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ダイヤモンドは壊れない  作者: はまゆう


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8/9

第8話 綺麗な仕事ほど、あとから思い返すと最初から仕事じゃない匂いが混ざっている

消えた女の痕跡は、だいたい綺麗には消えない。


男は、終わった関係を自分の中では整理できても、現実のほうまでは片づけきれない。

写真。

予約履歴。

プレゼントしたもの。

呼び慣れた店。

そういうところに、雑な残り方をする。

夜の世界にいると、それを何度も見る。

“もう会ってないよ”と言いながら、スマホの写真は消していない男。

“特別な子じゃなかった”と言いながら、ボトルだけは残している男。

人は、本当に不要になったものより、不要にしたいもののほうを中途半端に残す。

だから私は、消えた女を探すとき、綺麗な場所より雑な場所を見る。


スタジオを出たあと、私はそのまま店には戻らなかった。

今日は出勤前に少し時間がある。

それに、こういうのは熱があるうちに動いたほうがいい。

夜の仕事も同じだ。

太い客が少しでも揺れたら、その日のうちに次の約束まで取る。

迷わせる時間を与えると、男はすぐ現実に戻る。


拓巳とは外苑前のカフェで落ち合った。

ガラス張りで、席の間隔が広くて、コーヒーがやたら高い店。

こういう場所は話しやすい。

周りもだいたい自分の話しか聞いていないし、店員も余計な顔をしない。


「で」

席につくなり拓巳が言う。

「どうだった」

私はバッグを椅子の横に置いて、アイスコーヒーの水滴を指でなぞった。

「高瀬、黒」

「それは知ってる」

「そういう意味じゃなくて」

私は顔を上げる。

「完全に知ってる側」

拓巳は少しだけ眉を動かした。

「前の子のこと?」

「うん」

「確定?」

「確定ではない。でも、あの反応はそう」

私は短く息を吐く。

「“不要”って言った」

「写真を?」

「うん」

拓巳が嫌そうな顔をした。

「最悪」


私は昨日のポラロイドのことを、できるだけ細かく話した。

日付。

場所。

高瀬の目。

“前の方と違うところ”という言い方。

それから、スタジオの空気。

静かすぎる現場。

服を選んでいるというより、女の出し先を選んでいるみたいな視線。

ラックの横で一瞬だけ聞こえた、“会食感じのいい子”“スポンサー”という言葉。

拓巳は途中で一度も口を挟まなかった。 それが逆に助かった。

こういう話は、途中で感想を入れられると輪郭がぼやける。


「三か月前か」

話を聞き終えて、拓巳が言う。

「短いね」

「短い。でもこの業界では“そんな古い話”って言われる時間」

「その間に何があったんだろうな」

私は少しだけ肩をすくめた。

「夜の世界なら、男一人で人生変わる」

「昼の世界でも変わるだろ」

「昼のほうが厄介」

私は即答した。

「夜はまだ、欲しいものが見えるから」

「昼は?」

「綺麗な言葉で包む」

拓巳は苦く笑った。

「それ、昨日も言ってたな」

「だって本当にそうだもん」


私はスマホを取り出して、昨日のうちにメモしておいたことを見せた。

スタジオの場所。

スタッフの人数感。

ムードボードの位置。

ポラロイドの日付。

高瀬の発言。

それから、聞こえた単語。

会食。

スポンサー。

感じのいい子。

こういうのは、記憶が新しいうちに残す。

酔ってる男の会話をあとで使うときも同じだ。

