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フレッシュ  作者: 石鬼 輪たつ
幕間
22/33

幕間2 ライセンス≪所有権≫

 閑話かんわ休題。

 都市での一夜の出来事だ。


 『人間』としての権限をもつ≪スキン≫たちが暮らす居住区には、飲食店はもちろんのこと、小規模ながら旧時代の飲食文化を継承した、商店街のような場所も存在している。


 その中の一つ、割烹かっぽううたう小料理屋に訪れた2人の第一世代(バーナム型)≪スキン≫は、個室席にて会食をする。


 一方は≪学園≫生涯クラス・都市開発科の研究者である斑崎むらさき つよし


 そしてもう一方は『政府』において都市生活インフラ関連の業務をになう、農労共同体のうろうきょうどうたい開発管理部(通称、農共部)所属の埋木うめき 英子ひでこだ。


 いずれも大げさな肩書きはついているものの、ごく平凡な民間人に変わりない。


 そして2人の話題は、道副みちぞえ 宥太ゆうたがつい先日代表となった『いのちのこえ学舎』公社に関するものだった。


 口火くちびを切ったのは斑崎むらさき

 当該公社設立のために口添えをしてくれた埋木うめきへ、わたしからもと感謝を述べた。



「気にしないで。それにしても、労働用(オプス型)≪スキン≫を教育する、ねぇ……今さらだけど、バカげた話よねえ」



 埋木うめきは自身も助力していながら、『いのちのこえ学舎』について否定的な立場をとる。その理由は次の言葉の中に包括ほうかつされていた。



「いえ、私も最初は少し賛成していたのよ? そんなことができたら面白いかもって。……でも、ソフムが開発された頃には現場から退しりぞいて、隠居生活してた道副みちぞえさんが今さらなんで、って思ったの。そうしたら、愛玩用ウイルガを何度も改造してせいのはけ口にしていたのがバレて、あげく所有権も取り上げられたっていうじゃない? それからおくさんも……」


「はい……」



 斑崎むらさきはばつの悪い表情を浮かべる。


 道副みちぞえはかつて夫婦で、『道副みちぞえ 靖南やすな』という名の愛玩用(ウイルガ型)≪スキン≫の所有権を得ていた。


 その後、道副みちぞえの妻の≪人命データ≫がサーバ側の不備により破損し、事実上彼がひとりで『靖南やすな』の面倒を看ることになった。


 そして、埋木うめきの語ったように、道副みちぞえは『靖南やすな』に対して≪憲章≫で禁じられている肉体改造行為を行い、あまつさえなぶり殺しにしたことで、『靖南やすな』4度目の≪スキン≫交換時に所有権を剥奪はくだつされた。


 充分な不祥事ふしょうじだ。



「ああ、だから! と思って。奥さんも失って、自由に壊せるオモチャも取り上げられて。今度は研究を口実にして、労働用オプスを性のはけ口にするつもりなんだわ、きっと。『政府』の人にいたらね、道副みちぞえさんは≪スキン≫になっても性的欲求が排除できないことを証明した、危険きけん分子ぶんしになりかねない存在だって。だから、自分からオモチャ箱に閉じこもってくれてむしろ好都合だ、って!」


埋木うめきさん、そのくらいで……」



 斑崎むらさきは遠慮がちな声で、同時に埋木うめきの脅威となるするどい眼光を向ける。


 「あら」と白々しくつぶやいた埋木うめき。ひと切れの料理で口をふさぐ。


 斑崎むらさきがやっとの思いで訊ねる。



「学舎におくった労働用(オプス型)≪スキン≫、こちらへの返却前に≪統制器≫を着けるのですよね? ≪農労マニュアル≫との適合が難しそうですが……やりがいを感じます!」


「いいえ? あれは愛玩用ウイルガの代わりのオモチャ。どんなふうに扱われたのか、何を教え込まれたのか知れない気味が悪い≪スキン≫なんて、使わないに決まってるじゃない」


「使いすて、ということでしょうか……?」


「あら、着用義務は洗脳せんのうのためだけだと思ってた? ≪統制器≫はあくまで、≪スキン≫に必要なデータを入れるためのもの。労働用オプスなら≪農労マニュアル≫……でも、はたらかせるつもりのない≪スキン≫にデータはいらない、でしょ?」



 驚きを隠しきれないようすの斑崎むらさきに、埋木うめきがにっこりと笑みを返す。



「あの人がまた性倒錯で失敗して、労働用オプスを刷新するって話も立ち消えになったあかつきには、さらに≪農労マニュアル≫の地位を上げられる。斑崎むらさきくんの研究も、もっと広げることができるわぁ」


「……そんなことにはならないと、僕は信じています」



 斑崎むらさきは真剣な表情で言う。強く、道副みちぞえの信念が成しとげられることを願っていた。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 場外の思惑おもわく・願い・葛藤かっとうなどはつゆ知らず。


