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フレッシュ  作者: 石鬼 輪たつ
第6章 dead or livestock
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チャプター16 キャンサー≪内蔵脅威≫

 かがやく広大な草原、その少し小高い場所には人が2人入るのにちょうどよい木陰こかげを作る樹木じゅもくがあった。


 白衣の脇腹わきばらからこしまで血を流したあとのある、ぐったり木のみきに寄りかかったソフムの横へ、黒い大きなバッグが一つ置かれる。


 中からは――誰あろうソフムの成果物、()()()()()()()()愛玩用(ウイルガ型)≪スキン≫が顔を見せる。


 それは大きな使命を成し遂げた後のソフムにとって、しがない道具の一つに過ぎないはずだった。


 そうであると思い込んでいたから、≪スキン≫の正体を知るまで、爽快な表情を浮かべていたのだ。



「み、水鈴みすずはしんだの……?」



 すきだらけの戸惑いで、バッグの中から出てしがみつく愛玩用(ウイルガ型)≪スキン≫。


 きょを突かれ、態度には出さないが、明らかに思考へ異常をきたしたソフムは、≪スキン≫の体を振りほどけなかった。


 2体のもとへ、白衣姿の第一世代(バーナム型)≪スキン≫が姿を現す。


 愛玩用(ウイルガ型)≪スキン≫は興味きょうみ津々(しんしん)と視線を向ける。


 ソフムは目元へドス黒い感情をむき出しにし、するどくにらみつける。



「わたしは道副みちぞえ 宥太ゆうたという者だ。君の親にあたる」



 自己紹介をする道副みちぞえは堂々と、愛玩用(ウイルガ型)≪スキン≫の漂白せんのうにかかった。



水鈴みすず、は……」


「みすず? なんだその名は。聞いた覚えがない。わたしは君に『()()()』と名づけたはずだ」


「知らない……」


「知らずともよい。しかしなヤスナ、二度と先の名を口にするなよ。約束できるな?」



 道副みちぞえは告げると、背後に建つ木造平屋『いのちのこえ学舎』の方を向く。


 学舎から飛んで来る、爆発寸前のバストと肥満体をエプロンドレスでめ上げたソフムに、愛玩用(ウイルガ型)≪スキン≫を連れて行かせる。



 あとの木陰には眼光がんこう以外の迫力はくりょくをうしなった手負ておいのソフムだけが残る。


 道副みちぞえは手負いのソフムへ近寄ると、肩を目がけて一度()たおし、おさない体の適当なところをいくらか蹴り上げる。


 遠慮のない力を振るって。

 恐らく肋骨ろっこつのいずれかにひびが入っただろう。


 みずからの体を抱きしめ、ふるえるソフムは口をつぐんでいる。



「まったく……何年をぼうに振った? 俺が手出しできないのを知って。抵抗ていこうのつもりだったのだろう。四方白よもしろへ連携も寄こさず、全部ひとりでやったな。おい、口答えしてみろ?」


「因果、応報にしてはタチが悪すぎますね……」


「まあいい。結果を残したことは評価しよう。帰ったらお前を切り刻んでやれるよう、炊事すいじのソフムたちに肉の解体を教えてやったのだがな……ハハッ、冗談だ。殺しはしない。今後はヤスナの面倒めんどうてやれ」



 道副みちぞえは自身の白衣を脱いでソフムに着せると、その子どもめいた体を背中に乗せて自身も学舎にもどる。



 生還したソフムに、大勢の労働用(オプス型)≪スキン≫たちが殺到して出迎える。


 かつてソフムとせい比べをして遊んだ≪スキン≫たちは、まさに遺伝子の悪戯いたずららしく、筋肉質な巨体へと変貌へんぼうを遂げていた。


 ソフムはそのいずれかに手を握られた。

 真っ白いソフムの小枝の手から感ずる手の感触は、隆起りゅうきした傷痕ケロイドどころか皮ふの硬化すらもない、やわらかい幼子おさなごの手のようだ。


 ソフムの胸に安心感と、言い知れぬ不安のきりが立ち込める。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「そこへ服をいでろ」



