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魔法のある日常

 世界が変わってから十日ほどが過ぎた。


 最初こそ大騒ぎだったルーベル村も、少しずつ落ち着きを取り戻し始めていた。


 もちろん。


 魔法が消えたわけではない。


 むしろ逆だった。


 村人達は少しずつ力の使い方を覚え始めていた。


「おおー!」


 トムが歓声を上げる。


 畑だった。


 父が掌を前に向ける。


 すると。


 ぽたぽたと水が落ちた。


「出た!」


「少しだけな」


 父は苦笑する。


 量は大したことがない。


 桶一杯にも届かない。


 それでも。


 今まで何もなかったところから水が出る。


 十分凄かった。


「父さんすげぇ!」


「まあな」


 少しだけ得意そうだった。


 母が呆れている。


「調子に乗らない」


「はい」


 父は即座に大人しくなった。


 他の村人達も似たようなものだった。


 火を起こせる者。


 風を起こせる者。


 光を灯せる者。


 強さには差がある。


 だが。


 何かしら使える人間がほとんどだった。


 老人ですらそうだった。


「兄ちゃんは?」


 トムが聞く。


「何が」


「魔法」


「使えない」


 レオンは肩を竦めた。


 実際。


 何度試しても何も起きない。


 火も出ない。


 水も出ない。


 風も出ない。


 光も出ない。


 代わりに。


 身体だけがおかしかった。


「レオン」


 父が言う。


「それ持ってくれ」


 指差したのは丸太だった。


 薪用に切り出したものだ。


 大人二人で運ぶくらいの重さがある。


 レオンは頷いた。


 持ち上げる。


 そして。


「おい」


 父が言った。


「なんだ」


「軽く持ち上げるな」


「軽いぞ」


「軽くない」


 周囲が静かになった。


 レオンも少し困る。


 本当に軽いのだ。


 昔なら重かった。


 今は違う。


 荷物を運んでも疲れない。


 走っても疲れない。


 木剣を振っても疲れない。


 自分でも少し怖かった。


「兄ちゃん変だ」


 トムが真顔で言う。


「またそれか」


「変だ」


「そうか」


「すごく変だ」


 レオンは笑った。


 最近ずっと言われている。


「だって兄ちゃん」


 トムは目を細める。


「光いっぱいあるぞ」


「見えない」


「見えないのか」


「見えない」


「もったいないな」


 何がもったいないのか分からなかった。



 昼。


 二人は木陰で休んでいた。


 畑の端。


 風が気持ちいい。


「兄ちゃん」


「ん?」


「海ってどれくらい大きいんだろうな」


 またその話だった。


「知らん」


 言いかけて。


 レオンは少し考える。


「湖より大きいんじゃないか」


「見たことあるの?」


「ない」


「ないのかよ」


 二人とも笑った。


「でも気になるな」


 レオンは空を見る。


「だろ!?」


 トムが食い付く。


「海も!」


「うん」


「お城も!」


「うん」


「ダイヤルも!」


「うん」


 最近のトムはその話ばかりだった。


 地図を見てからずっとだ。


「兄ちゃん」


「なんだ」


「いつか行こうな」


 レオンは少し笑う。


「そうだな」


「約束だからな」


「分かった」


「絶対だぞ」


「分かったって」


 トムは満足そうだった。



 その日の夜。


 夕食の席でも。


 話題は魔法だった。


「村長がな」


 父が笑う。


「火を出そうとして髭を燃やした」


 トムが吹き出した。


「ほんとか!?」


「ああ」


 母まで笑っている。


「三回目よ」


「三回!?」


 食卓に笑い声が広がる。


 平和だった。


 本当に平和だった。



 寝る前。


 トムは窓の外を眺めていた。


「兄ちゃん」


「ん?」


「綺麗だぞ」


 レオンも外を見る。


 星しか見えない。


 けれど。


 トムには違う景色が見えているらしかった。


「空全部光ってる」


 嬉しそうに言う。


「世界がキラキラしてる」


 レオンには分からない。


 でも。


 その顔を見ていると。


 本当にそうなのかもしれないと思えた。


 トムはしばらく空を眺めた後。


 小さく呟いた。


「世界ってすごいな」


 レオンは頷く。


「ああ」


 今なら少しだけ分かる。


 村しか知らなかった。


 でも。


 世界はもっと広い。


 もっと不思議だ。


 そして。


 まだ知らないことがたくさんある。


 そんなことを考えながら。


 二人は眠りについた。

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