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フレッシュ  作者: 石鬼 輪たつ
第4章 ca?ni*al
21/33

        メイキング≪生動≫(2/2)

「よし。次は、歩遊ほゆ刺殺しさつのカットだ。替玉かえだまの準備をたのむ!」



 指揮をとる映密はえみつの号令に、数名の映文会員たちが走り出す。

 せわしない雰囲気ふんいきと、緊張感は撮影セットの内側のベッドで待機する水鈴みすずにも伝わっていた。


 間もなく、還時かんじ役の愛玩用(ウイルガ型)≪スキン≫がスタッフから小道具のペティナイフを受け取る。それを右手に構えると、ベッドにもたれかかる水鈴みすずのほうへと向かってきた。


 水鈴みすずは反射的に身体をこわ張らせた。



透見川うおせさん、いいかな? 何度も言ったけれど、この後の流れは、わたしが透見川うおせさんの手を引いて、のどにナイフを突き立てる。あなたの演技はここまでね? カットがかかったら小道具の≪スキン≫と差し替えて、わたしは歩遊ほゆを殺して食べる。んでジ・エンド! オーケー?」



 還時かんじ役の愛玩用(ウイルガ型)≪スキン≫はおだやかな笑顔で、水鈴みすずに最終確認をする。

 水鈴みすずは喉を鳴らし、うなずきを返す。


 スタジオの出入口から、()()愛玩用(ウイルガ型)≪スキン≫が入室。

 水鈴みすずとおそろいの歩遊ほゆをまとっている。



「ハッ、ハッ……」



 瞬間、水鈴みすず歩遊ほゆは視線をわす。


 水鈴みすずひたいあぶら汗をかいた。


 『歩遊ほゆ』の冷徹で、薄幸はっこうらしい顔は、水鈴みすずをまっすぐ見据えていた。

 おびえた手つきで水鈴みすずが喉元を押さえると、『歩遊ほゆ』は反対の手を喉元に当てた。



「――ィアクションッ!」



 監督の声が世界を再起動する。



―――――

 わりえのしない、埃笑ほほえむ私室。


 しかし、古びたベッドの足元で見つめ合う2人の男女は、乱れた衣装から、かがやくみずみずしい肢体を覗かせていた。

 還時かんじ歩遊ほゆ

 不格好さとしなやかさの枝がゆるく絡みつき、美しき逢瀬おうせの一場面を、オブジェのように留まらせる。


 しかし、愛する2人の間には「欲望の権化ごんげ」とでも呼ぶべき、にび色の狂気がはさまる。

 それは、還時かんじのかねてより願った光景だった。



「やっぱり……ダメなんだ。身体を重ねることより、何よりも、君のあたたかさ……香薫こうくんしたたる血にばかり意識が向いてしまう。こんな、どうしようもない俺を好いてくれたのは、歩遊ほゆだけだ! だから、初めて、うしなうことが怖いと思った……」



 と、還時かんじのポエム。

 歩遊ほゆ還時かんじの前で、じゅうぶんに見せてきた優しい笑みを、今もなお浮かべている。



「俺を受け入れてくれて、ありがとう。歩遊ほゆ



 と、還時かんじ。泣き出しそうな顔つきで、ペティナイフをにぎる手に力を込める。


 歩遊ほゆは静かに深く息を吸うと、だまって、空いた手を還時かんじのナイフの手に添える。

 歩遊ほゆの行動に、驚きをあらわにする還時かんじ


 そして歩遊ほゆは、首元に巻いたシルクスカーフのわずかに上から、自身ののどめがけてペティナイフの尖端せんたんを突き立てる。



 ――今だ、とばかりに監督がカットの合図あいずを送ろうとするが、どうにも世界は止まりそうにない。



「うぉsッ!」



 還時かんじが、思わず歩遊ほゆの真名を叫びそうになる。


 先の驚き以上の驚きのためだ。

 手元のペティナイフを、歩遊ほゆが自身の喉に食い込ませ始めた。


 皮ふは音もなく千切れる。真っ白いスカーフに鮮血がにじむ。

 また、還時かんじがナイフのから指先を離しても、尖端はじょじょに歩遊ほゆの体内へと侵入してしまう。


 このまま行くと歩――水鈴みすずの喉元を切り裂いてしまう!  