 アカウントのない愛玩用(ウイルガ型)≪スキン≫――ヤスナを、私室のベッドに横たわらせる道副みちぞえ


 ヤスナは訳もわからず言いなりになる。


 腰まで伸びた頭髪がシーツの上にふわっと広がる。


 ヤスナの身体は一般的な愛玩用(ウイルガ型)≪スキン≫と同様になんの生物学的性を思わせる特徴もない。


 道副みちぞえはまだ服を着たままで近づく。


 そのとき、ことわりもなくヤスナの左(うで)麻酔ますいの注射器を刺した。



「『痛覚』修飾は機能しているが、念のためだ。……美しいな。生娘きむすめのようだ」



 恍惚こうこつとした表情で道副みちぞえがヤスナの腹部にふれる。


 ヤスナの首元で、黒い本体が丸見えになった≪人倫統制器≫は静かに駆動し、ヤスナの感じる・見える道副みちぞえの印象を安らかなものへと変える。


 道副みちぞえは目を血走らせて、ヤスナを凝視ぎょうしする。


 続いて部屋の奥から、キャスター付きの棚をベッドの横に移動させる。

 手袋をはめると手術医の気分でメスと鉗子かんしを手に取る。


 たな横のラックには小ぶりなインパクトドライバーの装備もうかがえた。



「ぱ、ぱぱ、ぱぱ、お願い……」


「ヤスナ……」



 ヤスナは危険な気配を感じ、顔を引きつらせる。


 道副みちぞえはヤスナのおびえた表情を前に、面食らった。

 手術道具をもつ手が震えている。


 道副みちぞえの脳裏に、かつての自身の愛玩用(ウイルガ型)≪スキン≫『靖南やすな』を初めて改造したときの記憶がフラッシュバックする。


 現実、目の前にあるものはロット番号が違えども、ほとんど相同な遺伝子をもった既製品クローンだ。


 思考のうちに、ベッドの上にいるのが『靖南やすな』なのかヤスナなのか判然としなくなってくる。


 道副みちぞえはもはや2体の色違いの道具を区別することが億劫おっくうだった。



「あまり興奮こうふんさせないでくれ……」



 瞬間、一抹いちまつのためらいも、道副みちぞえの記憶集合のなかの愉悦ゆえつと統合され、かき消える。



 道副みちぞえは陽が高いうちに、ヤスナへあなを開けて人工(ちつ)電極でんきょくを埋め込む作業を終えた。


 術後、縫合ほうごう部の出血がまだ止まらないうちに試運転へ踏み切る。


 ≪人倫統制器≫によってあらゆる苦痛を知らずに済むヤスナは、道副みちぞえから与えられる麻薬的快楽に対してその日のうちに陥落し、部屋じゅうにあまい声を響かせた。


 行為は夜まで続いた。



 ヤスナの下腹部のい目はほつれ、内側に薄いピンク色の肉が見えている。


 ヤスナは生まれて初めて、生きた肉を見る。


 衝動的に指を傷口へし込み、肉の味をたしかめると、ふたたび脳が気持ちよくさぶられる感覚を覚えた。


 翌朝を迎えると、ヤスナは何事もなかったように無邪気な子どもとして振るまい、体ばかり巨大になった労働用(オプス型)≪スキン≫たちに混ざって勉学や遊びに興じる。


 ヤスナの面倒を看ることになった手負いのソフムは、学舎の中で傷の治療にあたりながら、生き生きとするヤスナの姿を遠目に見ていた。


 月がのぼり、道副みちぞえがヤスナを私室へ連れ込んだあとも廊下、時には窓の外から経過観察を続けた。


 ヤスナの消耗しょうもうは日に日にソフム以外の目にも明らかとなる。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「ヤ、スナくん……」



 手負いのソフムは白衣を着て、ヤスナの寝室――労働用(オプス型)≪スキン≫と6体のソフムが共同スペースで寝ていることに反し、ヤスナのみが個室利用を強制された――を訪れる。


