チャプター10 グロマンス≪創痕賛歌≫
都市の中に巨大な存在感をもつ施設・≪学園≫。
その一日の終わり。
実際、まだ日は高い。
帰路につく学生――愛玩用≪スキン≫たちを、陽光がまぶしく照らしている。
同じ顔、同じ背丈、少し違う声音と手提げバッグのキーホルダーをもつ愛玩用≪スキン≫は群れて教室を後にする。
姿かたちを一にすれども、それら1人1人には生気がみなぎっている。
しかし透見川 水鈴は違った。
水鈴は、≪学園≫生涯クラス生物科の生きる屍と噂される、骸骨のごとくやつれた愛玩用≪スキン≫。
一般的な学生と比べて、虚ろな目をして肌色は蒼く、ものに掴まらないと立っていられないため、常に背中を丸めており背丈は小さく見える。
また、口元をシルクスカーフに埋めているせいか、声はくぐもってボソボソと聞こえるばかりだ。
教室に取り残された水鈴は、ぎこちない動きで周囲を見渡す。
無表情をわずかに曇らせる。
しばらくすると、窓の外から浴びせられる眠気光線にあてられて、座ったままうたた寝を始めた。
「お待たせっ、みすぅ!」
その響きは、決して水鈴の回想したものではなかった。
突然、耳元で起こった騒音に、水鈴の寝顔がしかむ。
すると、何者かは指で水鈴の上まぶたを摘まみ、無理やり持ち上げようとする。
「やあや!」
「だめ! 起きなさい!」
水鈴の目が半開きになる。
ぼかしのかかった水鈴の視界に、見覚えあるパーツをした人相が映り込んだ。
愛玩用≪スキン≫の中でも、とりわけて水鈴が愛着を抱いた人相。
何者かは口角を上げて、隙間のない十本の白い歯を水鈴に見せる。
「しずりん……」
水鈴が何者かの愛称を呼んだ。
とっさに首元の、漂白されたシルクスカーフを隠すように握りしめる。
水鈴の視界には、時間が経ってもなお靄がかかっている。
「久しぶりだねー。つっても、半年ぐらいぶり? 最近もみすぅ、なんか日焼けしたイケイケの子にお熱だったし。ぼくも、撮影のあいさつ回りでいそがしかったし……まあとにかく、元気そうで何より!」
水鈴に声をかけたのは、お下げの髪型を肩に垂らした、幼なじみの日月 しずりだ。
しずりの言うように、2人は今日までの長い間、言葉を交わしていない。
契機がなく、またそれを能動的に生み出す気概も2人にはなかった。
かつてのしずりは水鈴にとって、良き親友としていつもそばで支えてくれ、隣人として時には透見川家への不法侵入もいとわない、信頼と安心感の置ける存在だった。
――いまでも、頼りになる親友であることに変わりはない。
ただし、当事者の水鈴は、自身が『ガン』になって以来、しずりに避けられていると考えていた。
そんな中いきなり「どうしてものお願いがある」と言って、しずりは、講義終わりの教室に残ってくれるよう水鈴に頼んできた。
水鈴が不審がることは、何もおかしくないだろう。
「……これというのも」
「これというのも、とか言っちゃって」
「茶化さないでよ。連絡しなかったのは、ぼくも悪かったって……」
水鈴の胸中を察して、しずりが謝罪の言葉を口にする。
「水鈴もごめん」と、すぐに2人であやまった。
「埋め合わせってわけでもないけどさ、とびきりイイ話があるの。『カントク』からの大抜てき!」
しずりは両手を広げると、前面から水鈴を抱き上げ、水鈴のバッグとともに教室の外へ連れ出そうとする。
「待ってよ! か、カントクって? 水鈴どうなるの?」
抱きかかえられながら水鈴が声を上げると、しずりは喜悦の笑みを浮かべ、水鈴に答えた。
「ぼくらの『映画』に出るのっ!」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
2人が向かった先は、≪学園≫教育棟(新入生の教室があるブロック)2階のとあるミーティングスペース。
窓からは、都市居住区の家々が列をなした景色を見ることができる。
反対にこの空間は殺風景であり、足が折れるなどして使われなくなったテーブルとイスが積み上がっているだけの、物置部屋といった風情をしている。
水鈴はしずりに肩をあずけ、ミーティングスペースの入口とも室内ともとれる――『映像文化研究会』という文字の刻まれた看板がある――地点に足を踏み入れた。
「ようこそ、映文会へっ!」
突然、しずりが歓迎のあいさつをする。
いきなりの大声にびくんと跳ねる水鈴。周囲を見回す。
しずりの声を聞いた映文会のメンバーと思しき愛玩用≪スキン≫が、テーブルの山の隙間から次々と顔を出し始めた。
