チャプター14 リインカーネーション≪転用≫(1/2)
空の曇り続ける昼下がり。
透見川家の玄関を出て、少し顔を伏せがちにしたソフムが傘を手に持ちながら帰路につく。
リビングでは水鈴の両親である2体の第一世代≪スキン≫が、テーブルに昼食の用意をし始める。
「もう! 水鈴ったら急に≪スキン≫替えるって言うんだから。びっくりしちゃったぁ!」
前掛けをして、大小さまざまの皿に惣菜を盛る≪スキン≫がのんきにはしゃぐ。母親だろうか。
「ねー。愛玩用の交換も、初めてだもんね。ソフムがいてくれなかったら、愛玩用の交換が原則回収後だっていうのも忘れてたし! さっき電話したら、あと1時間くらいで来てくれるって」
一方、お揃いの前掛けを着用し、テーブルの上に布巾をかける温和な口調の≪スキン≫。
父親だろうか。
2体の第一世代≪スキン≫は談笑しながら、朝食の残りに付け合わせのサラダを加え、テーブルにつく。
手を合わせる動作もなく、どちらともなく食器を手に料理を口へ運び始める。
のんきな性格をした≪スキン≫が時折冗談を言って、おだやかな性格の≪スキン≫に回答を強要する。
一般の家庭的な食事風景がそこにはあった。
いまだ昼食の最中、つんざく音で鳴り渡る本日二度目の玄関チャイム。
おだやかな性格の≪スキン≫が真っ先に席を立つ。
リビングには、玄関先のようすを視認できるモニター機器が設置されているが、≪スキン≫は不用心にもそれをスルーして来客を出迎えに向かう。
ためらいなく透見川家の玄関扉が開かれる。
やって来たのは、出迎えたおだやかな性格の≪スキン≫と同じ容姿に、スーツを着た第一世代≪スキン≫と、もう1体の拘束具めいたジャケットに身を包んだ巨体の≪スキン≫だった。
荷物は、手提げカバンが一つのみ。
スーツ姿の第一世代≪スキン≫は深々頭を垂れると、第一声にあいさつを口にした。
「こんにちは! 怪しい者ではないです! ≪スキン≫回収に、新循環機構から来ました」
「ええ。わかってますよ。上がってください」
来客を軽くあしらう父親だろう≪スキン≫。
「お昼ごはんですか! 途中にお邪魔してしまい、申し訳ないです」
「いえいえ。早く来てもらってありがたい限りですよ」
「ああっ、野菜の甘い香りィ! 僕、野菜が大好きでして! 家業は製薬工場だったのですが、第一世代になったら農園をやりたいと思っていました」
「そうなんですね……」
家に上がるとさらに底抜けの明るさをむき出しにする第一世代≪スキン≫に、父親だろう≪スキン≫は困惑する。
リビングを通過する際、顔を出した母親らしき≪スキン≫に救援をたのむと目配せするも、勘の悪さにより叶わなかった。
父親だろう≪スキン≫は第一世代≪スキン≫たちを2階の一室前まで案内する。
水鈴の私室。
ソフムが帰る前、一度だけ凄まじい奇声が家じゅうを騒がせたものの、それ以来中からは物音一つ聞こえてこない。
一同は父親だろう≪スキン≫を先頭に、ノックなしに室内へと立ち入る。
ほとんど家具のない質素な部屋に変化はない。ベッドの上にはパジャマを身に着けた愛玩用≪スキン≫の1体が横たわっている。
「では、失礼します!」
第一世代≪スキン≫は威勢よく、父親だろう≪スキン≫に断りを入れる。
すると、後方から巨体の≪スキン≫が躍り出て、愛玩用≪スキン≫のベッドへと近づいていく。
手元の手提げカバンから、大判の袋を取り出した。
袋は、広げるとガーメントバッグのような包みの形状に変わる。
巨体の≪スキン≫はこの袋に、廃棄予定の愛玩用≪スキン≫を入れようとする。
みると、愛玩用≪スキン≫にかかる毛布の胸あたりが上下し、わずかに息があるようすだ。