その場ではどうでもよさそうな一言が、あとから効く。


「相沢ミオで当たる?」

拓巳が聞く。

「たぶん」

「たぶん、か」

「写真の顔は前に見たのより普通だった」

私は少し考えてから続ける。

「でも、普通だったから逆に近い気がした」

「どういう意味」

「壊れる前の顔ってこと」

拓巳は黙った。

私はその沈黙の意味を考えないようにした。

考えると、少しだけ腹の奥が重くなる。


「で、次どうする」

私はコーヒーを一口飲んだ。

「雑な場所を探す」

「雑な場所?」

「うん」

「どこ」

「人が片づけきれてないところ」

拓巳は少しだけ呆れた顔をした。

「ふわっとしてるな」

「してないよ」

私は笑った。

「こういうの、だいたい裏アカか、古いタグか、スタッフの私物か、予約の痕跡か、そういうところに残る」

「詳しいね」

「消えた女の痕跡なんて、何回見たと思ってるの」

拓巳はそれ以上聞かなかった。

そこを掘られると面倒だから助かる。

パパ活の男が急に家庭に戻るときも、店の客が別の若い子に乗り換えるときも、女の痕跡はいつも中途半端に残る。

私はそういう残り方を、嫌になるほど見てきた。


まず当たったのは、ブランドの過去投稿だった。

公式アカウントは当然きれいに整っている。

でも、タグ付けされた周辺は別だ。

ヘアメイク。

スタイリスト。

アシスタント。

現場の人間は、公式ほど徹底していない。

載せてはいけないものを載せるつもりはなくても、空気の端を写してしまう。


「これ」

私はスマホを拓巳に向けた。

「三か月前の投稿」

拓巳が画面を覗き込む。

スタイリストのアシスタントらしいアカウント。

撮影準備中のラック、メイク台、床に置かれた紙袋。

一見なんでもない。

でも二枚目の端に、白いシャツの女が映っていた。

顔は半分だけ。

でも、髪型と輪郭がポラロイドに近い。


「これ、ミオ?」

「断定はまだ」

「でも近い」

「うん」

私は画面を拡大した。

「しかもこの紙袋」

「何」

「病院のロゴに見える」

拓巳が目を細める。

「……ほんとだ」

そこに写っていたのは、見覚えのある紺色のロゴだった。

広告で見かける総合病院。院長がよくモデルたちと遊んでる写真をインスタに載せてる。

偶然かもしれない。

でも、偶然にしては嫌なつながり方だった。


さらに次の投稿を開く。

ホテルラウンジの低い照明。

ワイングラス。

テーブルの端に置かれたブランドのショッパー。

キャプションは“long day”だけ。

でも時間は二十三時過ぎだった。


「撮影のあと?」

拓巳が言う。

「たぶん」

私は画面を見たまま答える。

「でも、ただの打ち上げには見えない」

「なんで」

「女の子が写ってないから」

「それの何が変」

私は少しだけ笑った。

「こういうの、女の子を連れていく場なら、表には女を出さないの」

拓巳が黙る。

「逆に、仕事だけならもっと堂々と載せる」

「……なるほど」

「しかも“long day”って便利すぎる」

私は次の写真を開いた。

エレベーター前の鏡越しの自撮り。

アシスタントの後ろに、細いヒールの足元が二人分だけ映っている。

スタッフの格好じゃない。

モデルか、呼ばれた女の格好だ。


「これ」

私は指で拡大する。

「撮影終わりの移動っぽい」

「会食?」

「たぶん」

私は少しだけ眉を寄せた。

「でも、ただの会食じゃない気がする」

「なんで」

「“感じのいい子”って言い方」

私は昨日のメモを見せる。

