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フレッシュ  作者: 石鬼 輪たつ
第4章 ca?ni*al
20/33

チャプター12 メイキング≪生動≫(1/2)

 映画文化が花開はなひらいた20世紀から長い時が経ち、一時は人工知能との共同制作が主流となったが、これ以降の時代においても、ノウハウと基本的手法自体は大きく変化していない。


 映密はえみつの主導する入念な打ち合わせに、ロケハン、演技指導とリハーサル、そして撮影はつつがなく進行した。


 序破急の半分以上に登場する主要人物の小鷹こだか 歩遊ほゆ――つまり水鈴みすずは、自身の出番がない間も、体調を考慮しながら積極的に現場へ立ち会った。

 撮影仲間からは非常にかわいがられた。

 しかし、やはりというべきだろう、くだん愛玩用(ウイルガ型)≪スキン≫に対する『残酷ざんこくな』シーンが続くと、参加する水鈴みすずの姿はみるみるやせ細っていく。

 

 衣裳いしょうデザインやキャストの世話を担当するしずりだけは、水鈴みすずにあまり同行するべきではないと意見し続けたが、聞き入れられなかった。



 撮影開始から一月ひとつきが過ぎ、都市外の山間部からは強くすずやかな風が吹くようになる。

 待ちに待った水鈴みすずの出番だ。


 あいにくと、その登場のシーンはぶきみに暗い屋内から始まり、病人(ぜん)とした小鷹こだか 歩遊ほゆに対して、一目ひとめにオーディエンスの忌避感や畏怖いふの念をあおる演出となっている。



「ねえねえ、しずりんっ! 似合ってるかな?」



 脚本の目論見もくろみに反し、セットの外側で意気揚々とはしゃぎ回る水鈴みすず

 しずりに着せ替えをさせた歩遊ほゆ衣裳いしょうを、しずりに披露ひろうする。



「うんうん。イメージ通り。でもちょっと元気すぎるかね……」



 畏怖のかけらも見当たらない、活発な姿を前に、しずりが苦笑する。


 焦げ茶色をしたくせっ毛のショートヘアかつら(ウィッグ)

 花弁のごときバシバシ長い付けまつ毛。

 ワンピースの胸元を押し上げる、パッドのふくらみ。

 水鈴みすずは、愛玩用(ウイルガ型)≪スキン≫として生まれたその身に、すっかり人間の少女を宿していた。



「か、かわいいかな……?」


「かわいいって何だよ」


「もう、真面目にいてるんだってば!」



 また、水鈴みすずは薄く化粧をほどこしたチークをあかくして、軽薄さにてっしたしずりに迫る。



「前から気になってるけど、みすぅはさ、かわいいかどうか気にしてるじゃん。なんで?」


「なんでって。そんなにおかしいかな」



 しずりの問いかけに、水鈴みすずが眉をひそめて胸に手を置いた。



「おかしくはないけども。人間をかわいいって評すると、それは性表出に当たるじゃない? ぼくたちは本流を同じくする≪スキン≫だ。相対的な評価は、するべきじゃないと思う。今はいいけど……()()みすぅが『政府』に矯正きょうせいされるようなことがあったら、イヤなんだよ」



