21.ヘルマ
「EX級……!?」
異常、恐慌、破壊、神格――その上となれば、神格級に並ぶというのか。
ヴォルケルは唇を舐め、乾いた声で訊いた。
「先生、いったい何が。あの店主は」
「そっちに、誰かいるな」
ハルムートの声が、厳しさを帯びて届く。
「え……あ、はい」
ヴォルケルは、はっとした。手のなかで、すんでのところで絞め殺しかけた黒猫を見る。慌てて手刀を落とし、完全に気絶させてから言った。
「申し訳ありません、先生。私の不注意です」
「不注意だと分かっているなら、黙って働け。北嶺へ飛ばして芋でも掘らせるか」
「嫌です。すぐ命令を伝えます」
ヴォルケルは首を激しく振った。これが、本気で腹を立てているときの師だ。
だが、師の愛弟子として、この短気な老人の扱いには深い経験がある。
この男は、典型的な「口は悪いが根は豆腐」だ。見た目は恐ろしく、いつ殴り殺してもおかしくない。だが実際は、道端の野良猫や野良犬を見れば、こっそり餌をやり、何でもないふりをして頭を撫でる。
怒ると黒い顔で黙り込み、ひどく怖い。だが、そのときは逆らわず、素早く仕事を片づければ、百パーセント、それ以上は続かない。
ただ、脅して、早く働かせたいだけだ。
ヴォルケルは、二十三番街の偵察員に即時撤退を命じた。別の場所へ回す。一部は待機、一部は狩人の動向を追わせる。
続けて、情報科の記録係に連絡する。
クレーフ塔の情報科でもっとも重要なのは、おそらくこの、あらゆる勢力、あらゆる方面を覆う巨大な記録庫だ。オルデル協会が毎年公示する名簿も、一部はクレーフ塔の記録を参照する。
そのため協会は毎年、塔に……恐喝される。違う、正当な価値に見合った著作権料を請求される。
本来、新しい記録の作成は上層の審査を経るもので、時間がかかる。
だがハルムートは、十人の光輝の大騎士の一人だった。今の大騎士の半分は彼の後輩だ。長老夫の三聖者を除けば、誰もが顔を立てる。
だから、報告が上がった瞬間に承認された。異常な速さだ。
「先生、新しいEX級の空き記録を作成しました。内容の記入は、戻られてからご自身で」
ヴォルケルは、きっちりと進捗を報告する。
「ばん」
扉が勢いよく開いた。
ヴォルケルが振り返ると、白髪の、逞しい老男が、背広姿で大股に入ってくる。
「よし」
ハルムートは通信器を椅子に放り、上着を脱いで訊いた。
「さっき、そばにいたのは誰だ。『忘却』の烙印を使っておけ」
ヴォルケルは手のなかの黒猫を掲げた。
「我が科の偵察員です。第四班、ハルヴィン・ヴォス。魔術師の家系で、変身術に非常に才能があり、ええ、それと、少し特殊な点が。あなたの追っかけです」
「追っかけ?」
ハルムートは、奇妙に甲高い声を出した。それから無表情に戻り、執務机の後ろに座り、特注の計算器を開く。
「私の追っかけなど、そこらにいる」
ヴォルケルが言う。
「ええと、彼は不敗の聖炎の後援会と倶楽部を十三も掛け持ちしていて、年間三百万ほどを応援活動に費やしています。去年の『オルデル協会の公布名簿で、ハルムート・ヴォルデの名を金色に書き換える』事件も、彼でしょう。中核的な追っかけと言えます」
「……」
ハルムートの、記録を入力する手が止まった。信じられないという目が、ヴォルケルの手のなかの黒猫に落ちる。
両手を組み、思索に沈む。
「彼がやったのか」
「はい、先生」
「魔術師の家系は、本当に金持ちだな。そう思わないか、ヴォルケル」
「……はい、先生」
「その金で意味のないことをするより、直接、偶像に貢いだほうがいい。近距離で観察し、接触する費用だと思えば、彼も喜ぶだろう。……そうだな、見習い騎士の弟子を取る名目で、偵察部門からこちらへ移せ」
(……なんて、ひどい、金に汚い、最低な光輝の大騎士だ)
(子どもの金まで騙すのか)
ヴォルケルは、心のなかで悪態をつく。だが表面上は、正直そうにうなずいた。
「はい。すぐ手配します」
「ちょうどいい。記憶の消去も省ける」
ハルムートはそう言いながら、自分の入力した記録を見る。
「登録番号6545。EX級エリア。ロズモア、グレイスヒル、二十三番街四百十二番地、書店」
「危険度:友好(接触は非推奨)」
「機密区分:最高機密(追跡調査中)」
「説明:店主は長命種と推定。この書店を隠れて経営し、業務は貸本と販売。書籍には神秘的で強大な力が宿る……」
確定を押す。
この最高機密の文書は、クレーフ塔の上層へ上げられ、後に、塔と協力関係にある者、あるいは必要とする者の手に渡るだろう。
記録できるものを、真に秘匿することなどできない。「最高機密」とは、知る者が十人に満たない、というだけのことだ。誰も知らない、ということではない。
ハルムートの狙いは、彼らにこの書店から少し離れろと警告することだけだった。
店主は友好的な存在だ。だが、どんな客でも受け入れ、本を貸す習慣を考えれば、この書店にいつ何が現れてもおかしくない。
もちろん、この記録を見てなお、死にに行きたいという者には――幸運を祈るしかない。
――
「私は無事だ、本当に無事だ。……くそ、記録はもう上げたろう。お前の眼球の瞳孔は描いたものか。何を心配する。私が死んだら、それはお前たちに腹を立てて死んだんだ」
ハルムートは通信器を首で挟み、悪態をつきながら寝間着に着替える。
「今は勤務時間外だ、分かるか。オルデル協会が先月、新しい労働法を出した。賃上げを要求する」
「もういい、用がある。切るぞ」
「つ」
彼は通信器を切り、長く息を吐いた。『名を繰り返す家』を開いて二、三ページ眺め、魔剣からの感情が依然として安らぎと愉しさであるのを確かめる。
居間から、また固定電話の音がした。
「くそ。今度は誰だ」
ハルムートはこめかみを揉み、本を置いて扉へ向かう。
「ヘルマ、牛乳を飲みなさい」
隣の部屋から、美しい赤い巻き毛の、背の高い娘が顔を出した。不満げに言う。
「わーかーったーよ、お父さん」
「もう子どもじゃないんだから」
ハルムートの声は遠ざかる。
「そうか? 愛しい娘よ。牛乳を飲ませるのは、背を伸ばすためじゃない。お前が、もう嫁に行けなくなるからだ」
ヘルマは顔を黒くして腕を組み、それから机の上の本に気づいた。
(あれ。この筋肉しか詰まっていないお父さんが、いつから本を?)
彼女は好奇心から、手に取った。