「現場でそういう言葉が出るときって、だいたい服の似合い方の話じゃない」

「じゃあ何」

「枕。連れていきやすいかどうか」

拓巳は嫌そうに顔をしかめた。

「最悪」

「うん」

私はスマホを伏せた。

「モデルの仕事って、顔合わせや会食がゼロじゃないのは知ってる」

「でも?」

「でもこれは、仕事の顔をした品定めに近い」

その言葉を口にした瞬間、自分の中で何かが少しだけ固まった。

嫌な予感が、形を持ち始める感じだった。


「病院とブランドがどうつながるんだよ」

拓巳が言う。

「わかんない」

私は正直に答えた。

「でも、つながってる人間がいるんじゃない」

「高瀬?」

「高瀬だけじゃない気がする」

私はスマホを伏せた。

「こういうの、一人で回すには綺麗すぎる」

夜の世界でもそうだ。

女を一人潰すのは簡単でも、痕跡まで整えて消すには複数の手がいる。

店長。

黒服。

客。

女の子同士。

誰か一人だけが悪い形のほうが、むしろ少ない。


「会ってみる?」

拓巳が言う。

「誰に」

「そのアシスタント」

私は少し考えた。

悪くない。

でも、いきなり正面から行くのは違う気がした。


「まだ早い」

「なんで」

「下っ端は一番先に怯えるから」

私は椅子に背を預けた。

「しかも、今の私はブランドのモデル」

「だから?」

「表から聞くと、すぐ閉じる」

拓巳は頷いた。

「じゃあ裏から?」

「うん」

「どうやって」

私は少しだけ笑った。

「そういうの、得意でしょ」

「俺じゃなくてお前が、だろ」

「もちろん」


私はスマホをもう一度開いて、別の画面を見せた。

会員制ラウンジの常連客のインスタ。

顔は出していないけど、時計とワインと店の内装ばかり載せるタイプ。

そういう男はだいたい、自分が関わった“センスのいい仕事”を匂わせたがる。

そして、ブランド関係者ともつながっていることが多い。


「この人」

「誰」

「前に私に五十万置いて帰った人」

拓巳が一瞬だけ顔をしかめる。

「情報の出し方が雑」

「でも使える」

私は画面をスクロールした。

「この人、高瀬のブランドのPRと相互」

「へえ」

「しかも、三か月前にレセプション行ってる」

「じゃあ聞ける?」

「直接は聞かない」

「なんで」

「男は、聞かれると隠すから」

私は笑った。

「気持ちよく喋らせるの」

それは説明するまでもないことだった。

夜の仕事で一番簡単なのは、男に“自分から話した”と思わせることだ。

探られていると気づかせず、知っていることを勝手に出させる。

私はそれでNo.1になった。


「今日、同伴?」

拓巳が聞く。

「ううん、店だけ」

「じゃあそのあと?」

「連絡する」

私はスマホをバッグに戻した。

「軽く甘えて、懐かしいですねって言えば、だいたい喋る」

「怖」

「今さら?」


カフェを出る頃には、外はもう夕方の色になっていた。

私はそのまま店に向かった。

鏡の前で髪を巻き直して、リップを塗り替える。

昼の顔から夜の顔に戻す。

この切り替えは、もう呼吸みたいなものだった。


店に入ると、黒服がすぐに寄ってくる。

「愛里さん、今日ちょっと早いですね」

「仕事熱心でしょ」

「珍しい」

「失礼」

笑いながらロッカーにバッグを入れる。

店の空気は落ち着く。

好きか嫌いかは別として、ルールがわかるから。

男が何を欲しがって、何に金を出して、どこで見栄を張るか。

それが見える場所は、まだやりやすい。


一卓目は軽かった。

二卓目も普通。

三卓目で、例の男から連絡が来た。


――今日いる?