 しずりは、水鈴みすずの≪スキン≫交換に際して、≪人命データ≫へ外的干渉が行われることを危惧していると話す。

 水鈴みすず自身も、以前からそうした事態となる可能性には薄々気づいていたが、しずりに指摘されるまでは目をそむけてきた。



「みすぅの態度見てるとさ、不安になる。このままこわれていって、消えちゃうんじゃないかって……身勝手なこと言うけどさ。友だちとして、安心させてほしいだけなんだ」



 そのとき、水鈴みすずははたと思い出す。

 かつてしずりが死に、2代目(いま)の≪スキン≫となって水鈴みすずと再会した日。しずりは講義に遅れまいとして、長い髪を透見川うおせ家の浴室でバリカンにかけた。

 しずりの行動を見た水鈴みすずは、思いのたけを叫び、しずりの行いを止めようとしたのだ。



『もっと自分の体、大事にしてよぉ』


『しずりんが傷ついたり、また急にいなくなったりするのも、怖いの』



 回顧かいこした自身の言葉が、水鈴みすずの心にさらなる力となってしかかる。

 2人の本懐ほんかいに大きな差異などはない。


 ただし――水鈴みすずは『しずりの≪スキン≫の死を経験した』とき、しずりは『水鈴みすず自身の衰弱ぶりを目の当たりにした』とき――それぞれが、当人の喪失を予感する瞬間は異なっていた。


 水鈴みすず深慮しんりょする。


 とっさに、持ち込みのカバンへ飛びつき、中から漂白されたシルクスカーフを取り出す。

 水鈴みすずはそれを自身の首に巻きつけてみせる。



「心配させて、ごめんね。水鈴みすずは……しずりんがのぞむなら何回だって生きるよ。それでも、もし水鈴みすずのことがイヤになったら、新しいスカーフをちょうだい? そしたら全部大丈夫だからっ」



 水鈴みすずとは別人のよそおいで、水鈴みすず水鈴みすずのように笑顔を作った。



「えっと……やっぱり最初くらいは、映画の主役みたいに死なせてほしくて。水鈴みすずもわがまま言ってると思うし。愛玩用ウイルガ、らしくないよね。ごめんね……でも、しずりんにもこの気持ち、わかると思うよ」


「……ははっ、なんだよ。カッコいいじゃん。わかったよ」



 しずりはそのように返すと、あきらめとも喜悦きえつともとれる情感にしみじみといしれている。


 やがて、映文会員の1人から水鈴みすずに声がかかった。出番が来た、と。


 直後にしずりは、水鈴みすずの首元にあるスカーフを手に取ろうとする。しかし途中でみずから制止した。



「行ってらっしゃい」


「うんっ! あと、やっぱり『カッコいい』より、『かわいい』がいいな。水鈴みすずはそっちのほうが好きっ。わかった?」


「はいはい」



 しずりに軽くあしらわれながら、水鈴みすずは映文会員とともにカメラの前に向かう。

 スタジオに入った。

 その瞬間、水鈴みすずからは女装した愛玩用(ウイルガ型)≪スキン≫の面影がなくなり、1人の可憐な少女へと変身を遂げる。


 少女は、使用感のある干からびたベッドに腰を据えた。

 少女の姿に対して、しずりは苦しげに息をのんだ。水鈴みすずが、小鷹こだか 歩遊ほゆわれていたためだ。



―――――

 しずくをその身の血肉に変えた還時かんじは、血の衝動に流されるまま、次なる獲物に狙いを定める。

 失踪した恋人をさがすあわれな青年を演じ、しずくの母とコネクションを構築。実家まで入り込む。

 それからはしずくの母との意見交換や世間話にきょうじつつ、絶好の機会が来るのを静かに待っていた。



「そうそう……しずくは、妹思いのいい子で。歩遊ほゆ、って言うんですけれど。足が動かなくて……学校に行けないから、しずくは家にいるときいっつも勉強だったり、外のお話を聴かせてあげたりしていたんです。――そうだわ! 折角だから、帰る前にお会いになって?」



