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宝物

 夕暮れの空は赤かった。


 西の空に沈みかけた太陽が、ルーベル村を優しい色に染めている。


 畑から戻る人々。


 家路を急ぐ子供達。


 家々の煙突から立ち上る煙。


 どこかの家から夕飯の匂いが流れてくる。


 いつもと変わらない景色だった。


「ただいまー!」


 トムが勢いよく扉を開ける。


「こら、走らない」


 母の声が飛ぶ。


「ごめんなさい!」


 全然反省していない返事だった。


 レオンは苦笑しながら家へ入る。


 台所では母が忙しそうに動いていた。


 鍋からは湯気が立ち上る。


 香草の香り。


 焼いた肉の香り。


 そして。


 甘い匂い。


 珍しい。


 レオンは首を傾げた。


「何か作ってるのか?」


 母が振り返る。


 少しだけ悪戯っぽく笑った。


「秘密」


 トムが飛びつく。


「何!? 何!?」


「秘密」


「教えて!」


「秘密」


 母は強かった。


 父でも勝てない。


 トムが勝てるわけがない。


 しばらく粘った末に敗北した。


「むぅ……」


 不満そうだった。


 でも少し楽しそうでもあった。



 夜。


 食卓にはご馳走が並んでいた。


 普段より少しだけ豪華な夕食。


 焼いた肉。


 野菜のスープ。


 焼きたてのパン。


 そして。


 小さな果物のタルト。


「おお……」


 トムが目を輝かせる。


「今日は誕生日だからね」


 母が笑った。


「やったー!」


 飛び跳ねる。


 椅子に足をぶつける。


「痛っ」


 父が吹き出した。


 レオンも笑う。


 本当に忙しい弟だった。



 食事が終わる。


 トムは満足そうだった。


 腹をさすっている。


「もう食えない……」


「さっきも言ってたぞ」


「今度こそ本当」


 レオンは信用しなかった。


 正解だった。


 十分後にはパンを齧っていた。



「さて」


 母が立ち上がる。


「トム」


「ん?」


「誕生日のプレゼントよ」


 トムの目が丸くなった。


「あるの!?」


「あるわよ」


「やった!」


 父が苦笑する。


「あるに決まってるだろ」


 母が小さな箱を差し出した。


 木でできた箱だった。


 トムは恐る恐る蓋を開ける。


 中に入っていたのは。


 首飾りだった。


 銀色の小さな飾り。


 決して高価なものではない。


 宝石もない。


 金も使われていない。


 だが。


 丁寧に作られていた。


 一目で分かる。


 母の手作りだった。


「わぁ……」


 トムが息を呑む。


 母が微笑む。


「十歳の記念」


「母さんが作ったの?」


「そうよ」


 トムは首飾りを持ち上げる。


 夕食の灯りを受けて小さく輝いた。


「すごい……」


 本当に嬉しそうだった。


 その時。


 母がレオンを見る。


「レオン」


「ん?」


「見せてあげなさい」


 レオンは少しだけ笑った。


 服の下から首飾りを取り出す。


 同じだった。


 全く同じ形。


 全く同じ飾り。


「えっ」


 トムが固まる。


「兄ちゃんも持ってるの!?」


「十歳の時にもらった」


 トムの目がさらに輝いた。


「お揃い!?」


「そうなるな」


「やったぁ!」


 飛び上がる。


 そして。


 また椅子に足をぶつけた。


「痛っ」


 家族全員が笑った。


 その夜。


 トムは首飾りを何度も眺めていた。


 食後も。


 寝る前も。


 布団に入ってからも。


 何度も。


 何度も。


「そんなに気に入ったのか」


 レオンが聞く。


 トムは首飾りを握りしめた。


「うん」


 少し照れながら。


「宝物だから」


 少し間を置いて。


「兄ちゃんと同じだし」


 レオンは苦笑した。


 本当に。


 どこまでいっても弟だった。


 トムは満足そうに首飾りを胸に抱く。


 そして。


 そのまま眠った。


 レオンは静かに立ち上がる。


 ずり落ちた毛布を掛け直した。


「風邪ひくぞ」


 小さく呟く。


 返事はない。


 トムはもう眠っていた。


 幸せそうな顔だった。


 レオンは少しだけ笑った。


 母がいて、父がいて、トムがいる。


 こんな日常がレオンにとっての宝物だった。

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