 学舎へ来て2週間が経ち、ヤスナは道副みちぞえに求められない限りは昼夜を問わず寝室から出なくなり、しかばねのように横たわっていることが常となっていた。


 道副みちぞえはタガが外れたように、1日に何度もヤスナを凌辱りょうじょくし、何度か気絶や脳震盪(しんとう)にもおちいらせた。



「寝ているだけでは退屈でしょう? 私とお話ししませんか」



 ソフムはダメで元々と、ヤスナに声をかけ続ける。


 寝床の≪スキン≫は顔も身体もやつれて、長い頭髪からみずみずしさが失われている。返事をすることもない。



「……ごめんなさい。私が君を身代みがわりにして。また、生きることをつらくさせて……()()()()くらいなら、サーバごと全部、壊しておけばよかったのに!」



 自責の念にあえぐソフム。


 力が入り、脇腹わきばら手術しゅじゅつこんが痛む。

 とっさに手で押さえる。

 また自身の腹の内側の、用済みになった道副みちぞえ玩具おもちゃからも激しい疼痛とうつうが起こる。


 内臓に電極の部品がこすれる際の痛みは、もはや≪人倫統制器≫による修飾の範囲外にあった。


 ソフムはヤスナのそばで、かたで息をしてガクンガクンと体を激しく揺さぶる。



「はあ、ァ……君が苦しむのは、私も苦しいです。でも、もう代わってあげられない」



 ソフムは役に立たないあしに頼ることをあきらめ、子どもの身を床へ投げ出して、ヤスナの寝床まで這って近づいていく。


 ヤスナは騒々(そうぞう)しさに我慢ならず、ソフムの方へ寝返りを打った。



「私も……『諦観ていかん』のうちに、彼からてられることを期待していました。でもここで選択しないままでいては、彼女に合わせる顔がありませんよね」


「うるさいよ……」



 ヤスナがソフムを見下ろす。


 汗となみだはなの汁みどろになったソフムが、ゆかに脚を放置し、イカダにしがみつく死にかけの漂流者のような姿勢で、ベッドの上のヤスナと目を合わせた。



「私ができることはこれだけです。私の死を学びに変えて。どうか考え続けて……」



 言葉を最後に、ソフムは動かなくなる。


 直後、ソフムの白衣の襟元で≪人倫統制器≫がヴーッ! という警告音を響かせた。


 懲罰ちょうばつ的電流が流れ、ソフムの意識の残滓ざんしは、凄絶せいぜつな痛みによってけもののような悲鳴を上げる。



 悲鳴は『いのちのこえ学舎』じゅう、草原の中の樹木までとどろいた。



 断末魔だんまつまの叫びを聞いた子どもたちがヤスナの部屋に駆けつける。


 ソフムはしるみどろで死んでいる。


 電流のショックによるものか体の強張りによりものか、脇腹わきばらから血がぽつぽつとしたたっている。


 枕元まくらもとのヤスナは呆気あっけにとらわれ、ソフムの死体を見下ろして固まったままだ。


 周りでは労働用(オプス型)≪スキン≫たちの痛々しい泣き声が起こってヤスナを囲む。


 入口から巨大な乳房ちぶさを左右に振って、4体のソフムが中に割り込んでくる。



「ちょ、なんで≪統制器≫切っちゃってるのっ」


「アイツへの当てつけに決まってんだろ! お気に入りの玩具おもちゃけがして、ダメージを与えるにゃ絶好の機会だった」


「そんな……私がもっと早く、代わりになってあげていれば」


「心にもないこと言わんでくださいっスよ。……くそっ!」



 4体のソフムは個々が好きなようにしゃべっては、死んだソフムへの哀悼あいとうの意を表する。


 労働用(オプス型)≪スキン≫たちの中には、仲間をなぐさめるもの、騒ぎをしずめようとするものの他に、下を向いて教わってもいない黙祷を無意識に行うものまで多様な表現型が見られた。



 やがて、腹を立てた道副みちぞえがヤスナの寝室へやって来る。


 第一声にと怒号を飛ばす直前、室内の空気感と労働用(オプス型)≪スキン≫の悲嘆に暮れる姿を目にし、道副みちぞえはその顛末を理解する。


 おだやかな顔を浮かべる。



「ああ、そういうことか。そうか……()()()、その死体を運び出せ。わたしが処理する」



 ソフムに指示を飛ばす道副みちぞえ


 その場にいたソフムは、道副みちぞえへの敵意や抵抗を一つも見せず、ただ戦々恐々(せんせんきょうきょう)とした態度で死んだソフムの体を担ぎ上げる。


 ヤスナの前からソフムが運び出された。


 ヤスナはまだ、先のソフムが死体であることに気づかず、「どこにいくの?」と誰にともなく問いかける。


 声は霧散むさんする。


 労働用(オプス型)≪スキン≫たちも、道副みちぞえすらも、運び出されたソフムの後について寝室から立ち去った。

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