チャプター15 ポエット≪空想家≫(1/2)
≪スキン≫社会における永遠の命の象徴たる、≪ノストルム・アルカ≫。
そのサーバがサイバー攻撃を受けるという衝撃的事件から、早くも1週間の時が過ぎ去った。
水鈴のように≪人命データ≫を破壊され、廃人と化した愛玩用≪スキン≫を抱える家庭が数多くある中で、透見川家と旧知の仲である日月家は災厄をまぬがれていた。
その日、透見川家の第一世代≪スキン≫の1人は水鈴の件を相談しようと、日月家を訪れた。
「ええ、それから水鈴は、口数も減ったし、笑わなくなって。いつも、何をするでもなくぼうっと外を眺めて……」
「透見川さん。そう気を落とさないで」
「僕はもう、どうしたらいいかわからなくて」
2人の第一世代≪スキン≫が、机に対面して座る。
落胆する一方を、もう一方が慰める構図がもう数十分続いている。
そばの席で耳を傾けながら、黙って次の映画の衣裳案を練るしずりは、少々うんざりとした表情を浮かべる。
「そういえば、透見川さんのところにも来ましたか? 『墓守』と名乗る男です」
「はかもり、男?」
日月家の≪スキン≫が口にした謎の存在を、透見川家の≪スキン≫はまぬけな声でおうむ返しする。
日月家の≪スキン≫は神妙な顔つきになった。
「知りませんか? 『墓守』ってのは、愛玩用≪スキン≫のアカウント再作成を仲介している公社ですよ」
「えっ! 愛玩用のアカウントって、作り直せるものなんですかっ?」
驚きの声を上げる透見川家の≪スキン≫に、うなずきを返す日月家の≪スキン≫。
「はい。後は、アカウントが損傷して廃人になった人間のモニュメントを建てたりもして。大きなサイバー攻撃があったでしょう? あれで、今は『墓守』が都市一帯を回っているのだとか」
「へえ。それも、男ということは、第一世代ですか? どうしてまたそんな地道なことを……」
「透見川さんだって、『墓守』の制度を知らなかったでしょう? 僕らの都市は愛玩用を持てるようになったばかりだ、細かい制度にうとい人の方がきっと多数を占めてる。そりゃ、お宅訪問なんて面倒だろうが、『政府』のお役人が気を利かせてくれたんですよ、僕らのために」
「そういうものですか……でも、再作成なんてっ! 僕は、水鈴をころすなんて、そんなつもりはありません!」
透見川家の≪スキン≫は不快感を露にする。
「気持ちはわかりますよ。僕だってしずりが同じになっていたら、気がおかしくなってたと思うし。でもあれで、≪アルカ≫の人工知能もいかれてしまって、もうまともな人間には戻れないとしたらどうです? イヤでしょう?」
「それも、そうですが……それしかないんですかね……」
「一度、話だけでも聞いてみてくださいよ。それで透見川さんの心が変わるようなら、悪いようにはなりません」
日月家の≪スキン≫は説得の後に、知人から受け取ったという『墓守』の連絡先が書かれた名刺を、透見川家の≪スキン≫へと手渡す。
透見川家に帰宅した≪スキン≫は名刺と、リビングの床に無表情で横たわる水鈴の姿とを交互に見つめ、1時間思考する。
思考して、その結果「話を聞くだけなら」と自身を納得させた。
すぐにも、家事をしているもう一人の第一世代≪スキン≫に『墓守』との接触を打診。
夫婦揃って連絡先に電話をかける。
予想外に『墓守』とは身軽な男だった。
『政府』から重要任務を受けた公社の人間――多忙を極めているに違いないと身構えていた夫婦の元へ、同日の夕暮れまでに姿を現したのだ。
「ああ! 透見川です。ご足労いただき、ありがとうございます!」
よそ行きの男装に着替えた、水鈴の父親だろう≪スキン≫が『墓守』の男を玄関先で迎える。
男は冬物のトレンチコートに身を包み、つばの広いハットで目元を隠している。
のぞいた肌や髪色から第一世代≪スキン≫であることは判然とわかるが、背丈は父親だろう≪スキン≫に比べると一回りも大きい。
「いえ。どうも、『墓守』の四方白です」
ヒキガエルのように低音域の声。
四方白は細身ながらに、父親だろう≪スキン≫へ途方もない圧迫感を与える。
「早速ですが、その愛玩用≪スキン≫の状態を見せていただけますか?」
「もちろんです!」
父親だろう≪スキン≫は冷や汗を流した。
目の前にいる男が正義の味方であることを信じたい――その一心で畏怖の念を抑え込み、四方白を家の中へと招き入れる。
スラックスの長い脚から、革靴を脱いだ四方白は、廊下を歩く途中で母親だろう≪スキン≫と目が合い、互いに礼を交わす。母親だろう≪スキン≫はいたって平気そうにしている。
四方白がリビングへ足を踏み入れる。
