幕間2 ライセンス≪所有権≫
閑話休題。
都市での一夜の出来事だ。
『人間』としての権限をもつ≪スキン≫たちが暮らす居住区には、飲食店はもちろんのこと、小規模ながら旧時代の飲食文化を継承した、商店街のような場所も存在している。
その中の一つ、割烹を謳う小料理屋に訪れた2人の第一世代≪スキン≫は、個室席にて会食をする。
一方は≪学園≫生涯クラス・都市開発科の研究者である斑崎 強。
そしてもう一方は『政府』において都市生活インフラ関連の業務を担う、農労共同体開発管理部(通称、農共部)所属の埋木 英子だ。
いずれも大げさな肩書きはついているものの、ごく平凡な民間人に変わりない。
そして2人の話題は、道副 宥太がつい先日代表となった『いのちのこえ学舎』公社に関するものだった。
口火を切ったのは斑崎。
当該公社設立のために口添えをしてくれた埋木へ、わたしからもと感謝を述べた。
「気にしないで。それにしても、労働用≪スキン≫を教育する、ねぇ……今さらだけど、バカげた話よねえ」
埋木は自身も助力していながら、『いのちのこえ学舎』について否定的な立場をとる。その理由は次の言葉の中に包括されていた。
「いえ、私も最初は少し賛成していたのよ? そんなことができたら面白いかもって。……でも、ソフムが開発された頃には現場から退いて、隠居生活してた道副さんが今さらなんで、って思ったの。そうしたら、愛玩用を何度も改造して性のはけ口にしていたのがバレて、あげく所有権も取り上げられたっていうじゃない? それから奥さんも……」
「はい……」
斑崎はばつの悪い表情を浮かべる。
道副はかつて夫婦で、『道副 靖南』という名の愛玩用≪スキン≫の所有権を得ていた。
その後、道副の妻の≪人命データ≫がサーバ側の不備により破損し、事実上彼が独りで『靖南』の面倒を看ることになった。
そして、埋木の語ったように、道副は『靖南』に対して≪憲章≫で禁じられている肉体改造行為を行い、あまつさえなぶり殺しにしたことで、『靖南』4度目の≪スキン≫交換時に所有権を剥奪された。
充分な不祥事だ。
「ああ、だから! と思って。奥さんも失って、自由に壊せるオモチャも取り上げられて。今度は研究を口実にして、労働用を性のはけ口にするつもりなんだわ、きっと。『政府』の人に訊いたらね、道副さんは≪スキン≫になっても性的欲求が排除できないことを証明した、危険分子になりかねない存在だって。だから、自分からオモチャ箱に閉じこもってくれてむしろ好都合だ、って!」
「埋木さん、そのくらいで……」
斑崎は遠慮がちな声で、同時に埋木の脅威となるするどい眼光を向ける。
「あら」と白々しくつぶやいた埋木。ひと切れの料理で口をふさぐ。
斑崎がやっとの思いで訊ねる。
「学舎に贈った労働用≪スキン≫、こちらへの返却前に≪統制器≫を着けるのですよね? ≪農労マニュアル≫との適合が難しそうですが……やりがいを感じます!」
「いいえ? あれは愛玩用の代わりのオモチャ。どんなふうに扱われたのか、何を教え込まれたのか知れない気味が悪い≪スキン≫なんて、使わないに決まってるじゃない」
「使いすて、ということでしょうか……?」
「あら、着用義務は洗脳のためだけだと思ってた? ≪統制器≫はあくまで、≪スキン≫に必要なデータを入れるためのもの。労働用なら≪農労マニュアル≫……でも、働かせるつもりのない≪スキン≫にデータはいらない、でしょ?」
驚きを隠しきれないようすの斑崎に、埋木がにっこりと笑みを返す。
「あの人がまた性倒錯で失敗して、労働用を刷新するって話も立ち消えになったあかつきには、さらに≪農労マニュアル≫の地位を上げられる。斑崎くんの研究も、もっと広げることができるわぁ」
「……そんなことにはならないと、僕は信じています」
斑崎は真剣な表情で言う。強く、道副の信念が成しとげられることを願っていた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
場外の思惑・願い・葛藤などは露知らず。
道副は誰もが予想した通り、『いのちのこえ』の大義名分を己の肉欲のために利用しようとしていた。
