表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/21

まだ見ぬ世界

 その日の夕方。


 レオンとトムは並んで家へ帰っていた。


 広場の喧騒は少しずつ遠ざかっていく。


 荷馬車の周りにはまだ人が集まっていたが、子供達はもう別の遊びを始めている。


 トムは珍しく静かだった。


 考え事をしている時の顔だった。


 レオンは知っている。


 この顔の時は、そのうち何か聞いてくる。


 案の定だった。


「兄ちゃん」


「ん?」


「勇者様ってさ」


 やっぱりその話だった。


「どこの国の人だったんだろうな」


 レオンは少し考える。


「知らん」


「だよなぁ」


 トムは残念そうだった。


「でも」


 少しして続ける。


「勇者様の国なくなったんだろ?」


「らしいな」


「じゃあどこにあったんだろ」


 レオンは答えられなかった。


 考えたこともなかった。


 勇者。


 昔話の中の人物。


 それだけだった。


「家に本なかったっけ」


 トムが言う。


「本?」


「父さんが前に買ってたやつ」


 レオンは思い出した。


 何年か前。


 行商人から買った本だ。


 確か地図が載っていた気がする。


「あるかもな」


「見よう!」


 トムの元気が戻った。


 さっきまで真面目な顔をしていたのに。


 単純だった。



 夕食後。


 父は椅子でうとうとしている。


 母は片付け中。


 レオンは棚を漁っていた。


「兄ちゃんまだ?」


「待て」


「まだ?」


「待て」


「まだ?」


「うるさい」


 ようやく見つかった。


 少し埃を被った本。


 厚い革表紙。


 題名は。


『世界地理録』


「おおー!」


 トムが歓声を上げた。


「読め」


「無理」


 即答だった。


 レオンはため息を吐いた。


 知っていた。



 二人は机に並んで座った。


 本を開く。


 最初のページには地図が描かれていた。


「うわぁ」


 トムが声を漏らす。


 レオンも思わず見入った。


 想像していたよりずっと広い。


 大きな大陸。


 山脈。


 川。


 そしていくつもの国。


「ここがリグリア」


 レオンが指差す。


「俺達の国だな」


「でかいな」


「思ったよりな」


 二人とも少し驚いていた。


 村しか知らない子供にとって。


 国という存在は想像以上に大きかった。


「じゃあさ」


 トムが地図を覗き込む。


「ルーベル村は?」


 レオンも探す。


 町はいくつか載っている。


 だが。


 ルーベル村はない。


「載ってないな」


「えっ」


 トムが固まった。


「なんで!?」


「小さいからじゃないか」


「そんな!」


 本気でショックを受けていた。


 レオンは少し笑う。


「見てみろ」


 地図を指差す。


「国だけでもこんなに広いんだ」


「うん」


「村まで全部描いたら真っ黒になる」


 トムはしばらく地図を見つめていた。


「じゃあこの辺かな」


 適当な場所を指差す。


「知らん」


「じゃあこっち!」


「知らん」


「兄ちゃん何も知らないな!」


「トムの兄ちゃんだからな」


 二人とも笑った。



 次のページをめくる。


 そこにはリグリア王国の紹介が載っていた。


 大きな白い城。


 広い街並み。


 空へ伸びる巨大な聖堂。


 見たこともない景色。


「これ全部リグリア?」


 トムが目を丸くする。


「らしいな」


「俺達と同じ国なのに?」


「らしい」


 ルーベル村しか知らない二人には不思議な話だった。


 同じ国と言われても。


 まるで別世界に見える。


「なんだこれ」


 トムが聖堂を指差した。


「教会じゃないか?」


「でけぇ……」


 本気で驚いていた。



「こっちはダイヤル」


 巨大な図書館。


 本棚。


 本棚。


 さらに本棚。


「うわぁ……」


 トムの顔が曇る。


「どうした」


「本しかない」


「本の国だからな」


「寝る」


「トムにとっては地獄だな」


 二人とも笑った。


 レオンも住みたいとは思わない。


 だが。


 こんなに本が集まる場所は少しだけ見てみたかった。



「なあ兄ちゃん」


「ん?」


「勇者様の国は?」


 ページをめくる手が止まる。


 二人で探す。


 だが。


 ない。


 どこにも載っていなかった。


「本当だ」


「ないな」


 トムは少し考えた。


「昔なくなったからかな」


「かもな」


 レオンもそう思った。


 なくなった国。


 昔話の中だけに残る国。


 それ以上のことは分からない。


「なんか寂しいな」


 トムがぽつりと言った。


 レオンは答えなかった。


 けれど。


 少しだけ同じことを思った。



「まあ」


 レオンは笑う。


「その時は付き合ってやる」


「本当か!?」


「ああ」


「約束だからな!」


「分かった分かった」


 トムは嬉しそうに笑った。


 地図の上を指が走る。


 海。


 城。


 図書館。


 勇者の国があった場所。


 まだ見ぬ景色。


 トムの目はきらきらしていた。


 その夜。


 二人は寝る直前まで地図を眺めていた。


 まだ見ぬ世界を想像しながら。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