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異変

 その異変は。


 誰にも気付かれないほど静かに始まった。



 夜。


 ルーベル村は眠っていた。


 畑も。


 森も。


 家々も。


 全てが静寂に包まれている。


 星空は変わらない。


 風も変わらない。


 何も変わらないように見えた。


 けれど。


 その瞬間。


 世界そのものが揺らいだ。


 音はない。


 光もない。


 誰かが叫ぶこともない。


 ただ。


 見えない何かが世界中を駆け抜けた。


 海を越え。


 山を越え。


 森を越え。


 大陸全土を覆っていく。


 そして。


 消えた。


 あまりにも一瞬だった。


 だから誰も気付かなかった。


 誰一人として。



 翌朝。


「兄ちゃん起きろぉぉぉぉ!」


 いつもの声だった。


 レオンは布団を頭まで被る。


「うるさい」


「朝だぞ!」


「知ってる」


「起きろ!」


「嫌だ」


「駄目だ!」


 いつものやり取り。


 いつもの朝。


 何も変わらない。


 はずだった。


 だが。


 レオンは目を開いた瞬間。


 妙な違和感を覚えた。


 身体が軽い。


 異様なほど軽い。


 昨日までと何かが違う。


 眠気がない。


 疲れもない。


 むしろ。


 力が溢れていた。


「……?」


 拳を握る。


 力が入る。


 いや。


 入りすぎる。


 なんだこれ。


 そんな感覚だった。


「兄ちゃん?」


 トムが首を傾げる。


「どうした?」


「いや」


 レオンは首を振った。


「なんでもない」



 朝食。


 父も母もいつも通りだった。


 パンを食べる。


 スープを飲む。


 変わらない食卓。


 だが。


「ん?」


 トムが突然窓の外を見た。


「どうした」


 レオンが聞く。


「なんかキラキラしてる」


「何が」


「外」


 一同が窓を見る。


 何もない。


 いつもの村だ。


「見えない?」


 トムだけが不思議そうだった。


「何がだ」


 父が聞く。


「なんかいっぱい浮いてる」


「虫か?」


「違う」


 トムは首を振る。


「光」



 朝食後。


 外へ出る。


 すると。


 村の様子がおかしかった。


 騒がしい。


 異常なくらい騒がしい。


 広場の方から怒鳴り声が聞こえる。


「おい!!」


「誰か来てくれ!!」


「なんだこれ!?」


 レオンとトムは顔を見合わせた。


 急いで広場へ向かう。



 広場には村人達が集まっていた。


 何十人も。


 皆興奮している。


 ある者は叫び。


 ある者は笑い。


 ある者は怯えていた。


「火だ!」


「本当に出たぞ!」


「見た見た!」


「魔物の呪いじゃねぇのか!?」


「ばか言え!」


 完全に混乱していた。


 その中心で。


 村の男が震える手を見つめている。


「もう一回やれ!」


「できるか!」


「さっき出ただろ!」


「知らねぇよ!」


 本人が一番困っていた。


 だが。


 次の瞬間。


 ぼっ。


 指先から火が出た。


「うわぁぁぁぁ!!」


 周囲が飛び退く。


 男自身も飛び退いた。


「出たぁぁぁ!!」


「また出た!」


「燃える燃える燃える!!」


 広場が大騒ぎになる。



「おい見ろ!」


 今度は別の声。


 村の若者だった。


 頭が光っている。


 ぴかぴか光っている。


「なんで光るんだ!?」


「知らん!」


「消せ!」


「消えん!」


 さらに騒ぎになる。


 老人達は祈り始めた。


 子供達は大喜びしている。


 犬は吠えている。


 鶏は逃げ回っている。


 もはや収拾がつかない。



「兄ちゃん」


 その時。


 トムが空を見上げていた。


「ん?」


「見える?」


「何が」


「光」


 レオンも空を見る。


 何もない。


 青空だけだ。


「何もないぞ」


「あるって」


 トムは不思議そうだった。


「いっぱい」



 トムの目には。


 世界が違って見えていた。


 空気の中に。


 無数の光が漂っている。


 小さな粒。


 羽虫のようにふわふわと浮かぶ光。


 だが。


 色が違った。


 赤。


 青。


 緑。


 黄。


 白。


 様々な色がある。


 風に流され。


 集まり。


 離れ。


 ゆっくりと世界を漂っている。


「綺麗だなぁ」


 トムは思わず呟いた。



「赤いのが多い人もいる」


 トムが言う。


「は?」


 レオンには意味が分からない。


 トムは広場を見回した。


「あのおじさん赤い」


 火を出した男を指差す。


「で、あっちは黄色」


 頭が光る若者を指差す。


「母さんは白っぽい」


「父さんは茶色っぽい」


「兄ちゃんは――」


 そこで止まる。



「兄ちゃん変だ」


「何が」


「いっぱいある」


 トムは目をぱちぱちさせた。


「すごくいっぱいある」


「だから何が」


「光」


 レオンは首を傾げる。


 だが。


 トムの顔は冗談を言っている顔ではなかった。



 その頃には。


 広場は完全に祭り状態になっていた。


「俺もできた!」


 水が出た。


「うおおお!?」


 今度は風が吹いた。


「なんだこれ!?」


「神の奇跡だ!」


「違う呪いだ!」


「いや祝福だ!」


 村長が叫ぶ。


「落ち着けぇぇぇ!!」


 誰も落ち着かなかった。


 火を出す者。


 水を出す者。


 風を起こす者。


 光る者。


 騒ぐ者。


 笑う者。


 怯える者。


 ルーベル村はかつてないほどの大騒ぎだった。


 そして。


 その混乱は。


 決してルーベル村だけのものではなかった。


 この日。


 世界中で。


 同じような騒ぎが起きていた。

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