幕間1 プリテンダー≪ペテン師≫
まだ、≪学園≫入学前の、≪スキン≫社会に染まっていない無知で残酷な透見川 水鈴が暮らす都市・居住区。
巨大な山を背に人々の住まいが建てられているが、麓の平地にはとある有名な『お屋敷』がある。花園とプライベートプールつきの、豪奢な一軒家。
そこには、これもまた著名な元発明家の男が独り暮らしをしていた。
「ふざけるなああっ!」
突如、雷のような怒号が屋敷じゅうにとどろく。
さっそく男が、リビングにある家具や調度品に当たり散らす。
男は『人類の絶対値』たる第一世代≪スキン≫だ。
先の声とともに床へ投げつけた紙切れを足で踏みにじり、肩で息をする。
男のスリッパをふち取りながらクシャクシャになった紙切れには『道副 宥太様の愛玩用≪スキン≫所有権はすでに失効しております』との文言が記される。
「だ、誰のお陰で世の中が、成り立ってると思ってるんだっ。……何度目だ! 社会は俺を隔絶したいのか」
恐らく道副 宥太本人だろう第一世代≪スキン≫は、怒りの収まらないようすでL字型ソファへと倒れ込む。
独り言の後、広いリビングの一角に置かれた小さな電話機のベルが鳴った。
道副はしばらく聞こえていないフリをする。いつか止むだろうと考えたが、ベルはいつまでも騒々しく鳴り響いている。
心の折れた道副はソファからゆっくり立ち上がり、ようやく受話器を取りに行く。
「……道副だ。ああ。学舎の件か、わかった」
電話口の相手と会話を手短に済ませる道副。
分厚い外套をコート掛けから取り、自家用車へ乗り込む。
向かう先は≪学園≫だ。
先ほど投げ棄てた紙切れにあった通り、道副は第一世代ながらに愛玩用≪スキン≫の保護者としての資格をもっておらず、ゆえに我が子の送迎のために車を走らせているわけではなかった。
陽が高く照り、≪学園≫の正門前に咲いた花壇が生き生きと花弁や緑の葉を広げている。
新入生教育が開かれる教育棟。
生涯クラスの各学科による講義と研究がさかんに行われる研究棟。
どちらにおいても、今は就業時間の真っ最中だ。
正門前で油を売るものなど、今しがた到着した道副の他にはない――かに思えた。
花壇のそばで身を屈め、花を眺める子どもの姿がある。
造物めいた真っ白い容姿に地面と接するほどの長髪。
白衣を着たそれは、ソフムの1体だ。
ソフムは足音から、暑苦しい外套を着た道副を見つけると、ぱあっと明るい笑顔を咲かせてたったと駆け寄って来る。
「お待ちしておりました、道副さま! 都市開発科のソフムです」
「久しいな。久しいか? 前のソフムか」
「さあ。さ、教授がお待ちです。ご案内いたしますねっ」
さりげなく道副から外套を脱がせ、腕にかけて≪学園≫内へと案内するソフム。
敷地内を巡回するバスに乗り込み、学科のクラスがある研究棟を目指す。
「相変わらず、テーマパークのような場所だな」と皮肉めいた独り言を言う道副は、バス移動をうっとうしがった。
5分ほどの時間を経て、研究棟の入口に降り立つ道副たち。
学科のクラスまで先導して歩くソフムに対し、道副は長髪の隙間に手を挿し入れ、白衣越しの尻を掴んだ。
「ぁ、あのっ、道副さま?」
困惑するソフムのようすを無視し、道副は肉の感触をあじわうようにソフムの尻を撫で回す。
「最近のソフムは肉つきがいい。何を食べている?」
「さ、さあ……」
ソフムは愛想笑いを浮かべ、それ以上道副の奇行について言及することを避ける。
生涯クラス・都市開発科の講義室前まで来ると、ソフムは適当な理由を述べ立ててその場を後にした。
道副は独り講義室をはなれ、物置のような部屋のドアまでやって来る。
手をかけると施錠されておらず、引き戸は難なく開いた。
室内からはスモークが焚かれたように噎せかえる臭気が立ちこめ、道副は顔をしかめる。
臭気の奥で、パソコンモニターに向かう白衣姿の人物に近寄り、「斑崎くん」と声をかける。
道副の声に振り返った鳥の巣頭の≪スキン≫は、道副と同じ第一世代。目の下に大きな隈ができている。
「やあ、道副さん! 急に呼び立ててすまない」
返事したのは、生涯クラス・都市開発科でソフムと共同研究を行っている斑崎 強だ。
