幕間3 サルベージ≪救済≫
『いのちのこえ学舎』設立から2年目を迎え、労働用≪スキン≫幼体とソフムたちとの間には擬似的な家族関係が構築されつつあった。
日々勉学に励みながら、時には教え子と教師の垣根をこえて楽しく安らかな団らんの時間を過ごした。
1体のソフムを除いては。
――その女装したソフムは独断で道副の私室に入り、机やベッドの上で読書をたしなみながら外出した主人の帰りを待つ。
やがて道副が学舎にもどる。
くたびれた外套を脱いで、私室のソフムにかけるや否や、興奮したようすで口を開いた。
「明日の朝、来客がある。俺のよき理解者だ。お前も同席して、丁重にもてなしてくれ」
どういった用事で誰が学舎に来るのか、ソフムは訊ねるか迷ったが、道副の気分を害することもあるだろうと思って口答えせずに了承する。
翌日、曇った天気の下のほの暗い朝を迎えたソフムは、約束の時間に学舎玄関でその男を出迎える。
道副を優に超える長身の第一世代≪スキン≫で、冬物のトレンチコートに身を包み、つばの広いハットで目元を隠している。
「四方白 二郎くんだ。今回の件で協力してくれる」
道副がソフムに紹介する。
ソフムは自身が当事者のように扱われることに不満を覚え、2人の第一世代《バーナム型》≪スキン≫をキッと睨みつける。
「ええどうも、四方白です。正しい読みはヨモジロなんですがね、ヨモジロ・ジロウだと、じろじろ見てるようでどうにも気持ち悪いと言われるもんで、今は――」
「取りあえず部屋に入ってくれたまえ」
道副が先導し、3人は道副の私室に集まった。
悪人顔の第一世代が2人、定位置とばかりに道副のベッドへ腰かける女装ソフムとを合わせて奇妙な鼎談の様相ができ上がる。
「それで……これはどういう集まり? 悪巧みなら、私を抜きにしてもらえるかな」
「まあ聞け。アカウントのない愛玩用を手に入れる計画についてだ。……お前にも協力してもらう」
昨日の時点で、道副の目的についておおよそ予測していたソフムは、やはりそうかと呆れかえった素振りをする。尻の下へもぐり込むほど伸びた真っ白い髪を撫で、ため息をつく。
「だから私は関わりたくない……」
「≪学園≫にもどれるぞ? さらに役職と、第一世代同等の権限もくれてやる」
道副の急な提案を耳にしたとたん、ソフムは顔色を変えて、話の中心へと向き直った。
「段取りはこうだ。ソフムがまず≪アルカ≫へハッキングをかける」
「ちょっと待て!」
「なんだ。今日はコロコロと顔を変えるじゃないか。そんなに胸が弾むか?」
「弾むどころかはち切れそうだっ! ハッキングなんて……私にそんな技術はない。この≪農労マニュアル≫は、ここの子どもたちに教養を与えることが精いっぱいなんだ……」
「そうだな。だから、先だって≪学園≫にもどり、技術を身に着けるんだ。この計画の発動は、ソフムの采配に懸かっていると言っていい」
「それで、≪アルカ≫を吹き飛ばせばこっちのモン! 『墓守』って制度がありやしてね、頭のイカれた愛玩用の回収やら作り直しやらを請け負う連中がいるんです。そいつらに扮して、データが壊れた≪スキン≫の持ち主に交換を持ちかける」
次から次へと道副、四方白が思いのままの私見をくり出す。
ソフムは目を丸くしている。
「俺らが行った時点で、まだ≪スキン≫が生きていたとしても口車に乗せられれば……」
「そうか。ためしに≪スキン≫へ≪人命データ≫を入れさせて、≪人命データ≫が破損しているとわかった場合は『アカウントは再作成するが、一度データを読み込んだ人倫統制器に他のデータを入れることはできない。だからこの≪スキン≫はこちらで処分しよう』と提案し、『加工所』に送るふりをして持ち帰ればよいのだな」
「ノリノリじゃないかっ。説き伏せて持ち出す算段までつけるとはな!」
「おたく、もしや≪学園≫は犯罪科のソフムですかい?」
「違うっ……」
手を叩いて感激する道副に、四方白も悪ノリしてソフムをあおり立てる。
「そもそも、道副教授はいい。四方白氏とやら、あなたには手を貸すメリットがあるの?」
ソフムがじっとりした目で胡乱な四方白を見る。そもそも、この男は素性が知れなかった。
「ええまあ、道副さんには世話になった分もあるし。何よりアタシの目当ては『墓守』であって、おたくに何も口出しするつもりはありゃあせん」
「それなら、なおさら……いいのか? ここまでの画策を実行に移せば、万が一にもそれなりの待遇を受けることになると思うんだけれど」
思い直すべきだという主張か、あるいは積極性ゆえのフカしか――その空間の外からはどちらでもあるように分別つかない、余裕の笑みを表したソフムは、道副に訊ねる。
道副は揺るぎない決心の下に答えた。
「これは決定事項だ、必ず達成してもらう。一度きりの道具のお前なら、意味がわかるだろう?」
「……なはっ。持ち主が物惜しみをしないのは、道具冥利に尽きるね」
着せられたエプロンドレスのフリルを優雅に揺らして、ソフムはついに諦める。
どのような形であれ≪学園≫へ、ソフムの存在意義が保障された場所へ行くことができる、それへの高ぶりも確かにあった。
そして不本意ながら、道副の想定外の期待にこたえたい気持ちも。
「では、な。帰ったなら、お前の言う魂とやらを見せてもらおう」
ソフムが学舎を立つ日、道副はその言葉を託していた。




