メイキング≪生動≫(2/2)
「よし。次は、歩遊刺殺のカットだ。替玉の準備をたのむ!」
指揮をとる映密の号令に、数名の映文会員たちが走り出す。
せわしない雰囲気と、緊張感は撮影セットの内側のベッドで待機する水鈴にも伝わっていた。
間もなく、還時役の愛玩用≪スキン≫がスタッフから小道具のペティナイフを受け取る。それを右手に構えると、ベッドにもたれかかる水鈴のほうへと向かってきた。
水鈴は反射的に身体をこわ張らせた。
「透見川さん、いいかな? 何度も言ったけれど、この後の流れは、わたしが透見川さんの手を引いて、喉にナイフを突き立てる。あなたの演技はここまでね? カットがかかったら小道具の≪スキン≫と差し替えて、わたしは歩遊を殺して食べる。んでジ・エンド! オーケー?」
還時役の愛玩用≪スキン≫はおだやかな笑顔で、水鈴に最終確認をする。
水鈴は喉を鳴らし、うなずきを返す。
スタジオの出入口から、1体の愛玩用≪スキン≫が入室。
水鈴とおそろいの歩遊をまとっている。
「ハッ、ハッ……」
瞬間、水鈴と歩遊は視線を交わす。
水鈴は額に脂汗をかいた。
『歩遊』の冷徹で、薄幸らしい顔は、水鈴をまっすぐ見据えていた。
おびえた手つきで水鈴が喉元を押さえると、『歩遊』は反対の手を喉元に当てた。
「――ィアクションッ!」
監督の声が世界を再起動する。
―――――
代わり映えのしない、埃笑む私室。
しかし、古びたベッドの足元で見つめ合う2人の男女は、乱れた衣装から、かがやくみずみずしい肢体を覗かせていた。
還時と歩遊。
不格好さとしなやかさの枝が緩く絡みつき、美しき逢瀬の一場面を、オブジェのように留まらせる。
しかし、愛する2人の間には「欲望の権化」とでも呼ぶべき、鈍色の狂気が挿し挟まる。
それは、還時のかねてより願った光景だった。
「やっぱり……ダメなんだ。身体を重ねることより、何よりも、君のあたたかさ……香薫、滴る血にばかり意識が向いてしまう。こんな、どうしようもない俺を好いてくれたのは、歩遊だけだ! だから、初めて、失うことが怖いと思った……」
と、還時のポエム。
歩遊は還時の前で、じゅうぶんに見せてきた優しい笑みを、今もなお浮かべている。
「俺を受け入れてくれて、ありがとう。歩遊」
と、還時。泣き出しそうな顔つきで、ペティナイフを握る手に力を込める。
歩遊は静かに深く息を吸うと、だまって、空いた手を還時のナイフの手に添える。
歩遊の行動に、驚きをあらわにする還時。
そして歩遊は、首元に巻いたシルクスカーフのわずかに上から、自身の喉めがけてペティナイフの尖端を突き立てる。
――今だ、とばかりに監督がカットの合図を送ろうとするが、どうにも世界は止まりそうにない。
「うぉsッ!」
還時が、思わず歩遊の真名を叫びそうになる。
先の驚き以上の驚きのためだ。
手元のペティナイフを、歩遊が自身の喉に食い込ませ始めた。
皮ふは音もなく千切れる。真っ白いスカーフに鮮血がにじむ。
また、還時がナイフの柄から指先を離しても、尖端はじょじょに歩遊の体内へと侵入してしまう。
このまま行くと歩――水鈴の喉元を切り裂いてしまう!
還時は混乱する。こいつは死にたいのか?
だが、世界には今や2人しかいない。見れば、自刃せんとする少女はいまだに笑みを浮かべている。
さらに尖端は進む。
還時は奥歯を噛みしめた表情になりながら、短い逡巡の後、ついに自身もナイフの尖端へ体重をかけ始めた。
「――――ぅああああああっ!」
言葉にならない叫びを上げたのは、乱れ髪の少女だ。
次の瞬間、両足で思いきり還時の腹を蹴っ飛ばす。
還時の身体は軽々と世界を超越し、
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ドゴンっ!
撮影セットの外まで飛び出してきた。
頭を打ち、立ち上がることのできない還時役の愛玩用≪スキン≫に、映文会員たちが駆け寄って一心不乱に持ち上げる。
そのまま、控室へと走って行く。
水鈴は、セットの内側で呆然と座り込んでいた。
「あの、ご、ごめんなさい……あの、水鈴はっ……」
独断専行で自殺未遂、スプラッタには代役を立てるという監督の善意を踏みにじり、親友からの贈り物を血で汚した罪を、水鈴は震え声で謝る。
しかし声はか細く、スタジオの中央部にしか届かなかった。
監督こそ怒り心頭に発し、水鈴のあやまちを正すものだと一同は考えた。
「ああ……なんてことだ。こんないい画が今の世で撮れるとは! このまま使うぞっ!」
無論、実際とは乖離していた。
監督は水鈴の引き起こした、意想外な展開に興奮を抑え切れず、当日のうちにシナリオ変更を宣言する。そのため、撮影は一旦お開きとなる。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「おつかれ。あのさ、みすぅは……結局死のうとしたん? それとも、テクいアドリブ?」
控室にて。
水鈴の衣裳着替えを手伝うかたわら、しずりが軽口で水鈴に訊ねる。
「別に? なんでもいいじゃん。ただの演技だよ」
しずりの明るい口調とは対照的なトーンで返事する水鈴。しずりはおずおずと、水鈴の背後から消えさる。
控室には水鈴独りとなり、水鈴は喉の、血が乾いた傷痕にふれた。
役作りの一環として伸ばした指の爪が、真ん中ほどまで傷口に刺さっている。指につたう血の滴を、水鈴は口に含む。
それを何度かくり返した。
『滴』シナリオ改訂版は、監督の宣言通り、当日中に出来上がった。
従来の『歩遊を殺し、嘔吐しながらも食べ尽くした還時が行方を晦ます』という内容から、大幅に改変。
『神の祝福により、歩遊の下肢不随が回復。また還時が彼女の愛情に応え、2人は末永く結ばれる』という、古典的恋愛小説をなぞった結末が用意された。
当然、しずりらグロマンス主義の映文会員は抗議の声を上げるも、監督の一存により決定が下される。
季節は過ぎ、映文会念願の『滴』完成記念上映会が≪学園≫内にて開催されていた。
大勢の愛玩用≪スキン≫、その保護者である第一世代≪スキン≫が熱中したスクリーンに、今、晴れ着姿に着飾った還時と歩遊の、ヴァージンロードを歩く光景が映し出される。
まさしくあのとき、監督の閃きで開かれたエンディングだ。
しずりら映文会員が場外で酷評する一方で、観客たちからは『そこそこの好評』を得ていた。
水鈴の両親もシアターへ足を運び、同様な賛辞を呈した。




