ポルーション≪汚染≫(2/2)
朝日が昇り始める。
厨房担当のソフムの1体は朝食準備のため、早起きをした。
教員役のソフムと色違いのエプロンドレスを着て、爆乳パッドを置いたまま学舎の台所へ向かおうとする。
廊下に出ると、ソフムたちの寝室の前で突っ立っているヤスナと目が合う。
「ぎゃうっ!」
ソフムが短い悲鳴を上げる。
そしてなぜか寝室に一度駆け込むと、爆乳パッドを着けてヤスナのもとへともどってくる。
「なっ、なんでっしゃろぉ……?」
「ごめんなさい。ソフムにお願いがあって」
ヤスナはソフムと廊下を歩きながら、昨夜労働用≪スキン≫から聞いた話をかい摘まんで説明する。
そして、「彩人の言うことが知りたいから」と前置きをして「この黒いのを、動かないようにしてほしいの」という要望を伝えた。
ソフムは驚愕の表情になって、ヤスナを思い留まらせようとフローリングの上に手を掴んで立ち止まらせた。
「なっ、何言ってるの! ≪統制器≫の『痛覚』修飾は、君を守ってくれてる機構でっ、てううん、とにかく動かなくしても良いことないから! ダメっ!」
「ヤスナは守ってなんてお願いしたことない! 勝手に着けられて、ワケわかんなくされてるんだったら、その方がおかしいもん。ヤスナのお願い聞いてよっ!」
ソフムが説得にかかるも、ヤスナは子どもの聞き分けの悪さを盾に、声を荒らげて意見を押し通そうとする。
そこには、いささか道副のような乱暴さが垣間見える。
ソフムは激情に任せてものを言うヤスナに対し、たしなめるように向き合った。
「なっ……どうして、そこまでする必要があるの。≪統制器≫を停止するってことは、取り返しのつかないことなんだよ。もう元の……痛くない方がいいって言っても、もどれないよ。それでもいいの?」
ソフムの問いかけを受け、ヤスナはしばらく押し黙る。
考えをまとめている。
「……いいの。わからないことが、わかるんだったら」
「うっ、ソフム、じゃなくて先生はみんなに、そんなこと教えないよ? 知らなくていいことだもの。彩人くんが感じることでも、ヤスナくんには感じなくていいことがあるっ」
「……でも、わからないのはイヤ。みんな感じることが違うんだったら、『痛み』って何? ヤスナが感じてるのは痛みじゃないって、彩人に言われた。だったら『痛み』ってなんですか! わからないのはイヤなんですっ!」
ヤスナがじょじょに主張を大きくして叫んだ。
あまりのうるささに、まだ眠っているソフムたちが半覚醒になり、うなり声を上げる。
今の会話を聞かれるのはマズいと思ったソフムは、おろおろ慌てふためく。
「とっ、とにかく、いったんこの話は保留で! 持ちかえって、前向きに検討します!」
ソフムはついに強制的に話を終わりにし、ヤスナを個室まで連行。自身は台所へ向かった。
折悪しく、寝床にもどったばかりのヤスナを道副がたずねる。
目が合うだけで、ヤスナは道副に残酷なことをされると察知する。
ヤスナは声をかけられるより前に、入口の道副に体当たりして寝室の外へと逃げ、そのまま学舎の外までもひた走る。
ヤスナは建物の裏に隠れる。
しかし10分もしないうちに道副が見つけ、その場でヤスナを無力化し、犯した。
その後、道副は意識朦朧とするヤスナを地面に置いて、全裸を正して立ち去ろうとする。
「これから大事な用がある。明日まで学舎を空けるが、くれぐれも問題を起こさぬようにな、ヤスナ?」
道副は含みのある口調でヤスナに告げる。
先に学舎玄関までもどり、汚れたヤスナを風呂に入れるよう、手近なソフムへ言伝をする。
それからソフムに回収されたヤスナは、肩を借りて屋内まで歩く道すがら、よそ行きの外套を羽織って出て行く道副の背中を見送った。
ヤスナは快楽と精神的苦痛の余韻が引かぬうちに風呂へと入れられた。
朝食の時間には同席しなかった。
労働用≪スキン≫たちの教室で、午前の授業開始のあいさつが聞こえる。
