リインカーネーション≪転用≫(2/2)
『昨日午後11時頃に起きました≪ノストルム・アルカ≫へのサイバー攻撃につきまして、政府は情報通信関連公社と提携し、現在もサーバの復旧作業に当たっています』
「これじゃ……」
「サイバー攻撃って。そんなことはできない、いや、できたとしてもしようなんて思うやつはいないよ!」
もっとも、情報の詳細については期待を裏切るものだった。
父親だろう≪スキン≫が深刻なようすで動揺する。
『――その目的について、『政府』は、≪学園≫で国策的研究にたずさわる愛玩用≪スキン≫らへの妨害や破壊行為である可能性が高いと発表しています。今回、被害を受けた≪人命データ≫は180件に上るとされ、サーバのアクセス障害が解消した後も、しばらくアクセスできない状況が続く見込みです』
「破壊、って……水鈴は大丈夫かなぁ」
報道内容を理解しても、母親だろう≪スキン≫は落ち着き払っている。
もし、当該のサイバー攻撃の被害者リストに透見川 水鈴が名を連ねていれば、最悪の場合、再会は叶わないというのに。
一度壊れた≪人命データ≫を復元することは、この≪スキン≫社会の神であっても不可能だからだ。
それでも肝心の親、保護者、所有者たる第一世代≪スキン≫たちは、客観的な視野に立ち、ほとんど感情を持ち寄ろうとしなかった。
とりわけ母親だろう≪スキン≫の関心は、目の前にある――水鈴になるはずだった――死にかけの愛玩用≪スキン≫に向いていた。
「そんなことより! ≪スキン≫はどうするのよ。寿命までに、復旧間に合わないでしょ?」
母親だろう≪スキン≫の言う通り、生命維持カプセルから取り出した≪スキン≫は公衆衛生の観点から1日以内に死亡し、所有者はこれを3日以内に『政府』へ届け出なければならない。
本日中に≪ノストルム・アルカ≫が元にもどらない場合、せっかく手配した≪スキン≫がゴミになってしまう。
製造者でもある、父親だろう≪スキン≫はそれを極端に嫌がった。
「い、いや、魂はなくても≪スキン≫だけで動かせるし、それでサーバ復旧までは――」
「ダメよ! そんなこと。≪スキン≫だけで動かすなんて、リテラシーなさすぎ!」
父親だろう≪スキン≫の提案はそうして、即座に却下される。
「ごめんなさい……」
「そんな、もうどうにもならないって決まったワケじゃないでしょ。いったん水鈴になるはずだった肉は処分して、サーバが元に戻ったらまた新しい≪スキン≫をもらいましょっ?」
明るい笑顔でなだめすかす、母親だろう≪スキン≫。
父親だろう≪スキン≫も折れて、了承する。
≪ノストルム・アルカ≫のアクセス障害という都市全域に及ぶトラブルを、透見川家はこうしてやり過ごすことができた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
2代目水鈴となるはずだった愛玩用≪スキン≫を処分して、5日が経過した。
毎日欠かさずテレビで都市放送局のニュース番組をチェックしていた母親だろう≪スキン≫は、『≪ノストルム・アルカ≫復旧 データ連携再開』の速報字幕に気づいた。
工場へ出勤していた父親だろう≪スキン≫にも電話で知らせ、2人して喜びをわかち合う。
直後に母親だろう≪スキン≫は『政府』連絡部にも電話し、新たな愛玩用≪スキン≫の手配を依頼する。
電話口で、今回のアクセス障害に際して、データ連携エラーと≪スキン≫1体分の損失を被ったことも伝えると、『明日中にもお届けいたします』と好意的な回答を得ることができた。
そして翌朝、『政府』の名を名乗って配達員が透見川家にやって来た。
実に3体目の、愛玩用≪スキン≫を両親にわたす。
生命維持カプセルに格納された、腰上ほどの長さの髪をもつ≪スキン≫は若干おさない、経年10年相当の体つきだ。
「ああ、やっと水鈴に会えるぅ! わくわくしてきた」
リビングにやって来て、早々に愛玩用≪スキン≫を生命維持カプセルから取り出す、父親だろう≪スキン≫。
腕の中の子どもらしい肉体を床に横たえる。
胸が呼吸をして上下する。
元気いっぱいに伸びた長髪は、フローリングの上を滑るようにして扇状に広がり、愛玩用≪スキン≫はまさに天使の羽を生やした姿に見えた。
父親だろう≪スキン≫は、愛玩用≪スキン≫の髪を首筋が見えるまでかき上げ、首に装着された≪人倫統制器≫と小判型の操作端末とをコードでつなぐ。
端末から操作を受けつけると、≪人倫統制器≫は静かな駆動音を立てはじめた。
「……つながった?」
「つながった! このままいけそうだ」
そのとき、愛玩用≪スキン≫がついに覚醒する。
目はまだ開いておらず、まぶたのみをピクピクと痙攣させるばかりだが、手足はしっかりと指の先まで動いて、床の上を這いずり回った。
「水鈴……わかる、水鈴?」
母親だろう≪スキン≫がやさしく声をかける。
はじめ、愛玩用≪スキン≫は応答もなく体の震えと大きな咳をくり返していた。
だんだんと意識がはっきりしてきたのか、喉の締まった声音で、両親に反応を返すようになる。
「ろ……こ、ここ、どこ?」
「君のおうちだよ。水鈴、パパの声聞こえる?」
「ぱ、ぱ?」
愛玩用≪スキン≫はブローカ野のみで発声するように話した。
両親は初めての≪スキン≫交換とはそういうものかとも考える。
反対に、自身らが何度も経験してきた同様な儀式を追想すると――こんな右も左もわからない状態だっただろうか、と疑いの念が生じる。
水鈴、水鈴と呼びかけても、愛玩用≪スキン≫はまるでそれが己の個体名であることを知覚できていないようすだった。
「どうしよう……水鈴、壊れちゃってるかも」
困惑の色をぬぐい切れず、父親だろう≪スキン≫が諦めのうちにつぶやく。
それを聞いて母親だろう≪スキン≫は、先日自身らの軽視した『≪人命データ≫の破壊』が如何なるものであるか、ようやく思い知り、悲嘆に暮れた。
両親の中の水鈴はこのとき死んだ。
しかし、まだ『絶対的な死』とは言いがたい状態にあった。




