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フレッシュ  作者: 石鬼 輪たつ
第4章 ca?ni*al
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チャプター11 エクストラ≪僭越≫

 今や衰弱すいじゃくし、『ガン』による死の訪れを待つばかりとなった水鈴みすずに、親友のしずりを経由して映画出演のオファーが舞い込む。


 ≪学園≫の空きスペースへといざなわれる水鈴みすず

 そこに待ち受けていた映像文化研究会の長、城間ぐすくま 映密はえみつは「『グロマンス』映画を撮る」と、声高らかに水鈴みすずに告げる。


 しかし、水鈴みすずはグロマンス映画がいかようなものか、理解できなかった。

 水鈴みすずの困惑をくみ取り、気取った笑みを浮かべながら映密はえみつが次のように説き聞かせる。



「『グロマンス』というのは、肉体の結合、破壊を通じて登場人物の心の機微きびをえがくラブロマンスのことだ。21世紀の終わりにはすでにあった。ただし、この≪スキン≫の世の中では、ハードゴアと性倒錯(とうさく)き合わせが、グロマンス映画の必須項目となっているぞ」



 床に接するほど白い髪を長く伸ばし、クタクタの制服を着た姿の映密はえみつ

 その語り口は、ねっとりとして芝居がかっていた。



「それで……そんな映画に、水鈴みすずが出ると?」



 目の前の、その胡乱うろんな≪スキン≫を信用できない水鈴みすずは、あおい顔をより痛々しくゆがめて言う。



「もうその話は済んだだろ。今は君がこれを読み、感嘆かんたんとともに『出演します』と言うターンだ」



 水鈴みすずの態度を意に介さない映密はえみつは、映画の要領書を差し出す。


 気まずい表情で水鈴みすずは受け取る。

 書類の表紙には格式かくしきったフォントで『タイトル:しずく』と記載されている。


 中身の筋書すじがきについては、次の通りだ。



―――――

 舞台は、≪スキン≫社会が構築される以前の日本。


 えない青年、『中村なかむら 還時かんじ』は定職にくこともなく、惰性だせいのその日暮らしを続けていた。


 このままでは将来やっていけない――今の暮らしに対する漠然ばくぜんとしたやるせなさを、彼はあるときコンセプトカフェで発散するすべを覚える。


 この店で、還時かんじが出会った運命の相手こそ、キーパーソンの『小鷹こだか しずく』だ。

 しずくうるわしい容姿にれ込んだ還時かんじは、彼女の私生活をも掌中に収めたいと尾行調査をくり返し、最後は欲望のために殺害する。


 それを果たした後は肉塊にし、冷凍庫へと保管。

 好奇心から、性器と乳房を口にした。空前絶後の快楽を味わい、彼は食人鬼へと変貌する。


 それから次なる獲物として、しずくの近親者である母親と妹を手なずけ、好意とともにむさぼることを画策するのだった。

―――――



 物語は倒錯的な性欲、食人衝動と恋心の間で揺れる還時かんじの葛藤、その先に待つ転落劇をえがこうとしている。


 過剰にグロテスクで、陰湿な筋書きだと、水鈴みすず苦々(にがにが)しい表情で思い至る。

 これがグロマンスというものなのか。


 無論、≪人倫統制器≫による修飾の影響下では、そこに不快な感情など存在しなかった。


 水鈴みすずは要領書から顔を上げる。

 正面に、映密はえみつの澄まし顔が待ち構えている。


 せて落ちくぼんだ目元に、爛々(らんらん)としたひとみがぎょろっと二つ。


 水鈴みすずが見るに、映密はえみつのようすからは期待するといった意図が感じられず、ただただ、無垢むくなる確信ばかりがひそんでいた。



「どうだ。いいだろ?」



 映密はえみつの問いかけ。


 水鈴みすずは、はにかみながら首をたてに一度振る。



「君の役は『コダカ ホユ』と言ったな? 禁断の果実となったしずくの妹。脳性まひにより言語障害と下肢かしの不自由を負っているが、聡明で美しい。美術品のような『少女』だ」