第一世代という労働から解放された身分でありながら、労働従事する≪スキン≫の擬似人格を管理するサーバ≪農労マニュアル≫の開発や、効率化施策なども手がける奇特な変人だった。
道副とは、第一世代≪スキン≫になる以前から交流のある、研究者仲間とも言える。
「こちらこそ、助力に感謝する。だがまずは風呂に入りたまえ。老廃物臭いぞ」
その研究者仲間に辛辣な言葉を投げかける道副。
反して斑崎は「だろうな。3日は便所にも立っていない。ハハハ」と楽観的に返事する。
呆れる道副の横を通って、ソフムたちの暮らす建物へシャワーを借りに行った。
10分もしないうちに斑崎がバスローブ姿で部屋にもどって来る。
背もたれの大きなチェアに腰かけると、血色が悪いしなやかな脚がなまめかしくバスローブからのぞく。
斑崎はしずかに、電子煙草の煙を口に含む。
「優雅だな。カンフー映画の三下みたいだ」と、道副が冗談を言った。
「『いのちのこえ』だったね。労働用≪スキン≫の教場。先ほども伝えたけれど、『政府』から正式に公社として認可する報せが届いた。やったね!」
斑崎は煙にまみれながら陽気に道副へ告げる。
「ああ、ありがとう。斑崎くんあっての栄誉だ。しかし、なんと伝えた?」
「道副さんが、かれらに発明を売ったときのフレーズを拝借した。『われわれは魂の全能性を無視している』!」
「くだらないことを……まあいい。悲願が叶ったことには違いない。ただし一つだけ、要望を、わたしのワガママを聞き届けてはくれないか?」
「ああ、愛玩用かな」
道副の神経をわざと逆撫でする意図か、斑崎が含み笑いで意見する。
「愛玩用なら、打ち出の小槌でもない限りやれないよっ。出来心だったとはいえ、少し乱暴がすぎた。……まさか僕に、慰みものになれよとは言わないだろうね、ハハッ」
「そのくらいにしろ!」
斑崎の狙い通りか、声を張り上げて不機嫌を露にした道副。
「……幾分か、施設にソフムを融通してほしい。本当に『教育』のためだ。いや、むしろソフムを当てにして、今回のことを願い出たつもりだ。頼む!」
「ふうん。なるほど、そういう腹積もりだったのか。うむ……ソフムを働かすとなると、≪農労マニュアル≫も必要になることは道副さんも承知の上だろう。だが、無名の法人にデータ提供してくれる公社が果たしてあるだろうか」
「頼む、口利きしてくれるなら何でもする!」
道副が頭を下げて懇願する。
斑崎はその言葉を聞いて、薄ら笑いをした。
「わかった。何をしてもらうかは後で決めるとして……僕が、代わりになるプログラムを用意しようじゃないか。ソフムの≪スキン≫は、≪学園≫の余っているものを持っていくといいよ。『存在しない学科のソフム』、なんて都市伝説めいたのがいくつかいる。それでいいかな?」
「本当かっ! 恩に着るよ、斑崎くん」
道副は歓喜して、斑崎に礼を言う。
用件が済むと道副は急いで、にべもなく帰り支度をし始める。
「僕はね、今でも裏切れない信条があるんだ。『道具たりえるものは、自律ではなく規律をこそ守るもの』という、ね」
「……誰の言葉だ?」
前触れもなく、意味深長な言葉を並べ立てる斑崎に、道副が疑りの表情を向ける。
「僕だよ。労働用やソフムは常に≪農労マニュアル≫の範疇にあって、規格を超えた働きをするべきではないと思っている」
「ほう?」
「……ちょうど、昨今の労働用の交通事故件数は、警戒角度で上昇している。睡眠の不足、過重労働……すべて≪農労マニュアル≫を超えた働きに起因する。かれらに、まだ生物として、人格が残っているせいだ。これを最大限排除して、規律に即した労働をさせるべきだという考えに至るのは、自然なことだろう?」
斑崎の述べた交通事故件数の増加については、道副もニュース報道などですでに知っていた。
だからこそ、労働従事する≪スキン≫にとっての規則・技術・規格を司る≪農労マニュアル≫、その技術者である彼なりの見解に、道副も一定の理解を示した。
「なるほど、確かに自然だ。しかし同意はできない。わたしと斑崎くんとでは立場が違うからな」
「どういう意味?」
「簡単な話だ。わたしは制度をつくり、君は制度を使う。使う人間にしてみれば、≪スキン≫が規格外の動きをして規律を乱すことを何よりも警戒せねばならない……それが定量的に優れていても、劣っていても」