 還時かんじは混乱する。こいつは死にたいのか? 


 だが、世界には今や2人しかいない。見れば、自刃じじんせんとする少女はいまだに笑みを浮かべている。

 さらに尖端は進む。


 還時かんじは奥歯をみしめた表情になりながら、短い逡巡しゅんじゅんの後、ついに自身もナイフの尖端へ体重をかけ始めた。



「――――ぅああああああっ!」



 言葉にならない叫びを上げたのは、みだれ髪の少女だ。


 次の瞬間、両足で思いきり還時かんじの腹をっ飛ばす。


 還時かんじの身体は軽々と世界を超越ちょうえつし、

―| |―

 | |



 ドゴンっ!



 撮影セットの外まで飛び出してきた。

 頭を打ち、立ち上がることのできない還時かんじ役の愛玩用(ウイルガ型)≪スキン≫に、映文会員たちが駆け寄って一心不乱に持ち上げる。

 そのまま、控室へと走って行く。


 水鈴みすずは、セットの内側で呆然ぼうぜんと座り込んでいた。



「あの、ご、ごめんなさい……あの、水鈴みすずはっ……」



 独断専行どくだんせんこうで自殺未遂、スプラッタには代役を立てるという監督の善意を踏みにじり、親友からの贈り物を血でけがした罪を、水鈴みすずふるえ声であやまる。


 しかし声はかぼそく、スタジオの中央部にしか届かなかった。

 監督こそ怒り心頭しんとうはっし、水鈴みすずのあやまちを正すものだと一同は考えた。



「ああ……なんてことだ。こんないいが今の世で撮れるとは! このまま使うぞっ!」



 無論、実際とは乖離かいりしていた。


 監督は水鈴みすずの引き起こした、意想外な展開に興奮をおさえ切れず、当日のうちにシナリオ変更を宣言する。そのため、撮影は一旦お開きとなる。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「おつかれ。あのさ、みすぅは……結局死のうとしたん? それとも、テクいアドリブ?」



 控室にて。


 水鈴みすずの衣裳着替えを手伝うかたわら、しずりが軽口で水鈴みすずに訊ねる。



「別に? なんでもいいじゃん。ただの演技だよ」



 しずりの明るい口調とは対照的なトーンで返事する水鈴みすず。しずりはおずおずと、水鈴みすずの背後から消えさる。


 控室には水鈴みすずひとりとなり、水鈴みすずは喉の、血が乾いた傷痕きずあとにふれた。

 役作りの一環として伸ばした指の爪が、真ん中ほどまで傷口に刺さっている。指につたう血のしずくを、水鈴みすずは口に含む。

 それを何度かくり返した。



 『しずく』シナリオ改訂版は、監督の宣言通り、当日中に出来上がった。


 従来の『歩遊ほゆを殺し、嘔吐おうとしながらも食べ尽くした還時かんじ行方ゆくえくらます』という内容から、大幅に改変。


 『神の祝福により、歩遊ほゆの下肢不随が回復。また還時かんじが彼女の愛情に応え、2人は末永すえながく結ばれる』という、古典的恋愛小説をなぞった結末が用意された。


 当然、しずりらグロマンス主義の映文会員は抗議の声を上げるも、監督の一存により決定が下される。


 

 季節は過ぎ、映文会念願の『しずく』完成記念上映会が≪学園≫内にて開催されていた。


 大勢の愛玩用(ウイルガ型)≪スキン≫、その保護者である第一世代(バーナム型)≪スキン≫が熱中したスクリーンに、今、晴れ着姿に着飾った還時かんじ歩遊ほゆの、ヴァージンロードを歩く光景が映し出される。

 まさしくあのとき、監督のおもいつきで開かれたエンディングだ。


 しずりら映文会員が場外で酷評する一方で、観客たちからは『そこそこの好評』を得ていた。


 水鈴みすずの両親もシアターへ足を運び、同様な賛辞をていした。

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