12.あれ、あの人は
「鼠」ローリー。霜牙の連中は、彼をそう呼ぶ。
「霜牙」という狩人の組織では、大半の者の穢れの血は、凶暴さで知られる幻獣――「空庭の狼」から採られている。狼の群れのなかに、鼠のあだ名が混じるのは、ほとんど皮肉だ。
だが、彼はそれを誇りにしていた。
臆病な鼠の、何が悪い。
陰険、狡猾、貪欲、油断のなさ。彼にとっては、どれも褒め言葉だ。そういう人間だけが、長く生きる。
ああ、それから、鋭い嗅覚と、澄んだ洞察力も。
時勢を読むことこそ、彼の命綱だった。街のごろつきから始めて、何年もかけて、いくつの組織を渡り歩き、何度裏切ったか分からない。逃げ道は無数に残し、手札は増やし続けた。
誰も彼を殺せない。誰も彼を殺そうとしない。
「鼠」ローリーの情報網がどれほど深いか、彼自身しか知らない。
そして今回、彼は一人の女に従った。
あの神跡のような狼の獣化が、なぎ倒すように破壊と血をもたらし、そして優雅に人へ戻ったとき、ローリーは悟った。狩人たちの夜は、主を替えるのかもしれない。
この女がもたらすのは、かつてない革命だ。
だが、構わない。たとえ彼女が失敗しても、「鼠」ローリーは生き延びる。
魔術師の忠誠の烙印?
――ああ、すまない。その解除の方法は、とっくに手に入れている。
偽りの降伏で、ここ数年、どれほど気楽に生きてきたか。裏切った主たちは、みな土に還った。
そして、情勢を読めず、一本の木に首を吊った愚か者――たとえば第三首領ドーナルは、すでに自分の命で、信頼がどれほど安く危険かを証明してみせた。
ブライスに仕えたときも、この手で、あの霜牙の大頭領に、こんな経歴の情報屋を信じさせた。
今度は、小娘を、令嬢を騙すだけだ。造作もない。
――鼠にも、野心はある。
獣化を制御する方法を得られれば、もう誰かに従う必要はない。下水道を這うだけの鼠でいる必要もない。
ああ、比類ない力、そして自分の情報網。陽光の下で、自分の皇帝になれる。
そのときは、誰もが自分にひざまずく。
ローリーは視線を戻し、店主の上に落とした。隅々まで、四十年の経験のすべてを動員して、見て、判断する。
そして結論した――この若者は、ただの普通人だ。
机の上にはガーゴイルがある。だが、エーテルの波動が微塵もない。……いや、これは普通の家に飾ってある置物と同じものだ。
だが。
視線が、セリスへ移る。
狩人の表情は恭しく、姿勢は謙虚だ。まるで、相手が神格級の強者であるかのように。
ローリーは、初めて困惑した。
自分は老いたのか。鼠の目は、もう鋭くないのか。鼻は、もう利かないのか。
いや、そんなはずはない。
彼は自分の判断に自信がある。つい先ごろも、ブライスが大きな動きに出ること、そして最近、自分たち部下に向ける表情がおかしいことを正確に見抜き、早々にこちらへ寝返って、殺される運を避けた。
事実、彼は正しかった。
だから今回も、自分を信じる。
だが、新しい主への敬意と、天性の慎重から、まずはこの男がどんな金言を吐いて、こんな待遇を得るのかを見ておこうと思った。
彼方の考えは単純だ。相手の焦りを鎮め、あの男は自分に敵わないのだと理解させる。今、恐れているのは相手のほうで、自分はすでに勝っている。あとは待てばいい。
彼は言った。
「あまり心配いりません。物事は、あなたが思うより簡単です。あなたの敵は、もう彼ではない。ほかの何かです。あなたが恐れているのは、恐怖そのもの。ですから……しばらく、待ちましょう。知らせは届きます」
――これだけ?