道副の言に、その通りだと斑崎はうなずきを返す。
「しかし制度の根源的精神には、まさにその、『規律を超えた働き』への期待があるんだよ。いつだって人類を導いてきたものは困難と常識外……今度もわたしたちの番ということだ。わたしが今般の実験で、労働用の可能性を切り拓く! そうすれば、君たちはより高度な規律を構築し、労働用たちを使って人類にさらなる進歩をもたらせる! ――君と対峙する、わたしの信条だ。改めて、今回の助力には心から感謝するよ、斑崎くん」
「……やはりあなたは親なのだな。まいったね。こちらこそ」
斑崎は観念とも感心ともとれるようすで納得し、部屋を後にする道副の背中を見送った。
道副は、そのとき真っすぐ帰宅するつもりで巡回バスが来るのを待っていた。
しかし、風が吹いた。
道副の足は予期しない方へと向き、同敷地内に整備された人工林の奥――霊園へと訪れる。
無数にある、石材調の墓石めいたオブジェクト。道副は導かれるようにその一つの前に行く。
「君も、久しいね。だいぶ顔色が悪い」
道副が語りかけるオブジェクトは、土埃や巻きついた葛の残骸に汚れていた。
手元に汚れがつくこともいとわず、道副はそれらをくまなく掃除する。
見えなくなっていたオブジェクト下部の立て札には、『道副 喜美』の名前と管理番号らしき数列がふたたび浮かび上がった。
「俺は新しい場所に行く。もう、君と会うこともない。……君は最後まで、俺の慰めにはならなかったな。同僚としても、女としても」
道副は一瞬寂しい顔を見せる。墓石にも背を向け、改めて帰路についた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
道副が最後に≪学園≫を訪問した日から3月。
彼の目指す、都市郊外にある丘陵の草原に、新築の木造平屋が建てられていた。
建物の大きな正面玄関横には『いのちのこえ学舎』と書かれた看板がある。
白衣を着てやって来た道副が中へと入る。
調度品の一つもない質素な内装ではあるが、下駄箱周り、廊下、各部屋の通用口については広いスペースが設けられ、とても開放感のある造りだ。
「だれ……?」
道副に話しかける声。おさない子どもの声だった。
白い小さな、まるで妖精のような子どもたちが建物の奥からぞろぞろと集まってきて、道副を囲い込む。
一目でその数はわからないが、道副は子どもたちが全部で24体いることを知っている。
すべて労働用≪スキン≫の幼体だ。
道副は断りもなく、子どもたちの1体を両手で持ち上げた。
驚いた子どもたちは少し距離を取ろうとする。
道副が抱え上げた子どもを見る。おびえた表情を浮かべる、本当に『人間』の子どもと酷似していた。
――そう思えるのはやはり、首元に≪スキン≫の象徴たる≪人倫統制器≫が装着されていないことに起因する。
通常、成人相当まで飼育したのち≪人倫統制器≫をつけて工場や発電所など労働場所へ出荷される労働用≪スキン≫について、幼体の時点では≪人倫統制器≫着用が義務化されていない。
この『いのちのこえ学舎』の≪スキン≫幼体についても同様だ。
そのため、道副は、自身と血のつながった我が子を抱いているような錯覚に陥りそうになった。
「やあっ、はじめまして。わたしは道副 宥太! 今日から君たちのお父さんになる人だよ!」
道副は発声しうる限りの高い声で、子どもたちに自己開示をした。子どもたちは引いている。
「これから多くを学び、ともに社会の役に立とう!」
保護者らしく振る舞おうとして、空回りをし続ける道副。
彼の後方から、自然融和的な木製の学舎にそぐわない、近代めく足音が複数聞こえてきた。振り返った道副は「おおっ!」と感嘆の声を上げる。
足音はヒールの硬いパンプスによるものだった。
パンプスの主はひらひらしたスカートのエプロンドレスの装いに、奇妙に大きな乳房を揺らしてぎこちなく歩く、ソフムだ。それは6体続いて道副の前へと躍り出てきた。
「すばらしいっ! 君たち、このソフムの言うことを必ず聞くんだよっ」
道副は鼻息を荒くし、眼下の子どもたちへ言って聞かせる。
6体のソフムは子どもたちから注目の視線を浴びると、羞恥したようすで胸やスカートから伸びる脚を隠そうとした。