そしてその対象となったものは、斑崎が信頼によって運用できるよう根回ししてくれた、斑崎が気を利かせてその存在を『政府』に告げなかった、ソフムだ。
夜の学舎。
道副の私室では、女らしき苦悶とも嬌声ともつかない嗚咽が、断続的に聞こえている。
『女』と表するにはいびつな、労働用≪スキン≫幼体と大差ないあどけない容姿をして、膨張した乳房を上下させる≪スキン≫。
――すなわち女装したソフムが発生源だった。
ソフムはエプロンドレスのスカートを、乱れたベッドの上に広げる。各所に水分を吸ってふやけた痕がある。
上気した頬に、充血した唇、焦点の合わない目をみるに、これが情事を終えた姿であることは明白だった。
「ハハッ、まだ余韻が引かないか。俺の電極も、まだ熱いぞ」
ベッドのふちに座る、全裸の道副がソフムの胸に手を伸ばして揉みしだく。
道副の手の中の球はだんだんとソフムの脇腹へ落ちていき、わきの下まで入り込んだ。偽乳だ。
「わ、私への暴行は、必ず問題になるぞっ」
ソフムは弱々しい声で脅迫し、道副を睨みつける。
まったく迫力と呼べるものを感じさせない。
「何を言う、快楽しか感じなかっただろう? それに、1つ穴を開けただけ。ただのピアッシングじゃないか」
ソフムは自身の、抵抗したいという情緒にかかわらず、道副を止めるだけの力を≪スキン≫から起こすことができなかった。
道副がソフムの造花を再び開こうとする。
「ソフム、いい名だよ。……賢者。自分が道具という自覚を持て」
道副は、改造したソフムの局部電極と、みずからにも手術して取りつけた電気棒とを突き合わせようとする。
ソフムは固く目を閉じる。
脳内に、激しい火花が散る感覚と麻薬的快楽が波濤のごとく押し寄せ、ソフムは間もなく意識混濁におちいる。
チカチカと点滅している視界の裏側で、にぎやかな労働用≪スキン≫幼体たちの声がつねに聞こえる。
夜が明けても、道副の狂気に取りつかれた形相は朝日を浴びるまで続いた。
それが2日おきにやって来ることが、ソフムの日常のルーティンとなった。
◆
「子どもたちの経過はどうだ?」
またやって来た。
夜になると気が狂れたようにソフムをいたぶり尽くす猛獣は、陽の当たる場所に出ると気取ったスーツの下に得物を隠し、達観した大人を演じたがる。
放牧地めいた丘陵の草原を、笑顔の子どもたちが走り回るというすがすがしい景色を、遠目に見ている。
「身体的成長はすこぶる良いですっ!」
ソフムが道副に答える。
2体、豊満なバストパッドをつけたスカートのソフムが、若い樹木をパラソル代わりにしてくつろぐ。昼食後の休憩時間のためだ。
「言語能力にはかなり個体差がありますけれど、みな空間把握だとか論理的思考だとかは得意な傾向がありまして。いまは数学で遊ばせています」
「いずれどこかのソドムよりも、誇り高く利巧になるに違いないな! はんっ!」
樹木の幹によりかかるもう1体のソフム――道副によって改造され、日々の凌辱によって長い時間立っていることができなくなった――は、道副のふてぶてしい顔を見上げて鼻を鳴らす。
「ハハッ、こっちのガキも言語能力に難があるようだ。直々に教育してやろう」
道副もつられて鼻を鳴らすと、口答えをしたソフムの腕を掴み上げる。
すかさず女装しただけのソフムが口をはさむ。
「あのっ、今日は私が――」
「お前は教本だ。おとなしくしていろ」
道副は殺意をむき出しにした声音を突きつけ、無疵のソフムを制圧する。そして抵抗を見せなくなった女装ソフムを小脇に抱え、学舎の中へと消えていく。
◆
早くも2月の時が流れた頃、道副のソフムを求める頻度は週に二度程度と減少し、一度の情事にかける時間も当初の半分以下まで短くなった。
「もういい。……やはり、『皮』一枚の下はハリボテか。魂のない道具め」
理不尽な暴言を吐き、一度の行為を終えたところで道副は、ソフムを手元から投げだした。
全裸の道副が服を着始める。
一方、ひどい咳をくり返して、改造された女装ソフムは下半身のみをむき出しにしたまま、粘ついた汗にまみれて横になっている。
「また、ゲホッ、バカの一つ覚えのように道具ドーグとっ……」
ソフムは恨み言を口にする。言葉に反し、表情には怒りの感情の一つとしてこもっていない。
