チャプター11 エクストラ≪僭越≫
今や衰弱し、『ガン』による死の訪れを待つばかりとなった水鈴に、親友のしずりを経由して映画出演のオファーが舞い込む。
≪学園≫の空きスペースへといざなわれる水鈴。
そこに待ち受けていた映像文化研究会の長、城間 映密は「『グロマンス』映画を撮る」と、声高らかに水鈴に告げる。
しかし、水鈴はグロマンス映画がいかようなものか、理解できなかった。
水鈴の困惑をくみ取り、気取った笑みを浮かべながら映密が次のように説き聞かせる。
「『グロマンス』というのは、肉体の結合、破壊を通じて登場人物の心の機微をえがくラブロマンスのことだ。21世紀の終わりにはすでにあった。ただし、この≪スキン≫の世の中では、ハードゴアと性倒錯の抱き合わせが、グロマンス映画の必須項目となっているぞ」
床に接するほど白い髪を長く伸ばし、クタクタの制服を着た姿の映密。
その語り口は、ねっとりとして芝居がかっていた。
「それで……そんな映画に、水鈴が出ると?」
目の前の、その胡乱な≪スキン≫を信用できない水鈴は、蒼い顔をより痛々しくゆがめて言う。
「もうその話は済んだだろ。今は君がこれを読み、感嘆とともに『出演します』と言うターンだ」
水鈴の態度を意に介さない映密は、映画の要領書を差し出す。
気まずい表情で水鈴は受け取る。
書類の表紙には格式張ったフォントで『タイトル:滴』と記載されている。
中身の筋書きについては、次の通りだ。
―――――
舞台は、≪スキン≫社会が構築される以前の日本。
冴えない青年、『中村 還時』は定職に就くこともなく、惰性のその日暮らしを続けていた。
このままでは将来やっていけない――今の暮らしに対する漠然としたやるせなさを、彼はあるときコンセプトカフェで発散する術を覚える。
この店で、還時が出会った運命の相手こそ、キーパーソンの『小鷹 滴』だ。
滴の麗しい容姿に惚れ込んだ還時は、彼女の私生活をも掌中に収めたいと尾行調査をくり返し、最後は欲望のために殺害する。
それを果たした後は肉塊にし、冷凍庫へと保管。
好奇心から、性器と乳房を口にした。空前絶後の快楽を味わい、彼は食人鬼へと変貌する。
それから次なる獲物として、滴の近親者である母親と妹を手なずけ、好意とともに貪ることを画策するのだった。
―――――
物語は倒錯的な性欲、食人衝動と恋心の間で揺れる還時の葛藤、その先に待つ転落劇を描こうとしている。
過剰にグロテスクで、陰湿な筋書きだと、水鈴は苦々しい表情で思い至る。
これがグロマンスというものなのか。
無論、≪人倫統制器≫による修飾の影響下では、そこに不快な感情など存在しなかった。
水鈴は要領書から顔を上げる。
正面に、映密の澄まし顔が待ち構えている。
痩せて落ちくぼんだ目元に、爛々とした瞳がぎょろっと二つ。
水鈴が見るに、映密のようすからは期待するといった意図が感じられず、ただただ、無垢なる確信ばかりが潜んでいた。
「どうだ。いいだろ?」
映密の問いかけ。
水鈴は、はにかみながら首を縦に一度振る。
「君の役は『コダカ ホユ』と言ったな? 禁断の果実となった滴の妹。脳性まひにより言語障害と下肢の不自由を負っているが、聡明で美しい。美術品のような『少女』だ」
映密の解説を聞いて、水鈴がふたたび要領書に注目する。プロットの登場人物概要を見る。
『小鷹 歩遊』というキャラクター項目に、ベッドへ固定された『少女』の落書きがあった。
色濃いくせっ毛の短髪、長いまつ毛、つつましく膨らんだ胸。
水鈴は、はじめ少女をまったく別の生き物と思いこんだ。
そして、図鑑を眺める子どものように熱心な目をして、キャラクターイメージを見つめていた。
「彼女は会話を嫌う。内向的で、言語を信用していない。そのくせ人肌恋しさに脆く、突如現れたにもかかわらず、紳士的というだけで還時にすぅぐ心を開いた。本能を忘れた子犬のようにな」
「要するに、セリフなしで身振り手振りと表情作りでガンバってくれってこと!」
持って回った映密の言葉を、要領書の陰からしずりが要約して伝える。
それに水鈴はうーんと悩ましげな声を上げる。
「せ、セリフなしでも、こんな大事な役っ……水鈴できないよ!」
「もっともな反応だな。しかし、透見川 水鈴という役者にとって、これ以上ない配役だろう」
そのとき、映密は事前準備していた特注の甘言で、水鈴を丸め込みにかかった。
「というか、本筋は還時が小鷹家でくり広げるホームコメディーだからな、ヘタでも問題ないぞ。何ならヘタすぎるくらいが丁度いい!」
どこまでも楽観的な映密が、高らかに笑う。
水鈴はついに、反論する気概をうしなった。まだ、できないの一点張りをする選択肢もあったはずだ――先の、監督意向を聞かなかったことにできれば。
ただし、水鈴の本心が出演を了承する方向に傾いていることは、すでに明白だった。
怠惰と後悔することへの恐怖だけが引っかかっていた。
「完成したら、≪学園≫で上映会もやる予定なんだ。みすぅのおばさんたちも観に来るよ、絶対に! いい映画にしようねっ」
