村祭りの準備
トムが首飾りをもらってから数日。
ルーベル村は少しだけ慌ただしくなっていた。
理由は単純だ。
夏祭り。
ルーベル村では毎年この時期になると、小さな祭りが開かれる。
豊穣への感謝。
秋の豊作祈願。
そして何より。
皆で酒を飲むためだ。
父はそう言っていた。
「絶対違うだろ」
レオンが言う。
「いや、本質だ」
父は真顔だった。
母が呆れている。
「子供に何言ってるの」
「事実だろ」
「違います」
即座に否定された。
父は肩を竦める。
レオンは笑った。
トムも笑った。
いつもの食卓だった。
◇
朝食後。
レオンは父に呼ばれた。
「今日は森へ行くぞ」
「森?」
「ああ」
祭りで使う薪が足りん」
父は斧を担ぐ。
「手伝え」
「分かった」
レオンは頷いた。
「俺も行く!」
当然のようにトムが言う。
当然のように却下された。
「駄目だ」
「なんで!?」
「邪魔だから」
即答だった。
トムは傷付いた顔をした。
しかし。
「村長のところへ荷物届けてこい」
父が言う。
「祭りの飾りだ」
「おつかい?」
「ああ」
「一人で?」
「一人で」
トムの顔が少し変わる。
十歳。
子供でもあり。
少しだけ大人でもある。
初めて一人で任される仕事。
悪い気はしなかった。
「分かった」
胸を張る。
父が少し笑った。
「頼んだぞ」
「任せろ!」
たぶん任せてはいけない。
レオンはそう思った。
◇
森への道。
父と二人。
鳥の鳴き声が聞こえる。
木漏れ日が揺れる。
風が葉を鳴らす。
平和だった。
森の入口付近なら魔物も出ない。
せいぜい牙ウサギがいる程度。
だから村人も普通に出入りしている。
「そういや」
父が言った。
「トムも十歳か」
「そうだな」
「早いもんだ」
父は空を見上げる。
「お前もあっという間だった」
「そうか?」
「そうだ」
父は笑った。
「この前まで膝くらいだったのにな」
「そんな昔か?」
「昔だ」
レオンは少し考える。
確かに。
気付けば自分も大きくなっていた。
父の肩に届くくらいには。
「お前」
父がぽつりと言う。
「トムのこと好きだろ」
レオンは咳き込んだ。
「急に何だよ」
「いや」
父は笑う。
「見てれば分かる」
「別に普通だ」
「そうか?」
「そうだ」
少しだけ気まずい。
父は楽しそうだった。
「まあ」
しばらく歩いてから言う。
「お前がいて良かったと思うよ」
レオンは父を見る。
「何が」
「トムがな」
父は森を見る。
穏やかな顔だった。
「昔からお前の後ろばっか追いかけてる」
少し笑う。
「多分あいつにとって、お前は世界一格好いい兄貴なんだろうな」
レオンは返事に困った。
そういうことを言われるのは苦手だった。
「……大袈裟だ」
「そうかもな」
父は笑った。
けれど。
レオンは少しだけ嬉しかった。
◇
その頃。
トムは一人で村長の家へ向かっていた。
祭りの飾りが入った籠を抱えて。
少しだけ誇らしげに。
少しだけ背筋を伸ばして。
初めて任された仕事。
失敗したくなかった。
「大人だからな」
誰も聞いていないのに呟く。
そして。
石につまずいた。
転んだ。
「いてぇ!」
祭りの飾りが飛び散る。
数秒後。
祭りの飾りを抱え直す。
少しだけ土が付いてしまったが、たぶん大丈夫だ。
たぶん。
きっと。
「……うん」
自分に言い聞かせるように頷く。
胸元の首飾りが小さく揺れた。
兄とお揃い。
母からもらった大切な宝物。
なんだか少しだけ勇気が出る気がした。
「よし」
トムは再び歩き出した。
祭りの準備で賑わう村の中を。
少しだけ背筋を伸ばして。
少しだけ大人になった気分で。
村長の家はまだ少し遠い。
けれど足取りは軽かった。
初めて任された仕事を。
ちゃんとやり遂げたいと思った。