 映密はえみつの解説を聞いて、水鈴みすずがふたたび要領書に注目する。プロットの登場人物概要を見る。


 『小鷹こだか 歩遊ほゆ』というキャラクター項目に、ベッドへ固定された『少女』の落書きがあった。


 色濃いくせっ毛の短髪、長いまつ毛、つつましくふくらんだむね


 水鈴みすずは、はじめ少女をまったく別の生き物と思いこんだ。

 そして、図鑑をながめる子どものように熱心な目をして、キャラクターイメージを見つめていた。



「彼女は会話をきらう。内向的で、言語を信用していない。そのくせ人肌恋しさにもろく、突如現れたにもかかわらず、紳士的というだけで還時かんじにすぅぐ心を開いた。本能を忘れた子犬のようにな」


「要するに、セリフなしで身振り手振りと表情作りでガンバってくれってこと!」



 持って回った映密はえみつの言葉を、要領書の陰からしずりが要約して伝える。


 それに水鈴みすずはうーんと悩ましげな声を上げる。



「せ、セリフなしでも、こんな大事な役っ……水鈴みすずできないよ!」


「もっともな反応だな。しかし、透見川うおせ 水鈴みすずという役者にとって、これ以上ない配役だろう」



 そのとき、映密はえみつは事前準備していた特注の甘言かんげんで、水鈴みすずを丸め込みにかかった。



「というか、本筋は還時かんじ小鷹こだか家でくり広げるホームコメディーだからな、ヘタでも問題ないぞ。何ならヘタすぎるくらいが丁度いい!」



 どこまでも楽観的な映密はえみつが、高らかに笑う。


 水鈴みすずはついに、反論する気概きがいをうしなった。まだ、できないの一点張りをする選択肢もあったはずだ――先の、監督意向を聞かなかったことにできれば。


 ただし、水鈴みすずの本心が出演を了承する方向に傾いていることは、すでに明白だった。


 怠惰たいだと後悔することへの恐怖だけが引っかかっていた。



「完成したら、≪学園≫で上映会もやる予定なんだ。みすぅのおばさんたちも観に来るよ、絶対に! いい映画にしようねっ」


「……うん」



 しずりの励ましに背中を押され、決心した水鈴みすずは全身の熱を振りしぼり、映密はえみつの眼前で、しおれた顔に本当にささいなあかい色をともした。



「出ます、映画……。歩遊ほゆとして」


「よし。言質げんちは取ったぞ! 早速、打ち合わせも兼ねたオリエンテーションをしよう。来たまえ!」



 すると映密はえみつ大仰おおぎょうなあいさつをして、積み重ねられた机のバリケードを洞穴ほらあな状に取り外す。


 映文会がたむろしている場所のさらに奥への道を、水鈴みすずに指し示した。


 水鈴みすずが戦々恐々と先に足を踏み入れる。

 なんということはない会議室のような空間が視界に広がった。


 髪とすそをずる映密はえみつが会議室の隅に立つ。


 映密はえみつの横には、()()のはげ上がった愛玩用(ウイルガ型)≪スキン≫が席についてじっとしている。


 しかし、その奇妙に覇気がない表情について、水鈴みすずは遠目に見ながらも、肌の表面を刺すような違和感を覚えた。


 水鈴みすず映密はえみつ見遣みやる。

 わけ知り顔の映密はえみつは、水鈴みすずの不安がるようすを吟味すると、席の愛玩用(ウイルガ型)≪スキン≫たちについて話し出す。



「察しがついたか。こいつは、≪人命データ≫がない≪スキン≫だ。今回の撮影で使う」



 にたにたと笑みを浮かべる映密はえみつ

 てのひらで、愛玩用(ウイルガ型)≪スキン≫の頭を鷲掴わしづかみにして振り回す。

 愛玩用(ウイルガ型)≪スキン≫は顔色ひとつ変えなかった。


 水鈴みすずとその背後のしずり、見上げる映密はえみつにぐるぐると視線を回している。



「使うって……殺すんですか?」


人聞ひとぎきが悪いな。そうならないように、≪人命データ≫を入れていないと言っている。役者をそのまま――というわけにもいかないのでね。それぞれ、還時かんじしずく歩遊ほゆをカニバるシーン、後は小道具にする予定だ」