「やはり第一世代か愛玩用でなければ、ダメか……」
「あなたはなぜ、そこまで愛玩用への肉欲にこだわる? 私とは何が違うっ?」
癇に障るものでもあったのだろうか、反射のようにソフムが問いかけた。
道副は即座に答えた。
「俺は人間だ。人間の男だ。男にしかわからないことがある」
道副のそれは、暗にソフムが議論する相手としてふさわしくないと断じるものだった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
いつかもわからない、ある朝。
道副の私室へ、ダイナマイトボディに女装した普段のソフムが朝食をもって訪れる。
道副はノートパソコンに向かい、『政府』へ提出する経過報告の資料を作成している(それが真実のデータか不明だが、当人は熱中しているもようだ)。
ソフムは巨大な重たい胸に体幹を揺さぶられながら、道副の机まで朝食の盆を運んで、彼の目に入るところへと置いた。
「子どもたちが不安がる。食事どきには、顔を見せてやってほしい」
「知らん。俺にはやることがある。見てわからないか?」
隣に立つエプロンドレスのソフムを煙たがり、冷たく接する道副。
ソフムはおびえなどのネガティヴな感情を面に出さず、飄然と部屋の中を歩き回って、ついにベッドの上に落ち着く。
「ここへ来る前に、斑崎教授からあなたのことは聞いていた。才幹に長け、この社会の枢軸たる≪スキン≫の生みの親にして、ろうぜき者……しかしそれ以上に、なぜ愛玩用や第一世代との擬似交尾にこだわるのか、気になる。ずっと考えていた」
胸の内を正直に打ち明けはじめるソフム。
道副はその意図を理解できず、黙っている。
「理屈ではない、というのは理解している。しかし理屈でなければあなたの作為的でない要因、性的嗜好やフィーリングのようなものが関与している可能性が高い。そう――あなたは、≪ノストルム・アルカ≫に≪人命データ≫をもたない、アカウントのない≪スキン≫をどう感じる?」
「そんなもの……アカウントがないとなれば、それは魂がないことと同義。魂のない道具だ」
「なるほど、相わかった」
ベッドの上で遊んでいたはずのソフム。
次の瞬間、背後から道副の肩を掴み、後ろにいるソフム自身と無理やり目を合わせようとする。
「≪スキン≫に魂はあるんだよ。……永遠の命も、≪統制器≫もなくたってね!」
ソフムが怒気をはらんだ声で言う。
「やはり、あなたがなぜ愛玩用を求めるのかわからない。外見の優劣ならまだ納得できた、でもっ……たとえポーズだろうと、ソフムや労働用の、≪農労マニュアル≫を超える≪スキン≫自体の可能性を信じるとあなたは言った。私は徹頭徹尾『道具』かもしれない、それでもっあなたのその幻想として今ここで話してる! これが魂でないのなら、何なのっ」
ソフムは自身の胸、パッドを下ろした平らな胸に痛々しいようすで手を当てた。
「≪スキン≫を創ったあなたが、後からできた≪統制器≫の着用義務について何を思って今に至っているのか、私には思いつきようもなかった。けれど、思い出して。……かつて人間だった道副教授は、≪スキン≫そのものの脈動を信じていたから、第一世代以外の人格廃絶に反対し続けてきたんでしょう?」
「…………」
道副は口をつぐみ、ソフムの言葉を嚙みしめながら熟考する。
「あなたを擁護も肯定もするつもりはない。私への開示もいらない。ただ、あなたの欲するものがどこにあるのか。私の意見について。考えてみて欲しいの」
「……なるほどな。はっ、俺の負けだ。お前の言い分はわかった」
道副は私室の席を立ち、ソフムの持ってきた朝食の盆を持ち上げる。
そのままソフムを通り過ぎ、扉の開いたままになった出入口まで歩く。
そのとき、労働用≪スキン≫幼体の学習室がある方から、朝のあいさつをする子どもたちの元気な声がいっせいに聞こえてきた。
「長話が過ぎたね。私のせいだ……」
ソフムが道副の後ろから、申し訳なさそうに言う。胸にグラマラスなパッドを詰め直し、道副の私室を出ようとする。
「そうだな。冷めた飯は食えん、温め直しだ。食堂に来い」
室内温度になった朝食の盆を持ち、道副はソフムを連れて2人だけの食堂に向かう。




