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19/21

別れの鐘

 夜だった。


 ルーベル村は静かだった。


 夕食を終え。


 父は椅子に座り。


 母は片付けをしている。


 レオンは父から譲られた剣の手入れをしていた。


 トムは窓際にいる。


 最近の日課だった。


 森を見る。


 光を見る。


 今日も同じ。


 そう思っていた。


「兄ちゃん」


 声が震えていた。


 レオンは顔を上げる。


「どうした」


 トムは窓の外を指差していた。


 顔が青い。


「やばい」


「何が」


「いっぱい」


 レオンは立ち上がる。


「何がいっぱいなんだ」


「光」


 トムの声が掠れている。


「赤いのがいっぱい来てる」


 父と母も顔を上げた。


 その瞬間だった。


 ガン。


 ガン。


 ガン。


 警鐘が鳴り響く。


 今まで聞いたことのない勢いだった。


 父が立ち上がる。


 母の顔色が変わる。


 そして。


 外から悲鳴が聞こえた。


「魔物だぁぁぁぁ!!」


 誰かの叫び声。


「門が破られた!!」


 レオンの背筋が凍った。


 父は即座に斧を掴む。


 母も玄関へ向かった。


「外に出るぞ」


 父の声は低かった。


 緊張している。


 それが分かった。


 家族全員で外へ飛び出す。


 そして。


 言葉を失った。


 村が燃えていた。


 あちこちで炎が上がっている。


 逃げ惑う村人。


 倒れている村人。


 泣き叫ぶ子供。


 広場では村人達が必死に戦っていた。


 火を放つ者。


 風を起こす者。


 水をぶつける者。


 皆必死だった。


 だが。


 魔物の数が多すぎた。


 灰狼。


 角猪。


 牙ウサギ。


 それだけではない。


 見たことのない魔物がいた。


 牛ほどもある巨大な狼。


 黒い甲殻を持つ四足獣。


 六本脚で地面を這う異形。


 森では見たこともない化け物達。


 数十。


 いや。


 百を超えている。


 どこを見ても魔物だった。


「なんだよ……」


 レオンは呟いた。


 理解できなかった。


 昨日まで平和だった。


 皆笑っていた。


 なのに。


 どうして。


「レオン!」


 父の声が飛ぶ。


 振り向く。


 父は既に斧を握っていた。


「トムを連れて逃げろ」


 レオンは首を振る。


「嫌だ」


「父さん達も一緒に」


「駄目だ」


 即答だった。


「聞け」


 父がレオンの肩を掴む。


 強い力だった。


「お前は生きろ」


 レオンは言葉を失う。


 父はこんな言い方をしない。


 いつも穏やかで。


 不器用で。


 少し口下手で。


 でも優しい父だ。


 そんな父が。


 今は必死だった。


「父さん」


「生きろ」


 もう一度言う。


「トムを連れて」


 声が震えていた。


 父も怖いのだ。


 それでも逃げない。


 家族を守るために。


 村を守るために。


 ここへ残る。


「レオン」


 父は少しだけ笑った。


「立派になったな」


 その一言が。


 胸に刺さった。


「父さん……」


「剣、似合ってるぞ」


 照れ臭そうに言う。


 それが父らしかった。


「本当はもっと早く渡すつもりだった」


「もっとちゃんと教えるつもりだった」


 少しだけ視線を逸らす。


「まあ」


 そして。


 レオンを見る。


「俺の自慢の息子だ」


 涙が出そうになった。


 父はそんなことを滅多に言わない。


 だからこそ。


 重かった。


 母が二人を抱き締める。


 大きな温もりだった。


 何度も感じた温もり。


 怪我をした時も。


 熱を出した時も。


 悲しかった時も。


 いつもそこにあった。


「大丈夫」


 母は言う。


 声は震えている。


 それでも笑っていた。


「あなた達なら大丈夫」


 涙が浮かんでいた。


「レオン」


 頬に触れる。


「トムをお願いね」


「母さん……」


「トム」


 今度は弟を見る。


「お兄ちゃんの言うことをちゃんと聞くのよ」


 トムはもう泣いていた。


「やだ」


 何度も首を振る。


「やだよ」


「みんなで逃げよう」


「母さんも」


「父さんも」


 母は何も言わなかった。


 ただ。


 優しく頭を撫でた。


「大好きよ」


 トムが泣き崩れる。


 レオンも涙が滲む。


 だが。


 父が叫んだ。


「行けぇぇぇぇ!!」


 魔物が迫っていた。


 もう時間がない。


 レオンはトムの手を掴む。


 そして走った。


 後ろを振り返れなかった。


 振り返ったら。


 足が止まる気がした。


 だから走った。


 トムも泣きながら走る。


「父さん!」


「母さん!」


 何度も叫ぶ。


 返事はない。


 代わりに。


 後ろから戦う音が聞こえる。


 村人達の叫び。


 魔物の咆哮。


 父の怒号。


 そして。


 かすかに。


「あっ――」


 母の声が聞こえた。


 本当に一瞬だった。


 父も母も。


 最後まで二人を心配させまいとしていた。


 だから悲鳴は短かった。


 それが逆に。


 レオンの胸を締め付けた。


 走る。


 走る。


 走る。


 涙で前が見えない。


 それでも走る。


 トムの手だけは離さない。


 絶対に。


 絶対に。


 離さない。


 村を抜け。


 森へ続く道へ飛び出した時だった。


 トムが立ち止まる。


「兄ちゃん」


 震える声だった。


 レオンが顔を上げる。


 前方。


 道の先。


 木々の間。


 無数の赤い光が見えていた。


 トムには見えている。


 そして。


 次の瞬間。


 闇の中で赤い目が開いた。


 一つ。


 二つ。


 三つ。


 十。


 二十。


 数え切れない。


 魔物だった。


 前にもいる。


 レオンは振り返る。


 後ろからも咆哮が聞こえる。


 追ってきている。


 前にも。


 後ろにも。


 魔物。


 逃げ場がない。


 レオンは父から受け継いだ剣を握り締めた。


 隣ではトムが震えている。


 その手を強く握る。


 絶対に離さない。


 そして。


 迫り来る闇を睨み付けた。

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