ポエット≪空想家≫(2/2)
「――お待たせしやした。薬品で処理しています。この後アタシらで、『加工所』へ送っておきますよ」
10分もしないうちに、そうして軽薄な態度で四方白がリビングへと顔を出した。
途中、悲鳴や金属音の一つとして聞こえることはなかったが、処分は済んだという。
四方白が肩に担ぐ、大きく膨らんだ黒い袋はぐったりと脱力して、生き物の気配といったものを感じ取れない。
リビングの2人の第一世代≪スキン≫は安堵感から、胸を撫で下ろした。
「ありがとうございます、ありがとうございます! それであの、同意確認とかは……」
誠心からの感謝を述べながら、第一世代の1人が四方白にふとして訊ねる。
「あー、ああ……以前にいただいてるんでしたら、そりゃ、必要ないです。今どきなんでも効率化しろってうるさいもんで」
「そうですか! 失礼しました。本当に、ありがとうございましたっ」
改めて、夫婦揃って四方白に頭を下げていた。
「新しいアカウントの用意ができ次第、アタシからご連絡します。今は少し立て込んどりますんで、いったんは来週目途でお待ちください」
四方白はそう言い残して去った。
進展は言葉の通りに行かず、2日後にも連絡が入る。
四方白は身軽過ぎた。
『どうも。アカウント作成が終わりました。ただ引き渡しの前に、少し手続きが要りますんで、今から伝える場所までお越しいただけますか? ご両親で』
四方白の指示にしたがい、透見川家の第一世代の夫婦は≪学園≫まで遠征する。
目的地は建物内部ではなく、広大な≪学園≫の敷地内に整備された人工林――その奥にある、日本古来の霊園らしい場所だ。
『墓守』という名称の由来となった墓所。
天然物らしい丘陵に、墓石としての長方形のオブジェクトがまばらに建てられる。
風音も立たない平和裡な空間だった。
そこへいざなわれた理由を知った頃の、透見川家の第一世代の夫婦はいまにも泣き出しそうな情動に胸を痛めていた。
しかし、待ち構えていた四方白の準備物を目にした瞬間、夫婦は感情の凪を覚える。
「おはようございます。遠くまで、ありがとうございやす。これが、透見川さんのお子さんの墓ですよ」
冬物のトレンチコートに、つばの広いハットが特徴的な大柄の第一世代≪スキン≫。
彼の足元にあるのは、周りにある石材の色をした長方形のオブジェクトと同様のものだ。
「……ここには何が?」
透見川夫婦の1人が訊ねる。
「何も。場所の占有権だけですよ。それでいいんです。親御さんがここへ来て、お子さんとの日々を回顧する、それが本来の墓の意義ってもんでしょう」
「そ、そうですね。忘れていましたわ」
透見川夫妻のもう1人が自虐的に言う。
夫婦は足の先を揃え、墓石に手を合わせる。
墓石は無地の石材の色をして、刻印などはない。
最下部に管理番号らしき数列と『透見川 水鈴』の名前が記された立て札が、置かれてあるのみだ。
これを外せば誰の墓であるのか、誰が眠っているのか委細不明となる。
それでよいのだと、四方白は言った。
透見川夫妻も、自身らがかつて一つの体に囚われていた時代を噛みしめるように、それでよいのだと思い込んだ。
「さて、新しいアカウントですが、所有者登録と引き渡しに関する書類が数枚。アナログで申し訳ないですが、こちら記入をお願いしやす」
黙祷を終えた夫婦に、四方白が紙とペンを手渡す。
受け取った第一世代≪スキン≫は、紙に書かれた内容をななめ読みして、机代わりにとそれを水鈴の墓石の上に広げようとする。
「あ、ちっちょっと! いけませんぜ。そんな。大事なお子さんの墓ですから!」
四方白は慌てて第一世代≪スキン≫を制止する。
隣の墓石なら構わないと指をさした。
夫婦は首を傾げるも、隣の墓石に書類を置き、凹凸のある材質表面にペン先を取られながら記入する。
「できました」
「はい、ありがとうございやす。これで本当に終いです」
役目を終えた四方白が、額の汗をぬぐう。