巨体の≪スキン≫は振り返って第一世代≪スキン≫たちを一瞥するが、視線は交わされなかった。
巨体の≪スキン≫はそのままベッドの上の毛布をはぎ取り、愛玩用≪スキン≫へ袋をかぶせる。
時を同じくして、部屋の入口前では第一世代≪スキン≫が世間話に夢中になっている。
「透見川さんは、どういった公社でお仕事なさってるんです?」
「ちょうど、愛玩用の≪スキンプラント≫ですよ。この子の≪スキン≫もうちで受注します」
「そう、なんですね! 親子の愛がなんて美しい……そうです、先に≪スキン≫回収の同意確認をさせていただきたいです!」
いきなり自身の仕事を思い出した第一世代≪スキン≫は、先のカバンから液晶タブレット機器を取り出すと、画面を起こして水鈴の父親だろう≪スキン≫に手渡す。
液晶画面のはじめには以下の文言と、『同意します』のチェックボックスが設置されている。
『本日回収された≪スキン≫は、遺伝子検査の後、≪憲章≫に基づき特殊食糧公社にてリサイクル食品ないし労働用≪スキン≫飼料、≪スキンルーツ≫などに加工されます』
父親だろう≪スキン≫は迷いなくチェックボックスへチェックを入れる。
画面が切り替わる。
「ああ、経年指定! 事故とか、そういうのの補償じゃなかったんですね」
「愛玩用の交換は、今回が初めてで?」
「ええ。何分つくるばかりで制度までは……≪人命データ≫を入れられるのが回収後、というのも知らなくて」
父親だろう≪スキン≫は無知を恥じるように頭をかく。
「制度ができた頃は、第一世代と同じ自主廃棄もできたんですが。……体をいじるような、悪いやつらもいたようで。まあでも、ペットですから! 好きなようにできるならそうしますよね。今回は、死亡時と同じ(経年相当)にされますか?」
「ええ。いや……経年、10年くらいにしようか。この頃が一番元気でかわいくって」
独りにんまりした笑顔で液晶画面に向かう父親だろう≪スキン≫。
「――終わりました」
なごやかな2人の間に、ベッドの方から野太い声が割り込んでくる。
巨体の≪スキン≫が黒い人型の袋を抱きかかえ、たたずむ。
第一世代≪スキン≫は平静な声のトーンで応じながら、眉をひそめて「なんでこんなに時間かかった?」と問い詰める。
巨体の≪スキン≫は部屋の時計を一度見て、10分も経過していないと言いたげな表情のみを第一世代≪スキン≫に返した。
「抜けた髪を集めていました」
「あー、そうか」
第一世代≪スキン≫は大きくうなずいてみせる。
巨体の≪スキン≫が部屋の出入口に歩く途中、その脇腹を第一世代≪スキン≫は肘でどつく。
ドッと音がして、巨体の≪スキン≫が揺れる。
「お待たせしました! 同意確認もありがとうございます! これで終了です」
「はい。ご苦労さまです」
父親だろう≪スキン≫はお辞儀をし、手元の機器を第一世代≪スキン≫に返却して、玄関先まで見送った。
それからリビングの、母親だろう≪スキン≫へ報告しに行く。
「お母さん、水鈴、ちょっと時間かかるかも。経年指定できたからさ」
工場では、≪INC≫の使用量が増加する経年指定の≪スキン≫製造工程において、奇形などの遺伝子異常を防止する目的で、通常工程よりも時間を費やして作業・検査が行われる。
父親だろう≪スキン≫はそのことをかい摘まんで補足する。
「あらぁ! よかった。子ども用の洋服、また買わなくてすむのねぇ」
母親だろう≪スキン≫は独自の間を置いてから、変わらないのんきなトーンで安心を述べた。
2人は改めて昼食の席についた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「あれ、あれ……んん?」