これだけか。
何もせず、待つだけで問題が解決するなら、クレーフ塔は、グレイヴハウンドは、何のためにある。
ローリーは眉をひそめた。無表情のまま、だが頬の筋肉が微かに歪む。
大きな話。空疎な話。曖昧な話。どれも、詐欺師の常套手段だ。彼には、よく分かる。
長年の苦労が、この手の言い回しに、嫌というほど慣らしていた。
彼は迷わず判断した。――これは、紛れもない詐欺師だ。
だが、驚いたことに、セリスは教えを請う顔でうなずき、低く言った。
「ご指導、感謝します。前回の本は、大きな収穫でした。ですが、今回の状況は普通ではありません。できれば……」
「ふう……」
ローリーは平静を保とうとした。だが、鼠としての誇りが、地面に踏みつけられるように痛む。
(自分は、老いたのだ)
(でなければ、こんな愚かな主を選ぶはずがない)
なんだ、世間知らずの小娘か。
くそ。こんな明らかな詐欺師すら、見抜けないのか。
彼方はふと、微妙な顔でカップを置いた。
「すみません、少し待っていただけますか。用事があって。五分ほどで戻ります」
(……しまった)
いつものように客を待っていたら、茶を飲みすぎた。ちょうど手洗いに行く頃合いに、この令嬢と話し込んでしまった。
我慢できないこともないが、体に良くない。それに、この程度の生理的な都合は、相手も察してくれるだろう。
セリスは少し驚き、それからうなずいた。
「はい。どうぞ、ご自由に」
彼方は立ち上がり、二階への階段へ向かう。二人の見送るなか、階段の角に消えた。
セリスが店主の言葉を噛みしめようとした、そのとき。傍らのローリーが、身をかがめた。歯を食いしばって言う。
「頭。いったい、何をなさっているんですか」
セリスは眉をひそめ、横を冷たい目で見た。
「あなたを連れてきたのは、持っている情報が役に立つかもしれないからです。あなたを信頼しているからでも、評価しているからでもない。その口の利き方は、何なんですか」
「首の烙印を、忘れたの。あなたは今、私の家臣です。そこらを走り回る、躾のなっていない野鼠ではない。少しは作法を覚えたらどうですか」
ローリーの顔が、瞬間に歪む。
「あいつは詐欺師です。紛れもない詐欺師だ。ああ、作法なんて知りませんよ。ですが、これなら分かる。この手の詐術は、俺が一番よく知っている。あいつの腕は確かだが、同程度の連中なら、俺は三人は挙げられる」
――騙されている愚か者が、高いところから自分を見下ろす。まるで、溝のなかの鼠を見るように。
セリスの顔色が沈む。低く叱った。
「黙りなさい。あなたを連れてくるべきではなかった。浅はかな人間の目には、浅はかなものしか映らない。あなたに使い道がなければ、今すぐ斬り捨てているわ」
「俺は、あなたに忠実です。すぐに分からせてやりますよ……」
ローリーは背の後ろへ、そっと毒矢を滑らせた。目の殺意を隠して、低く言う。
「あの男が降りてきたら、証明してやります」
「――しゅる」
深淵から来たような嘶きが、店内に響いた。
ローリーとセリスは、はっとして同時にカウンターへ目をやる。
黒い像が、極めて速く歪み、膨れ上がった。長い尾を振り、蝙蝠の翼を、ばさりと広げる。
地獄から来た巨大な影のように、二人の姿を覆った。
大きく口を開け、声もなく咆哮する。目には邪な血の赤い光が燃え上がり、殺意を露わにした者――ローリーを、見据えていた。
そして、飛びかかる。
爪でローリーの頭を掴むと、全力の抵抗も、信じられないという驚愕の表情も無視して、一息に頭を噛み切り、呑み込んだ。続けて胴を平らげ、最後には長い舌を伸ばして、床と戸棚の血痕まできれいに舐め取る。
かかった時間は、一分にも満たない。ローリーは悲鳴を上げる暇さえなかった。
ガーゴイルは、像に戻る。
「とん、とん、とん」
彼方が階段を降りてくる。見えたのは、カウンターの前に一人で立って、床をぼんやり見つめるセリスだけだった。
彼は不思議そうに訊いた。
「あれ。お連れの方は、どこへ?」