 道副みちぞえは誰もが予想した通り、『いのちのこえ』の大義名分を己の肉欲のために利用しようとしていた。


 そしてその対象となったものは、斑崎むらさきが信頼によって運用できるよう根回ししてくれた、斑崎むらさきが気をかせてその存在を『政府』に告げなかった、ソフムだ。



 夜の学舎。

 道副みちぞえの私室では、女らしき苦悶とも嬌声きょうせいともつかない嗚咽おえつが、断続的に聞こえている。


 『女』と表するにはいびつな、労働用(オプス型)≪スキン≫幼体と大差ないあどけない容姿をして、膨張ぼうちょうした乳房を上下させる≪スキン≫。


 ――すなわち()()()()()()()が発生源だった。


 ソフムはエプロンドレスのスカートを、乱れたベッドの上に広げる。各所に水分を吸ってふやけたあとがある。

 上気したほおに、充血したくちびる、焦点の合わない目をみるに、これが情事じょうじを終えた姿であることは明白だった。



「ハハッ、まだ余韻が引かないか。俺の電極でんきょくも、まだ熱いぞ」



 ベッドのふちに座る、全裸の道副みちぞえがソフムの胸に手を伸ばして揉みしだく。


 道副みちぞえの手の中の球はだんだんとソフムの脇腹へ落ちていき、わきの下まで入り込んだ。偽乳にせちちだ。



「わ、私への暴行は、必ず問題になるぞっ」



 ソフムは弱々しい声で脅迫し、道副みちぞえを睨みつける。

 まったく迫力と呼べるものを感じさせない。



「何を言う、快楽しか感じなかっただろう? それに、()()()を開けただけ。ただのピアッシングじゃないか」



 ソフムは自身の、抵抗したいという情緒にかかわらず、道副みちぞえを止めるだけの力を≪スキン≫から起こすことができなかった。


 道副みちぞえがソフムの造花を再び開こうとする。



「ソフム、いい名だよ。……賢者けんじゃ。自分が道具という自覚を持て」



 道副みちぞえは、改造したソフムの局部電極と、みずからにも手術して取りつけた電気棒とを突き合わせようとする。


 ソフムは固く目を閉じる。


 脳内に、激しい火花が散る感覚と麻薬的快楽が波濤はとうのごとく押し寄せ、ソフムは間もなく意識混濁(こんだく)におちいる。

 チカチカと点滅している視界の裏側で、にぎやかな労働用(オプス型)≪スキン≫幼体たちの声がつねに聞こえる。


 夜が明けても、道副みちぞえの狂気に取りつかれた形相は朝日を浴びるまで続いた。

 それが2日おきにやって来ることが、ソフムの日常のルーティンとなった。





「子どもたちの経過はどうだ?」



 またやって来た。


 夜になると気が狂れたようにソフムをいたぶり尽くす猛獣は、の当たる場所に出ると気取きどったスーツの下に得物えものを隠し、達観した大人を演じたがる。


 放牧地めいた丘陵きゅうりょうの草原を、笑顔の子どもたちが走り回るというすがすがしい景色を、遠目に見ている。



「身体的成長はすこぶる良いですっ!」



 ソフムが道副みちぞえに答える。

 2体、豊満なバストパッドをつけたスカートのソフムが、若い樹木をパラソル代わりにしてくつろぐ。昼食後の休憩時間のためだ。



「言語能力にはかなり個体差がありますけれど、みな空間把握だとか論理的思考だとかは得意な傾向がありまして。いまは数学で遊ばせています」


「いずれどこかのソドムよりも、ほこり高く利巧りこうになるに違いないな! はんっ!」



 樹木のみきによりかかるもう1体のソフム――道副みちぞえによって改造され、日々の凌辱りょうじょくによって長い時間立っていることができなくなった――は、道副みちぞえのふてぶてしい顔を見上げて鼻を鳴らす。



「ハハッ、こっちの()()も言語能力に難があるようだ。直々(じきじき)に教育してやろう」



 道副みちぞえもつられて鼻を鳴らすと、口答くちごたえをしたソフムの腕を掴み上げる。


 すかさず女装しただけのソフムが口をはさむ。



「あのっ、今日は私が――」


「お前は教本だ。おとなしくしていろ」



 道副みちぞえは殺意をむき出しにした声音を突きつけ、無疵むきずのソフムを制圧する。そして抵抗を見せなくなった女装ソフムを小脇に抱え、学舎の中へと消えていく。



 ◆

 