 と、しずくの母。

 還時かんじはヒゲをたくわえた口元に浅ましい笑みを浮かべる。



「ぜひに」



 と、還時かんじしずくの母の申し出を了承。

 2人はリビングを出る。しずくの母の案内で、物置部屋のように分厚い扉がついた一室まで還時かんじを案内する。扉に、しずくの母がていねいな二度のノックを行う。



「お母さんですよー。入りますね」



 と、しずくの母が声をかける。

 室内から返事を含む物音などはひとつもしない。しずくの母は、還時かんじの顔を一(べつ)すると、分厚い扉を半身で押してゆっくりと開く。

 ほこりむように舞う部屋。家具はベッドと衣装たんすの二つ限り。たんすは閉まっている。

 還時かんじはベッドの上を見る。上体を起こした少女の姿。美術品のように美しい。けれども、埃をかぶった美術品。

―――――



 水鈴みすずの、ただ歩遊ほゆの格好をしてベッドに座っているだけの演技は、そのじつ監督たちを魅了みりょうした。


 透き通ったグラスの危なげな肌色、生きている生き物のおどろおどろしい躍動感に、静かなる威嚇いかくと恐れ。

 それらは水鈴みすずの自然体からかもし出されるものであり、同時に、歩遊ほゆというキャラクターの像を克明に浮かび上がらせた。



「やあやあ! グッドタレントじゃないか。想像以上だったぞ!」



 前時代的なワンカットを叫んだ後、映密はえみつ水鈴みすずに駆け寄り、演技力を褒めそやす。

 水鈴みすずは軽い会釈えしゃくを返すが、しぶい顔つきになっている。



「思っていたものと違ったか?」



 映密はえみつは、水鈴みすずの態度を見るに、自身の演技あるいは撮影環境に満足がいっていないのだろうと推して、当人へ問いかける。



「あっ。えっと……はい。なんて言うか、むずかしいですね、顔だけで思いを伝えるのって……」


「なるほど。不安なら、次からは()()()を出してやるぞ。ほれ?」



 言葉に続いて、愛玩用(ウイルガ型)≪スキン≫の面で大げさな変顔をする映密はえみつ

 それを目にし水鈴みすずは薄笑い。行儀よく「結構です」と断りを入れる。



「監督。その、歩遊ほゆは、このあと主人公に好意を寄せて、結ばれたいと思うんですよね」


「そうだな」


「それで、だから、主人公からきょうだいを殺したことを打ち明けられたとき……自分が殺されることを受け入れて。主人公の一部になることを望んだんですよね?」



 水鈴みすずは、『しずく』のラストシーンにおける自身の解釈を口にし、映密はえみつの反応をうかがう。



「いや違う。歩遊ほゆ還時かんじを『愛し』、彼の欲望を叶えんとして、死を受け入れた。それは必ずしも彼女の望んだ結末じゃない。現に、告白の前、彼女は還時かんじをベッドに誘った。そういうことだ」



 一方の映密はえみつからは、言いたいことだけを言ったとばかりの訂正が入る。

 水鈴みすずは、映密はえみつの訴える真意がわからないという顔を浮かべていた。



「それは……一部に、っていうか、一つになりたいってことなら、おんなじじゃないんですか?」


「全然違うぞ……」



 あきれた姿を水鈴みすずに見せる映密はえみつ。ベールのような長い白髪をぐしゃぐしゃときむしる。



「なあ。君は映画を観たことがあるだろう? ロマンスとは、どんなものだった?」



 映密はえみつが訊ねると、水鈴みすずは一瞬戸惑いの様相ようそうになる。



「えっ、と、うーん……」


「待て。インスタントの回答は求めていない」



 水鈴みすずの思索をさえぎった映密はえみつは、神妙しんみょうな面持ちを水鈴みすずへ向けると、寄り添うように言った。



「実際……なんでもいいんだ。ただ、歩遊ほゆ還時かんじを『愛し』、『愛される』ことを望んでいた。これが今作のロマンス。君は、その成就じょうじゅに想いをせてくれれば、おおむね正解だ。だから歩遊ほゆは君に任せたぞ」



 再び言いたいことだけを言うと、映密はえみつは控室のほうに立ち去る。


 背中を見送る水鈴みすず

 腹落ちしない感情を苦々(にがにが)しく反芻はんすうし、「任せるって言ったって……」とつぶやく。


 眼下の、着用したワンピースの裾を掴む。

 服と、胸のものとの、衣擦きぬずれの音がした。

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