すると、虚ろな表情をした愛玩用≪スキン≫が目の前の床に寝転がっていることに気づき、反射的に後ろへ飛び退いた。
「おっと! これがお子さんで。ははは、まるで猫みたいな子だ」
四方白は驚かされた事実より、愛玩用≪スキン≫のようすに心の矢印を向ける。
「ああ……もし、お子さんにはすでに≪人命データ≫をインストールしなさってますね?」
≪スキン≫の瞳に数秒向き合っただけで、自信満々と断言してみせた四方白。
それは的中している。
水鈴の父親だろう≪スキン≫は感心したと目を見開き、大きな声で肯定する。
「おっ、おっしゃる通りです!」
「おっし! ではなく……となると、この≪スキン≫は廃棄するしかありゃあせん」
「廃棄ですかっ! また……」
「ええ。親御さんも、いちど人格に染まった≪統制器≫に、別の≪人命データ≫を入れること、これができないってのはご存じですよね? 新しいお子さんのアカウントを作ったとして、もうコイツには入れられませんで、別のを用意する必要がでてきます」
「ああ。やっぱり、そうなんですね……」
父親だろう≪スキン≫も、四方白が触れた≪憲章≫の規則については認識していた。
一つの≪人倫統制器≫には、一つの≪人命データ≫しか読み込ませることができない。
――それは悪意をもつ第三者による背乗りや≪スキン≫の目的外使用を防ぐための、≪スキン≫社会の道徳観念、社会保障とでも呼ぶべき決まりだった。
そのため、今や≪ノストルム・アルカ≫の中で『かつて水鈴だった何者か』に落ちぶれた≪人命データ≫を削除することに、嫌悪感を示した両親すらも。
今、目の前で生きている愛玩用≪スキン≫を何かしらの手段で殺害することについては、前向きの意見を抱いているのだ。
「それじゃ、早いうちにアカウントの作り直しも進めさせて――」
「あのっ、もうこの子の、水鈴のデータを元にもどすことってできないんですか!」
四方白の言葉に、母親だろう≪スキン≫が悲痛な叫びをかぶせる。事態の核心にふれる質問だ。
「無理ですね。今回のは、不可逆的なエラーと言われてますんで」
「そんなっ……」
いつでも楽観的だった母親だろう≪スキン≫も、四方白に突きつけられた認めがたい現実の前には、肩を落とし目に涙を浮かべるしかなかった。
「でも親御さん、これがご本人らじゃなくてよかったじゃないっすか」
ハットのふちから細めた目をのぞかせる四方白が、薄笑いをしながら言う。
愛玩用≪スキン≫のそばで棒立ちする、父親だろう≪スキン≫が「どういう意味ですか」と消極的に訊き返す。
「だって、アタシら第一世代は人類の絶対値! 何人も覆すことはできない。……もし、先日みたいなデータの損害を受ければ、たとい廃人になったってデータを使い回すしかないんです。『政府』はそれに見て見ぬフリ! じゃあ、愛玩用は? 元からペットの延長でっすよ。ペットが死んで、新しい家族だーって同じ品種を飼っても、誰が文句を言えるんでしょう?」
「それは、そうですが」
「何の心配もいりゃあせん。アタシが真っ新で素敵なお子さんを用意します。≪スキン≫も出します。『政府』の小間使いです、親御さんには費用も手間もかけさせません。どうか! 可愛らしいお子さんとともに、アタシは、いつもの日常を取り戻してほしいんです!」
四方白は早口でまくし立てる。頭も下げる。
母親だろう≪スキン≫は、弱々しく震え、もう一方の≪スキン≫に流し目でうったえる。
「パパ、もう……」
「うん。わかってる。もうわかってたんだ。水鈴はもどらないって……僕たちのせいなんだ。もっと早く、あの子を楽にしてあげていれば」
そのとき、両親は決心する。
自分たちが、死んだ我が子を日常に呼びもどそうとした結果、我が子の皮をかぶって現れた『かつて水鈴だった何者か』を殺すこと。
『社会に保障された新たな何者か』を生み授かることを。
「四方白さん、お願いできますか?」
「もちろんですとも。そのために参りました。この≪スキン≫は、親御さんが処理されますか?」
四方白は柔和な笑みを作り、向き合う。
第一世代の夫婦へ見せつけるように、床の愛玩用≪スキン≫の腕を無遠慮に掴み上げる。
愛玩用≪スキン≫がウッとうめく。
「ぱぱ……?」
愛玩用≪スキン≫は口をもごもごと動かす。
夫婦はそれを見た後、たがいに顔を見合わせ、押し黙って下を向く。
「酷なことを訊きました。浴室をお借りします」
気遣いとも嫌味ともとれる口ぶりで夫婦に告げる四方白。
120センチメートルという大きさの愛玩用≪スキン≫を軽々持ち上げ、小脇に抱えると持参した手提げカバンとともに透見川家の浴室へと向かった。




