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フレッシュ  作者: 石鬼 輪たつ
第6章 dead or livestock
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チャプター17 ポルーション≪汚染≫(1/2)

 『いのちのこえ学舎』にて、ソフムが1体死んだ。


 それでも日常はつつがなくり行われる。


 学舎食堂では、道副みちぞえの玩具として連れて来られた愛玩用(ウイルガ型)≪スキン≫のヤスナと、労働用(オプス型)≪スキン≫たちが決まった席に座り、夕食が始まるのを待つ。


 平常時であればソフムたちが食事を運んで来て、配膳はいぜんを始める時間からすでに1時間が過ぎていた。



「お待たせしましたーっ!」



 行儀ぎょうぎのよい女装ソフムが台車を押して食堂に入る。

 他の女装ソフムも後ろに続く。


 最後に道副みちぞえが扉を閉め、席についた。

 労働用(オプス型)≪スキン≫たちはそれを合図に立ち上がってソフムのもとへと群がる。


 ソフムが台車の上の巨大なアルミ容器を開くと、湯気を立てる料理のにおいがいちめんに充満する。


 労働用(オプス型)≪スキン≫たちはソフムから盆と食器類を受け取り、一列に並んで献立こんだての品を一つずつうつわに盛ってもらうと自身の席へともどる。



 本日の献立は普段と変わらず、野菜中心の惣菜とドリュールのかがやく丸パンだが、めずらしくかたまり肉が入ったシチューとミートボール、フライがついた。


 肉は『工学骨格こうがくこっかく』という、筋繊維(せんい)と電気刺激によって旧時代の家畜肉を生産する技術で作られた培養ばいよう肉が1月(ひとつき)に数回、きょうされることがあった。