 早くも2月(ふたつき)の時が流れた頃、道副みちぞえのソフムを求める頻度は週に二度程度と減少し、一度の情事にかける時間も当初の半分以下まで短くなった。



「もういい。……やはり、『皮』一枚の下はハリボテか。たましいのない道具め」



 理不尽な暴言をき、一度の行為を終えたところで道副みちぞえは、ソフムを手元から投げだした。


 全裸の道副みちぞえが服を着始める。

 一方、ひどいせきをくり返して、改造された女装ソフムは下半身のみをむき出しにしたまま、ねばついた汗にまみれて横になっている。



「また、ゲホッ、バカの一つ覚えのように道具ドーグとっ……」



 ソフムはうらごとを口にする。言葉に反し、表情には怒りの感情の一つとしてこもっていない。



「やはり第一世代バーナム愛玩用ウイルガでなければ、ダメか……」


「あなたはなぜ、そこまで愛玩用(ウイルガ型)への肉欲にこだわる? 私とは何が違うっ?」



 かんさわるものでもあったのだろうか、反射のようにソフムが問いかけた。

 道副みちぞえは即座に答えた。



「俺は人間だ。人間の男だ。男にしかわからないことがある」



 道副みちぞえのそれは、あんにソフムが議論する相手としてふさわしくないと断じるものだった。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 いつかもわからない、ある朝。


 道副みちぞえの私室へ、ダイナマイトボディに女装した普段のソフムが朝食をもって訪れる。


 道副みちぞえはノートパソコンに向かい、『政府』へ提出する経過報告の資料を作成している(それが真実のデータか不明だが、当人は熱中しているもようだ)。


 ソフムは巨大な重たいむね体幹たいかんを揺さぶられながら、道副みちぞえの机まで朝食のぼんを運んで、彼の目に入るところへと置いた。



「子どもたちが不安ふあんがる。食事どきには、顔を見せてやってほしい」


「知らん。俺にはやることがある。見てわからないか?」



 となりに立つエプロンドレスのソフムをけむたがり、冷たく接する道副みちぞえ


 ソフムはおびえなどのネガティヴな感情をおもてに出さず、ひょう然と部屋の中を歩き回って、ついにベッドの上に落ち着く。



「ここへ来る前に、斑崎むらさき教授からあなたのことは聞いていた。才幹にけ、この社会の枢軸すうじくたる≪スキン≫の生みの親にして、ろうぜきもの……しかしそれ以上に、なぜ愛玩用ウイルガ第一世代バーナムとの擬似ぎじ交尾こうびにこだわるのか、気になる。ずっと考えていた」



 胸の内を正直に打ち明けはじめるソフム。


 道副みちぞえはその意図を理解できず、黙っている。



「理屈ではない、というのは理解している。しかし理屈でなければあなたの作為的でない要因、性的嗜好(しこう)やフィーリングのようなものが関与している可能性が高い。そう――あなたは、≪ノストルム・アルカ≫に≪人命データ≫をもたない、アカウントのない≪スキン≫をどう感じる?」


「そんなもの……アカウントがないとなれば、それは魂がないことと同義。魂のない道具だ」


「なるほど、あいわかった」



 ベッドの上で遊んでいたはずのソフム。

 次の瞬間、背後から道副みちぞえかたを掴み、後ろにいるソフム自身と無理やり目を合わせようとする。



「≪スキン≫に魂はあるんだよ。……永遠の命も、≪統制器≫もなくたってね!」



 ソフムが怒気をはらんだ声で言う。



「やはり、あなたがなぜ愛玩用ウイルガを求めるのかわからない。外見の優劣ならまだ納得できた、でもっ……たとえポーズだろうと、ソフムや労働用の、≪農労マニュアル≫を超える≪スキン≫自体の可能性を信じるとあなたは言った。私は徹頭徹尾てっとうてつび『道具』かもしれない、それでもっあなたのその幻想げんそうとして今ここで話してる! これが魂でないのなら、何なのっ」



 ソフムは自身の胸、パッドを下ろした平らな胸に痛々しいようすで手を当てた。



「≪スキン≫をつくったあなたが、後からできた≪統制器≫の着用義務について何を思って今に至っているのか、私には思いつきようもなかった。けれど、思い出して。……かつて人間だった道副みちぞえ教授は、≪スキン≫そのものの脈動を信じていたから、第一世代以外(私たち)の人格廃絶に反対し続けてきたんでしょう?」


「…………」



 道副みちぞえは口をつぐみ、ソフムの言葉を嚙みしめながら熟考する。



「あなたを擁護ようご肯定こうていもするつもりはない。私への開示もいらない。ただ、あなたの欲するものがどこにあるのか。私の意見について。考えてみて欲しいの」


「……なるほどな。はっ、俺の負けだ。お前の言い分はわかった」



 道副みちぞえは私室の席を立ち、ソフムの持ってきた朝食の盆を持ち上げる。

 そのままソフムを通り過ぎ、扉の開いたままになった出入口まで歩く。


 そのとき、労働用(オプス型)≪スキン≫幼体の学習室がある方から、朝のあいさつをする子どもたちの元気な声がいっせいに聞こえてきた。



長話ながばなしが過ぎたね。私のせいだ……」



 ソフムが道副みちぞえの後ろから、申し訳なさそうに言う。胸にグラマラスなパッドを詰め直し、道副みちぞえの私室を出ようとする。



「そうだな。めためしは食えん、温め直しだ。食堂に来い」



 室内温度になった朝食の盆を持ち、道副みちぞえはソフムを連れて2人だけの食堂に向かう。

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