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Bitter Latte  作者: 優雨
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第2話 樹

「樹先輩。私、恋をしたかもしれません」


向かいに座っていた後輩が、そんなことを突然言い出した。

口元まで運んでいたカップが、思わず止まる。


「へぇ……よかったじゃん」


「なんですかそのダルそうな反応は!」


「いや、お前にもやっとそう思える相手が出来たんだな、って思ってさ」


実際はかなり動揺していた。


「おめでとう、楓ちゃん」


「……なんかムカつく」


ここは大学近くにある喫茶店 《Mirage(ミラージュ)》。

俺と楓は、バイトへ行く前によくここへ来ていた。


「てかお前、またそれ飲んでんの?」


「はい、ビターラテ最高ですよ」


「苦くねぇ?」


「それが絶妙なんですよ。ま、舌がおこちゃまの先輩には分かりませんよね」


大学の後輩でバイト先も一緒。

こいつの最初の印象は、裏表がなくて底抜けに明るい奴。

正直苦手だった。


整えた黒の長い髪に、切れ長の目。

服が好きらしく、会うたびに違う格好をしている。

愛想を振りまきまくって、いけ好かない。


でも不思議と気になる奴だった。


どんな奴にも分け隔てなく接して、決して自分を曲げない。

それで自分が困っていると、何だかんだ頼ってくるからほっとけなくなる。


大学の履修登録で迷った時も。

バイトで面倒な客に絡まれてた時も。


気づけば一番気の合う後輩になっていた。

いや、正確には好きになっていた、だな。


とりあえずさっきの話が気になるので、わざとおちょくってみる。


「で? 楓ちゃんに不幸にも惚れられてしまった可哀相な人は誰なのかなぁ?」


「こいつ腹立つわぁ」


「いいから言ってみろよ。どこのどいつよ? 俺が知ってるやつか?」


「ビックリしないでくださいよ? なんとバーテンダーです」


「……は?」


「ここの喫茶店って、夜は他の人に貸してるじゃないですか」


「ああ、《Prism(プリズム)》か」


……よりによってかよ。


楓は話すうちに興奮したのか、でかい声ではしゃぎだした。

近くにいた客がこちらを見る。


「お前、声」


「あ、ごめんなさい。つい」


楓が小さく頭を下げた。


Prismに入った経緯を聞きながら、俺はカップを持ち上げて口に運ぶ。

持つ手がわずかに震えていた。


まあ……聞くしかないよな。


「で、なんていう奴よ?」


「奴とか言わないでくださいよ。てか名前言って分かりますか?」


分かるに決まってんじゃん。


「万が一があるだろ。さっきも言ったけど知り合いかもしれねぇしさ」


「ま、いっか。本名かは分からないけど、柊(しゅう)さんっていうんです」


俺は思わず咳き込んだ。


「先輩!大丈夫ですか?」


「……き、気管に入った」


「あーあ、歳ですね」


「一つしか違わねぇだろ」


楓は笑いながらビターラテを飲んだ。

正直俺は笑えなかった。


だって……俺が柊なんだから。




********************




Prismの扉が開いた時、最初は人違いだと思った。


まさか楓が一人でこんなとこ来るなんて、思ってもみなかったからだ。


あいつ、たいして酒が好きでもねぇくせに。

なんかあったのか?


あーあ、言わんこっちゃない。

あんなにオドオドしちゃって、見てらんねぇよ。


「いらっしゃいませ」


ここでの俺は樹じゃない。

柊として、できるだけ平静を保って声を掛ける。

明らかにテンパった様子で、楓がこちらを振り向いた。


服装も髪型も、いつもの俺とは全然違う。

多分バレねぇだろ。


「お一人ですか?」


「あ……は、はい」


「でしたら、こちらへどうぞ」


とりあえずカウンター席に座らせる。


「何になさいますか?」


楓はメニューを開くが、目が右往左往して焦っている。

完全に雰囲気に呑まれていた。


「迷っちゃいますよね?」


「……わ、分かりますか?」


「ええ」


バレバレだよ馬鹿。

顔真っ赤にしちゃって、何やってんだか。


「無理にお酒じゃなくてもいいんですよ?」


「い、いえ大丈夫です。お酒は飲めます。というか飲みたいです」


……やっぱりなにかあったのか?

