夏祭り
祭り当日の朝。
ルーベル村はいつもより少しだけ早く目を覚ました。
まだ日も昇りきらない時間。
既に広場では大人達が動き回っている。
木材を運ぶ者。
屋台を組み立てる者。
大鍋を準備する者。
皆忙しそうだった。
そして。
「起きろぉぉぉぉ!!」
レオンもまた。
いつも通り起こされた。
「……」
無言で枕を投げる。
「ぐえっ」
命中。
トムが吹っ飛んだ。
「誕生日終わったんだからもう来るな」
「祭りの日だぞ!」
「知ってる」
「寝てる場合じゃない!」
「まだ朝だ」
「祭りだぞ!」
会話にならなかった。
◇
朝食。
父は既に祭りの手伝いへ行くらしい。
母もパンを大量に焼いている。
「今日は忙しいからね」
母が言う。
「昼は広場で食べなさい」
「分かった」
「お祭りだ!」
トムだけは朝から元気だった。
父が笑う。
「昨日寝たの遅かっただろ」
「楽しみすぎて眠れなかった!」
正直だった。
母が呆れている。
レオンは笑った。
本当に子供だ。
十歳になったと言っても。
やっぱり子供だった。
◇
昼。
村の広場。
祭りは既に始まっていた。
音楽。
笑い声。
焼いた肉の匂い。
パンの匂い。
酒の匂い。
人々の声。
普段は静かな広場が別世界のようだった。
「レオン!」
ガルドが声を掛ける。
鍛冶屋だ。
既に酒を飲んでいる。
「早くないか」
「祭りだからな!」
全く答えになっていなかった。
父もその横にいた。
こちらも飲んでいた。
「お前も飲むか」
「未成年だ」
「そうだった」
全然反省していない顔だった。
母に見つかったら怒られる。
レオンはそう思った。
◇
一方。
トムは子供達の集団にいた。
鬼ごっこ。
追いかけっこ。
かくれんぼ。
全部やっていた。
そして全部全力だった。
「捕まえた!」
「うわぁ!」
年下の子供が笑う。
トムも笑う。
汗だくになりながら走り回る。
胸元では首飾りが揺れていた。
母にもらった宝物。
本人は絶対に外さないと決めている。
だから遊ぶ時も付けたままだった。
◇
夕方。
祭りは最高潮を迎えていた。
村長が挨拶をする。
豊作への感謝。
来年への願い。
長い話。
子供達は誰も聞いていない。
大人達も半分くらい聞いていない。
毎年そうだった。
そして。
最後。
花火代わりの焚火に火が入る。
大きな炎が夜空を照らした。
「おお……」
トムが目を輝かせる。
レオンも見上げる。
綺麗だった。
炎の赤。
夜の黒。
星の白。
それらが混ざり合う。
村人達が笑っている。
父が笑う。
母が笑う。
トムが笑う。
レオンも笑った。
今この瞬間だけは。
何も心配することがなかった。
魔物も。
争いも。
飢えも。
何もない。
ただ。
皆が笑っている。
それだけで十分だった。
「兄ちゃん」
隣から弟の声。
「ん?」
「来年も楽しみだな」
レオンは少し笑った。
「そうだな」
「再来年も」
「そうだな」
「その次も」
レオンは焚火を見る。
揺れる炎。
笑い声。
歌声。
酒に酔った大人達。
走り回る子供達。
父が笑っている。
母も笑っている。
村の皆がそこにいた。
特別なものは何もない。
けれど。
レオンは思う。
こういう時間は嫌いじゃない。
むしろ好きだった。
「そういえば」
レオンが言う。
「ん?」
「村長のところの届け物」
トムが少し身構える。
「ちゃんと届けたんだろ?」
「届けた!」
胸を張る。
「途中で転んだけどな」
「な、なんで知ってるんだよ!?」
レオンは吹き出した。
「母さんが言ってた」
「うわぁ……」
トムが頭を抱える。
少しだけ間が空く。
焚火がぱちりと音を立てた。
「でも」
レオンは言った。
「頑張ったな」
トムが固まる。
「え?」
「初めての一人の仕事だったろ」
「……うん」
「ちゃんとやったじゃないか」
トムは何も言わなかった。
ただ。
少しだけ照れ臭そうに笑った。
「へへ」
首飾りが小さく揺れる。
母からもらった宝物。
焚火の火が夜空へ昇っていく。
その夜。
ルーベル村は遅くまで賑やかだった。




