魔法を使う魔物
世界が変わってから二週間。
ルーベル村では、魔法はもう珍しいものではなくなっていた。
朝になれば誰かが火を出し。
昼になれば誰かが水を出し。
夜になれば誰かが光を灯す。
最初の大騒ぎが嘘みたいだった。
人は慣れる。
どんなに不思議なことにも。
◇
その日。
レオンは父と一緒に森へ来ていた。
薪集めだった。
ルーベル村のすぐ近く。
村人達が普段から出入りする安全な場所だ。
木漏れ日が揺れる。
鳥の声が聞こえる。
いつもの森。
そのはずだった。
「最近どうだ」
父が木を切りながら聞いた。
「何が」
「身体」
レオンは少し考える。
「変わらない」
「嘘つけ」
父が笑った。
「この前、丸太一人で運んでただろ」
「あれくらいなら」
「あれくらいじゃない」
即答だった。
レオン自身も分かっていた。
異常だ。
力が強い。
疲れない。
身体が軽い。
以前の自分とは明らかに違う。
だが。
どう違うのかまでは分からない。
「ダイヤルに行けば分かるのかもな」
父がぽつりと言う。
「ダイヤル?」
「ああ」
「本の国だろ」
「そうだ」
父は斧を肩に担ぐ。
「今頃、学者連中は大忙しだろうな」
その時だった。
森の奥から物音が聞こえた。
ガサッ。
二人が振り向く。
茂みが揺れている。
「牙ウサギか?」
父が言う。
レオンもそう思った。
この辺りで一番よく見る魔物だ。
大きな兎。
鋭い牙。
それだけ。
子供だけでは危険だが、大人なら対処できる。
そんな相手だった。
茂みから飛び出してきたのは。
確かに牙ウサギだった。
だが。
少し様子がおかしい。
「……なんだ?」
父が眉をひそめる。
牙ウサギの身体の周囲。
赤い光が漂っていた。
次の瞬間。
牙ウサギが口を開く。
そして。
ぼっ。
小さな火が飛んだ。
「は?」
父が固まる。
レオンも固まった。
火はすぐ消えた。
威力も大したことはない。
だが。
問題はそこではない。
「今」
父が言う。
「火吐いたか?」
「吐いたな」
牙ウサギは怯えたように逃げていく。
あっという間に森の奥へ消えた。
二人はしばらく黙っていた。
「見間違いか?」
父が言う。
「二人ともか?」
「だよな」
嫌な沈黙が落ちる。
世界が変わった。
人間だけではないのか。
「帰ったら村長に話すか」
父が言う。
「ああ」
レオンも頷いた。
◇
夕方。
家へ戻ると。
「兄ちゃん!」
トムが飛び付いてきた。
いつものことだった。
レオンは慣れた手つきで受け止める。
「おっと」
「見ろ!」
トムが両手を出した。
ぽうっ。
右手に光。
左手にも光。
「二個できた!」
本人は大真面目だった。
レオンは思わず笑う。
「すごいな」
「だろ!?」
満面の笑みだった。
「父さん!」
トムが振り向く。
「見たか!?」
「ああ」
父も笑った。
「すごいすごい」
トムは満足そうだった。
単純だった。
その後。
夕食の席で森の話をした。
「火を吐いた?」
母が首を傾げる。
「ああ」
父が頷く。
「確かに見た」
「魔物も魔法使えるようになったのかな」
トムが言う。
誰も答えられなかった。
だが。
皆なんとなく思っていた。
あり得る。
人間が変わったのだ。
魔物が変わっていてもおかしくない。
ただ。
その時のルーベル村には。
まだ危機感はなかった。
「まあ牙ウサギだしな」
父が笑う。
「火が出ても牙ウサギは牙ウサギだ」
皆が笑った。
トムも笑った。
レオンも笑った。
それが。
本当にただの変化なのか。
それとも。
もっと大きな何かの始まりなのか。
この時の彼らは。
まだ知らなかった。