気にはなったが聞けるわけもない。

とりあえず柊に徹する。


「では甘いものと、苦いものならどちらが好みですか?」


「あ、それなら苦い方が好きです」


知ってる。


そこで俺は、楓が気に入りそうな一杯を勧める。

楓も了承したので作り始めた。


このカクテルは、俺には良さが分からない。

ただただ苦くて、何が美味いのかさっぱりだ。


ん? 何見てんだ?

バカ野郎……そんな目をすんじゃねぇよ。


「こちら《Green Carnation(グリーン・カーネーション)》でございます」


楓は差し出されたグラスを、おずおずと口に運んだ。


「……美味しい」


そりゃよかった。

でもこいつ、ほんと苦いの好きだよな。


「お気に召しましたか?」


「はい、とても美味しいです」


「それはよかった」


楓は顔を真っ赤にして伏せた。


なんだそれ。

俺にはそんな顔したことねぇくせに。


まぁ、そりゃそうだよな。

普段の俺をお前が好きになんて……なるわけない。


「柊さーん。こっちにも来てよー」


常連さんから声が掛かった。

助かった。


「はい、ただいま。すいません、失礼いたします」


俺は頭を下げながら、常連さんのもとへ向かう。


楓にはマスターがついてくれた。

俺と話すより、よっぽど楽しいはずだ。


あ? あいつ、何バタバタしてやがんだ。


「あれ、もうおかえりですか?」


「ええ、ちょっと用事を思い出しまして……」


「そうでしたか。雨が結構降ってるようなので、どうかお気をつけて」


「あの……また来ます」


……もう来るんじゃねぇよ。


「ええ、またのお越しをお待ちしております」


楓は頭を下げると店を出た。

なんか……無駄に疲れた。


常連さんのもとへ戻るために振り返ると、目の前にマスターがいた。


「わっ! ど、どうしたんですか?」


「ねぇ柊さん。さっきの子ってさ、もしかして楓さん?」


……バレてたか。


「……はい。あの、俺……なんか変でした?」


「なんかやけに緊張してる感じだったからさ。まぁ、無理もないよね」


ああ。

この人には隠し事できる気しねぇな。




********************




「……とまぁ、ざっとこんな感じです」


なーんであれだけで恋とか言えるんだよ、こいつは。

俺は思いっきりため息を吐いて、悪態をつく。


その後もごちゃごちゃと言い合いになった。

んで、この流れだと聞きたかねぇけど……聞くしかないな。


「で、その柊さんとどうしたいわけ?」


「もちろんお付き合いしたいです。そこで先輩に頼みが——」


「やだね、お断りだ」


「まだ何も言ってませんよ!」


「聞くまでもねぇや。どうせろくでもない頼みだろ?」


柊を調べろだとか、相談に乗れだとかそんなとこだろ。


「お願いです。柊さんのことをこっそり調べてください!」


やっぱりだ。


「んなことだろうと思ったよ。無理だね。自分でやれよ」


「謝礼も払います。それに私、見たんですよ」


……見た?