「……うん」
しずりの励ましに背中を押され、決心した水鈴は全身の熱を振りしぼり、映密の眼前で、しおれた顔に本当にささいな紅い色を灯した。
「出ます、映画……。歩遊として」
「よし。言質は取ったぞ! 早速、打ち合わせも兼ねたオリエンテーションをしよう。来たまえ!」
すると映密は大仰なあいさつをして、積み重ねられた机のバリケードを洞穴状に取り外す。
映文会がたむろしている場所のさらに奥への道を、水鈴に指し示した。
水鈴が戦々恐々と先に足を踏み入れる。
なんということはない会議室のような空間が視界に広がった。
髪と裾をずる映密が会議室の隅に立つ。
映密の横には、2人のはげ上がった愛玩用≪スキン≫が席についてじっとしている。
しかし、その奇妙に覇気がない表情について、水鈴は遠目に見ながらも、肌の表面を刺すような違和感を覚えた。
水鈴が映密を見遣る。
わけ知り顔の映密は、水鈴の不安がるようすを吟味すると、席の愛玩用≪スキン≫たちについて話し出す。
「察しがついたか。こいつは、≪人命データ≫がない≪スキン≫だ。今回の撮影で使う」
にたにたと笑みを浮かべる映密。
てのひらで、愛玩用≪スキン≫の頭を鷲掴みにして振り回す。
愛玩用≪スキン≫は顔色ひとつ変えなかった。
水鈴とその背後のしずり、見上げる映密にぐるぐると視線を回している。
「使うって……殺すんですか?」
「人聞きが悪いな。そうならないように、≪人命データ≫を入れていないと言っている。役者をそのまま――というわけにもいかないのでね。それぞれ、還時が滴と歩遊をカニバるシーン、後は小道具にする予定だ」
水鈴の猜疑心に、淡々と回答を突きつける映密。
「それは……別にいいです。どうやって手に入れたんですか?」
実際、水鈴の真意はこの問いかけにあった。
後方待機するしずりが「あわわ……」と情けない声を上げるなか、映密はいさぎよい態度を崩さないでいる。
「死亡した学生の名義を借りた。そして、≪スキン≫交換に託してちょちょいと、な?」
「つまり、『≪スキン≫の目的外使用』という≪憲章≫違反を、そっくりそのままやっているってことですよね!」
「その通りだ」
映密は、自身の所業についてまっすぐに認める。
『政府』の定める≪憲章≫では、≪スキン≫の使用目的は、原則≪人命データ≫ないしソフムなど特定の職業を担う際に必要なデータを収容すること、データを暫定的更新によって永久的に存続させることであると明記されている。
よって、≪スキン≫は、適合したデータを運用する以外の用途で、使用してはならない。
映画制作の一環で、≪スキン≫をスタントや小道具にすることなど以ての外だ。
まさしく水鈴が追及する通り、映密の行いは擁護する余地もなく≪憲章≫に抵触していた。
「それでは、どうする。自分を『政府』に突き出すか?」
この期に及んで、映密は水鈴を挑発するような言葉を口にする。水鈴は冷や汗をかく。
「どうしてこんなことを? おかしいと思っただろう? 愛玩用はつねに善良で、社会に従属している。≪憲章≫違反をみずから犯すはずがない。……あるいは、そのように『政府』が、我々をつくったのではないのか? と、失望に駆られたかな」
映密は、水鈴の心を見透かしてもいないのに、知ったような口ぶりで話す。
「だがこれが現実。愛玩用が少し計れば、たやすく一線を越えられる。それこそ、社会を変革するようなことだって! なんでもできるんだ」
「だからって、やぶるのはよくないよ……」
「君がもし、自分のことを告発したとして……『政府』は自分を抹消するだろうか? しないだろう。それには第一世代の合意が必要で、≪人命データ≫自体をなくすとなると、かなり時間がかかる。いや、仮に抹消したとして、それで愛玩用の根本的な問題を解決したと言えるのか?」
「何が言いたいんですかっ!」
声を荒らげる水鈴。映密のざれごとに付き合っていたくないと、水鈴の不信感が牙をむき出しにする。
まだ、映密は余裕の目つきをして、口元には微笑を湛えている。
「自分は、死が一通りではないと思っている。グロマンスを撮るのも、そう。死は命に意味を与えるものだが……今の世の中ではそれを見出すことも難しい。日月から聞いた、君の苦悩はよく理解できる」
映密の穏かな声音を聞き、そのとき水鈴は思い知らされる。
そこにいる人物が、面白半分に、あるいは奇をてらった演出のために水鈴をキャスティングしたのではないこと。
城間 映密もまた、水鈴と同じ愛玩用≪スキン≫だった。
限られた20余年の寿命を幾度となくくり返し、第一世代や『政府』に奉仕する目的のためだけに単位化された存在。
その映密が、『滴』の世界に死――命に意味を与えるものは、水鈴のほかにないと考えついたというのだ。
「君には、考え直してほしいだけだ。『滴』という作品を通じて。君が生きる理由……なぜ、その≪スキン≫に留まり続けようとするのかを。その信念を!」
「……わかりました」
「よし。オリエンテーションは以上だ。打ち合わせを始めよう」




