宝物
夕暮れの空は赤かった。
西の空に沈みかけた太陽が、ルーベル村を優しい色に染めている。
畑から戻る人々。
家路を急ぐ子供達。
家々の煙突から立ち上る煙。
どこかの家から夕飯の匂いが流れてくる。
いつもと変わらない景色だった。
「ただいまー!」
トムが勢いよく扉を開ける。
「こら、走らない」
母の声が飛ぶ。
「ごめんなさい!」
全然反省していない返事だった。
レオンは苦笑しながら家へ入る。
台所では母が忙しそうに動いていた。
鍋からは湯気が立ち上る。
香草の香り。
焼いた肉の香り。
そして。
甘い匂い。
珍しい。
レオンは首を傾げた。
「何か作ってるのか?」
母が振り返る。
少しだけ悪戯っぽく笑った。
「秘密」
トムが飛びつく。
「何!? 何!?」
「秘密」
「教えて!」
「秘密」
母は強かった。
父でも勝てない。
トムが勝てるわけがない。
しばらく粘った末に敗北した。
「むぅ……」
不満そうだった。
でも少し楽しそうでもあった。
◇
夜。
食卓にはご馳走が並んでいた。
普段より少しだけ豪華な夕食。
焼いた肉。
野菜のスープ。
焼きたてのパン。
そして。
小さな果物のタルト。
「おお……」
トムが目を輝かせる。
「今日は誕生日だからね」
母が笑った。
「やったー!」
飛び跳ねる。
椅子に足をぶつける。
「痛っ」
父が吹き出した。
レオンも笑う。
本当に忙しい弟だった。
◇
食事が終わる。
トムは満足そうだった。
腹をさすっている。
「もう食えない……」
「さっきも言ってたぞ」
「今度こそ本当」
レオンは信用しなかった。
正解だった。
十分後にはパンを齧っていた。
◇
「さて」
母が立ち上がる。
「トム」
「ん?」
「誕生日のプレゼントよ」
トムの目が丸くなった。
「あるの!?」
「あるわよ」
「やった!」
父が苦笑する。
「あるに決まってるだろ」
母が小さな箱を差し出した。
木でできた箱だった。
トムは恐る恐る蓋を開ける。
中に入っていたのは。
首飾りだった。
銀色の小さな飾り。
決して高価なものではない。
宝石もない。
金も使われていない。
だが。
丁寧に作られていた。
一目で分かる。
母の手作りだった。
「わぁ……」
トムが息を呑む。
母が微笑む。
「十歳の記念」
「母さんが作ったの?」
「そうよ」
トムは首飾りを持ち上げる。
夕食の灯りを受けて小さく輝いた。
「すごい……」
本当に嬉しそうだった。
その時。
母がレオンを見る。
「レオン」
「ん?」
「見せてあげなさい」
レオンは少しだけ笑った。
服の下から首飾りを取り出す。
同じだった。
全く同じ形。
全く同じ飾り。
「えっ」
トムが固まる。
「兄ちゃんも持ってるの!?」
「十歳の時にもらった」
トムの目がさらに輝いた。
「お揃い!?」
「そうなるな」
「やったぁ!」
飛び上がる。
そして。
また椅子に足をぶつけた。
「痛っ」
家族全員が笑った。
その夜。
トムは首飾りを何度も眺めていた。
食後も。
寝る前も。
布団に入ってからも。
何度も。
何度も。
「そんなに気に入ったのか」
レオンが聞く。
トムは首飾りを握りしめた。
「うん」
少し照れながら。
「宝物だから」
少し間を置いて。
「兄ちゃんと同じだし」
レオンは苦笑した。
本当に。
どこまでいっても弟だった。
トムは満足そうに首飾りを胸に抱く。
そして。
そのまま眠った。
レオンは静かに立ち上がる。
ずり落ちた毛布を掛け直した。
「風邪ひくぞ」
小さく呟く。
返事はない。
トムはもう眠っていた。
幸せそうな顔だった。
レオンは少しだけ笑った。
母がいて、父がいて、トムがいる。
こんな日常がレオンにとっての宝物だった。




