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フレッシュ  作者: 石鬼 輪たつ
第6章 dead or livestock
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        ポルーション≪汚染≫(2/2)

 朝日が昇り始める。


 厨房ちゅうぼう担当のソフムの1体は朝食準備のため、早起きをした。


 教員役のソフムと色違いのエプロンドレスを着て、爆乳パッドを置いたまま学舎の台所へ向かおうとする。


 廊下に出ると、ソフムたちの寝室の前で突っ立っているヤスナと目が合う。



「ぎゃうっ!」



 ソフムが短い悲鳴を上げる。


 そしてなぜか寝室に一度駆け込むと、爆乳パッドを着けてヤスナのもとへともどってくる。



「なっ、なんでっしゃろぉ……?」


「ごめんなさい。ソフム(先生)にお願いがあって」



 ヤスナはソフムと廊下を歩きながら、昨夜労働用(オプス型)≪スキン≫から聞いた話をかいまんで説明する。


 そして、「彩人あやひとの言うことが知りたいから」と前置きをして「この黒いのを、動かないようにしてほしいの」という要望を伝えた。


 ソフムは驚愕きょうがくの表情になって、ヤスナを思い留まらせようとフローリングの上に手を掴んで立ち止まらせた。



「なっ、何言ってるの! ≪統制器≫の『痛覚』修飾は、君を守ってくれてる機構でっ、てううん、とにかく動かなくしても良いことないから! ダメっ!」


「ヤスナは守ってなんてお願いしたことない! 勝手に着けられて、ワケわかんなくされてるんだったら、その方がおかしいもん。ヤスナのお願い聞いてよっ!」



 ソフムが説得にかかるも、ヤスナは子どもの聞き分けの悪さをたてに、声を荒らげて意見を押し通そうとする。


 そこには、いささか道副みちぞえのような乱暴さが垣間かいま見える。


 ソフムは激情に任せてものを言うヤスナに対し、たしなめるように向き合った。



「なっ……どうして、そこまでする必要があるの。≪統制器≫を停止するってことは、取り返しのつかないことなんだよ。もう元の……痛くない方がいいって言っても、もどれないよ。それでもいいの?」



 ソフムの問いかけを受け、ヤスナはしばらく押し黙る。

 考えをまとめている。



「……いいの。わからないことが、わかるんだったら」


「うっ、ソフム、じゃなくて先生は()()()に、そんなこと教えないよ? 知らなくていいことだもの。彩人あやひとくんが感じることでも、ヤスナくんには感じなくていいことがあるっ」


「……でも、わからないのはイヤ。みんな感じることが違うんだったら、『痛み』って何? ヤスナが感じてるのは痛みじゃないって、彩人あやひとわれた。だったら『痛み』ってなんですか! わからないのはイヤなんですっ!」



