表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/21

兄と弟

 その日の午後は、よく晴れていた。


 雲ひとつない青空。


 畑を渡る風は心地良く、夏の始まりを感じさせる暖かさだった。


 昼食を終えたレオンは、いつものように木剣を持って村外れへ向かっていた。


 歩き慣れた道。


 何度も往復した道。


 途中で顔見知りの村人達とすれ違う。


「また素振りか」


 鍛冶屋のガルドが笑う。


「またです」


「飽きないなぁ」


「飽きないですね」


「偉いもんだ」


 ガルドは感心したように頷いた。


 レオンは少しだけ照れ臭かった。


 別に褒められるためにやっているわけではない。


 誰かに言われたわけでもない。


 ただ習慣だった。


 朝起きて顔を洗うようなものだ。


 木剣を振らないと、なんだか落ち着かなかった。


 村外れには大きな樫の木がある。


 何百年も前からそこに立っているらしい。


 子供達の遊び場であり。


 昼寝場所であり。


 待ち合わせ場所でもある。


 レオンのお気に入りの場所だった。


 木剣を構える。


 深呼吸。


 そして振る。


 風を切る音。


 一振り。


 また一振り。


 無駄なことは考えない。


 身体の動きだけに集中する。


 足の位置。


 重心。


 腕の動き。


 呼吸。


 父はよく言う。


 畑仕事も剣も同じだと。


 毎日積み重ねたものは裏切らない。


 だから続けろと。


 レオンはその言葉が好きだった。


「レオーン!」


 聞き慣れた声。


 やっぱり来た。


 振り返る。


 案の定だった。


 トムが全力で走ってくる。


 そして。


 案の定。


 転んだ。


「何してんだ」


「いてて……」


「走るからだ」


「走らないと間に合わない」


「何にだ」


「兄ちゃんの素振り」


 レオンは思わず笑った。


 トムは立ち上がる。


 膝に土が付いている。


 擦り傷も出来ていた。


 でも本人は気にしていない。


「なあ」


 トムが木剣を見る。


「俺もやっていい?」


「いいぞ」


 レオンは木剣を渡した。


 トムは嬉しそうだった。


 両手で握る。


 そして。


 ぶんっ。


 勢いだけは良かった。


 勢いだけは。


「どうだ!」


「全然駄目だな」


「なんで!?」


「腰が入ってない」


「腰?」


「こうだ」


 レオンは後ろから手を添える。


 足の位置を直す。


 身体の向きを直す。


「ほら」


「おお……」


 トムの目が輝いた。


 単純だった。


 でもそこが可愛い。


「もう一回」


 ぶん。


「おお!」


 ぶん。


「おおお!」


 本人は上達したつもりらしい。


 実際はまだ全然だった。


 それでも。


 少し前よりは様になっていた。


「兄ちゃん」


「なんだ」


「俺、強くなれるかな」


 真面目な声だった。


 レオンは少しだけ考える。


「なれるよ」


 トムの顔が明るくなる。


「本当!?」


「ちゃんと続ければな」


「続ける!」


「三日後には忘れてそうだな」


「忘れない!」


 トムは本気だった。


 レオンは知っている。


 この弟が自分に憧れていることを。


 昔からだ。


 あの日から。


 牙ウサギの事件から。


 本人は何度も話す。


 あの時兄ちゃんが助けてくれた。


 兄ちゃんが来なかったら死んでた。


 レオンは少し大袈裟だと思っている。


 確かに怖かった。


 確かに危なかった。


 でも。


 助けるのは当たり前だった。


 弟なのだから。


 それだけだった。


 けれど。


 トムにとっては違ったらしい。


 あの日以来。


 ずっと追いかけてくる。


 ずっと憧れている。


 それが少し誇らしかった。


 少し照れ臭かった。


 そして。


 少し嬉しかった。


「レオン」


 声がした。


 母だった。


 夕暮れが近い。


「そろそろ帰るわよ」


「はーい!」


 トムが真っ先に返事をした。


 そして。


 木剣を返しながら言う。


「兄ちゃん」


「ん?」


「ありがとう」


「何が」


「教えてくれて」


 レオンは少しだけ驚いた。


 こういうことを素直に言う。


 それがトムだった。


「別に」


「へへ」


 嬉しそうに笑う。


 夕陽が差していた。


 赤い光が少年の横顔を照らしていた。


 レオンはふと思った。


 このまま大きくなるのだろう。


 背も伸びる。


 剣も上手くなる。


 そのうち自分なんか追い抜くだろう。


 トムの大きくなった未来を想像し、レオンの頬は思わず緩んでいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