730
「今日は少し話し過ぎてしまったわ。そろそろいい時間よね?レイさん、お店に連れて行って。」
赤薔薇の君が、ソワソワしだした。
面接の時間は、緊急事態でもなければ1時間が目安。
いつもは10分もしないでお店に向かう彼女だが、今日は30分以上時間が経っていた。
「えー、もう少しここでお話聞かせてほしいなー。1か月に1度しか会えないのに。」
「1か月に1度だから、早くあの人に会いたいの。」
― 『あの人』とは黒服さんのことかな。
「寂しいこと言わないでくださいよ。たまには、僕を指名してくれてもいいんですよ?」
「ふふっ、気が向いたらね。レイさんはもう少し包容力を磨いたほうがいいわよ。」
― おっと、これはなかなか手厳しい!
ナンバー1のアズ師匠は裏表のない言葉で、ちょっと強引なオレ様タイプ、ナンバー2の黒服さんは、全てを許して受け入れてくれるような穏やかな紳士タイプ、ナンバー3のレイ君は、甘えんぼタイプ・・・って感じなのかな。
しっかり棲み分けしてんだなー。
さて、あまり引き留めても彼女のご機嫌を損ねるだけ。
今日はこのくらいで引き下がったほうがいいかもしれない。
『物語の世界に召喚された』なんて、にわかには信じられないけど、でもそれを否定してはダメだ。
まずは転移者の言葉を受け入れ、話を聞く。
一番最初にジュエル先生が教えてくれたことだ。
「それでは、次にいらした時には、その物語のことを教えてくださいね。美しい物語って、どんな内容なのかぜひ知りたいので。」
赤薔薇の君が、驚いた表情をしている。
「・・・意外ね。てっきり頭ごなしに否定されると思ってたのに。」
「あー、ミサトさん、そういう物語が大好きだもんねー。なんだっけ、この前まで読んでた本、『公爵令嬢のティーパーティー』だっけ?」
― なぜ、レイ君までそれを知ってるの!
「・・・なによそれ。」
「このセンターの中央に図書室があるのは知っているでしょう?あそこにはけっこうな蔵書があって、小説なんかも充実してるんですよ。ミサトさん、仕事中なのに読書してるんですよー。」
「ちょっと、レイ先生!ここで言うことじゃないでしょう!それに読んでたのは休憩時間だから!」
― そんなことまで開示するんじゃないわよ、まるで私がサボってるみたいじゃないの!
「ふっ、ふふっ。」
私たちのやり取りを聞いていた彼女が、笑い出した。
「ミサトさんって、ほんと・・・。」
― ほんと・・・なに?その後は、なに?
「あっ、すみません。でも本当に面白いんですよ?お時間があるときにぜひ読んでみてください。図書室はいつでも解放してますから。」
「ええ、そうね。時間があったら、ね。仕方ないから次に来た時には私の物語を教えてあげる。これでいいかしら?」
― お、表情が少し柔らかくなった。
「ぜひ!次にお会いできるのを楽しみにしていますね。」
赤薔薇の君とレイ君が、椅子から立ち上がる。
レイ君は息をするように自然な所作で、彼女をエスコートする。
「じゃあ、お店に行きましょうか。それでは、また1か月後。」
「そうね。また1か月後にここに来るわ。」
私は、ハーブティーが入った紙袋をレイ君に渡した。
『洗面所の様子をできるかぎり観察して』というメモを添えて。