苦悶の声を上げるのは、父親だろう≪スキン≫だ。
その手に持った小判型の端末のケーブルは、リビングに横たわる新品全裸の愛玩用≪スキン≫の≪人倫統制器≫に接続されている。
「まだ水鈴起きないのぉ?」
「それどころじゃないよっ。≪アルカ≫にアクセスしても、通信エラーだか何だか表示されて……一向につながらないんだ!」
横から顔と口を出してくる母親だろう≪スキン≫に、父親だろう≪スキン≫がいらだちを露にしながら答えた。
言葉の通り、手元の端末画面には『NO SIGNAL』の文言がポップアップしている。
「ただ混雑してるだけだわ。ちょっと待ちましょ」
「うーん……」
説得されても、父親だろう≪スキン≫は腑に落ちないとうなり声を上げる。
しびれを切らして立ち上がるや否や、リビングに設置された電話機へと駆け足で向かって、受話器を取った。
逡巡する動作なく四桁の数字をボタン入力し、電話をかけ始める。
『お待たせいたしました、新循環機構連絡部です』
受話器から聞こえる声は、人間の声とも機械音声ともとれる抑揚のないアナウンスだ。
父親だろう≪スキン≫はあくせくとした態度で用件を告げる。
「あの。愛玩用なんですが、≪人命データ≫が来なくて。サーバはどうなってるんですか?」
『恐れ入ります。私にて、≪ノストルム・アルカ≫の状況確認をいたします。まずは所有者様の情報からお伺いします』
「ああ、はいはいえーっと……」
父親だろう≪スキン≫はつとめて作業的に、電話口で個人情報を伝える。
『確認して参ります』と、抑揚のない声は無慈悲な保留音に代わり、それから長い時間が経過する。
『お待たせいたしました。サーバ状況につきまして、現在多くの所有者様からお問い合わせがあり、確認作業に時間がかかっております』
「知ってるよ……」
『ご迷惑をおかけしますが、このままお待ちいただくか、一度電話を切ってあらためておかけ直しをお願いいたします』
「所有者確認の前に言ってくださいよそれ!」
融通の利かない対応に、思わず声を荒らげる≪スキン≫。
電話相手にはそつなく謝罪される。
「というか、その、万が一今日中に≪アルカ≫からデータが来なかったら、≪スキン≫が死にますよね? 補償はあるんですか?」
『いえ、お届け時の生命維持カプセルに格納されていれば、1週間程度は……』
抑揚のない声はせりふを言いかけたところで、質問の意図を察して、思いとどまった。
電話をかける父親だろう≪スキン≫の足元にちょうど、分厚いビニール生地でできた生命維持カプセルの残骸が放置されている。
『……失礼しました。愛玩用≪スキン≫が使用できない状態となった場合、こちらから新しい製品をお送りいたします。この度は誠に申し訳ございません』
アナウンスは半ば強制的な終了のフレーズを切り出し、父親だろう≪スキン≫から切電するよう無言の圧力をかけ始めた。
父親だろう≪スキン≫はしぶしぶ電話を切る。
「お母さん、テレビつけて」
「なんで?」
「この分だと、『政府』が何かしら呼びかけてると思うから」
根拠のない推測ではあったが、第一世代の夫婦はこれに懸けるしか現実的な選択肢がない。
母親だろう≪スキン≫はリモコンを操作し、液晶テレビの電源をつける。
チャンネルはすでにニュース放送へ合わさっているが、全国区の番組であるせいかしばらく気象情報が続いた。
母親だろう≪スキン≫がチャンネルを都市の放送局に変更すると、幸運にもすぐに期待した情報が飛び込んでくる。
『昨日午後11時頃に起きました≪ノストルム・アルカ≫へのサイバー攻撃につきまして、政府は情報通信関連公社と提携し、現在もサーバの復旧作業に当たっています』




