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夏祭り

 祭り当日の朝。


 ルーベル村はいつもより少しだけ早く目を覚ました。


 まだ日も昇りきらない時間。


 既に広場では大人達が動き回っている。


 木材を運ぶ者。


 屋台を組み立てる者。


 大鍋を準備する者。


 皆忙しそうだった。


 そして。


「起きろぉぉぉぉ!!」


 レオンもまた。


 いつも通り起こされた。


「……」


 無言で枕を投げる。


「ぐえっ」


 命中。


 トムが吹っ飛んだ。


「誕生日終わったんだからもう来るな」


「祭りの日だぞ!」


「知ってる」


「寝てる場合じゃない!」


「まだ朝だ」


「祭りだぞ!」


 会話にならなかった。



 朝食。


 父は既に祭りの手伝いへ行くらしい。


 母もパンを大量に焼いている。


「今日は忙しいからね」


 母が言う。


「昼は広場で食べなさい」


「分かった」


「お祭りだ!」


 トムだけは朝から元気だった。


 父が笑う。


「昨日寝たの遅かっただろ」


「楽しみすぎて眠れなかった!」


 正直だった。


 母が呆れている。


 レオンは笑った。


 本当に子供だ。


 十歳になったと言っても。


 やっぱり子供だった。



 昼。


 村の広場。


 祭りは既に始まっていた。


 音楽。


 笑い声。


 焼いた肉の匂い。


 パンの匂い。


 酒の匂い。


 人々の声。


 普段は静かな広場が別世界のようだった。


「レオン!」


 ガルドが声を掛ける。


 鍛冶屋だ。


 既に酒を飲んでいる。


「早くないか」


「祭りだからな!」


 全く答えになっていなかった。


 父もその横にいた。


 こちらも飲んでいた。


「お前も飲むか」


「未成年だ」


「そうだった」


 全然反省していない顔だった。


 母に見つかったら怒られる。


 レオンはそう思った。



 一方。


 トムは子供達の集団にいた。


 鬼ごっこ。


 追いかけっこ。


 かくれんぼ。


 全部やっていた。


 そして全部全力だった。


「捕まえた!」


「うわぁ!」


 年下の子供が笑う。


 トムも笑う。


 汗だくになりながら走り回る。


 胸元では首飾りが揺れていた。


 母にもらった宝物。


 本人は絶対に外さないと決めている。


 だから遊ぶ時も付けたままだった。



 夕方。


 祭りは最高潮を迎えていた。


 村長が挨拶をする。


 豊作への感謝。


 来年への願い。


 長い話。


 子供達は誰も聞いていない。


 大人達も半分くらい聞いていない。


 毎年そうだった。


 そして。


 最後。


 花火代わりの焚火に火が入る。


 大きな炎が夜空を照らした。


「おお……」


 トムが目を輝かせる。


 レオンも見上げる。


 綺麗だった。


 炎の赤。


 夜の黒。


 星の白。


 それらが混ざり合う。


 村人達が笑っている。


 父が笑う。


 母が笑う。


 トムが笑う。


 レオンも笑った。


 今この瞬間だけは。


 何も心配することがなかった。


 魔物も。


 争いも。


 飢えも。


 何もない。


 ただ。


 皆が笑っている。


 それだけで十分だった。


「兄ちゃん」


 隣から弟の声。


「ん?」


「来年も楽しみだな」


 レオンは少し笑った。


「そうだな」


「再来年も」


「そうだな」


「その次も」


 レオンは焚火を見る。


 揺れる炎。


 笑い声。


 歌声。


 酒に酔った大人達。


 走り回る子供達。


 父が笑っている。


 母も笑っている。


 村の皆がそこにいた。


 特別なものは何もない。


 けれど。


 レオンは思う。


 こういう時間は嫌いじゃない。


 むしろ好きだった。


「そういえば」


 レオンが言う。


「ん?」


「村長のところの届け物」


 トムが少し身構える。


「ちゃんと届けたんだろ?」


「届けた!」


 胸を張る。


「途中で転んだけどな」


「な、なんで知ってるんだよ!?」


 レオンは吹き出した。


「母さんが言ってた」


「うわぁ……」


 トムが頭を抱える。


 少しだけ間が空く。


 焚火がぱちりと音を立てた。


「でも」


 レオンは言った。


「頑張ったな」


 トムが固まる。


「え?」


「初めての一人の仕事だったろ」


「……うん」


「ちゃんとやったじゃないか」


 トムは何も言わなかった。


 ただ。


 少しだけ照れ臭そうに笑った。


「へへ」


 首飾りが小さく揺れる。


 母からもらった宝物。


 焚火の火が夜空へ昇っていく。


 その夜。


 ルーベル村は遅くまで賑やかだった。

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