20.EX級エリア
歴代の魔剣の持ち主は、十人の光輝の大騎士のなかから選ばれてきた。最も優れ、最も強い者。
誰の目にも、完璧そのものに見えた。
この代の持ち主であるハルムートも、かつては太陽のように眩しく、完璧な存在だった。
だが、ダイヤモンドと同じで、硬く見えるものほど脆い。
グリムとの一戦で、彼は右腕を失った。そして、己の光輪も失った。
支持者は変わらなかった。だが、不敗の聖炎には、消せない瑕がついた。
見えるところからも、見えぬところからも、無数の疑問と非難が押し寄せる。
誰も彼の面前でそれを表さず、多くの者がグリムは死んだと考えていた。それでも、内なる自己否定が、彼を押し潰そうとしていた。
そしてハルムートは、隠退を選んだ。
情報科で、余生を送る科長になる。沈鬱に、短気に、身なりにも構わず。……そこまで酷くはなかったが、まあ、いい。
グリムを捕まえたい執念は、たぶん、自分を証明し直したいという願いだった。
彼は、ある者たちが自分をどう評しているか、知っている。
――魔剣に汚染される前に、自ら堕落した。ゆえに、歴史上もっとも長く生きた魔剣の持ち主。
「魔剣が気づかぬうちに、先に自分から堕ちれば、魔剣は自分を汚染しないと考えたんだろう。ははは」
(本当に、頭も口も腐った連中だ)
ハルムートは、自分は本当に堕落したのだろうと思う。あのとき、こいつの頭を拳で叩き割りたいと思った。
(ああ、聖光よ。許したまえ)
自分の拳を汚させようとしたなど、なんと冒涜的な考えか。
だが今思えば、彼は他の魔剣の持ち主より、幸運だった。ずっと幸運だった。
纏っていた光輪が消え、その後に自堕落になったことで、かえって心の隙が減り、魔剣の侵蝕が遅くなった。
ある意味では、あの連中の言うとおりだった。
そして、もっと幸運なことに――彼は今、魔剣の継承者を見つけたのかもしれない。
店主が「私に預けてください」と言ったとき、ハルムートは認めざるを得なかった。心が動いた。
魔剣セルメンは、クレーフ塔の所有物ではない。ただ、強大な呪いと魔力ゆえに、クレーフ塔に利用されている。
この剣は呪われてはいるが、依然として非常に強い力を持つ。
クレーフ塔の扱いは、最も強い大騎士にこれを鎮めさせ、他の黒い勢力に対抗するために使わせる、というものだ。
だが、クレーフ塔もこの剣を深く恐れている。
代々の光輝の大騎士が狂い、死んでいくのを経て、彼には分かる。長老会の老騎士たちは、そろそろこの剣を永久に封じようと考えている。
そしてハルムートの長年の悩みは、新しい継承者が見つからないことだった。
彼の席を継いだ新任の大騎士は、品行に問題はない。だが、実力が足りない。
「本気ですか。何か面倒を招きませんか。これを扱うのは、容易なことではないのですが」
ハルムートは顔を上げ、低く言った。
店主の意志に、粛然とする。魔剣は、ただ人に力を与えるものではない。影のように付きまとう狂気は、人を恐れさせるに足る。
極悪の連中でさえ、必死の覚悟がなければ、この剣を掴もうとはしない。
その剣を、この店主は自ら引き受けようと言う。
なんという、己を捨てて人を救う精神か。
無償で、幻覚と苦痛を一時的に癒しただけでなく、こうして義无反顧の決断をした。
この先にあるのは、深淵だというのに。
「何が面倒なんですか。私に任せてください。あなたの今の状態は、もう持たないでしょう」
彼方は、客の小さな案じなど、慣れている。
心の処理は、確かに容易ではない。ただの聞き役でも、負の感情を浴びせられれば、辛く、嫌になる。
だが、構わない。
(人生指南なら、僕は専門だ)
彼は微笑んだ。
「もう十分に話したと思います。選ぶのはあなたです。必要ないと思うなら、構いません。この本は、贈り物として差し上げますよ」
彼方はハルムートの右腕を見て、ため息をついた。
「あなたも、あなたのような英雄たちも。そろそろ、休んでいいんです」
ハルムートは、思わず店内を見回した。この店の陰気さと古びた様子が、ふと、隠れ家と質素さに変わったように見える。
目の前の若い店主の、その笑顔は、光っているように眩しい。
彼は、普通の人間がこれほどの高潔で無私な品行を持てるとは、信じられなかった。
クレーフ塔の騎士たちも、幼い頃から守ってきた教条と、信じる正義ゆえに、ようやく無瑕に近い人格を得たのだ。
長命の種だけが、常識を超えた善を追える。
ハルムートは、自分の推測に、さらに三分の確信を足した。
かつてのハルムートなら、こんな人間を偽善と断じ、基準のない善など善ではない、と言っただろう。
だが、今の彼はそうは思わない。
人と人は、永遠に分かり合えない。
彼にできるのは、自分を貫くことだけだ。
グリムは生き延びた。店主に助けられた。構わない。彼はいずれ、ハルムートに殺される。
それが彼の責任であり、すべきことだ。
「いや。どんな人間になるか選んだ以上、もう悔いはしない。休むのは、世界が平和になってからだ」
ハルムートは、憑きものが落ちたように笑い、首を振った。そして言う。
「もう少し考えたい。贈ってはもらわん。この本を、数日借りられるか。……そうだな、七日だ。七日後に、また来る」
彼方は、彼の複雑な心情を、十分に理解していた。
(ああ。過剰な正義感が、この退役軍人を、ひどく苦しめている)
(正義のため、もっと大きな貢献をしたい。同時に、今の体と精神を恨めしく思う)
(ここで気持ちを整理するのも、いい)
彼方は、もう八割方、確信していた。七日後、この男は必ず来る。
(……計画どおりだ)
彼は手慣れた様子で登記簿を出した。
「まったく問題ありません。基本情報を書いて、保証金を一度預けてください。以後の貸出は、名前と日付だけで結構です。もう借りないなら、保証金は半額お返しします」
ハルムートは、はっとした。
(本当に、書店をやっている)
だが、思えば、これこそが正常な偽装だ。彼はうなずき、ペンを受け取り、自分の名を書いた。
ページの最上段にある「コルム・グリム」の名と、その一か月の期限を見る。ペンを置き、顔を上げた。
「書いた」
彼方は受け取り、一目見て言った。
「では、七日後に」
ハルムートは『名を繰り返す家』を持ち、店主に向けて、正式な騎士の礼を取った。
――
「先生が、あの書店で、ただ向かい合って立っていただけで、その場で倒された、と」
ヴォルケルは、手のなかで暴れて鳴く黒猫を掴み、信じられないという顔をした。
「そんな、馬鹿な」
「人手を集めて、支援を……いや、くそ。先生でも駄目なら、今は軽率に動けない。動けば、取り返しのつかない結果になる」
彼は二周、左右に歩き回り、通信器を握る。
「書店に送った偵察は。今、どうなっている」
「何。先生が、出てきた」
ヴォルケルははっとした。エーテルで構成された声が、器具から流れる。ハルムートの、あの重く、年を経た声だ。
「ヴォルケル。偵察員を二十三番街から引き揚げろ。この書店は、そうだな――」
「EX級エリア。機密区分は、最高機密」




