表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
フレッシュ  作者: 石鬼 輪たつ
第4章 ca?ni*al
18/33

チャプター10 グロマンス≪創痕賛歌≫

 都市の中に巨大な存在感をもつ施設・≪学園≫。

その一日の終わり。

 実際、まだ日は高い。

 帰路につく学生――愛玩用(ウイルガ型)≪スキン≫たちを、陽光がまぶしく照らしている。


 同じ顔、同じ背丈、少し違う声音と手提てさげバッグのキーホルダーをもつ愛玩用(ウイルガ型)≪スキン≫は群れて教室を後にする。

 姿すがたかたちをいつにすれども、それら1人1人には生気せいきがみなぎっている。


 しかし透見川うおせ 水鈴みすずは違った。


 水鈴みすずは、≪学園≫生涯クラス生物科の生きるしかばねうわさされる、骸骨がいこつのごとくやつれた愛玩用(ウイルガ型)≪スキン≫。


 一般的な学生と比べて、うつろな目をして肌色はあおく、ものにものまらないと立っていられないため、常に背中を丸めており背丈は小さく見える。

 また、口元をシルクスカーフに埋めているせいか、声はくぐもってボソボソと聞こえるばかりだ。


 教室に取り残された水鈴みすずは、ぎこちない動きで周囲を見渡す。

 無表情をわずかにくもらせる。


 しばらくすると、窓の外から浴びせられる眠気光線にあてられて、座ったままうたた寝を始めた。



「お待たせっ、みすぅ!」



 そのひびきは、決して水鈴みすずの回想したものではなかった。


 突然、耳元で起こった騒音に、水鈴みすずの寝顔がしかむ。

 すると、何者かは指で水鈴みすずの上まぶたをまみ、無理やり持ち上げようとする。



「やあや!」


「だめ! 起きなさい!」



 水鈴みすずの目が半開きになる。

 ぼかしのかかった水鈴みすずの視界に、見覚えあるパーツをした人相にんそうが映り込んだ。


 愛玩用(ウイルガ型)≪スキン≫の中でも、とりわけて水鈴みすずが愛着を抱いた人相。


 何者かは口角を上げて、隙間すきまのない十本の白い歯を水鈴みすずに見せる。



「しずりん……」



 水鈴みすずが何者かの愛称を呼んだ。

 とっさに首元の、漂白されたシルクスカーフを隠すように握りしめる。


 水鈴みすずの視界には、時間が経ってもなおもやがかかっている。



「久しぶりだねー。つっても、半年ぐらいぶり? 最近もみすぅ、なんか日焼けしたイケイケの子にお熱だったし。ぼくも、撮影のあいさつ回りでいそがしかったし……まあとにかく、元気そうで何より!」



 水鈴みすずに声をかけたのは、お下げの髪型を肩に垂らした、幼なじみの日月しずみ しずりだ。


 しずりの言うように、2人は今日までの長い間、言葉を交わしていない。

 契機きっかけがなく、またそれを能動的に生み出す気概も2人にはなかった。


 かつてのしずりは水鈴みすずにとって、良き親友としていつもそばで支えてくれ、隣人として時には透見川うおせ家への不法侵入もいとわない、信頼と安心感の置ける存在だった。


 ――いまでも、頼りになる親友であることに変わりはない。


 ただし、当事者の水鈴みすずは、自身が『ガン』になって以来、しずりに避けられていると考えていた。


 そんな中いきなり「どうしてものお願いがある」と言って、しずりは、講義終わりの教室に残ってくれるよう水鈴みすずに頼んできた。


 水鈴みすずが不審がることは、何もおかしくないだろう。



「……これというのも」


「これというのも、とか言っちゃって」


「茶化さないでよ。連絡しなかったのは、ぼくも悪かったって……」



 水鈴みすずの胸中を察して、しずりが謝罪の言葉を口にする。

 「水鈴みすずもごめん」と、すぐに2人であやまった。



「埋め合わせってわけでもないけどさ、とびきりイイ話があるの。『カントク』からの大抜てき!」



 しずりは両手を広げると、前面から水鈴みすずを抱き上げ、水鈴みすずのバッグとともに教室の外へ連れ出そうとする。



「待ってよ! か、カントクって? 水鈴みすずどうなるの?」



 抱きかかえられながら水鈴みすずが声を上げると、しずりは喜悦の笑みを浮かべ、水鈴みすずに答えた。



「ぼくらの『映画』に出るのっ!」



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 2人が向かった先は、≪学園≫教育棟(新入生の教室があるブロック)2階のとあるミーティングスペース。


