チャプター12 メイキング≪生動≫(1/2)
映画文化が花開いた20世紀から長い時が経ち、一時は人工知能との共同制作が主流となったが、これ以降の時代においても、ノウハウと基本的手法自体は大きく変化していない。
映密の主導する入念な打ち合わせに、ロケハン、演技指導とリハーサル、そして撮影はつつがなく進行した。
序破急の半分以上に登場する主要人物の小鷹 歩遊――つまり水鈴は、自身の出番がない間も、体調を考慮しながら積極的に現場へ立ち会った。
撮影仲間からは非常にかわいがられた。
しかし、やはりというべきだろう、件の愛玩用≪スキン≫に対する『残酷な』シーンが続くと、参加する水鈴の姿はみるみるやせ細っていく。
衣裳デザインやキャストの世話を担当するしずりだけは、水鈴にあまり同行するべきではないと意見し続けたが、聞き入れられなかった。
撮影開始から一月が過ぎ、都市外の山間部からは強く涼やかな風が吹くようになる。
待ちに待った水鈴の出番だ。
あいにくと、その登場のシーンはぶきみに暗い屋内から始まり、病人然とした小鷹 歩遊に対して、一目にオーディエンスの忌避感や畏怖の念をあおる演出となっている。
「ねえねえ、しずりんっ! 似合ってるかな?」
脚本の目論見に反し、セットの外側で意気揚々とはしゃぎ回る水鈴。
しずりに着せ替えをさせた歩遊の衣裳を、しずりに披露する。
「うんうん。イメージ通り。でもちょっと元気すぎるかね……」
畏怖のかけらも見当たらない、活発な姿を前に、しずりが苦笑する。
焦げ茶色をしたくせっ毛のショートヘアかつら。
花弁のごときバシバシ長い付けまつ毛。
ワンピースの胸元を押し上げる、パッドのふくらみ。
水鈴は、愛玩用≪スキン≫として生まれたその身に、すっかり人間の少女を宿していた。
「か、かわいいかな……?」
「かわいいって何だよ」
「もう、真面目に訊いてるんだってば!」
また、水鈴は薄く化粧を施したチークを紅くして、軽薄さに徹したしずりに迫る。
「前から気になってるけど、みすぅはさ、かわいいかどうか気にしてるじゃん。なんで?」
「なんでって。そんなにおかしいかな」
しずりの問いかけに、水鈴が眉をひそめて胸に手を置いた。
「おかしくはないけども。人間をかわいいって評すると、それは性表出に当たるじゃない? ぼくたちは本流を同じくする≪スキン≫だ。相対的な評価は、するべきじゃないと思う。今はいいけど……次のみすぅが『政府』に矯正されるようなことがあったら、イヤなんだよ」
しずりは、水鈴の≪スキン≫交換に際して、≪人命データ≫へ外的干渉が行われることを危惧していると話す。
水鈴自身も、以前からそうした事態となる可能性には薄々気づいていたが、しずりに指摘されるまでは目を背けてきた。
「みすぅの態度見てるとさ、不安になる。このまま壊れていって、消えちゃうんじゃないかって……身勝手なこと言うけどさ。友だちとして、安心させてほしいだけなんだ」
そのとき、水鈴ははたと思い出す。
かつてしずりが死に、2代目の≪スキン≫となって水鈴と再会した日。しずりは講義に遅れまいとして、長い髪を透見川家の浴室でバリカンにかけた。
しずりの行動を見た水鈴は、思いの丈を叫び、しずりの行いを止めようとしたのだ。
『もっと自分の体、大事にしてよぉ』
『しずりんが傷ついたり、また急にいなくなったりするのも、怖いの』
回顧した自身の言葉が、水鈴の心にさらなる力となって圧しかかる。
2人の本懐に大きな差異などはない。
ただし――水鈴は『しずりの≪スキン≫の死を経験した』とき、しずりは『水鈴自身の衰弱ぶりを目の当たりにした』とき――それぞれが、当人の喪失を予感する瞬間は異なっていた。
水鈴は深慮する。
とっさに、持ち込みのカバンへ飛びつき、中から漂白されたシルクスカーフを取り出す。
水鈴はそれを自身の首に巻きつけてみせる。
「心配させて、ごめんね。水鈴は……しずりんが望むなら何回だって生きるよ。それでも、もし水鈴のことがイヤになったら、新しいスカーフをちょうだい? そしたら全部大丈夫だからっ」
水鈴とは別人の装いで、水鈴は水鈴のように笑顔を作った。
「えっと……やっぱり最初くらいは、映画の主役みたいに死なせてほしくて。水鈴もわがまま言ってると思うし。愛玩用、らしくないよね。ごめんね……でも、しずりんにもこの気持ち、わかると思うよ」
「……ははっ、なんだよ。カッコいいじゃん。わかったよ」
しずりはそのように返すと、諦めとも喜悦ともとれる情感にしみじみと酔いしれている。
やがて、映文会員の1人から水鈴に声がかかった。出番が来た、と。
直後にしずりは、水鈴の首元にあるスカーフを手に取ろうとする。しかし途中でみずから制止した。
「行ってらっしゃい」