私はすぐには返さない。

こういうのは間を置く。

焦ってない顔を作る。

それから、二分後に返す。


――いるよ。

――珍しいね。

すぐに返ってくる。


――近くにいるから顔見たい。

私は少しだけ笑った。

男って本当にわかりやすい。

前に五十万置いて帰ったのも、私が少しだけ寂しそうな顔をした日だった。

金で救えると思いたい男は多い。

そしてそういう男ほど、気分よくなると余計なことまで喋る。


閉店後、私は店の近くのバーでその男と会った。

スーツ姿。

時計は前より控えめだけど、靴が高い。

こういう男は、金があることより、金の使い方がわかってる自分に酔っている。


「久しぶり」

私が言うと、男は嬉しそうに笑った。

「相変わらず可愛いね」

「知ってる」

「そういうとこ好き」

「ありがとう」

私はカウンターに肘をついて、少しだけ距離を近づけた。

「最近どうしてたの」

「仕事ばっかり」

「嘘。遊んでるでしょ」

「まあ、少しは」

「でしょうね」


こういう会話は前菜だ。

本題に行く前に、相手を“自分は歓迎されている”気分にさせる。

それから、少しだけ昔話に寄せる。


「そういえば」

私はグラスを揺らしながら言った。

「前に行ってたブランドのレセプション、あったじゃん」

男がすぐに反応する。

「ああ、あれね」

「最近そこ、ちょっと仕事で関わってて」

「へえ、すごいじゃん」

「でしょ」

私は笑う。

「なんか変に縁あるなと思って」

男は気分よさそうに頷いた。

「高瀬さんのとこ?」

「知ってるんだ」

「少しね」

「顔広い」

「まあね」

その“まあね”が出た時点で、だいたい勝ちだ。

男は自分の人脈を褒められると、急にサービス精神が出る。


「どんな人?」

私が聞くと、男は少し考えるふりをした。

「仕事できるよ。かなり」

「怖い?」

「怖いっていうか、切るの早そう」

私は内心で頷いた。

やっぱりそう見えるんだ。


「モデルの子も結構入れ替わるの?」

何気ない顔で聞くと、男はグラスに口をつけた。

「まあ、業界なんてそんなもんじゃない?」

「そんなもん、ね」

「合う合わないあるし」

「ふーん」

私は少しだけ視線を落としてから、また上げた。

「白シャツの子、いたよね」

男の手が、ほんの少しだけ止まった。


その一瞬で十分だった。

知ってる。

しかも、思い出したくない類の知り方だ。


「誰?」

男は笑った。

でも遅い。

笑うまでの間が長かった。


「レセプションのとき、見た気がして」

私は軽く言う。

「細くて、あんまり笑わない子」

男は少しだけ肩をすくめた。

「いたかもね」

「いたよね」

「モデルなんていっぱいいるから」

「でも、なんか印象残ってる」

私はそこで少しだけ声を柔らかくした。

「私に似てないタイプだったからかな」

男は安心したみたいに笑った。

「全然違うよ」

「でしょ?」

「愛里ちゃんのほうが全然華あるし」

「そういうのいいから」

私は笑って流す。

「その子、どうしたの」

男は今度こそ、少しだけ面倒そうな顔をした。

「なんでそんな気になるの」

「女の勘」

「怖いなあ」

「怖いよ」

私はにこっと笑った。

「で?」

男はグラスを置いた。

「ちょっと揉めたって聞いた」

胸の奥が、すっと冷えた。

「誰と」

「そこまでは知らない」

嘘だと思った。

でも全部は知らないのかもしれない。

男の情報なんて、だいたい半端だ。

ただ、半端でも使える。


「揉めたって、仕事で?」

「たぶん」

「たぶん多いね」

「だって詳しくは知らないし」

「でも知ってることはあるんだ」

男は少し黙った。

それから、声を落とした。

「病院絡みって聞いた」

私は表情を変えなかった。

変えないまま、心臓だけが少し速くなる。


「病院?」

「うん」

「なんでブランドに病院?」

「さあ」

男は肩をすくめる。

「寄付とか監修とか、そういうやつじゃない?」

寄付。監修。

綺麗な言葉。

でも、綺麗すぎる。

何かを隠すときの言葉に聞こえた。


「その子、今どこにいるの」

私が聞くと、男は首を振った。

「知らない」

「ほんとに?」

「ほんとに」

私は少しだけ笑った。