 窓からは、都市居住区の家々が列をなした景色を見ることができる。

 反対にこの空間は殺風景であり、足が折れるなどして使われなくなったテーブルとイスが積み上がっているだけの、物置部屋といった風情をしている。


 水鈴みすずはしずりに肩をあずけ、ミーティングスペースの入口とも室内ともとれる――『映像文化研究会』という文字の刻まれた看板がある――地点に足を踏み入れた。



「ようこそ、映文会へっ!」



 突然、しずりが歓迎のあいさつをする。


 いきなりの大声にびくんと跳ねる水鈴みすず。周囲を見回す。


 しずりの声を聞いた映文会のメンバーと思しき愛玩用(ウイルガ型)≪スキン≫が、テーブルの山の隙間から次々と顔を出し始めた。


 皆一様に目をぎらつかせ、水鈴みすずに好奇の視線をそそいでいる。



 ついに区画の最奥へとたどりついた。


 唯一、テーブルの作業台が整備された場所だ。

 テーブルを積み上げてできたバリケードを背にして、1人のメガネをかけた愛玩用(ウイルガ型)≪スキン≫がノートパソコンによる作業へと没頭する姿がある。


 長いぼさぼさの白髪しらがあたま。髪の毛は床につくほど伸びている。

 ちんちくりんにして白衣を着せれば、すなわちソフムといういでたち。


 しずりはそれに「カントクー」と呼びかけた。


 ソフムのような愛玩用(ウイルガ型)≪スキン≫が、ゆっくり水鈴みすずとしずりのほうにおもてを上げる。


 実際、浮かび上がった表情は病人めいた蒼白さを帯び、目の下に刺青いれずみのようなクマをたくわえた、ソフムとは似ても似つかないものだった。



不肖ふしょう日月(しずみ)、ただいま戻ってまいりました。びしぃ!」


「おおっ!」



 しずりの悪ふざけに、あお愛玩用(ウイルガ型)≪スキン≫は驚嘆きょうたんの表情を浮かべる。


 もっとも、しずりに対する驚きのためではない。

 愛玩用(ウイルガ型)≪スキン≫はパソコンを叩きつけん勢いで立ち上がるや否や、小走りして2人の元まで駆け寄ると、水鈴みすずの肩を強く掴んだ。「いたっ!」



「ああっ、君か! 腐肉ふにく固執こしゅうする、変わり者というのは!」



 弱々しい水鈴みすずの悲鳴を気に留めることなく、愛玩用(ウイルガ型)≪スキン≫は歓喜のおたけびを上げる。


 しずりの言う「『カントク』からの大抜てき」の意味を、体でわかさせられる水鈴みすず


 同時に、そのカントクの身もふたもない言動に腹を立て、蒼い顔をきっとにらみつける。



「……水鈴みすずです。フニクでも、変わり者でもありません」


「そうか。自分は城間ぐすくま 映密はえみつという。気軽に監督と呼ぶといい。よろしくな」



 話が噛み合わない。


 水鈴みすずの意図にかかわらず、映密はえみつという愛玩用(ウイルガ型)≪スキン≫はそのとき自己紹介をするべきだと判断したというのだ。



「コソコソ……この人、水鈴みすずの話聞いてない!」



 不満のあまり、水鈴みすずは隣のしずりに告げ口をする。



「コソコソ……ね、面白いでしょ?」



 しずりが楽しげな笑顔で返す。


 水鈴みすずの抵抗は無意味に終わる。

 しずりも映密はえみつの同類だった。



「あの、水鈴みすずまだ映画に出るって決めてないんですけど?」



 気を取り直して水鈴みすず映密はえみつに事実を告げる。


 映密はえみつは、屈託くったくのない表情で水鈴みすずを見ている。



「なんだ。自分の中ではもう、とっくに君は『コダカ ホユ』だったぞ」


「誰ですか、それ……ともかく、見ず知らずの、よくわからない人からのお誘いなんて引き受けるつもりはありませんから!」


「出ないのか?」


「出ませんよ!」



 水鈴みすずは頑として映密はえみつからの誘いを断る。


 そして自宅の待つほうに歩み出そうとするが、隣のしずりの手が水鈴みすずを制止する。

 肩を借りた水鈴みすずの左腕を、しずりの左手が掴んではなさない。


 映密はえみつが横から口をはさんだ。



「待てよ。言い分はわかる。いきなり呼びつけて、映画に出ないかと言われれば不審にも思うだろう。それは自分の勝手が過ぎた、すまない。……だが、君にとっても悪い話じゃないはずだ。()()姿()を、一生をフィルムに収めることができるんだぞ?」



 映密はえみつは何気なく、その言葉を選んだという情感で話した。


 しかし、映密はえみつの言葉は、今の水鈴みすずの心を強く惹きつける。


 今や生涯クラスの同級生はおろか、ソフムたち、両親、親友のしずり、そして水鈴みすずの『本心』さえも。

 風前ふうぜん灯火ともしびという、水鈴みすずの≪スキン≫をかえりみることはない。


 誰もが、病気の≪スキン≫を水鈴みすずてさり、また溌剌はつらつとした元気な姿にもどってほしいと願っている。



 『ガン』で死にかけの水鈴みすずを、ずっと維持しているものは何か? 



 本質を見失った空虚な水鈴みすずにとって、映密はえみつの提案は、最後の実感とでも呼ぶべきしろものに思えたのだ。



「――きを」


「うん?」


筋書すじがきを、みてから、決めることにします。やっぱり」


「そうか! そうかそうか。そうかっ!」



 水鈴みすずからの返事を聞いて、映密はえみつは嬉しさに顔をほころばせ、水鈴みすずと無理やり握手を交わした。


 水鈴みすずもくすぐったさと安堵あんどの気持ちに目を細める。


 しずりもやったと喜んで、思わず水鈴みすずの頭髪をわしゃわしゃ撫でつけるが、その頭にはぽつぽつと髪のない箇所があった。



「じゃあ、筋書きを。ちなみにどんな映画です?」


「『グロマンス』だ」


「はあ?」



 映密はえみつがきっぱりと言う。


 水鈴みすずの頭上からはてなが飛び出す。


 そのふるまいの通り、映密はえみつの口にしたものが何であるのか見当もつかなかったが、ロクでもないものに違いないと、水鈴みすずは直感していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