「……な、なにをだよ?」


「なんとですね、先週、大学内で柊さんを見かけたんですよ」


「……人違いじゃねぇの?」


「いーや、あれは絶対柊さんでした! 遠目でしたけど間違いないです!」


確かに最近、Prismあがってから眠ってしまって、寝坊したことがあった。

あの日は髪もコンタクトもそのままで、服だけ変えて大学に行ったんだ。

とはいっても一回だけだ。


「……一回しか見てねぇくせに」


「それにですね、柊さんが受けていた講義は三年生の必修科目なんです」


……よりによってその日を見てたのかよ。

俺は自分の運のなさに、思わず額に手を当てた。


「んで? 俺がその柊ってのに色々聞いて、お前に教えろってか?」


それは無理だろ。

だって俺が柊だしな。


「さすが先輩! 察しがいいですね!」


何も知らない楓の眼差しに、無性に腹が立ってきた。


「ふざけんな! 第一そんなことして告白したところでお前は——」


「ダメでもいいんです! 振られたって構いません!」


いきなり楓が大きな声を出して、周囲が一瞬静かになる。


「おい、落ち着けって」


「……ごめんなさい。でも、何もせずに終わりたくないんです」


「…………」


「やるだけやってダメでもいい。無様に散っても構わない。でも……自分の気持ちに嘘をつきたくないんです」


……こいつはいつだってそうだ。


いつもまっすぐで、自分の気持ちに嘘をつけない。

そのせいで俺が、どれだけ苦労してると思ってんだよ。


……いや、言い訳だ。


そして嘘だ。


俺は楓が羨ましかった。

自分を隠してばかりの俺には、自分の道を堂々と突き進む楓が眩しかった。

……だから、好きになったんだろうな。


だいたい俺があの日に正体を明かしていれば。

いや、そもそも俺が自分のことを、もっと楓に話していれば……。

少なくともこんなことにならなかった。


……なんだよ。


……全部俺のせいじゃん。


「……わかったよ」


「え?」


「調べてやるって言ってんの。可愛かねぇけど一応後輩だしな」


「先輩! ありがとうございます。頼りになります」


「やめろ、鬱陶しい。一旦期限を設けようか。とりあえず二週間くれ」


なにが二週間だよ……。


「わかりました。それで……謝礼はどういたしましょうか?」


「そうだな……一回俺と寝る?」


「……最っ低!」


「嘘に決まってんだろバカ! とりあえず今日はお前が奢れ。それでいいや」


「せ、先輩は神様だったんですね……。先輩、大好きです!」


……ただの嘘つきだよ。


「……やかましいわ」


嬉しそうにはしゃぐ楓に、苦笑いしかできなかった。

ほんとに俺……何やってんだろ。




********************




Prismの営業終了後。

いつもならすぐ帰るのに、どうもそんな気分になれず、ゆっくり帰り支度をしていた。


「あれ、樹さん。こんな時間まで残ってるなんて珍しいね」


「あ、マスター。すいません、今帰ります」


「何かあった? 僕でよければ聞くよ?」


……この人には敵わないな。


俺は堰を切ったように、今までの事を打ち明けた。

マスターはその間、ただ黙って俺の話を聞いてくれていた。


「——で結局、俺が俺への告白の手助けするみたいになっちゃって……」


すると突然、マスターは声を上げて笑った。


「マ、マスター! 俺、結構真剣に悩んでるんですけど——」


「いやーごめんごめん。樹さんらしいなと思っちゃってさ」


マスターはそう言うと、カウンターに入った。


「せっかくだし、なんか飲もうか。僕の好きに作っていい?」


「はい。なんかすいません」


……ほんと俺は情けねぇな。

目の前のカウンターに、二人分のカクテルが置かれた。


「これ、名前あるんですか?」


「うん、《Lavender’s Regret(ラベンダーズ・リグレット)》っていうんだ」


リグレット。

どんな意味だっけ。


「僕のオリジナルだよ。さ、乾杯しよう」


促されるままに乾杯し、グラスを傾けて飲んでみる。


「すごく甘い。ん? 酸っぱ……いや、苦い?」


「凄いでしょ? でも、これはメニューには載せてないんだ」


そう言って、マスターはまた笑った。


「……なんでこれを?」


マスターは静かにグラスを置いた。


「僕はね、これまで色んな失敗をしたし、そのたびに後悔もした」


思い出した、リグレットの意味。


後悔だ。


「だから僕は『後悔のない選択』を心掛けているんだよ」


「『失敗しない』じゃなくてですか?」


「そう。だって未来なんてわかんないでしょ?それにたまにだけど、失敗だと思ってたことが全く別の形で報われることもあるんだ」


……後悔のない選択か。


しばらく話す中で、マスター自身の過去も少し聞いた。

……やっぱ、この人に話してよかった。


「すいませんマスター。なんか頭すっきりしました」


「それならよかった。さ、もう遅いから気をつけて帰るんだよ」


