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赤薔薇の君を化粧室に案内し、少し様子をうかがう。
すぐに出てきたら単なる偶然、アズ師匠のお店にいたときのように、しばらく出てこないのなら・・・そういうことだろう。
耳を澄まし、水の流れる音を拾おうと必死な私である。
こういう時に、魔法が使えると便利なのに、と思うが、お墨付きの能力なしなので、ないものねだりをしても仕方ない。
自分の耳とカンを研ぎ澄ますしかない。
赤薔薇の君が、手を洗いたくなるのは、『物語とは違う行動を自分がしてしまった時』だ。
その行動をなかったことにしたいために、手を洗っているのだろうか。
なかったことにすることで、物語は破綻してない、と思いたいのだろうか。
そんなことを考えながら耳を澄ましていると、水の流れる音が聞こえてきた。
・・・・・・長い。
チョー綺麗好きで、石鹸を泡立ててしっかり洗っているにしても、長すぎる。
ここに置いてあるものは、アリィさんのお店で買った、薔薇の香りのするお肌にも優しい石鹸だが、彼女の世界では、どのくらいのものか。
ハンドクリームは作ってもらったが、次は石鹸も作ってもらったほうがいいかもしれない。
いつまでも水の音がやまないので、中に踏み込むことにした。
「失礼しまーす、長いので心配になってきましたけど、だいじょ・・・」
彼女の手を見て、言葉を失った私だった。
「どうしたんですか!その手、そんなに荒れてしまって・・・。ま、まずは水を止めてください。」
呆然としている赤薔薇の君に駆け寄り、蛇口を締める。
近くにあるタオルで、こすらないように慎重に彼女の手を包む。
「な、なんで・・・?」
「なんでじゃありません。せっかくの美しい手がこんなに・・・」
「余計ないことはしないで。止めないで頂戴。こうでもしないと、世界が・・・」
― ああ、やっぱり・・・物語から逸脱したことをしたら、世界が崩壊してしまうって思ってたんだ。
「大丈夫です。あなたのいる世界は崩壊しませんから。」
「何も知らないあなたに、そんなこと言われたくないわ!」
彼女が私の手を振り払った。
「あなたが聞かせてくれた物語の主人公って、平民の少女ですよね。」
「そうよ、それがどうしたの?」
「主人公のことは事細かに書いてあるかもしれませんが、そのライバルとなるご令嬢のことなんて、目立つことしか書いてないと思うんです。」
「・・・どういうこと?なにが言いたいの?」
「その物語の中に、24時間365日の、ライバル令嬢の生活を書かれていますか?」
「・・・・・・書いてないわね。」
― だよね!そんなものまで書いてたら、3巻で終わらないもんね!
「それなら、そのライバル令嬢は、空白の時間に、ここに来ていたかもしれませんね。」
「それは・・・」
「屁理屈かもしれませんが、ここは読み手の解釈だと思うんですよね。センターのお話なんて出てきたら、本来の美しい話から逸脱しちゃって、違うお話になっちゃいますし。」
「確かに・・・、あの物語にはふさわしくないわね。」
― そこまで言う?十分ファンタジーだと思うけど・・・確かに俗っぽいな、うん。
「あ、そうだ。これ、リュウ先生に作ってもらったハンドクリームなんです。私用にって。」
そう言いながら、私はポケットから容器を取り出す。
あくまで、『自分が使っていいものだから』というスタイルで押し通すことにした。
「・・・なによ、惚気てるの?自慢してるの?」
「あっ、そういうわけじゃないんですけど。ちょっと失礼しますね。」
半ば強引に彼女の手を取り、特製ハンドクリームを塗る。
荒れてささくれ立っている手に、スッと馴染んでいく。
「これって・・・。」
「よく効くでしょう?よかったら使ってください。差し上げます。」
「ミサトさん、あなた・・・。」
「その代わり、こっそり使ってくださいね。万が一バレちゃったら、向こうで騒ぎになっちゃいますから。さ、戻りましょう。」
手袋を付け直した彼女を連れて、診察室へと戻る。
ふんわりと、彼女の手から優しいラベンダーの香りがした。