 しかし、かたまりで料理に使われることは初めてのことだ。


 全員が合掌がっしょうした後、労働用(オプス型)≪スキン≫たちはいっせいに食器を持った手を止め、打ち合わせしたように誰ひとり食べ始めることをしない。



「はぁあ……いい匂い!」



 ただし、愛玩用(ウイルガ型)≪スキン≫のヤスナのみが例外。


 かたまり肉のシチューを前に歓喜の声を上げて我先にと頬張ほおばった。


 肉を噛みしめ、花にたとえられる笑顔を花弁がりかえるまで開いた、これ以上ないという表情を浮かべている。


 ソフムが目の前で命を落としても、何ともなかったものが。


 至福の笑顔を振りまいて、ヤスナが次々肉料理に手をつけ、間隙かんげきなく口へと運んでいた。



 食堂内はもはやヤスナが立てる物音ものおとのみとなり、静寂せいじゃくさが立ちこめる。


 全員を見渡せる特等席に座った道副みちぞえは前を向きながら、ヤスナの姿を横目に注視する。



「ソフムの肉だから食べないのか?」



 道副みちぞえは部屋全体に聞こえる声でたずねる。


 返事はない。


 労働用(オプス型)≪スキン≫のいずれかがはっと息をのむ。

 また別のものが嗚咽おえつをこらえ、ふるえている。


 そのとき、道副みちぞえは激怒して怒号を飛ばした。



「お前たち、せっかくの肉だというのに! 食え! これも教育だ!」



 顔を赤くする道副みちぞえ


 近くの席の労働用(オプス型)≪スキン≫を掴まえ、手前の肉片にフォークを突き立てて無理やりにでもその口にわせようとする。


 道副みちぞえの横暴は今日にはじまったものではないが、見かねた労働用(オプス型)≪スキン≫の何体かは不快感に耐えきれず、大声で泣き始めてしまった。


 ソフムたちが駆け寄り、泣いているものをなぐさめる。


 食堂はひといきに喧噪けんそうちまたと化した。



 ――同時に、1体の労働用(オプス型)≪スキン≫の勇姿がひといきにその場を治めるファクターとなる。


 ある1体の労働用(オプス型)≪スキン≫は打楽器のごとく食器を打ち鳴らしながら、肉料理をかっ込みだしたのだ。


 ガツガツ、という擬態語の通りの激しさで。


 目の前の皿がすぐ空になる。

 放置していると、右手左手向かいの≪スキン≫たちの食事にも手をつけんばかりの勢いがあった。


 突如とつじょ現れた勇敢ゆうかんな≪スキン≫に影響された子どもたちも、同じ手法で料理を摂取しようといどんだ。


 表情筋が苦悶しながらも何体かが同じように完食を果たす。


 別の≪スキン≫も、涙とソフムを退しりぞけて完食を目指しはじめる。


 勇姿は波及はきゅうし、ドミノ倒しのように空いた皿の光景が広がって行き、1時間もしない間にすべての労働用(オプス型)≪スキン≫まで行き渡った。



 終わりの合掌。

 ソフムたちは片づけと清掃をはじめる。


 子どもたちはそれとなく参加しつつも、やはり何体かは嘔吐おうとをこらえきれなかった。


 仲間たちは食べカスのみならずそのしゃ物も、輪になって片づける。


 ヤスナは労働用(オプス型)≪スキン≫たちに起こった出来事の一部始終に、胸で熱いものを感じ、視線を離さなかった。


 らんらんとした目に≪スキン≫たちを映す。


 掃除の時間が終わる前に、道副みちぞえことわりもなくその状態のヤスナを私室へと連れて行く。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 深夜、道副みちぞえの私室からもどり、寝室で眠っていたヤスナはなかなか寝つくことができず、気晴らしのために廊下へ出る。