改めて四方白に対面し、深々頭を下げる透見川夫妻。
墓石からきびすを返し、霊園の出口へと向かって遠ざかる。
夫婦は悲嘆したようすを微塵も感じさせず、四方白から2つの背中が見えなくなるまで、陽気に談笑する声を響かせていた。
「次はなんて名前にしようかしらっ」
「ゆっくり考えればいいさ。それより、今度は何かいっしょにできるスポーツでも――」
2つの背中が、人工林のアーチ状に空いた採光窓に照らされて白くぼけて、ついに見えなくなる。
固い枝葉の擦れ合う音が、にぎやかな会話をも消し去る。
独り、『墓守』として四方白が墓のオブジェクトに囲まれて居残った。
「アホくせぇっ……」
ガマの声で威嚇するようにつぶやいたのも、四方白だ。
直後、四方白はすぐそばにある『透見川 水鈴』の墓石に蹴りを入れる。
墓石は石材の色をしているが、蹴られた勢いで軽々と霊園のきわまで飛んでいく。
地面に落ちても、それは大した音を立てることはなかった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
突如、強い衝撃が身体の片側にかかり、目を覚ました≪スキン≫。
高い場所から低い場所へと落ちるような、座標のズレを感じる衝撃だ。
肌に触れる触感には変化がない。
どこか、せまいところに閉じ込められているのだろうか。
≪スキン≫が思考を巡らせていると、視界が裂け、光が差し込んだ。
痛くおそろしいほどまばゆい光が身体に振ってくる。
脊髄反射で≪スキン≫は光の裂け目へと手を伸ばす。
手の先には、空気だけが触れる。
まだ自身がどこにいるのか知れない。
知りたい。好奇心に負け、≪スキン≫は思い切って裂け目に顔を突っ込んだ。
目の前には、いちめん緑色の草原が広がっていた。
少し顔を上げると、先の見えない蒼穹が続いていた。
背中から、強い風が吹いた。
腰まで伸びた髪の毛が激しく、肌を撫でつけた。
そのような鮮烈に感じる景色と相反して、痛みも気温もやわらかさも、何の『痛覚』をも覚えることはなく、≪スキン≫は自身が宙に浮いているのではないかと勘違いをする。
「――起きましたか? お人形さん」
起き上がった≪スキン≫は、近くから聞こえた声を目で追う。
全身を草原の上の、黒い袋から抜け出して、声の主を探す。
≪スキン≫は背中の後に、3メートルほどの小ぶりな樹木を見つける。
その幹のつけ根に、人影はあった。
真っ白いモップのような長い髪の毛、サイズの合っていない白衣に、色のない肌、大きすぎる眼鏡。
外見的特徴を羅列するだけで、それがどれだけ造物めいた存在かぞんぶんに理解できる。
「私は、ソフムと言います。君の名前は?」
ソフムは言葉の粒がはっきりとした、子どもに言って聞かせるような言葉遣いで≪スキン≫に話しかける。
≪スキン≫はそれよりも、ソフムの破れかかった衣服と、脇腹から腰まで染みついた血痕とに強い興味を示している。
「君はどこから来たのですか?」
「……ここ、どこですか」
≪スキン≫はソフムの話を聞いているのか、聞いていないのか読み取れない虚ろな表情をして、無邪気にソフムへ問いかける。
「ここはですね、そうだな……地獄ですよ」
「み、水鈴はしんだの……?」
再び、≪スキン≫はソフムへ問いかけた。
少しの戸惑いをにじませながら。
ソフムは何度か荒い息遣いをした後、沈黙する。
≪スキン≫は「ねえ?」と、何の感情もなさそうに見える面持ちでささやいて、ソフムにしがみつく。
「なんで……本当に地獄ですね。こんなっ……」
怪我を負っているソフムは、≪スキン≫を振りほどけない。
2体がしばらくじゃれていると、絨毯のごとき緑の草原の中に、白い点が出現する。
それは2体を目指して歩み寄って来るようすだ。
やがて点は、白衣を着た人物だとわかった。
ソフムは、人物とそばのおさない≪スキン≫を交互に眺め、どうにもブサイクな薄ら笑いを浮かべる。
「来ましたよ。あれが君の地獄だ」