「うんっ! あと、やっぱり『カッコいい』より、『かわいい』がいいな。水鈴はそっちのほうが好きっ。わかった?」
「はいはい」
しずりに軽くあしらわれながら、水鈴は映文会員とともにカメラの前に向かう。
スタジオに入った。
その瞬間、水鈴からは女装した愛玩用≪スキン≫の面影がなくなり、1人の可憐な少女へと変身を遂げる。
少女は、使用感のある干からびたベッドに腰を据えた。
少女の姿に対して、しずりは苦しげに息をのんだ。水鈴が、小鷹 歩遊に喰われていたためだ。
―――――
滴をその身の血肉に変えた還時は、血の衝動に流されるまま、次なる獲物に狙いを定める。
失踪した恋人を捜すあわれな青年を演じ、滴の母とコネクションを構築。実家まで入り込む。
それからは滴の母との意見交換や世間話に興じつつ、絶好の機会が来るのを静かに待っていた。
「そうそう……滴は、妹思いのいい子で。歩遊、って言うんですけれど。足が動かなくて……学校に行けないから、滴は家にいるときいっつも勉強だったり、外のお話を聴かせてあげたりしていたんです。――そうだわ! 折角だから、帰る前にお会いになって?」
と、滴の母。
還時はヒゲをたくわえた口元に浅ましい笑みを浮かべる。
「ぜひに」
と、還時は滴の母の申し出を了承。
2人はリビングを出る。滴の母の案内で、物置部屋のように分厚い扉がついた一室まで還時を案内する。扉に、滴の母がていねいな二度のノックを行う。
「お母さんですよー。入りますね」
と、滴の母が声をかける。
室内から返事を含む物音などはひとつもしない。滴の母は、還時の顔を一瞥すると、分厚い扉を半身で押してゆっくりと開く。
埃が笑むように舞う部屋。家具はベッドと衣装たんすの二つ限り。たんすは閉まっている。
還時はベッドの上を見る。上体を起こした少女の姿。美術品のように美しい。けれども、埃をかぶった美術品。
―――――
水鈴の、ただ歩遊の格好をしてベッドに座っているだけの演技は、その実監督たちを魅了した。
透き通ったグラスの危なげな肌色、生きている生き物のおどろおどろしい躍動感に、静かなる威嚇と恐れ。
それらは水鈴の自然体から醸し出されるものであり、同時に、歩遊というキャラクターの像を克明に浮かび上がらせた。
「やあやあ! グッドタレントじゃないか。想像以上だったぞ!」
前時代的なワンカットを叫んだ後、映密が水鈴に駆け寄り、演技力を褒めそやす。
水鈴は軽い会釈を返すが、渋い顔つきになっている。
「思っていたものと違ったか?」
映密は、水鈴の態度を見るに、自身の演技あるいは撮影環境に満足がいっていないのだろうと推して、当人へ問いかける。
「あっ。えっと……はい。なんて言うか、難しいですね、顔だけで思いを伝えるのって……」
「なるほど。不安なら、次からはカンペを出してやるぞ。ほれ?」
言葉に続いて、愛玩用≪スキン≫の面で大げさな変顔をする映密。
それを目にし水鈴は薄笑い。行儀よく「結構です」と断りを入れる。
「監督。その、歩遊は、このあと主人公に好意を寄せて、結ばれたいと思うんですよね」
「そうだな」
「それで、だから、主人公から姉を殺したことを打ち明けられたとき……自分が殺されることを受け入れて。主人公の一部になることを望んだんですよね?」
水鈴は、『滴』のラストシーンにおける自身の解釈を口にし、映密の反応をうかがう。
「いや違う。歩遊は還時を『愛し』、彼の欲望を叶えんとして、死を受け入れた。それは必ずしも彼女の望んだ結末じゃない。現に、告白の前、彼女は還時をベッドに誘った。そういうことだ」
一方の映密からは、言いたいことだけを言ったとばかりの訂正が入る。
水鈴は、映密の訴える真意がわからないという顔を浮かべていた。
「それは……一部に、っていうか、一つになりたいってことなら、同じじゃないんですか?」
「全然違うぞ……」
呆れた姿を水鈴に見せる映密。ベールのような長い白髪をぐしゃぐしゃと搔きむしる。
「なあ。君は映画を観たことがあるだろう? ロマンスとは、どんなものだった?」
映密が訊ねると、水鈴は一瞬戸惑いの様相になる。
「えっ、と、うーん……」
「待て。インスタントの回答は求めていない」
水鈴の思索をさえぎった映密は、神妙な面持ちを水鈴へ向けると、寄り添うように言った。
「実際……なんでもいいんだ。ただ、歩遊は還時を『愛し』、『愛される』ことを望んでいた。これが今作のロマンス。君は、その成就に想いを馳せてくれれば、おおむね正解だ。だから歩遊は君に任せたぞ」
再び言いたいことだけを言うと、映密は控室のほうに立ち去る。
背中を見送る水鈴。
腹落ちしない感情を苦々しく反芻し、「任せるって言ったって……」とつぶやく。
眼下の、着用したワンピースの裾を掴む。
服と、胸の詰め物との、衣擦れの音がした。