 ヤスナがじょじょに主張を大きくして叫んだ。


 あまりのうるささに、まだ眠っているソフムたちが半覚醒になり、うなり声を上げる。


 今の会話を聞かれるのはマズいと思ったソフムは、おろおろ慌てふためく。



「とっ、とにかく、いったんこの話は保留で! 持ちかえって、前向きに検討します!」



 ソフムはついに強制的に話を終わりにし、ヤスナを個室まで連行。自身は台所へ向かった。


 折悪おりあしく、寝床にもどったばかりのヤスナを道副みちぞえがたずねる。


 目が合うだけで、ヤスナは道副みちぞえに残酷なことをされると察知する。

 ヤスナは声をかけられるより前に、入口の道副みちぞえに体当たりして寝室の外へと逃げ、そのまま学舎の外までもひた走る。


 ヤスナは建物の裏に隠れる。


 しかし10分もしないうちに道副みちぞえが見つけ、その場でヤスナを無力化し、おかした。



 その後、道副みちぞえは意識朦朧とするヤスナを地面に置いて、全裸を正して立ち去ろうとする。



「これから大事な用がある。明日まで学舎を空けるが、くれぐれも問題を起こさぬようにな、ヤスナ?」



 道副みちぞえは含みのある口調でヤスナに告げる。

 先に学舎玄関までもどり、よごれたヤスナを風呂に入れるよう、手近なソフムへ言伝をする。


 それからソフムに回収されたヤスナは、肩を借りて屋内まで歩く道すがら、よそ行きの外套がいとうを羽織って出て行く道副みちぞえの背中を見送った。


 ヤスナは快楽と精神的苦痛の余韻よいんが引かぬうちに風呂へと入れられた。



 朝食の時間には同席しなかった。


 労働用(オプス型)≪スキン≫たちの教室で、午前の授業開始のあいさつが聞こえる。

 学舎での時間プログラムはヤスナの心境にかかわらず進行する。


 ヤスナは眠りにつく。


 ヤスナが目を覚ますと意識は夕方を迎えた。

 つねに薄暗いヤスナの寝室にも、あかね色が溶け込んでいる。


 足音が聞こえ、入口の方を見るヤスナは、エプロンドレスを着たソフムと視線を交わした。


 今朝けさ、問答をした厨房ちゅうぼう担当のソフムだ。



「あっ、あの……なんにもしてあげられなくてごめん。……でもね、今はまだいい方なんだよ? 言ったでしょ、≪統制器≫は君を守る存在だって。機能を止めたら、とんでもない激痛、我慢できないくらい強くて死にたくなるような痛みが君におそってくる。それが毎回、ううん、この先ずっと!」


「なんの話?」


「なっ、もう! 君が言い出したことでしょーっ!」



 ソフムは頬をふくらませて怒っている。


 寝室に入るなり、要領ようりょうを得ない私見を述べ始めたソフムが全面的に悪いと、ヤスナはいやにえた頭で思考し、少し可笑おかしくなる。



「ふふっ。そうだったわ。……いいの、お願い?」



 ヤスナは含み笑いをして、ソフムへ挑発ちょうはつ的に首元を見せる。


 重厚な黒色の機器が、まったくの静けさの中で絶えず駆動している。



「なっ、これでもお願いしてくるなんて……っ!」



 うろたえるソフム。

 次にはうなだれる。


 わかった、と言葉にしないが、ヤスナへ近寄って優しい手つきでその≪人倫統制器≫に触れる。


 ソフムはエプロンドレスのどこからか、両側端子が≪人倫統制器≫に接続できるコードを取り出すとまずは自身の≪人倫統制器≫へとつないだ。


 ソフムの真っ白いモップのような髪束かみたばが、巨大な乳房ちぶさとともにヤスナの視界で左右へ揺れる。



「これジャマじゃないの?」



 思わず、ヤスナが所感を口にする。



「そっ、そりゃジャマですよー。でもこれも≪統制器≫と同じ……私には、外せないんです」



 ソフムが物悲しい表情で言う。


 ヤスナはその意味を考えようとするも、≪人倫統制器≫にソフムがコードを介して自身の≪人倫統制器≫を接続したことで、咀嚼そしゃくするに至らなかった。



「うっ……じゃあ、本当にいくよ?」



 ソフムの声かけ。


 ヤスナは首肯する。


 ソフムの≪人倫統制器≫が甲高い駆動音を立て始める。


 目には見えない、ヤスナの感じる『痛覚』の本性が一つ、暴かれる。

 道副みちぞえにつらぬかれた下腹部の痛み。



「いやあ! あぁ、あっ!」



 さらに『痛覚』修飾のゲージが下がる。


 今度は地面に投げつけられたときの打撲だぼくり傷、さんざんに打擲ちょうちゃくされたはだの内出血、かみを引っ張られた後のずくずく感。



「もっと!」


「なっ、ん!」



 ヤスナは全身を抱きしめて悶絶する。


 さらにソフムを催促さいそくし、修飾ゲージを下げさせる。


 ヤスナの苦しい声は段階的に大きくなっていく。

 起きていられなくなる。


 横になった先で無意識に毛布をにぎりしめ、そのはしを口でみしめる。



「うっ、やっぱも、もぉこれ以上は……」


「もっと! 下げて、はやぐっ!」



 毛布を口に入れながら、つぶれた声でヤスナが求める。


 気がつけば涙を流し、大粒のあぶら汗をひたいに分泌ぶんぴつし、全身を痙攣けいれんさせている。


 ソフムは一瞬ためらいながら、『痛覚』の修飾ゲージを下げる。


 ついに下げ切った。


 そのときヤスナに、これまでの刺すような激痛とはまったく異なる、稲妻いなづまにうたれたと錯覚する衝撃がい込む。


 ソフムが前もって説明していた、懲罰ちょうばつ的電流によるものだ。


 しかし『()()()()の無効化に際しては、≪スキン≫が死ぬほどの強力な電流ではない。


 それでも、ヤスナはベッドの上で気をうしなった。

 道副みちぞえから与えられる、麻薬的快楽によるものではない。


 純然たる『痛み』による失神しっしん


 ヤスナが倒れると、ヤスナの≪人倫統制器≫はピーッと耳(ざわ)りな機械音を上げた。



 ソフムは最後、ヤスナから顔を背けていた。


 それをそっと戻し、意識のないヤスナのようすを見る。


 ヤスナは激痛のショックで汁みどりの悲惨な姿になりながらも、大業たいぎょうを成し遂げた! という清々(すがすが)しい面持おももちをしていた。

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