22.牛乳を飲みなさい
ヘルマは、前・光輝の大騎士ハルムートの娘だ。
母から受け継いだ美しい赤い巻き毛は、水中の藻のように柔らかく滑らかだ。下ろせば真珠のように美しい人魚、結べば凛々しい姫騎士になる。家にいるせいで、服は気楽なものだった。ダブルボタンの白いレースのブラウス、ハイウエストの青いスカート、黒いストッキング、ベージュの部屋履き。自立していて、青春に満ちた若い娘の姿だ。
母が早くに亡くなったため、彼女は父ハルムートと、グレイスヒル一番街のこの家で暮らしている。
単純に年齢で言えば、普通の理屈では、ハルムートは彼女の祖父でもおかしくない。
だが、エーテルを截流し、己の力に変える騎士にとって、年齢はさほど意味を持たない。
この十六歳の娘は、すでにクレーフ塔の戦闘科の班長、異常級の騎士だった。
「おかしいな……どうして彼が本を?」
ヘルマは本を手に取り、怪しむように眺めて、遠慮なく疑問を口にした。
「本なんて読むの、見たことがない。まだ光輝の大騎士だった頃でさえ」
彼女は眉を寄せて、懸命に考える。
ハルムートは職務の関係で、長く家にいない。実際、この家にはずっと彼女一人が住んでいる。
思い出せる数少ない「父が読んだ本」は、いずれも読まざるを得なかったものだ。たとえば先ごろ労働法が出たとき、ハルムートは時間をかけて条文を読み込み、自分に有利な点を必死に探していた。
普段は、ページにすら触れない。
ヘルマの胸に、好奇心が湧く。彼女は『名を繰り返す家』というその本を、開いた。
指を繰る速さが、次第に、没入のそれになっていく。目が変わり、表情が、次第に厳しくなる。
「……くそ、もう構うな。私は今やただの片輪だが、あの店主にはエーテルの痕跡が一片もないのに、私を気絶させた。その実力が何を意味するか、分からないのか。死にに行くな。敬意を保て。でなければ、自ら災いを求めた奴を、私は救わんぞ」
ハルムートの声が近づいてくる。壁を蹴る音も、混じる。
ヘルマは、はっと顔を上げた。あの遠く、魅惑的な、波乱万丈の世界から抜け出して、自分の魂を引き戻したような心地がする。
彼女は頭を振り、慌てて本を置き、記憶を頼りに元の位置へ素早く戻す。
そして、何事もなかったように、寝室へ戻るふりをした。
「ヘルマ」
ヘルマは緊張して振り返る。だが、聞こえたのは、ハルムートの温かい一言だった。
「牛乳を飲みなさい」
「……」
ヘルマは、笑っているのか笑っていないのか分からない顔でうなずき、ばたんと扉を閉めた。
「ふう……」
長く息を吐く。だが、頭には疑問符が次々と浮かぶ。
(あの本は、いったい誰が書いた。中の主人公は、あのエルフの王セルメン、のちの魔剣セルメンのことか。なぜ、こんなに面白く、そして真実味がある。これは伝記か、小説か)
そして何より――読み終えていないのだ。
あと少しで、すごく良い場面に届くところだった。
ヘルマは呟きながらベッドに飛び込み、むずむずして、興奮して寝返りを打った。
(まさか、あの頑固な父も、こんな本を読むなんて。私が、あまりに偏見を持ちすぎていたみたい)
だが、さっきの言葉の端々から察するに、この本は機密区分の非常に高い場所に関わっている。普通の者には、詳しい情報は得られない。
ヘルマはベッドに横になり、目を閉じ、しばらくしてからまた開けて起き上がり、自分の個人端末を開いた。
「何が問題なの。書店よ、書店。せいぜい店主の実力が強いだけ。それなら、死にになんか行かないわよ」
彼女は手を伸ばしてエーテルを凝縮し、鍵を作る。
「資料庫の鍵・閲覧権限・EX級」
エーテルは、実と虚のあいだの橋。鍵が頁に触れると、まったく新しい画面が開き、巨大な資料庫が目の前に現れた。
ヘルマは両手を合わせる。
「お母さん、ありがとう」
そして頁を検索していく。
彼女の母も、生前は光輝の大騎士の一人で、クレーフ塔の資料庫の権限を持っていた。そのアカウントを、彼女に残したのだ。
母が彼女に寄せた期待として、このアカウントの存在は、正当で、公然としている。ただ、今に至るまで、ヘルマはこれを何かに使ったことがない。
もちろん、もし本当に何かすれば、資料庫の記録は瞬時に更新され、騎士の娘ヘルマは、裏切り者ヘルマになるだろう。
「あっ、見つけた。書店!」
ヘルマは興奮して膝を抱え、目をきらきらと輝かせて画面を見つめる。
しばらく見て、呟いた。
「友好……なら、行ってみてもいい」
ヘルマは決めた。端末を閉じ、ふと、机の上の牛乳に目が留まる。
「ふん」
彼女は手を伸ばしてカップを取り、一息に飲み干した。
――
グリムは、自分の羽根ペンで書き留めていた。
灯りは薄暗い。彼は面を半分外し、完全に潰れた凄惨な頬を露わにしている。もう半分の面は、すでに血肉と一体化し、体の一部になっていた。
外見は恐ろしい。だが今の、集中し真剣な様子が、その恐怖を少しだけ和らげている。
グリムの前にあるのは、ほかでもない、彼方から得た未発表の著作だ。この間の研究で、すでに三冊ほどのノートをまとめ上げている。
「実に、海のように広大な知識だ。谷のように深く、底知れない。さすが、神谷さんだ」
グリムは感嘆し、ペンを置き、自分で書いたノートを手に取り、最後の整理にかかる。
学びと研究を経て、彼はこの『灰蝕の頁』の大意を理解していた。
この本は、灰蝕という教派が、どのような重要な典礼と儀式を持つかを記したものだ。それらの典礼と儀式に、どの材料が要るのか。どう加工し、混ぜ、最後に供物にするのか。
彼の今の粗い要約では、その材料の大半は死体であり、処理の仕方には、生きたまま血を抜く、切り刻む、皮を剥ぐ、火刑、内臓を食う。非常に残虐で、恐ろしく、背筋が寒くなる。
グリムのような黒の魔術師ですら、耐えがたい。
だがその狂気の裏に、奇妙に理性が同居している。
この本には、疑いなく巨大な祭祀の体系が含まれている。日付まで定められた固定の時、異なる時空の法則、厳格な段取り。各祭祀にはそれぞれの意味があり、この文明の一部を含んでいる。
「『舌の回らぬ頁』が、氷山の一角とすれば。『灰蝕の頁』は、ついにこの恐るべき失われた文明の、ひとかけらを私に見せてくれた」
グリムは面をつけ直し、恍惚とした顔で低く言った。
「実に、偉大だ。実に、魅力的だ……すべては神谷さんのおかげだ。贈り物は用意した。きっと喜んでくれる」