「じゃあ、知ってること全部言って」

男は困ったように笑う。

「なんだよ。尋問じゃん」

「違うよ」

私はグラスに口をつけた。

「おねだり」

その言い方に、男は少しだけ気をよくした。

やっぱり単純だ。

こういう男は、“頼られてる”顔をさせると弱い。


「……ああいう場、向いてなかったらしい」

「どういう場?」

私はすぐには詰めない。

少しだけ首を傾げるだけにする。

男は言葉を選ぶふりをした。

「会食とか」

「会食」

「スポンサーいるし」

「それ、モデルの仕事?」

私が笑って聞くと、男も笑った。

「まあ、業界ってそんなもんでしょ」

その言い方に、私は内心で冷えた。

そんなもん。

便利な言葉だ。

値段も条件も線引きも曖昧なまま、女を“仕事”の中に溶かして差し出すときによく使う。


「食事するだけ?」

私が軽く聞くと、男は少しだけ目を逸らした。

「まあ……空気読める子のほうが可愛がられるよね」

その一言で十分だった。

可愛がられる。

空気を読む。

感じのいい子。

全部つながる。


「へえ」

私は笑ったまま、グラスを揺らす。

「じゃあ、その子は空気読めなかったんだ」

男は少しだけ肩をすくめた。

「真面目すぎたのかもね」

その瞬間、腹の奥に鈍い怒りが落ちた。

真面目すぎたんじゃない。

嫌だっただけだろう。

断りたかっただけだろう。

でも、そう言うと“向いてない”にされる。

“空気が読めない”にされる。

“不安定”にされる。

そうやって女の側の問題に変えられる。


私は夜の仕事もしてきた。

パパ活もしてきた。

少し甘えればポンと数百万動く男も知ってる。

でも、それでも私は、自分で線を引いてきた。

どこまで笑うか。

どこまで触らせるか。

どこまで期待させるか。

全部、自分で決めてきた。

なのにこいつらは、仕事とかチャンスとか育成とか、綺麗な顔をした言葉で、女の線引きごと奪う。


「ありがと」

私は笑って言った。

「すごい助かる」

男は少しだけ得意そうに笑った。

「役に立った?」

「うん、すごく」

「じゃあ今度、ご褒美ちょうだいよ」

私はその顔を見て、心の中でだけ笑った。

こういうとき、男は自分が何を喋ったかより、見返りのほうを考えている。

だから扱いやすい。


「考えとく」

そう言って、私はグラスを置いた。

十分だった。

今日はここまででいい。

欲張ると、相手も警戒する。


帰り道、夜風が少し冷たかった。

私はすぐに拓巳へ連絡した。


――病院絡みって話が出た。

――あと、会食。スポンサー。空気読める子。

すぐに電話がかかってくる。

「今どこ」

「店の近く」

「詳しく」

私は歩きながら、今聞いたことを全部伝えた。

高瀬。

揉めた。

病院絡み。

会食。

スポンサー。

空気読める子。

向いてなかった。

真面目すぎた。

拓巳は黙って聞いていた。


「最悪だな」

最後にそう言った。

「うん」

「それ、もう普通の仕事の話じゃないだろ」

「最初からそう思ってた」

私は街灯の下で立ち止まる。

「でも、やっと言葉が揃ってきた」

「愛里」

拓巳の声が少し低くなる。

「気をつけろよ」

私は少しだけ笑った。

「大丈夫」

「何が」

「こういう男の喋り方、慣れてるから」

「そこじゃない」

「わかってる」

私は空を見上げた。

「でも、たぶんもう戻れない」

「何が」

「ただの嫌な現場だと思う段階には」


綺麗な仕事ほど、あとから思い返すと最初から仕事じゃない匂いが混ざっている。

今日拾ったのは、たぶんそういう匂いだった。

会食。

スポンサー。

空気を読める子。

向いてなかった。

真面目すぎた。

どれも一つずつなら、業界の雑な言い回しで済まされる。

でも重なると、別の顔になる。

女を選ぶ。

連れていく。

断れない空気を作る。

嫌がった子を“向いてない”にする。

壊れたら“不安定”にする。

まだ全部は見えていない。

でも、ミオがただ消えたんじゃないことだけは、もうわかり始めていた。

だったら私は、その先を取る。

昼の綺麗な仕事の顔の下にある、仕事じゃない部分を。



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