、この女はよく理解している。



「……死神さん。……本当に、楽しい夜に、したかったんだけどさ。それこそ、いつかは旋風にだって……」



かつての仲間たちが、あの幼い勇者が、そうであったように。成すすべもなく、またしても俺の手から指先が離れていく。



どうして。どうしてこうも愚かなのか。  


他者と関わり、希望を抱いた自分の甘さが、吐き気がするほどに呪わしい。  


毒に蝕まれつつある体は思うように動かず、視界は赤く染まっていく。 『力を持って生まれた者は、それを使って誰かを守らなければならない』  


そんな呪縛が、薄れゆく意識を繋ぎ止めようとする。  



だが、もういい。


力など持ちたくなかった。


力を持たなければ、戦わなくていい。


誰かを守る宿命に引き摺り回されることもない。  



毒よ。


そのまま俺を包んで、みんなのもとへ連れて行ってくれ。この地獄を、ようやく終わらせてくれ。




……ああ、だが。



「あ……アリオス様。……おはようございます」




リリアン。なぜ君は、俺を逝かせてはくれないのか。  


なぜこれほどの絶望の中に、俺を繋ぎ止め続けるのか。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