 水鈴みすず猜疑さいぎ心に、淡々と回答を突きつける映密はえみつ



「それは……別にいいです。どうやって手に入れたんですか?」



 実際、水鈴みすずの真意はこの問いかけにあった。


 後方待機するしずりが「あわわ……」と情けない声を上げるなか、映密はえみつはいさぎよい態度をくずさないでいる。



「死亡した学生の名義を借りた。そして、≪スキン≫交換にたくしてちょちょいと、な?」


「つまり、『≪スキン≫の目的外使用』という≪憲章けんしょう≫違反を、そっくりそのままやっているってことですよね!」


「その通りだ」



 映密は、自身の所業についてまっすぐに認める。


 『政府』の定める≪憲章≫では、≪スキン≫の使用目的は、原則≪人命データ≫ないしソフムなど特定の職業を担う際に必要なデータを収容すること、データを暫定ざんてい的更新によって永久的に存続させることであると明記されている。


 よって、≪スキン≫は、適合したデータを運用する以外の用途で、使用してはならない。

 映画制作の一環で、≪スキン≫をスタントや小道具にすることなどもってのほかだ。


 まさしく水鈴みすずが追及する通り、映密の行いは擁護ようごする余地もなく≪憲章≫に抵触ていしょくしていた。



「それでは、どうする。自分を『政府』に突き出すか?」



 この期に及んで、映密は水鈴みすずを挑発するような言葉を口にする。水鈴みすずは冷や汗をかく。



「どうしてこんなことを? おかしいと思っただろう? 愛玩用(ウイルガ)はつねに善良で、社会に従属している。≪憲章≫違反をみずから犯すはずがない。……あるいは、そのように『政府』が、我々をつくったのではないのか? と、失望に駆られたかな」



 映密はえみつは、水鈴みすずの心を見透みすかしてもいないのに、知ったような口ぶりで話す。



「だがこれが現実。愛玩用(ウイルガ)が少し計れば、たやすく一線を越えられる。それこそ、社会を変革するようなことだって! なんでもできるんだ」


「だからって、やぶるのはよくないよ……」


「君がもし、自分のことを告発したとして……『政府』は自分を抹消するだろうか? しないだろう。それには第一世代バーナムの合意が必要で、≪人命データ≫自体をなくすとなると、かなり時間がかかる。いや、仮に抹消したとして、それで愛玩用ウイルガの根本的な問題を解決したと言えるのか?」


「何が言いたいんですかっ!」



 声を荒らげる水鈴みすず映密はえみつのざれごとに付き合っていたくないと、水鈴みすずの不信感がきばをむき出しにする。


 まだ、映密はえみつは余裕の目つきをして、口元には微笑をたたえている。



「自分は、死がひと通りではないと思っている。グロマンスを撮るのも、そう。死は命に意味を与えるものだが……今の世の中ではそれを見出すことも難しい。日月しずみから聞いた、君の苦悩はよく理解できる」



 映密はえみつの穏かな声音を聞き、そのとき水鈴みすずは思い知らされる。


 そこにいる人物が、面白半分に、あるいはをてらった演出のために水鈴みすずをキャスティングしたのではないこと。


 城間ぐすくま 映密はえみつもまた、水鈴みすずと同じ愛玩用(ウイルガ型)≪スキン≫だった。


 限られた20余年の寿命を幾度となくくり返し、第一世代バーナムや『政府』に奉仕する目的のためだけに単位化された存在。


 その映密はえみつが、『しずく』の世界に死――命に意味を与えるものは、水鈴みすずのほかにないと考えついたというのだ。



「君には、考え直してほしいだけだ。『しずく』という作品を通じて。君が生きる理由……なぜ、その≪スキン≫にとどまり続けようとするのかを。その信念を!」


「……わかりました」



「よし。オリエンテーションは以上だ。打ち合わせを始めよう」

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