 夜目がかず、月明かりの窓際と手すりをもって歩く。


 労働用(オプス型)≪スキン≫たちが集まって寝る部屋までは行くつもりがなく、もう少し、もう少しだけと慎重しんちょうに歩を進めて眠気を誘う意図だ。


 ところが、掃除用具や教材を入れるための物置に差しかかったところで、気になる話し声がヤスナの耳に入って来た。


 話し声のような風の音――というには、他へ聞かれてはまずいと音量をおさえる手心を覚えうるものだ。


 ヤスナは意識せず足音をころして物置の戸の前までやって来る。

 戸に手をかけるとスライドして開く。


 物音になるギリギリのところで手加減し、隙間すきまを作った。

 体の平らなヤスナはその隙間を通って物置の中に入る。


 物置のただ一つの窓が開放され、照明なしにさんとして明るい室内では、労働用(オプス型)≪スキン≫の2体が星空をながめていた。


 手元にボロボロの古めかしい星座早見をもって、2体は指をからませるように差し合う。



「ねえ」



 ヤスナは互いの手心を台無しにする声量で、≪スキン≫の2体へ話しかけた。


 当然ながら2体は動揺して振り返る。


 自分たちとは異なる……また教職用ソフムとも第一世代バーナムともちがう、色のついた≪スキン≫が立っているのだ。

 恐ろしさを感じる。

 それがヤスナであるとわかって落ち着いても、2体は警戒の姿勢をくずさなかった。



「なんだよっ」


「そこには何があるの?」



 ヤスナの問いかけに、2体はしばらく押し黙る。


 1体がヤスナに応えようとして口をカパッと開くが、もう1体がそれを止めさせる。



「……いい。それより、なんでさっきは泣いていたの? あんなにおいしいゴハンだったのに」


「もーいいだろ、どっか行けよ!」


「あんなにおいしい……」



 ヤスナはに落ちないと口をとがらせる。


 ≪スキン≫たちに拒絶きょぜつの意志を示されても、納得を得たくてその場にたたずんだままでいる。



「ヤスナ」



 3体の≪スキン≫の後方から声。

 声だけで、3体はそれを発したのが労働用(オプス型)≪スキン≫だと判別できる。


 名前を呼ばれたヤスナが小首を傾げながら後ろを向くと、他の≪スキン≫より少し体の大きなものが1体。


 見ればそれが夕食の際、率先してガツガツとソフムの肉を食べてみせた≪スキン≫と同一どういつ個体であるとわかった。



「あまり頓狂とんきょうなことをくな。周りはおびえている。もし話がしたいなら、オレと来い」


「わかったわ」



 ヤスナは軽々(かるがる)了承する。

 そしてあいさつもなく、物置の労働用(オプス型)≪スキン≫の前から立ち去る。



 名前を呼んだ≪スキン≫の先導で、ヤスナは学舎屋外のパラソルめいた樹木までやって来る。


 夜でも、遮蔽しゃへい物のない草原の中では、月に照らされた樹木じゅもく木陰こかげが色濃い存在感をはなっている。


 ヤスナは木陰の外に立ち、労働用(オプス型)≪スキン≫の1体は木陰に座る。

 やや姿が見えづらくなる。


 ヤスナが≪スキン≫を注視すると、そのそばに草の絨毯じゅうたん()()()()()あとのような土色模様があることもわかった。



「あなたはわかる、その、聞きたいこと」


「あなたじゃない、彩人あやひとだ。お前にヤスナと名前があるように、オレにも名前がある」


「初めて聞いた……」


「そりゃ、お前に言ったのが初めてだからな」



 労働用(オプス型)≪スキン≫が勝ち気な性格をにじませて、妄言もうげんを言う。


 ヤスナの頭は一度自身の疑問を置き去りにして、≪スキン≫の名前のことでいっぱいになる。



「誰につけられたの?」


「誰でもいいだろ。それよりいいのか、知りたいことは?」



 せっかくのヤスナの疑問は晴らされなかった。ええと、とヤスナが再び考え直す。



「そうだった! なんで、ゴハンの時にみんな泣いて、あんなにイヤそうだったの?」


「それは、胸が痛いからだよ」


「むね? どこ?」


「そこだよ」



 ヤスナが自身の体をさすっているところに、労働用(オプス型)≪スキン≫は手を伸ばしてヤスナみずからの手で胸の位置を確かめさせる。



「ソフムたちがデッカいのぶら下げてるとこだよ」


「ここが胸。……ヤスナは痛いってならなかったわ。なんで、ヤスナだけならなかったの」


「じゃあ、みんなが泣いてるとき、ヤスナの胸はどうなってたんだよ?」


 労働用(オプス型)≪スキン≫がたずねる。


 またヤスナは言葉の意味を解釈することに少しの時間を要した。



「ぱーって、明るくなって。だっておいしかったから」


「お前。大好きなひとが死んで、肉にされて、それ食ったら胸ん中がぱーってしたってのか?」



 もはや労働用(オプス型)≪スキン≫が、ヤスナを一問一答形式へと誘導しているような状態だった。


 ヤスナにはそれを退しりぞけるだけの思考力すらもなかったためだ。

 ヤスナはまだ労働用(オプス型)≪スキン≫からの問いに対し、何と言えばいいのかと苦慮くりょしていた。


 しびれを切らした労働用(オプス型)≪スキン≫が先に言葉をていする。



「もういいよ。お前は何も悪くない、本当は何も、悪くない。全部、≪人倫統制器≫って……お前の首に着いてるその黒いののせいなんだよ」


「黒いの……これ、ソフム(先生)にも、ぱぱにも着いてるよ?」


「ああ。それは、全部の『痛み』を感じなくするキカイで、お前らが都合よく生きられるようにするためのものだ。……それで痛みが、初めからなかったように錯覚さっかくしてるだけ。踏みにじっていい理由にはならない」


「そっか。でも、彩人あやひとにはない」


「『どうして?』だろ。理由は知らない。でもオレたちは、そんな嘘吐うそつきのキカイに頼って、ラクに生きてるフリをしてるお前や道副みちぞえとは違う! だから、オレたちのことなんか、お前らにはわかりっこないってことさ」



 労働用(オプス型)≪スキン≫が冷淡に告げ、立ち上がる。



「お前、じゃないよ。ヤスナにもヤスナって名前があるの」


「そうか。それは悪かったな。話はこれで終わり、もう変なこといて来るなよ? じゃあな」



 一方的に話を切り上げた労働用(オプス型)≪スキン≫は、学舎にもどっていく。


 ヤスナは木の下に取り残される。


 色濃い陰の中、土が掘り返された痕跡こんせきを改めて見るヤスナ。


 瞬間、先ほど教わった≪スキン≫のむねという場所で、別の生き物がうろこをぶつけながら這うような奇妙な感覚がする。


 ヤスナはこぶしを握りしめ、取っかかりのない胸郭きょうかくの上に、定まらないようすで押し当てた。



「全部の痛み、感じなく……。でも、()()よ。なんで?」

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