皆一様に目をぎらつかせ、水鈴に好奇の視線をそそいでいる。
ついに区画の最奥へとたどりついた。
唯一、テーブルの作業台が整備された場所だ。
テーブルを積み上げてできたバリケードを背にして、1人のメガネをかけた愛玩用≪スキン≫がノートパソコンによる作業へと没頭する姿がある。
長いぼさぼさの白髪頭。髪の毛は床につくほど伸びている。
ちんちくりんにして白衣を着せれば、すなわちソフムといういでたち。
しずりはそれに「カントクー」と呼びかけた。
ソフムのような愛玩用≪スキン≫が、ゆっくり水鈴としずりのほうに面を上げる。
実際、浮かび上がった表情は病人めいた蒼白さを帯び、目の下に刺青のようなクマをたくわえた、ソフムとは似ても似つかないものだった。
「不肖日月、ただいま戻ってまいりました。びしぃ!」
「おおっ!」
しずりの悪ふざけに、蒼い愛玩用≪スキン≫は驚嘆の表情を浮かべる。
もっとも、しずりに対する驚きのためではない。
愛玩用≪スキン≫はパソコンを叩きつけん勢いで立ち上がるや否や、小走りして2人の元まで駆け寄ると、水鈴の肩を強く掴んだ。「いたっ!」
「ああっ、君か! 腐肉に固執する、変わり者というのは!」
弱々しい水鈴の悲鳴を気に留めることなく、愛玩用≪スキン≫は歓喜のおたけびを上げる。
しずりの言う「『カントク』からの大抜てき」の意味を、体でわかさせられる水鈴。
同時に、そのカントクの身も蓋もない言動に腹を立て、蒼い顔をきっと睨みつける。
「……水鈴です。フニクでも、変わり者でもありません」
「そうか。自分は城間 映密という。気軽に監督と呼ぶといい。よろしくな」
話が噛み合わない。
水鈴の意図にかかわらず、映密という愛玩用≪スキン≫はそのとき自己紹介をするべきだと判断したというのだ。
「コソコソ……この人、水鈴の話聞いてない!」
不満のあまり、水鈴は隣のしずりに告げ口をする。
「コソコソ……ね、面白いでしょ?」
しずりが楽しげな笑顔で返す。
水鈴の抵抗は無意味に終わる。
しずりも映密の同類だった。
「あの、水鈴まだ映画に出るって決めてないんですけど?」
気を取り直して水鈴が映密に事実を告げる。
映密は、屈託のない表情で水鈴を見ている。
「なんだ。自分の中ではもう、とっくに君は『コダカ ホユ』だったぞ」
「誰ですか、それ……ともかく、見ず知らずの、よくわからない人からのお誘いなんて引き受けるつもりはありませんから!」
「出ないのか?」
「出ませんよ!」
水鈴は頑として映密からの誘いを断る。
そして自宅の待つほうに歩み出そうとするが、隣のしずりの手が水鈴を制止する。
肩を借りた水鈴の左腕を、しずりの左手が掴んではなさない。
映密が横から口を挟んだ。
「待てよ。言い分はわかる。いきなり呼びつけて、映画に出ないかと言われれば不審にも思うだろう。それは自分の勝手が過ぎた、すまない。……だが、君にとっても悪い話じゃないはずだ。その姿を、一生をフィルムに収めることができるんだぞ?」
映密は何気なく、その言葉を選んだという情感で話した。
しかし、映密の言葉は、今の水鈴の心を強く惹きつける。
今や生涯クラスの同級生はおろか、ソフムたち、両親、親友のしずり、そして水鈴の『本心』さえも。
風前の灯火という、水鈴の≪スキン≫を顧みることはない。
誰もが、病気の≪スキン≫を水鈴が棄てさり、また溌剌とした元気な姿にもどってほしいと願っている。
『ガン』で死にかけの水鈴を、ずっと維持しているものは何か?
本質を見失った空虚な水鈴にとって、映密の提案は、最後の実感とでも呼ぶべきしろものに思えたのだ。
「――きを」
「うん?」
「筋書きを、みてから、決めることにします。やっぱり」
「そうか! そうかそうか。そうかっ!」
水鈴からの返事を聞いて、映密は嬉しさに顔をほころばせ、水鈴と無理やり握手を交わした。
水鈴もくすぐったさと安堵の気持ちに目を細める。
しずりもやったと喜んで、思わず水鈴の頭髪をわしゃわしゃ撫でつけるが、その頭にはぽつぽつと髪のない箇所があった。
「じゃあ、筋書きを。ちなみにどんな映画です?」
「『グロマンス』だ」
「はあ?」
映密がきっぱりと言う。
水鈴の頭上からはてなが飛び出す。
そのふるまいの通り、映密の口にしたものが何であるのか見当もつかなかったが、ロクでもないものに違いないと、水鈴は直感していた。