「はい、ありがとうございました。お先に失礼します」


俺はマスターに礼を述べて外に出た。

冷たい夜風に当たりながら、この日のカクテルの味を忘れないように誓った。




********************




二週間後。


今日は楓と喫茶店 Mirageにて作戦会議。


「ほら。お前が知りたかったこと、調べてやったぞ」


「おおぉぉー! やっぱ持つべきものは頼れる先輩ですね!」


「うるせぇわ、早く見てみろ」


……なんか恥ずかしいな。


「まず髪型は……黒髪のロング! 私バッチリじゃん!」


「黙って読めよ」


変な拷問受けてるみたいだ。


「服装は……あ、私今着てるコレとか柊さん好きですかね?」


ああ、似合ってるよ。


「好きなんじゃねぇの」


「ちょっと先輩! 真面目に聞いてるんですよ!」


「だから黙って読めっての!」


心配しなくても、そのままのお前で間違いねぇよ。


「すいません。でも結構細かく調べてくれたんですね」


「中途半端は嫌なんだよ」


俺が今、一番半端なんだよな。


「ありがとうございます。参考にさせていただきます」


「俺にあれだけ啖呵きったんだ。お前も中途半端にするなよ?」


「もちろんです。それともう一つお願いがあるんです」


まだなんかあんのかよ。


「……今度はなんだ」


どうせ買い物に付き合えだとか言い出すんだろ?


「……樹先輩。ずっとあなたが好きでした。私と付き合ってくれませんか?」


……え?


「……俺も好きだよ」


「……え?」


ヤベ……テンパった。


「……あ? どうせ告白の練習か、俺をビックリさせようとしたんだろ?」


「バ……バレてたか」


俺が今……どんな気持ちで……くそ!


「ふざけた真似しやがって。帰るぞ」


「ま、待ってください。今日も奢りますから機嫌治してくださいよ。ね?」


「お、じゃあハニートーストとナポリタン頼もっかな」


「うっ……マジっすか?」


楓と軽口を交わしているうちに、少し気分を変えたくなった。


「嘘だよ。それ、お前と同じやつ頼むわ」


店員を呼んで、ビターラテを注文する。

楓は理解できないと言った顔をしていた。


「どうしたんですか? あなたはほんとに樹先輩ですか?」


今の俺はどっちなのかね。

わかんねぇや。


俺のもとにビターラテが運ばれてきた。

恐る恐る飲んでみる。


「……うっわ! やっぱコレ、苦いな」


マスターのカクテルの方が百倍美味いわ。


「よかったぁ。いつもの先輩だった」


二人で笑った。




********************




あれから楓はPrismに二回来た。


俺はできるだけ自然に接し、楓もPrismの雰囲気に慣れてきたようだった。


大学のことや、好きな映画。

最近読んだ本とか、ほとんど樹で聞いてた話だけど。


楓はとにかくよく喋った。

楽しそうに話す楓を見てると、俺まで嬉しくなる。


正直言えば逃げだしたかった。


楓の告白を留学日以降まで引き延ばせばいい。

そのままPrismも辞めてしまえば、柊も消えて終わり。


でもそれじゃあダメだ。


まっすぐに柊を見ている楓から、逃げてはいけないと思った。


だから……。


「樹先輩。私、次Prismに行ったときに告白します」


バイト前、いつものMirage。


「……そっか、がんばれよ」


……俺も覚悟決めないとな。


「結果がどうあれ、先輩には一番に報告しますね」


誰よりも先に知るけどな。


「別に聞きたかねぇけど、だったら一週間以内にしろよ?」


「どうしてですか?」


……嘘だろ?


「俺言ったよな? 来月からスペインに短期留学するって」


楓は明らかに動揺していた。

呆れた……。

あえてそのタイミングにしたんじゃねぇのかよ。


「も、もちろんでしゅよ」


「何噛んでんだ。てめぇ、さては忘れてたな?」


誤魔化すように楓が笑った。


「すいません、忘れてました。了解です!」


「……後悔が残らないように、な」


俺もだ。


「楓。あらためて聞いていいか?」


「え? いいですよ?」


「なんで、そんなに柊がいいの?」


「なんでって……」


楓は少し考えていた。


「色々ありますけど、柊さんはなんかこう……生き生きとしてるんですよ」


…………。


「なんじゃそら」


「なんていうか自分を出せてるっていうか、自信をもってるというか……。とにかく自分も変わりたいなって思わせてくれるんです」


お前はそういう風に思ってくれていたんだな。


ありがとう。


「……そっか」


「やっぱり私、変ですか?」


「いや」


俺は珈琲を一口飲む。


「……お前の気持ち、分かる気がするよ」


次の水曜日。


楓は柊に告白する。


俺はもう、お前から逃げない。

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