学舎での時間はヤスナの心境にかかわらず進行する。
ヤスナは眠りにつく。
ヤスナが目を覚ますと意識は夕方を迎えた。
常に薄暗いヤスナの寝室にも、茜色が溶け込んでいる。
足音が聞こえ、入口の方を見るヤスナは、エプロンドレスを着たソフムと視線を交わした。
今朝、問答をした厨房担当のソフムだ。
「あっ、あの……なんにもしてあげられなくてごめん。……でもね、今はまだいい方なんだよ? 言ったでしょ、≪統制器≫は君を守る存在だって。機能を止めたら、とんでもない激痛、我慢できないくらい強くて死にたくなるような痛みが君に襲ってくる。それが毎回、ううん、この先ずっと!」
「なんの話?」
「なっ、もう! 君が言い出したことでしょーっ!」
ソフムは頬をふくらませて怒っている。
寝室に入るなり、要領を得ない私見を述べ始めたソフムが全面的に悪いと、ヤスナはいやに冴えた頭で思考し、少し可笑しくなる。
「ふふっ。そうだったわ。……いいの、お願い?」
ヤスナは含み笑いをして、ソフムへ挑発的に首元を見せる。
重厚な黒色の機器が、まったくの静けさの中で絶えず駆動している。
「なっ、これでもお願いしてくるなんて……っ!」
うろたえるソフム。
次にはうなだれる。
わかった、と言葉にしないが、ヤスナへ近寄って優しい手つきでその≪人倫統制器≫に触れる。
ソフムはエプロンドレスのどこからか、両側端子が≪人倫統制器≫に接続できるコードを取り出すとまずは自身の≪人倫統制器≫へとつないだ。
ソフムの真っ白いモップのような髪束が、巨大な乳房とともにヤスナの視界で左右へ揺れる。
「これジャマじゃないの?」
思わず、ヤスナが所感を口にする。
「そっ、そりゃジャマですよー。でもこれも≪統制器≫と同じ……私には、外せないんです」
ソフムが物悲しい表情で言う。
ヤスナはその意味を考えようとするも、≪人倫統制器≫にソフムがコードを介して自身の≪人倫統制器≫を接続したことで、咀嚼するに至らなかった。
「うっ……じゃあ、本当にいくよ?」
ソフムの声かけ。
ヤスナは首肯する。
ソフムの≪人倫統制器≫が甲高い駆動音を立て始める。
目には見えない、ヤスナの感じる『痛覚』の本性が一つ、暴かれる。
道副につらぬかれた下腹部の痛み。
「いやあ! あぁ、あっ!」
さらに『痛覚』修飾のゲージが下がる。
今度は地面に投げつけられたときの打撲と擦り傷、さんざんに打擲された肌の内出血、髪を引っ張られた後のずくずく感。
「もっと!」
「なっ、ん!」
ヤスナは全身を抱きしめて悶絶する。
さらにソフムを催促し、修飾ゲージを下げさせる。
ヤスナの苦しい声は段階的に大きくなっていく。
起きていられなくなる。
横になった先で無意識に毛布を握りしめ、その端を口で噛みしめる。
「うっ、やっぱも、もぉこれ以上は……」
「もっと! 下げて、はやぐっ!」
毛布を口に入れながら、つぶれた声でヤスナが求める。
気がつけば涙を流し、大粒の脂汗をひたいに分泌し、全身を痙攣させている。
ソフムは一瞬ためらいながら、『痛覚』の修飾ゲージを下げる。
ついに下げ切った。
そのときヤスナに、これまでの刺すような激痛とはまったく異なる、稲妻にうたれたと錯覚する衝撃が舞い込む。
ソフムが前もって説明していた、懲罰的電流によるものだ。
しかし『痛覚』修飾の無効化に際しては、≪スキン≫が死ぬほどの強力な電流ではない。
それでも、ヤスナはベッドの上で気を失った。
道副から与えられる、麻薬的快楽によるものではない。
純然たる『痛み』による失神。
ヤスナが倒れると、ヤスナの≪人倫統制器≫はピーッと耳障りな機械音を上げた。
ソフムは最後、ヤスナから顔を背けていた。
それをそっと戻し、意識のないヤスナのようすを見る。
ヤスナは激痛のショックで汁みどりの悲惨な姿になりながらも、大業を成し遂げた! という清々しい面持ちをしていた。




